オッドアイの守り人

小鷹りく

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Chapter 2:緑

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ほら、また俺の目を見てる――。

 朝ごはんを買おうと立ち寄ったコンビニで、パンを持ちレジ前に並んでいる時にすれ違った女性客の一人が、俺の目を珍しそうに見た。

 何故自分の目を見ているのが分かるかと言うと、勿論目が合うからだ。大体の人は右目と左目と両方見て顔を逸らしていく。


 俺の名前は鹿波海静、かなみかいせい25歳の一部上場企業に勤める普通の会社員だ。俺の右目は淡い緑で左目が茶色。両親はいたって普通の日本人。先祖にも特に外国人はいない。生まれつきこの色だ。


 たまにあるらしい遺伝子のきまぐれ。オッドアイ(Odd eye)ー両目が同じ色じゃないこと、医学的には虹彩異色症―のせいで、小さい頃周りの子供達からよくからかわれた。社会人になった今も好奇の目を向けられる事は珍しくない。髪色は薄い栗色。アルビノとは違う。虹彩だけに突然変異があるのは猫に多いそうだが、人間にも稀に起こるらしい。


 昔はこの外見が嫌いだった。目のことをからかわれて、「外人だ」とか「変人」だとか文句をつけられる。ハーフと呼ばれる言葉がすでに存在した時代ではあったが、いい意味をもつような今の時代とはわけが違ったので、嫌な思いはたくさんした。


 低学年の頃には不登校になったこともある。今となってはシングルマザーという言葉もあるが、当時は父親がいない事が珍しい時代で、俺は容姿に加え家庭環境的にも肩身の狭い気持ちで過ごしていた。


 でもどこかで特別感を感じていた。人と違うことは怖くなかったから。一人でいることは怖くなかったから。


 俺には変な力がある。でもそれは人に話して面白いものでもなければ、持っていて得したこともないものだ。


 それは俺の事を嫌いな奴が緑のフィルターを被ったように見えるだけで何の役に立つことも無い。変人扱いされても嫌なので、たった1人にしか話したことはない。


 コンビニの店員からは何の色も発されなかった。いつもの店員だから慣れているのだろう。


 他の客の目が気になるけれど、何にも気づかないフリをして買い物を済ます。


 最近は目が悪くなくてもカラーコンタクトを入れる人も多いから、特に珍しくもないと思うけど、やっぱり片目ずつ色が違うのはいつの時代でも不思議なのかもしれない。


 コンビニの袋を持ち、車に乗り込み、袋とカバンを助手席に置いた。

 月曜は気が重いが仕事場へ向かう。会社へは車で40分ほどだ。

 車を停めた駐車場を出て会社の門をくぐり、社員用カードでタイムカード機のピッという音がなるのを確認すると、やっと落ち着いた気分になる。歩いてオフィスの建物に入る途中で、電車でやってくる同僚たちと合流した。親しみのある後ろ姿を見つけて小走りで追いついた。足音に気付いたその男が振り返って挨拶をくれる。


「おはよう、鹿波かなみ

「おはよう、染谷そめや

 染谷は俺の同期だ。口数はお互い少ないが、気の置けない数少ない友人の一人だ。いや唯一と言っていいだろう。


「今日はすごく寒いね」

 寒さでこわばった顔を手のひらで軽く触りながら染谷が言う。

 綺麗に整った仕立ての服を着て靴はいつもピカピカ。背も高く185㎝はある。姿勢もピンとしていて恐らく100人に聞けば99人はイケメンだというだろう美しく整った顔に凛とした空気をまとっている。彼をイケメンだと思わない1人は意地っ張りな変人だろう。外見だけではなく中身を知っている俺も100分の99人側だ。彼が友人である事はある意味俺の自慢でもあった。愛想は良いが誰かれ構わず朗らかに話す輩ではなく自分の認めた人間以外には辛辣である事も有名だ。

 彼は運動神経抜群で、そしてマラソンやロードバイクもしているらしく、腹筋がバキバキに割れているのを更衣室で見た事がある。所有する車はマセラッティ。庶民には頑張っても手が出せない高級車だ。でも電車通勤にしているのは、朝の渋滞に巻き込まれて遅刻などする危険を冒さない為だという。恐ろしいくらいの完璧主義者。うらやましい。いや、うらやましいが半分うらやましくない。俺はそんなに自分を律せられない。彼の生活スタイルはきっと俺には成し得ないだろう。


「あー、月曜日が始まったなぁ。。」

 彼といると素が出て愚痴が出てしまう。

「なんだよ、もうしんどいの?」

「月曜だからしんどいんだよ、週休3日でやっとワークライフバランスが取れるってもんだよ」

 染谷は軽くふふふ、そうだね と笑ってフロアへ入っていった。

 俺は給湯室でコーヒーを入れる。朝の一杯を飲みながら、金曜の夜から溜まったメールを読んでいくのが月曜日の俺のルーティンなのだ。デスクトップに電源を入れて、ブルーライトカットのメガネをかける。これをかけていると、視界自体が少し暗く見える為、俺の事に嫌悪感を持つやつの色が普段ほど気にならなくなってくれるので有難い。

 一度この力の事を確認したくて、目の精密検査をした事があるが、基本的に嫌悪感を抱かれていないと色は出てこないため、"特に問題無い"との、無難な結果だった。医師と看護師さんはオッドアイを見るのが初めてだったらしく、何度も観察されたが、そういうのは慣れっこだった。

 会社でブルーライトカットのメガネをかけるのは自身の目の色をぼやかす為でもある。

 ほとんど客とは接する事のない間接部門所属だが、派遣の女の子や、知らない部署の人たちが見ると時間を食われて、おきまりの不思議だね、トークをしなければならなくなる。

 染谷とは違う部署だがフロアは同じだ。たまに一緒にコーヒーブレイクをするのが唯一の楽しみだが、染谷は設計部門に所属していて、なかなか忙しい。付け加えて彼の優しさに漬け込んで仕事を頼む同僚が多くいるのを聞いているが、それでも残業は殆どせずに済むほど有能なやつである。さて、今週何回染谷とコーヒーブレイク出来るだろうか……。
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