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第一章 最果ての街キッパゲルラ
誘い
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「はー・・・凄いですね、あの後にこれだけの商会を立ち上げるなんて」
ユーリの目の前には、淹れ立ての紅茶が湯気を立てている。
それを淹れてくれた執事の老人は、先ほどから身じろぎ一つせずにその場に立っており、二人の会話を邪魔しないように気配を消している。
ユーリは紅茶を一口啜ると、周囲を見渡していた。
そこには倒壊した建物とそれを片付けている人々、そしてそれを取り囲むように存在する様々な建造物の姿があった。
「はははっ!とんでもない、運に恵まれただけですよ!それにユーリさん、貴方も無関係ではないんですよ?」
それらを身一つでここにやってきてほんの数か月の間で打ち立てた男、マービン・コームズは運に恵まれただけだと朗らかに笑う。
「俺がですか?えっと、どういう事でしょう?」
「おや?ユーリさんがこの街で万霊草を集めているお方だとお聞きしましたが、違いましたかな?」
「あ、それなら確かに俺ですけど・・・それが何か?」
マービンが口にした意味深な言葉に、ユーリは心当たりがないと首を捻る。
そんな彼に対して、マービンは万霊草という言葉を口にしていた。
「おおっ、やはりそうでしたか!では、それで大儲けした商人がいたという話を聞いたことは?」
「あぁ~、何かそういう話もあったとは聞きましたけど。それが何か?」
まだ万霊草の高騰がギルドに知れ渡る前、ある商人がそれを買い占め大儲けした。
そういった話は確かに、ユーリも耳にした事があった。
しかし彼には直接関係ない話だと思い、今日まで特に気にした事はなかったのだ。
「いやね、それが実は私なんですよ」
「えぇ!!?」
そう、今日まで気にした事はなかったのだ。
その大儲けした商人が彼、マービン・コームズであると知るまでは。
「はー・・・そうだったんですね。それでこんな短期間にここまで大きく」
「えぇ、まぁ実はそういう訳なんですよ」
ほとんど身一つでこの街にやってきた商人が、こんな短期間でここまで成功した理由、それは万霊草にあった。
そう明かすマービンに、ユーリは現実感を失ったような気の抜けた声を漏らす。
「それでですね、ユーリさん。私はここで新しい事業を始めようと考えているんです」
「新しい事業ですか?あっ、分かりました!万霊草の栽培でしょう!!」
万霊草で大儲けした商人が何か新しい事業を始めると聞けば、当然そう答える。
身を乗り出して話を切り出したマービンに、ユーリも身を乗り出すと嬉しそうにそれを口にしていた。
「はははっ!確かにそうですな、そう思いますでしょうな!!しかしね、違うのですよこれが」
「はぁ、そうなんですか?」
「えぇ、実はそうなのです!えぇと、そうだな・・・実際に見てもらった方が早いか」
ユーリの当然の思い付きに、マービンは愉快そうに笑い声を上げている。
そしてそれとは別の事業を始めるのだと口にする彼は、何やらポケットを探り始めていた。
「あぁ、あったあった。ユーリさん、これ何か分かりますか?」
マービンがポケットから取り出したのは、星形の赤い実だった。
「えーっと・・・すみません、何かの植物の実だとしか分からないです」
「はははっ!何、謝る必要はありませんぞ!何故なら、私にも分からないのですから!」
それに首を捻り分からないと答えるユーリに、マービンは豪快に笑うと自分にも分からないのだと答えていた。
「ユーリさん、これはね私が昨日ここの周りを散歩した時に拾ったものなのです。たったそれだけの時間歩いただけで、ここではこうしたものが簡単に見つかる。それぐらいここには、未知のものがゴロゴロ転がっているんです。この最果ての街、キッパゲルラにはね」
名前も分からない未知の植物を手の平に乗せながら、マービンはもう片方の手で周りを大きく示している。
それが最後に向かった先には、世界の最果て「グレートウォール」の姿があった。
「私はねユーリさん、これを栽培したいと考えているんですよ。今は名前も分からないものばかりですが、この中にはきっと人々の生活を一変させるような凄いものもある筈なんです!それの栽培に成功すれば、それはきっとこの街の新しい産業になる・・・面白いと思いませんか!?」
キラキラとした瞳で熱く夢を語るマービンは、興奮の余り手にしていた星形の実を潰してしまいそうになって焦っている。
マービンがその手を開いて中身が無事な事にホッと一息ついたのは丁度、ユーリが彼の熱気に当てられた状態から復帰した頃だった。
「え、えぇ!マービンさん、面白いですよそれ!!」
「そう思いますか!いや、ユーリさんなら分かってくれると思っていたんですよ!つきましては一つ提案なのですが―――」
この街に新たな産業を興す、そのマービンのアイデアはユーリにとっても興味深いものだった。
何より、そこには彼の大好きな事務仕事も大量にありそうで、それも興味の要因だった。
「おとーさーーーん!!」
「うわぁ!?ネ、ネロ!?」
そんなユーリに対して、マービンはその手を擦り合わせると何か提案をしようとしていた。
しかしそれを掻き消すように、眩しいほどの笑顔を浮かべた黒い毛玉がユーリの下に飛び込んでくる。
「ねーねー、おとーさんおとーさん!ボク、お片付け手伝ってるんだよ!偉い?ねぇ、偉い?」
「あ、あぁ・・・偉いぞ、ネロ」
「へへへっ!」
押し倒したユーリの胸に頭を擦りつけていたネロは顔を上げると、今度は褒めて褒めてと上目遣いで要求してくる。
その圧力に負けたユーリがその髪を撫でてやると、彼女はさらに激しく頭を擦りつけてくる。
「だ、駄目だよネロ!お話の邪魔しちゃ!」
「ぶー!別にいいじゃーん!・・・あ、分かった。プティ、ボクだけが褒められてるから嫉妬してるんだろー?」
「ち、違うもん!!」
慌てた様子で小走りで駆けてきたプティが、ユーリの上に乗っかっているネロを何とか退かそうと引っ張っている。
それに不満の表情のネロは意地悪に笑うと、彼女に嫉妬しているんだろうと指摘する。
プティはそれに顔を真っ赤に染めると、必死に否定していた。
「ほら、プティもおいで」
「えっ!?うん!えへへへ・・・」
そんな彼女にユーリは手を伸ばすと、その懐へと誘う。
プティはそれに飛び込むと、はにかんではしばらくそこにくっついていた。
「ほら、もう行くよプティ!」
「えー・・・もうちょっとだけ」
「自分がお話の邪魔しちゃ駄目って言ったんだろー!」
「うぅ、分かったよぅ・・・じゃあ、またねおとーさん!」
蕩けた表情のままそこにいつまでも居続けようとするプティに、今度はネロが彼女の腕を引っ張っている。
ネロに引っ張られ立ち上がったプティは、そのまま二人で倒壊した建物の撤去作業へと戻っていく。
こちらに手を振りながら駆けていく二人に、ユーリは席へと戻りながら手を振り返していた。
「お、お帰りお二人さん!はははっ、お父さんに褒められてご機嫌だな!」
「なんだとー!!」
「そ、そんなんじゃないよ!」
撤去作業の現場へと戻る二人に、作業員達から冗談が飛ぶ。
それに二人が大声で返すと、現場からは笑い声が溢れていた。
それは二人が、すっかりこの場所に受け入れられたことを示していた。
「ふむ、これはどこに運べばいいのだ?こっちか?」
「あぁ!?それはそんなに乱暴に扱っちゃ・・・あああぁぁぁ!?」
「ん?崩れてしまったな。どうしてこんな簡単に崩れる作りになっているんだ?」
「それは後でまとめて運ぶためでしょーが!!あぁ・・・また一から集め直さないと」
ただ一人、その例外を除いては。
「す、すみません!うちのものがお騒がせして!!」
「はっはっは!元気でいいじゃないですか!子供はあれぐらい元気な方がいい・・・お子さんですか?」
「えぇ、まぁ。そのようなものです」
「ほぅ、なるほどなるほど・・・」
完全に話の腰を折ってしまった二人の振る舞いに、ユーリはマービンに平謝りしている。
それを笑って許してくれたマービンに、ユーリはホッと一息をつくと席へと戻っていた。
「それでですね、先ほどの話の続きなのですが・・・ユーリさん、うちで働く気はありませんか?」
「・・・えっ?」
席へと戻ったユーリは、安心ついでに紅茶を一口啜る。
その紅茶はいつの間にか淹れ直されていたのか、熱いくらいだった。
そして目の前のマービンが真剣な表情で口にした一言は、それ以上に熱かった。
少なくとも、ユーリにとっては。
ユーリの目の前には、淹れ立ての紅茶が湯気を立てている。
それを淹れてくれた執事の老人は、先ほどから身じろぎ一つせずにその場に立っており、二人の会話を邪魔しないように気配を消している。
ユーリは紅茶を一口啜ると、周囲を見渡していた。
そこには倒壊した建物とそれを片付けている人々、そしてそれを取り囲むように存在する様々な建造物の姿があった。
「はははっ!とんでもない、運に恵まれただけですよ!それにユーリさん、貴方も無関係ではないんですよ?」
それらを身一つでここにやってきてほんの数か月の間で打ち立てた男、マービン・コームズは運に恵まれただけだと朗らかに笑う。
「俺がですか?えっと、どういう事でしょう?」
「おや?ユーリさんがこの街で万霊草を集めているお方だとお聞きしましたが、違いましたかな?」
「あ、それなら確かに俺ですけど・・・それが何か?」
マービンが口にした意味深な言葉に、ユーリは心当たりがないと首を捻る。
そんな彼に対して、マービンは万霊草という言葉を口にしていた。
「おおっ、やはりそうでしたか!では、それで大儲けした商人がいたという話を聞いたことは?」
「あぁ~、何かそういう話もあったとは聞きましたけど。それが何か?」
まだ万霊草の高騰がギルドに知れ渡る前、ある商人がそれを買い占め大儲けした。
そういった話は確かに、ユーリも耳にした事があった。
しかし彼には直接関係ない話だと思い、今日まで特に気にした事はなかったのだ。
「いやね、それが実は私なんですよ」
「えぇ!!?」
そう、今日まで気にした事はなかったのだ。
その大儲けした商人が彼、マービン・コームズであると知るまでは。
「はー・・・そうだったんですね。それでこんな短期間にここまで大きく」
「えぇ、まぁ実はそういう訳なんですよ」
ほとんど身一つでこの街にやってきた商人が、こんな短期間でここまで成功した理由、それは万霊草にあった。
そう明かすマービンに、ユーリは現実感を失ったような気の抜けた声を漏らす。
「それでですね、ユーリさん。私はここで新しい事業を始めようと考えているんです」
「新しい事業ですか?あっ、分かりました!万霊草の栽培でしょう!!」
万霊草で大儲けした商人が何か新しい事業を始めると聞けば、当然そう答える。
身を乗り出して話を切り出したマービンに、ユーリも身を乗り出すと嬉しそうにそれを口にしていた。
「はははっ!確かにそうですな、そう思いますでしょうな!!しかしね、違うのですよこれが」
「はぁ、そうなんですか?」
「えぇ、実はそうなのです!えぇと、そうだな・・・実際に見てもらった方が早いか」
ユーリの当然の思い付きに、マービンは愉快そうに笑い声を上げている。
そしてそれとは別の事業を始めるのだと口にする彼は、何やらポケットを探り始めていた。
「あぁ、あったあった。ユーリさん、これ何か分かりますか?」
マービンがポケットから取り出したのは、星形の赤い実だった。
「えーっと・・・すみません、何かの植物の実だとしか分からないです」
「はははっ!何、謝る必要はありませんぞ!何故なら、私にも分からないのですから!」
それに首を捻り分からないと答えるユーリに、マービンは豪快に笑うと自分にも分からないのだと答えていた。
「ユーリさん、これはね私が昨日ここの周りを散歩した時に拾ったものなのです。たったそれだけの時間歩いただけで、ここではこうしたものが簡単に見つかる。それぐらいここには、未知のものがゴロゴロ転がっているんです。この最果ての街、キッパゲルラにはね」
名前も分からない未知の植物を手の平に乗せながら、マービンはもう片方の手で周りを大きく示している。
それが最後に向かった先には、世界の最果て「グレートウォール」の姿があった。
「私はねユーリさん、これを栽培したいと考えているんですよ。今は名前も分からないものばかりですが、この中にはきっと人々の生活を一変させるような凄いものもある筈なんです!それの栽培に成功すれば、それはきっとこの街の新しい産業になる・・・面白いと思いませんか!?」
キラキラとした瞳で熱く夢を語るマービンは、興奮の余り手にしていた星形の実を潰してしまいそうになって焦っている。
マービンがその手を開いて中身が無事な事にホッと一息ついたのは丁度、ユーリが彼の熱気に当てられた状態から復帰した頃だった。
「え、えぇ!マービンさん、面白いですよそれ!!」
「そう思いますか!いや、ユーリさんなら分かってくれると思っていたんですよ!つきましては一つ提案なのですが―――」
この街に新たな産業を興す、そのマービンのアイデアはユーリにとっても興味深いものだった。
何より、そこには彼の大好きな事務仕事も大量にありそうで、それも興味の要因だった。
「おとーさーーーん!!」
「うわぁ!?ネ、ネロ!?」
そんなユーリに対して、マービンはその手を擦り合わせると何か提案をしようとしていた。
しかしそれを掻き消すように、眩しいほどの笑顔を浮かべた黒い毛玉がユーリの下に飛び込んでくる。
「ねーねー、おとーさんおとーさん!ボク、お片付け手伝ってるんだよ!偉い?ねぇ、偉い?」
「あ、あぁ・・・偉いぞ、ネロ」
「へへへっ!」
押し倒したユーリの胸に頭を擦りつけていたネロは顔を上げると、今度は褒めて褒めてと上目遣いで要求してくる。
その圧力に負けたユーリがその髪を撫でてやると、彼女はさらに激しく頭を擦りつけてくる。
「だ、駄目だよネロ!お話の邪魔しちゃ!」
「ぶー!別にいいじゃーん!・・・あ、分かった。プティ、ボクだけが褒められてるから嫉妬してるんだろー?」
「ち、違うもん!!」
慌てた様子で小走りで駆けてきたプティが、ユーリの上に乗っかっているネロを何とか退かそうと引っ張っている。
それに不満の表情のネロは意地悪に笑うと、彼女に嫉妬しているんだろうと指摘する。
プティはそれに顔を真っ赤に染めると、必死に否定していた。
「ほら、プティもおいで」
「えっ!?うん!えへへへ・・・」
そんな彼女にユーリは手を伸ばすと、その懐へと誘う。
プティはそれに飛び込むと、はにかんではしばらくそこにくっついていた。
「ほら、もう行くよプティ!」
「えー・・・もうちょっとだけ」
「自分がお話の邪魔しちゃ駄目って言ったんだろー!」
「うぅ、分かったよぅ・・・じゃあ、またねおとーさん!」
蕩けた表情のままそこにいつまでも居続けようとするプティに、今度はネロが彼女の腕を引っ張っている。
ネロに引っ張られ立ち上がったプティは、そのまま二人で倒壊した建物の撤去作業へと戻っていく。
こちらに手を振りながら駆けていく二人に、ユーリは席へと戻りながら手を振り返していた。
「お、お帰りお二人さん!はははっ、お父さんに褒められてご機嫌だな!」
「なんだとー!!」
「そ、そんなんじゃないよ!」
撤去作業の現場へと戻る二人に、作業員達から冗談が飛ぶ。
それに二人が大声で返すと、現場からは笑い声が溢れていた。
それは二人が、すっかりこの場所に受け入れられたことを示していた。
「ふむ、これはどこに運べばいいのだ?こっちか?」
「あぁ!?それはそんなに乱暴に扱っちゃ・・・あああぁぁぁ!?」
「ん?崩れてしまったな。どうしてこんな簡単に崩れる作りになっているんだ?」
「それは後でまとめて運ぶためでしょーが!!あぁ・・・また一から集め直さないと」
ただ一人、その例外を除いては。
「す、すみません!うちのものがお騒がせして!!」
「はっはっは!元気でいいじゃないですか!子供はあれぐらい元気な方がいい・・・お子さんですか?」
「えぇ、まぁ。そのようなものです」
「ほぅ、なるほどなるほど・・・」
完全に話の腰を折ってしまった二人の振る舞いに、ユーリはマービンに平謝りしている。
それを笑って許してくれたマービンに、ユーリはホッと一息をつくと席へと戻っていた。
「それでですね、先ほどの話の続きなのですが・・・ユーリさん、うちで働く気はありませんか?」
「・・・えっ?」
席へと戻ったユーリは、安心ついでに紅茶を一口啜る。
その紅茶はいつの間にか淹れ直されていたのか、熱いくらいだった。
そして目の前のマービンが真剣な表情で口にした一言は、それ以上に熱かった。
少なくとも、ユーリにとっては。
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