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切られた柿の木
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私の家には柿の木が二本ある。
一本は敷地内に、もう一本はその木から三メートル程の間隔を開けた真西に植えられており、西側の柿は脆弱な隙間だらけの垣根を越えて道路にその幹の半分程も飛び出して大きく成長していた。
だから時々前の道路を使う人達から苦情が入る。
「通行するのに邪魔になるではないか。早々に切ってくれ給え。」
「枝が伸びて車に当たりそうだ、傷でもいったらどうするのかね。」
どうにか切らずに済むようにと家扶の清野に言って小枝が伸びれば切り、実がなれば近隣住民に配り、不満を堪えてもらっている状態だった。
私はこの二本の柿の木を縁側から眺めるのが好きだった。
隣接して植えられた二本に行き渡る栄養が偏るのか毎年交互にしか実をつけない。
『今年は私の番だよ、来年は君だね。』
そう申し合わせているように、一年ごとに実をつける権利を譲り合っているようで微笑ましく想っていた。
小さい頃から見上げて育ったその大きな柿の木に春先から綺麗な葉っぱが繁ると、すぐに青い小さな実が出来、夏の間に少しずつ大きくなり、秋の野分が吹く頃には大きくなった果実が橙色に染まる。
早く成りすぎた時にはカラスに突つかれ、大きなカラスだと実をもいで飛んでいくので、道路の真ん中に潰れた柿が落ちている事もあるが、その際は清野が掃除している。
その年は敷地側の木が実をつける番だったのに、不思議と両方に実がついた。
清野と不思議だと話す。
「毎年代わりばんこなのに。」
「今年は大盤振る舞いですね。夏の気候がよかった所為でしょうか?」
柿の実が食べごろになったある日、行政から連絡が入った。
道路の補正に柿の木が邪魔だから切らせて欲しいと言う電話だった。
私は反対した。
「厭だ!あの木は二つで一つなんだ。私は絶対許さない。どうして切らなきゃいけない?だって私の家の柿の木なのに。」
清野は穏やかに宥めようとする。
「この木は道路法上も敷地よりはみ出しているらしく、公道に差し障ると言われてはどうしようも御座いません…。」
「じゃあはみ出た分だけ切ればいいじゃないか!」
「半分だけ切っても柿の木はどの道枯れてしまうでしょう。安全を考えると全部切らないと…。」
片割れを切ってしまうのはまるで兄弟を引き離すかの様な罪悪感さえ感じてしまう。
しかし柿の木はまるでこうなる事が分かっていたかの様に最後の力を振り絞り、鈴なりに実をつけ美味しい果実を今年も沢山近所へ振舞う事となった。
行政に何度話しても理解してもらえず、とうとう西側の木を切る日がやって来た。
「厭だ、清野…止められないのか?」
「申し訳御座いません。こればかりは私にもどうにも出来ません。」
私は縁側からその様子を見ていた。
チェインソーのけたたましい音が庭中に響き渡り、中位の枝を切り落としていく。
バサバサと重たい枝が葉っぱと共に道路に落ち、道行く人はそれを眺めている。
枝を切られた後の柿の木は、ただの禿げた棒と化し、私を見ていた。
どうしてこんな酷い仕打ちを?
そう言っているように聞こえる。
何年も見てきた木だ。悲しみはそれはそれは大きかった。
本家からこの家に越してきたのは私が生まれて直ぐの事。
父と母と私の兄は本家に住んでいる。
跡継ぎの争いが耐えない我が家系では、同じ性の長子が生まれた場合、後に生まれた方が家元に関わる全ての権利を剥奪され養子に出される。
兄や両親が居ると解りながら孤独に暮らす私にとって、仲睦まじく子孫の繁栄を分け合う二つの柿の木は私が思い描く兄との理想図だった。この柿の木のように仲良く暮らせていたのではないか、そう思わない日は無かった。
今その片割れがただの棒切れと成り果てて、短く丸太にされていく。
それはまるで私が切り刻まれ、衰退していくものなのだとそう暗喩しているように見えた。
道路に侵食していた切り株までも半分に切られ、立派だった西の柿の木は、あっという間に半分の切り株となった。
ずっと切り刻まれる木を見て、私は心が寒くなった。
この木のように、私も切り捨てられたのだろう、そう思うと涙が溢れた。
縁側で声を出さずに涙を流す私の肩に清野が羽織を掛ける。
「お体が冷えます、そろそろ中へ…。」
「うん…清野…お前は私を切り捨てたりしないよね?」
「何を言うかと思えば…当たり前です。私は貴方に仕える者なのですから、貴方といつも一緒です。」
清野は私をいつも支え、そして傍に居てくれる。
清野が居ればそれでいい。そう思いながら私は家の中へと入った。
―――
木が切られて間もなく、本家から電報が来た。
「アニキュウシ。スグニホンケへモドラレタシ。」
兄が死んだ。
私は養子縁組を外しまた本家へと戻ることになった。
柿の木は果たして兄の化身だったのだろうか。
私は肥大しすぎないようにこの身を守ろうと、そう硬く心に誓った。
一本は敷地内に、もう一本はその木から三メートル程の間隔を開けた真西に植えられており、西側の柿は脆弱な隙間だらけの垣根を越えて道路にその幹の半分程も飛び出して大きく成長していた。
だから時々前の道路を使う人達から苦情が入る。
「通行するのに邪魔になるではないか。早々に切ってくれ給え。」
「枝が伸びて車に当たりそうだ、傷でもいったらどうするのかね。」
どうにか切らずに済むようにと家扶の清野に言って小枝が伸びれば切り、実がなれば近隣住民に配り、不満を堪えてもらっている状態だった。
私はこの二本の柿の木を縁側から眺めるのが好きだった。
隣接して植えられた二本に行き渡る栄養が偏るのか毎年交互にしか実をつけない。
『今年は私の番だよ、来年は君だね。』
そう申し合わせているように、一年ごとに実をつける権利を譲り合っているようで微笑ましく想っていた。
小さい頃から見上げて育ったその大きな柿の木に春先から綺麗な葉っぱが繁ると、すぐに青い小さな実が出来、夏の間に少しずつ大きくなり、秋の野分が吹く頃には大きくなった果実が橙色に染まる。
早く成りすぎた時にはカラスに突つかれ、大きなカラスだと実をもいで飛んでいくので、道路の真ん中に潰れた柿が落ちている事もあるが、その際は清野が掃除している。
その年は敷地側の木が実をつける番だったのに、不思議と両方に実がついた。
清野と不思議だと話す。
「毎年代わりばんこなのに。」
「今年は大盤振る舞いですね。夏の気候がよかった所為でしょうか?」
柿の実が食べごろになったある日、行政から連絡が入った。
道路の補正に柿の木が邪魔だから切らせて欲しいと言う電話だった。
私は反対した。
「厭だ!あの木は二つで一つなんだ。私は絶対許さない。どうして切らなきゃいけない?だって私の家の柿の木なのに。」
清野は穏やかに宥めようとする。
「この木は道路法上も敷地よりはみ出しているらしく、公道に差し障ると言われてはどうしようも御座いません…。」
「じゃあはみ出た分だけ切ればいいじゃないか!」
「半分だけ切っても柿の木はどの道枯れてしまうでしょう。安全を考えると全部切らないと…。」
片割れを切ってしまうのはまるで兄弟を引き離すかの様な罪悪感さえ感じてしまう。
しかし柿の木はまるでこうなる事が分かっていたかの様に最後の力を振り絞り、鈴なりに実をつけ美味しい果実を今年も沢山近所へ振舞う事となった。
行政に何度話しても理解してもらえず、とうとう西側の木を切る日がやって来た。
「厭だ、清野…止められないのか?」
「申し訳御座いません。こればかりは私にもどうにも出来ません。」
私は縁側からその様子を見ていた。
チェインソーのけたたましい音が庭中に響き渡り、中位の枝を切り落としていく。
バサバサと重たい枝が葉っぱと共に道路に落ち、道行く人はそれを眺めている。
枝を切られた後の柿の木は、ただの禿げた棒と化し、私を見ていた。
どうしてこんな酷い仕打ちを?
そう言っているように聞こえる。
何年も見てきた木だ。悲しみはそれはそれは大きかった。
本家からこの家に越してきたのは私が生まれて直ぐの事。
父と母と私の兄は本家に住んでいる。
跡継ぎの争いが耐えない我が家系では、同じ性の長子が生まれた場合、後に生まれた方が家元に関わる全ての権利を剥奪され養子に出される。
兄や両親が居ると解りながら孤独に暮らす私にとって、仲睦まじく子孫の繁栄を分け合う二つの柿の木は私が思い描く兄との理想図だった。この柿の木のように仲良く暮らせていたのではないか、そう思わない日は無かった。
今その片割れがただの棒切れと成り果てて、短く丸太にされていく。
それはまるで私が切り刻まれ、衰退していくものなのだとそう暗喩しているように見えた。
道路に侵食していた切り株までも半分に切られ、立派だった西の柿の木は、あっという間に半分の切り株となった。
ずっと切り刻まれる木を見て、私は心が寒くなった。
この木のように、私も切り捨てられたのだろう、そう思うと涙が溢れた。
縁側で声を出さずに涙を流す私の肩に清野が羽織を掛ける。
「お体が冷えます、そろそろ中へ…。」
「うん…清野…お前は私を切り捨てたりしないよね?」
「何を言うかと思えば…当たり前です。私は貴方に仕える者なのですから、貴方といつも一緒です。」
清野は私をいつも支え、そして傍に居てくれる。
清野が居ればそれでいい。そう思いながら私は家の中へと入った。
―――
木が切られて間もなく、本家から電報が来た。
「アニキュウシ。スグニホンケへモドラレタシ。」
兄が死んだ。
私は養子縁組を外しまた本家へと戻ることになった。
柿の木は果たして兄の化身だったのだろうか。
私は肥大しすぎないようにこの身を守ろうと、そう硬く心に誓った。
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