青の刻印

小鷹りく

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「もっと飲みんか、羽田君」

 田中幹人は噂とは違う優しい態度でサークル活動の後の飲み会ではまめに席を移動し、皆に酒を注いで回っていた。田中が傍に来ると顔を赤らめて友彦はグラスを差し出す。

「あ、ありがとう。田中君、あ、あのさ、覚えとる?春に助けて貰ったん」
「え?何の事?俺、なんかした?」
「うん、電車で女の子に変な難癖つけられてた時さ、僕の事ずっと見てたけどなんもしてなかったって証言してくれたやん?」
「ははっ、そんな事あったかな?俺、結構正義感強い方やから」
「そ、そうなん?カッコええな」
「まぁね。羽田君さ、岡田先生の授業受けてるよな。あの先生の話要点がよう分からん授業多いやん、いつもついて行くの大変やねん。羽田君賢いって聞いたからさ、また助けてな?」
「も、勿論!僕で良かったら!」

 田中は友彦のグラスに筒一杯ビールを注いで笑顔を振りまき、次の席へと移動していった。辰也が友彦に近づく。

「なんて?」
「え、あ、岡田先生の授業分かりにくいからまた教えてって」
「ふーん、良かったやん」

 仲良くなると代返を頼んだり、ノートのコピーをデータで送らせて適当に利用されているやつを何人も知っている、とは言わなかった。悪口は言わない約束だ。きっと友彦自体が自分の目で見ない限りは何も真実に思えないだろう。恋とは盲目。自分が一番よく分かっている。

「えらい嬉しそうやな」
「うん、やっと話せたから。今まで遠くから見てるだけやったし」
「遠くから見て妄想してるだけでは本性はわからんもんやぞ」
「せやけど、電車の中で見ず知らずの人間助ける?そんなことほんまにええ人やないとできひんと思う。僕やったら知らん人なら見てみぬふりして終わるかも知れへんのに、助けてくれたんや。その時運悪かったら裁判沙汰とかになってたかも知れへんのに」
「なんのトラブルやったん」
「言うたやろ?電車の中で痴漢に間違われたって」
「ああ、アレな」
「女の子がすぐに引き下がってくれたからよかったけど、田中君の証言が無かったら僕今ごろ警察に突き出されて、やってもない罪着せられてたかも知れへん。ほんまのヒーローや」
「ふーん、あの田中がなぁ……」
「うん」

 お酒のせいもあってか、友彦は赤い顔のまま田中を盗み見ては照れていた。

「俺とあんな事までしてるくせに」

 ボソリと誰にも聞こえないように辰也は愚痴りトイレへ行ってくると席を立った。

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