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しおりを挟む崇は園芸学部の学生なので土を触る事が多いのは実家にいる時と一緒だが座学の時は真っ白なシャツを着て毎日過ごした。洗練された白。下は汚れても破れても気にならない流行り廃りのないジーンズ。そうしていれば田舎臭さを消してくれるような気がして好きだった。
ある時、作業をする授業があるのを忘れて白シャツを着て土を触らなければならない日があった。お気に入りのシャツだったが使っていた道具が当たったのか背中にも汚れが着いて違う学部の大城という学生に指摘された。
「波田野君、背中汚れてる」
「え、うそ」
「ほら、左側」
言われて崇は振り返ったが自分では見えなかった。大城は履いていた作業用の手袋を脱ぎ、ピアノでも弾いていそうな長い綺麗な指でここら辺と指差して笑った。
「あ、ありがとう」
大学の下宿先の同級生は都会の子たちが多かった。大抵が親元を離れたい子たちで一人暮らしは費用が嵩むから一人暮らしをするなら格安の寮でという理由が殆どだった。自分と同じように田舎から出てくる人が多いのだろうと思っていたが違った。作業をするために大抵つなぎを着ていた自分とは服の着方から靴の履き方までが違う。同じような服装を真似てみてもどこかあか抜けない感じが残る自分のセンスがなんだか恥ずかしかった。自分だけまだ地元に縛られているようで心地悪い。同じ授業を受けている子たちも寮内には沢山いたが気後れして自分から話しかけられずなかなか友達ができなかった。都会に出てきたのだから都会っぽい感じの人たちと友達になれるのだと漠然と夢見ていたのだが現実と理想は残酷なほどに違う。
そんな中知り合った大城は学内では有名だった。生物学部という偏差値の高い学部の生徒で背が高く足が外国人モデルのように長い。目鼻立ちがくっきりしていて涼しそうな目元は切れ長なのに優しそうに見える。入学式の際に新入生代表挨拶をするほど成績も優秀だった。
微生物やミクロやマクロの世界を研究している大城だったがたまたま大学敷地内で微生物採取をする作業が園芸学部と重なり、寮も同じなので大城が声を掛けた。お互い気が合うのが分かりすぐに仲良くなった。
崇は昔から周囲に気を使うタチで幼い弟が寂しそうにしていないか父親がしんどそうにしていないか、声を掛けたり母親の分まで色々気を配ってきたおかげで人の心情や行動に敏感で知りたくもないような事を気づくのも早く、大城が自分と同じ性癖を持っていることに暫くして勘づいた。
崇自身そうであるかもしれないとは薄々感じていたが、はっきり分かったのは大城の友人を通して滅多にない合コンに誘われた時だった。女の子と今すぐ付き合いたいと思っていたわけではなかったが人波の経験は一通りしておきたいという考えは常々あり、参加することにした。
「波田野君、今日も白いシャツだ。よっぽど好きなんだね。あれ、緊張してる?」
大城が女子たちと合流する前に硬くなっている崇に訊いた。
「え? うん、まぁ、俺こういうの初めてで」
「高校の時とかしてこなかったの?」
「全然。俺んとこ、母親早くに亡くしたし、家農家やってるからずっと農作業の毎日。勉強した時間より農作業の時間の方が長い位」
「そうなんだ。大変だったんだね」
「慣れるとそうでもないけど」
「そんなものかな」
「そんなもんじゃ」
「あれ、方言?」
「あ、田舎臭かったじゃろか。あ、また出た……気緩んだらすぐに出る」
クスクスと声を殺しながら大城が笑うので、やっぱり田舎臭いんだなと眉を下げていたら大城がフォローを入れた。
「ごめん、そうじゃなくて、方言が可愛くて」
「か、可愛い?」
男なのに可愛いと言われて嬉しいと感じる自分はどこか変だと崇は思う。
「方言っていいよね」
「でも、田舎丸出し。これじゃ合コンでも馬鹿にされるじゃろ」
「そんなことないよ。寧ろモテるかも」
「うそじゃ」
「ほんと」
そう大城が言った通り崇は大モテだった。高い声でくるくると体の向きを変えて笑顔を振り舞く女子大生たちは終始楽しそうに騒いだ。
「え? O県? 行ってみたい~」
「何が有名?」
「桃とか、団子とか……あんまりなんもない県じゃから」
「やだ、じゃからって~! 可愛い~」
可愛い~と言いつつ女子の誰もが大城を見ているのに暫くして男子たちは気づいた。当の大城はというと素知らぬ顔で食べ物を適度に口にしながら初めて合コンに参加する崇を見守っている。女子たちはみな大城狙いというのを明け透けにするのを控えてイジりやすそうな方言がところどころに出る崇を自分たちのアピールに使おうと決めたようだった。他の男子たちは可もなく不可もなし。特にイジれるところもなし。と言った判断だろうか。女子たちに揶揄われてモテていたように見えた崇だったが内心どっと疲れていた。四人対四人の合コンは大城が二次会に参加しないという一言で女子の二人が帰り、残った二人と人数を合わせるためにも崇は二次会を辞退した。
大城と二人で寮まで帰ることになり、崇は安堵した。
「はぁ……合コンってあんなに疲れるもんか」
「慣れるとそうでもないけど」
「そんなものかな」
「そんなもんじゃ」
「どっかで聞いたような」
「ふふふ、波田野君といると何故か自分のままでいていい気がしてほっとするよ」
いたずらっぽく笑う大城は崇の目を見ていた。女子たちを見ても可愛いなと思うだけでドキリとはしないのに、大城に笑い掛けられると心臓が鳴る。崇が少し目線を逸らすと大城は前を向いて訊いた。
「また合コンあったら誘っていい?」
「うーん。ああいう感じならもうええような……」
「もしかしてうちの学校に好きな女子とかいたりした?」
「いや、そうやないんじゃけど。なんか気ぃ使いすぎて自分出せんから、耐えられそうにないけぇ」
「すごい方言でまくり」
「え、ごめん」
「いいよ。嬉しいから」
「え?」
「波田野君が気を許してくれてる証拠だから」
気が緩むと許すは少し意味合いが違うけどと言いそうになったが、整った顔でウィンクをされると暗がりでも分かるほど顔が真っ赤になったのでやめた。
「疲れたけど、楽しかった」
「ならよかった。でも本当に波田野君はよかったの?女の子たちは二人になったけど僕が抜けてもあの二人なら波田野君さえ興味あれば次につながると思ったけど」
「別にほんまに恋人がほしくて参加したんじゃないけぇ」
「えっ?」
「あっ」
大城といると方言になってしまい、つい本音までポロリと出てしまう。大城になら話してもいいと思えるから不思議だ。
「そうなの?」
「う、うん。あんまり恋人とか、ようわからんし」
「いいよ、恋人。なかなかできないけど」
「大城君はモテるからすぐにできるじゃろう」
「それが案外難しいんだな」
背が高くて顔もよくて頭もよくてこんなに恰好良い友達は他にいないのに、それでも恋人はできないのか。世の中は厳しいな。そう言って笑うと大城は急に崇の腕を引っ張って暗い横道に入った。
「恋人同士ってどんなのか知りたい?」
目がきらきら潤んでいた。女の子じゃないのにイケメンに袖を引っ張られてドキドキしてしまう。
そりゃ知りたいが気になる人はいつも世間の常識とズレている。自分には一生できないのかもしれないなどと悲観的な考えが過る事もある。でもそれを言うと大城に引かれるかもしれない。
「興味がないわけじゃない」
「じゃぁ僕が教えてあげる」
「え?」
「教えてくれるってどういう……」
「こういう……」
背の高い大城の綺麗な顔が近づいたかと思うと唇に冷たいものが触れた。崇の初めてのキスは突然奪われた。嫌悪感もなく自然に受け入れてしまったキスは、初めは冷たく、でもその後熱く、崇は以前から感じていた自身の違和感が何だったのかこの時知った。
ずっと母親みたいな役割をしてきた。常に自分が色んな事を見ておかなければならなかった。弟の事、農作業の事、家の事、父親の事。中高の青春なんてなかった。大城とのキスが青春の始まりなのだろうと思うと嬉しくてたまらなくなった。大城がその青春を手繰り寄せて自分の目の前に広げて見せてくれているような気がした。
そして恋人というものがどういうものか、崇は大城を通して知ることになった。
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