君の隣を歩く方法

窓際

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高校生の時。

図書室。

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本の匂いが好きだ。

放課後、受験生でもない学年が図書室にこんな時間まで残っているのは珍しいだろう。

サッカー部のホイッスルが遠くに聞こえる。
耳をすませばグラウンドの喧騒が薄く聞こえるこの図書室が、俺は好きだった。

制服が夏仕様に変わって少し過ぎた。

うちの学校は半袖シャツかポロシャツかを選べるタイプだけど、わざわざ半袖シャツを選ぶやつはどうも俺くらいだった。

「えやばい、流石にうなぎでしょ」

「いや侮れないんだってアナゴ」

「やばすぎ、うなぎの下位互換で流行ったのにうなぎに代われるわけなくね」

「弟子が師匠を超えるのとかどうせ大好きでしょ」

「それはそうでウケる」

さっきからこそこそ、普通に耳ざわりだ。

話しているのは斜め向かいに座っている男女グループ。
何の気が向いたのか普段は本なんて読まなさそうな、いわゆるカースト上位の奴らがわざわざ図書室で喋ってやがる。

「紗代は?」

「うなぎすぎる」

「辻は?」

「まあぎりアナゴ」

「ハルは?」

「圧倒的うなぎ」

「俺アナゴだから2対2ね」

「ありえんべ普通に」

「うなぎすぎる」

「骨が無理だようなぎは」

「アナゴが手軽でしょ」

何の話かと思ったらくそどうでもいい。興味がないのに耳に入ってきてうるさい。

「どうせ親の金で食うくせに手軽とか気にすんなよ」

「うなぎの美味さの恩恵にあずかるタイミング無さすぎる」

「たまにだから美味いんじゃん」

「たまにって付加価値のおかげであって元のポテンシャルそんなってことじゃない?それは」

「付加価値含めての美味さやんそれは」

「うなぎとアナゴ同じ頻度で食べたらアナゴ?」

「実際よ実際食わないやん」

「もしもの話だからもしも」

うるさい。

受験期ではないにしろ図書室は本も読まずに喋る場所ではない。
何らかの研究とかレポートのための話なんだとしたら図書室でなくても、勝手に使える空き教室がうちの高校にはある。

しかし図書委員でもなく注意もせず、自分の意思でここにいたのもまた事実。

図書室なんだから本は借りられる。自分がこの環境を好まないなら自分が出ていくのが一番行動に対する体力コストが低い。

付属する紐状のしおりを挟んで、今読んでいた本を閉じた。
近くに置いてあった、まだ読んでいない一冊に手をかけた。

「秋山」

曖昧にうるさかった斜め向かいから、急に自分の名字が鮮明に聞こえて、瞬間的に肩をこわばらせた。カクテルパーティー効果。

聞こえてきたのは直前まで喋っていたはずの、斜め向かいのグループ。
その中の、1人の男子生徒が発した声だった。

「ごめん、うるさかったな。俺らどっか行くから座ってていいよ」

「……ああ、別に」

グループの中から急に声をかけてきたその男子生徒と俺に視線が集まっている。

気にもしていませんというような軽やかさで笑って、彼は自分が属するグループに視線を戻した。

「うなぎ派ボコしたいしマックいくべ」

「いいな、議論の続きしないと」

何事もなかったかのように投げかけられた誘いの言葉に、さも自然な会話のような速度で彼に意図を汲んだ返事をしたのは、辻という男子生徒。
斜め向かいのグループの中で、辻とは唯一関わったことがある、と言える。友達ではないが。

「あ、そゆことね?マックでうなぎとアナゴ食べ比べすんのかと思ったわ」

「な訳なすぎる」

他の女子生徒も次々に席を立つ。
さっきまでより明らかにトーンを落とした声でまだ中身のない会話を続けながら、グループはあっさり図書室を出て行った。

……陽キャって会話の反応速度凄いな。
俺なんか、まだかけられた言葉と自分の返事が頭の中で反復しているのに。

図書室に取り残されたのは俺だけ。
別にさっきのやり取りを他の誰に見られていたわけでもないのに、やけに気まずい。

しおりを挟んだはずのページを再び開いた。
文字は追えるのに頭に入ってこないから、二、三行を目が滑っては読み直している。

急に声をかけてきた男子生徒がグループごとマックへ移動したのは俺のためだろう。
図書室には、彼らのグループと俺以外にはカウンターの図書委員しかいない。

いや俺のためというか、彼は彼で喋りながらあまりTPOに適していないと思っていたのかも。
もしくは元から移動する予定で、俺は偶然場所を移動するきっかけになっただけかもしれない。

いずれにしても、特に話した記憶も残っていないようなただのクラスメイトが席を立ちそうな雰囲気を汲み取って、わざわざ声をかけたりするか。
周りに目を配りすぎではないか。そこまで気づけるものなのか。
そもそも、名前を覚えられていたことにすら驚いたのに。

陽キャはやはり陽キャたりえる理由がある。
ただ適当に仲間内ではしゃげればいいってものじゃないんだろう。

明日、もしタイミングがあえば辻にお礼でも伝えるか。

ようやく思考に区切りがついたから、さっきの二、三行の意味を追うことができるようになった。
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