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①
しおりを挟む季節の変わり目、風が少しだけ冷たくなって気温が変化する折、穂高は喘息で使っている吸入器をたまたま家に忘れた。
転校以来毎朝欠かさずチェックしていたのに、今日だけは入っているものだと思い込んで確認しなかった。
三連休開けの火曜日、掃除中クラスメイトが箒を振り回して遊んでいて週末に溜まった埃が宙に舞い、屈んで床の拭き掃除をしていた穂高は咳き込み始めた。吸入器を使えばすぐに治まるものが使えず、咳が止まらずに苦しみだした穂高を見て誰かが教師を呼んだ。駆けつけた教師に悪気は無かった。
「お前ら何やっとう! 泉川は喘息なんやけ激しい運動させたらいけんやろ! お前らには大丈夫でも泉川には負担な事が多いんぞ。折角治療の為に田舎にやってきたのに何かあったら離れて暮らすお母さんに申し訳が立たん。気を付けないかんじゃろ!」
転校の手続きの際くれぐれもよろしくと母親から直接挨拶を受けていた教師は穂高の様子を見て焦り、口外してほしくないと伝えていた情報を零した。喘息である事。実はその治療の為にここへ来た事。
クラスメイトに嘘をついていたわけではない。教師たちには喘息であることを伝えていたが生徒たちには内緒にしておいてくれと頼んでいた。
穂高が強く望んだからだ。それが不意に露呈した。
一緒に遊んでいたクラスメイト達は申し訳なさそうな顔をした。知らなくてごめんと口々に呟いて距離を作る。
「みんな、大丈夫、僕……大丈っ……ヒューッ、ゲホッ……」
喘息の事を話していなかったのだから知らないのは当たり前なのに、咳が止まらなくなったのはまるで自分たちのせいかのようにクラスメイトたちは後ずさった。
大丈夫、すぐに治るから、そう言いたいのに空気を苦しそうに吸い込む音は止まらず、倒れ込むように膝をついた穂高は保健室まで運ばれ、預けていた予備の吸入器を保健医に出してもらい症状を落ち着かせた。初めての状況に心配した教師は穂高を家まで送った。
「病院行かなくていいかねぇ」
連絡を受けて家に帰ってきた祖母が訊いたが穂高は青白い顔のまま大丈夫だとベッドから出ることはなかった。早退してしまったから授業を二つ受けられなかった。明日ノートを借りよう。いつもは迷う事もないのに、誰に借りればいいのか分からなくなった。穂高は机の上の吸入器を見つめて世話になっていた林医師との会話を思い出した。
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