スケアクローと白いシャツ

小鷹りく

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 穂高は再び夜の田んぼに出向いた。スカーフが実在するのだから人間に違いないとは思いつつ、夜になると人になるというのは逸話にもよくある話だ。


 今日は案山子なのか人間なのか、どっちだろうとソワソワしながら行くと木の案山子は立っておらず畦道に置いてある休憩用の古いベンチに男は座っていた。


 男は穂高を見て目を細めた。


「待ってたんですか」



 男があいまいに頷く。穂高が持ってきていたペットボトルのお茶を差し出すとありがとうと受け取りごくごくと飲んだ。喉が渇いていたのだろう。ペットボトルの開け方を知っている辺りやはり人だろうと思う。


 穂高は寒がりで夜は長袖を着ているのに男はまだ半袖を着ていた。白いシャツは左裾が伸びている。服の裾で汗を拭くタイプなのかもしれない。


 この間借りたスカーフを返すといいのにと言ってお尻のポケットに綺麗に畳んで入れた。スカーフを持ち歩いていたのも不思議だ。色々訊きたいことがあったのに、何から訊いていいのか悩む。元々人見知りだからどうやって切り出せばいいのか分からない。


「あのー……」


「どした、なんか悩んどるんじゃろ。それでここ来たんじゃろ。話聞いたるけ、言ってみー」


 なかなか話出さない穂高に男は胸を叩いてどんと来いと身振りした。優しい人なんだろうな。穂高は改めて思う。見ず知らずの中学生のくだらない悩みを聴いてくれるなんて親切心がないとできない。田舎の家と家の間は遠いが人との距離は近い。だからだろうか。穂高はゆっくり口を開いた。



 以前の学校で喘息だと話して碌なことにならなかったから、新しい友達にも隠して過ごしていたこと。病状が軽くなってきたし徐々に運動量も増やして体も大きくして喘息を克服してやる。そう意気込んでいたのに結局バレて、皆んなが遠巻きになってしまい、上手く行くと思っていてもすぐに躓いてしまったこと。母親や祖父母にも心配をかけたくない。どうすればみんなと上手くやれるのかわからない。

 誰にも言えなかった心の内を穂高は吐露した。男は真剣に話を聞いていた。たまにザワザワと山から吹いてくる風に前髪が靡いて男は何度か髪を掻き上げ、その度に穂高の鼻をくすぐる匂いがする。



「自分が人と違うってことを他人に話すのは怖いよな」


 穂高が一通り話し終わった後、男はぽつりと言った。穂高は頷く。


「はい。でもちゃんと話していればこんな事にはならなかったのかなとも思うんです」


「それは結果論。話してたとしても同じことが起きたかもしれん。だからこうなりたいと思う方向に向かうしかないんじゃないかな」


「こうなりたい?」


「そう。例えばみんなとまた話したい?」


「はい」


「なら、話しかける」


 出来るならもちろんそうしたい。でも怖いのだ。だから悩んでいる。

 黙っていると男は続けた。


「相手の気持ちなんか分からんし嫌われるのは怖い。でも違うのは当たり前。だから話さんと分からん。話しても分かってくれんかったらそれは仕方ない。わかってくれる人と一緒にいればいい」


「分かってくれる人……」


 母親の顔と祖父母の顔が思い浮かんだ。いつだって味方でいてくれる優しい家族。これ以上大事なものは今の穂高には思い浮かばない。家族に心配を掛けたくない。自分のせいで悲しむ顔は見たくない。なら勇気を出さないといけないのだろう。 


「みんな多分穂高の事を知りたいんじゃろ。嫌ならせんでもええけど、話しても大丈夫なら自分の事話してみるのがいいかもね」


 クラスメイトはいい子たちばかりだ。嫌いな子なんていないし、できればみんなとまた仲良くなりたい。ちゃんと話をしたい。今のままじゃいけないのは分かってる。どうすれば話せる勇気が持てるだろうか。穂高の眉間にしわが寄った。


「人は一回怖い思いしたら、次同じ目に遭わんように防御線を張る。でもその防御線があまりにも分厚かったら本当は仲良くなれる子たちとも近づけんなるじゃろ。あの子らは前の学校の子らとは違う子たちなん、気づいちょるか」
 

 穂高はドキリとした。いじめられた過去があるからまたいじめられると思って怖い。同じことをされると思ってしまう。色眼鏡で見られるのが嫌だったくせに自分は同じことをしていた。



「逃げるのも大事。自分が自分を守ったらんと、誰も守ってくれんけぇ。でもずっと逃げるのも大変じゃから」 


「はい……」


「俺は頑張るって言葉、あんまり好きじゃないんよ。みんな十分に頑張っちょるから。でも今は頑張る時なんかも知れんねぇ。クラスにまだ話せる子はいる?」 


「はい。病状の事、話している子がいます」


「したら、その子に助けてもらうのがええ」


「でも、その子も家が大変みたいだし、僕の事までお願いできません」


「そんなもん、友達やったら気にせんでええ」


「そういうわけには……」


「友達は助け合うもんや。それが醍醐味」


「醍醐味、ですか……」


「そう。助けて、助けられて、歴史ができていく。それが絆になっていく。縁とも言う」


「案山子さんにはそんな友達がいるんですか」


「か、案山子さん?」


 男はブフッと吹き出した。しまったと穂高は口を押えた。


「だ、だって名前知らないから」 


「案山子さんでええよ。面白い子やな」


 また目を細めて笑った。面白い子と言われたのは初めてだった。いつも冷たい感じだとか、大人びていると言われる。言われるとそう演じなければならないような気持ちになる。どうせ本当の自分の事なんて知っても幻滅されるだけじゃないだろうかと不安になって、結局は当たり障りのないいい子でいようとしてしまう。そうやって見栄を張って自分を良く見せようとしてドツボにはまるのだ。


「案山子さんの友達はいいですね」

「俺の友達?」

「はい。案山子さんといると自分のままでいていい気がしてほっとします」 


 案山子は山の上に出ている星を見た。都会では見たことのない数の星が瞬いている。


「この世の全てのものが原子で出来てるって知ってる?」

「原子?」

「そう、ぜーんぶ。穂高も俺も草も稲も服も全部」


 なんだか難しい話だ。原子記号はテストにも出てくるけどテストのために記憶しているだけであまり得意じゃない。穂高の顔にはてなが書いてあっただろうが案山子はお構いなしに続けた。


「原子の中にはフォトンっていう物質があって、すっごく小さいけど微量に光を発してる」

「はぁ……」


 こういう話できる当たりきっと頭のいい人なんだろうなと感じる。どうしてここにいるのか尚更不思議だ。



「人間は微量に光を放っているわけだけど、それが怖い怖いって光を放つと、人にも怖いっていう光を放ってそれが伝わる」


「怖がってる雰囲気が分かるとか、そう言う意味ですか」


「うん。そう思ってもいい。怖がってるのとか嬉しがってるのとか、表情からじゃなくて空気で伝わったり」


「そういうの、何となく分かります」


 前の学校でいじめられていた時は嫌な雰囲気や空気を感じとることが多かった。被害妄想と言われればそれまでだがつらい事に変わりはない。



「フォトンは人に伝わる。ここまで理解OK?」

「なんとなく、はい」 


 何が言いたいのかまだよくわからないが、穂高はとりあえず頷いた。


「このフォトンが人に影響を与えるならば自分にも影響を与える物質って言う理屈は分かる?」


「そう、ですね、他人に影響を与えるのなら、自分にも影響する」


「だから、大丈夫、できるって言葉で自分に言い聞かせてるとその影響を受けて本当にできるようになる」


「そんなに簡単に?」


 言葉にして言い聞かせてできるようになるなら誰も苦労はしない。でも案山子は断言した。


「そういうもの。ただしそれを考えてる時に、あーやっぱ不安なんだよなぁって別のベクトルに考えを分散させると弱まるから一つに集中させないとだめ」


 もしかして何か怪しい宗教をしている人だろうか。若干の不安を感じた穂高だったが今のところ何か買ったらうまくいくとか、そういう変な話は出ていない。



「自己暗示みたいなもん」

「そういわれると分かる気がします」


 要は自分に言い聞かせる自己暗示。それならば理解できる。
 

「でもそんな簡単にいきますかね」

「実行すれば分かる」

「……」

「今胡散臭いって思ったろ」

「あ、いえ、そうではないですけど」

 と言いつつ実はうさん臭いとは思っている。

「ほら、胡散臭いって伝わってる」

「これはフォトンで伝わってるんじゃなくて、経験値で分かるやり取りですよね」

「そうともいう」


 ふふふと男が笑うので釣られて穂高も笑った。
 

 揶揄われているのだろうかと思ったが、悪い気はしなかった。知らない人なのに悩みを聴いてもらうだけで気分がスッキリしたし、話してしまうと自分が悩んでいることは解決できないほど大きな事ではないと思えてくる。自信を持てば自分にも克服できる。案山子が言いたいのはきっとそういう事なんだろう。

「自分から話かけるのは怖いと思うけど、一歩踏み出したらきっと大丈夫」

「はい……頑張ってみます。案山子さん、ありがとう」

 案山子さんと言われてまた男は笑いだしそうな顔をした。

「もう寒なってきたからそろそろ帰り」

「はい」

 案山子さんもイノシシに気を付けてというと、慣れているからと笑った。男に促されて穂高は夜の田んぼを後にした。



 

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