オッドアイの守り人

小鷹りく

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chapter 37 No use crying over spilt milk

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『言ってしまった。』



染谷は自分の秘めた心を彼に伝えてしまった事を即座に後悔した。



桃色なんて、誰がどう考えてもそっち方向の色だし、予想がつくものだ。伝えずともいずれ解る感情だが、今日は抑えられなかった。



帰って来たとき、ソファに寝ていた彼を見て、また昏睡状態に陥ったのではないかと怖くて堪らなかった。時間が止まってしまったようだった。そっと彼の心臓に耳を当てて、心臓の音を聞く。自分の鼓動が煩くてちゃんと聞こえない…どうか寝ているだけでありますように…。




――ドクドクとゆったり動いている。脈は正常、寝ているだけだ。だが揺り起こして声を聞くまでは安心できない。どうぞ何事もなかったように起きてくれますように…祈りながら肩を揺すった。




うっすらと目を開けてくれた瞬間、やっと時間が動き出した。苦しい悪夢を見ませんでしたか?痛いところはありませんか?聞きたい言葉が口から溢れそうになるのを堪えた。抱きしめずには居られなかった。




この先どう転ぶかわからない。昏睡の二日半、あのまま戻ってこないかとさえ思えた。伝えたい時に伝えねば、彼がいつどうなるか保証はない。命を落としてきた彼の先祖達の事を考えると不安の種は尽きない。




彼とのやり取りが余りにも心地よく、私にだけ見せてくれる屈託のなさを愛しく思った。自分で制御できない気持ちをあの目で見透かされ、告白めいた説明をせねばらなくなったのは、彼に私の心が丸裸で見えているも同然だからだ。




不可抗力的に私の心情を彼に伝える形になってしまったが、それは彼が私に持ってくれている絶対的信頼を裏切る行為だったのではないか…。

私は肝心な事を忘れていた…——自分が男だという事を。


愛は性別を超えるという恋愛主義者の月並みな言葉は彼には適用してはならない。


男性から性的虐待を受けた過去を持つ者にとっては、男性からの愛の告白は思い出したくも無い辛い過去を掘返す恐怖そのもので、それ以外の何ものでもないだろう。彼への心的負担を考えずに口走った自分の思考回路を疑う。


彼を溺愛する余り的確な判断が出来なくなってしまっている自分に狼狽した。ただでさえ大切なのに、彼の行動は一挙一挙庇護欲をそそる。一緒に居れば居るほどそれは一層強まる。感情の制御は得意とするところだと自認していたつもりだが、彼の事になるとさほど融通が利くものではないと判明した。


私とした事が…、どれ程盲目になってしまっているのだろう。

冷静にならねばこれから彼を危険な目に合わせてしまうかもしれない…

私の抑えられない感情のせいで彼が怯えるなど、本末転倒もいい所だ。


彼に自制しなければならない感情を読み取られる事で、身の危険を感じられたら、私は守り人として離れなければならなくなる。

そんな選択肢は私にはない。


告白したも同然だが、ここは平然と構えて、出来るだけ海静様への気持ちを抑えて行動せねば…。


その日悶々と眠れぬ夜を過したのは染谷も同じだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





ゆっくりと寝て、9時前に起きてきた海静は机にある書き置きを読む。




『海静様、おはようございます。朝食はテーブルに、昼食は冷蔵庫に入れて御座います。筋トレは無理のない範囲で行っていただけますようお願いいたします。

課長には私から事情を説明しておりますので、会社の方はご心配なく。

石原は、9時、12時、15時、18時と三時間ごとにお電話を入れますので、ご返答をお願いいたします。染谷』



感情の告白の次の日は監視のご通達かよ?忙しい奴だ。でも気まずい雰囲気の中で食事をするのだろうかとも考えて早く起床できなかった海静は、2割寂しく、8割ほっとしていた。彼の感情がどういったものなのか判断できないが、まだ顔を合わすのは恥ずかしい気がした。


置手紙通り9時ちょうどに石原さんから電話が来た。


『おはようございます。石原で御座います。海静様、お体いかがでしょうか?』


「おはよう。うん、大丈夫だよ、ありがとう。俺今からご飯食べて、その後隣のジム部屋で筋トレするから、ご心配なく。」


『はい、かしこまりました。ではまた12時におかけいたします。』


「了解」


染谷のやつ、俺を軟禁するつもりだろうか?来週は会社に行ってもいいよな?


海静はぶつくさ言いながら、過保護な染谷の愛情にくすぐったさを感じ、しかしどこかで沸き起こる不安も感じるのだった。
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