オッドアイの守り人

小鷹りく

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第二部 オッドアイの行方ー失われた記憶を求めて

大人

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 両耳を塞ぐと声は聞こえなくなった。俺は戸惑った。何が起きてるんだ?感情のコントロールや洗脳は出来ても赤乃さんの様に心は読めない筈。

 俺に赤乃さんの力が転移したのか…?

 元々感情を色で識別できる能力があるし闇から解放された時、確かに染谷の声は俺に届いていた。肉体は一緒なのだから赤乃さんが持ち合わせている能力を使えるようになっても不思議ではないが…。

 困惑する俺の気も知らないで、染谷はまた俺の手を取り、労わるように撫でてくる。するとまた彼の声が流れ込んできた。
 愛しているだの、綺麗だの、時を止めてしまいたいなどと恥ずかしい睦言をいくつも俺の頭に吹き込んで、俺は頭から湯気が出そうだった。



 *




 病室のドアをノックする音が聴こえて俺は急いで返事をした。助け舟だ。

「はい、どうぞー!!」

 早く入ってきてくれ…。

「海静様、お加減いかがですか?」

 石原さんと東さんとフィンが揃って入ってきた。

 自身では考えもつかないありとあらゆる賛辞の言葉にぐったりしていた俺はここぞとばかりに彼の手を振りほどいた。どうやら心の声は手を介して聞こえると言うことがわかったのだが、手を握ると何故か赤面する俺を見るのが楽しいらしく、気づいているのかいないのか、染谷がなかなか手を離してくれなかった。染谷にまだこの能力の話はしないで置こう…。心の中で俺はそう呟いた。

 東「あれ…海静さん、顔が真っ赤よ!熱があるんじゃない?感染症とかにかかってたら大変!看護師さん呼びましょう!」

 そう言って東さんは入室して早々ナースコールのボタンを押そうとした。ずっと染谷に手を触られて赤面しっぱなしだっただけで、熱はない。

 海「ありがとう、東さん。でも大丈夫、ちょっと部屋が暑いだけだからっ。」

 東「そう?でも熱一応測っておきましょうよ。染谷さんもデレデレしてないで、ちゃんと海静さんの体調見て下さいよ、その為に泊まり込んでもらってるんですから。」

 染「え…?デレデレって…そんなつもりは…。」

 石「染谷様、鼻の下伸びてます。」

 染「!?」

 染谷は石原にそう言われて鼻の下を触った。そして染谷がハッとする。

 石「はは、お返しですよ。」

 染「……。」

 三人は楽しそうだった。フィンは一人、少しつまらなそうに染谷がいる反対側のベッド脇に座った。イライラしているのが分かる。

「…どうだよ、調子は?」

「うん、もうそろそろ点滴もいいって。起き上がって足のリハビリに歩きましょうって言われてるんだ。まだ縫ったところは引き攣るけど、筋肉や神経の損傷もないから心配ない。」

「元気なら良い。なぁ…歩けって言われてるなら二人で少し散歩行かねぇか?」

 フィンはまるで俺と彼以外他に人が居ないかの様に話し、珍しく真面目に聞いた。何か話したいことがあるのだろう。

「…良いよ。肩を貸してくれ。石原さん、東さん、二人とも来てくれたのに直ぐ席を外して申し訳ないけど、フィンと少し散歩に行くよ。車椅子を取ってくれないか。」

 太腿の傷は深くは無いが何針か縫っていて完全に閉じきっていないから、階段を昇降するのはできるだけ避けて動きなさいと医師から言われている。

 染谷は少し怪訝そうにフィンを見ると車椅子を広げ、俺は肩を借りて車椅子に乗った。

「お気をつけて。フィン、海静様に無理させないように頼む。」

「ふんっ、分かってら。」

 エレベーターに乗り、一階まで降りて庭に出るまでフィンが車椅子に乗った俺を押す。庭先は小さいが病室に籠っているより健康的だ。数本の大きな木々の間から流れ込む風が頬を撫でて心地いい。

「気持ちいいな、外は。歩いてもいいんだけど…。」

「無理するな。散歩は口実だ。」

「わかってるよ。何か話したい事があるんだろう?」

「あぁ…。俺達のさ…店焼けちまっただろ?俺やルオや店構えてた奴ら皆んな困ってたんだけどさ、あのヨシオミって人が色々中国企業側に手回してくれて…結局あのビルは売らずに済むらしいんだ。被害についても店舗やビルの復元費用は保険会社から払われる事になって…。」

 店が保険で復元されるのは有難い。お金のかかる事だし、皆んな助かるはずだ。

「そりゃ良かったよ。じゃあまたルオの店が開いたらみんなで飲めるじゃないか。」

 俺はフィンを振り返った。だがフィンはあまりぱっとしない顔のままだった。

「どうしたんだ…店も元に戻るし、ビルも出て行かなくて済むんだ。一件落着じゃないのか…?」

 不服そうな顔をしたフィンは俺から目を逸らし、木陰へと車椅子を移動させ車輪を固定すると黙ったまま俺を抱き上げてそっと草の上に下ろした。俺は木に凭れかかり、フィンは俺の横に座ったが、俯き加減で元気がない。こんなに元気のない彼を見るのは初めてかも知れない。本当に何があったんだ。俺は彼が喋り出すのを待った。

 少しの間黙っていたが溜息を吐いて、フィンが口を開く。

「…今回の事で、俺は自分の不甲斐なさを痛感した。誘拐の奪還もお前一人にさせてしまったし、ビルの契約だって俺じゃあの大きな企業とやり合うなんて到底不可能だった。
 それに比べてヨシオミは…喧嘩もびっくりする位強いし、金持ちそうで、巨大な企業に影響力もある。何もかも敵わねぇ…。俺じゃお前を守ってやれなかった…。お前が俺の事子供だって言った意味がよく分かったよ。」

 辛そうに自分の腕を掴み、悔しさに耐えている。

「…子供だなんて本当に思ってた訳じゃない。お前は良くやったよ。俺の言う事聞かずに現場に乱入して心配だったけど、お前が居たから染谷達はきっと間に合ったんだ。」

「いや、結局俺はお前を一人で危険な目に合わせたんだ。キスに浮ついて、こんな怪我をさせてしまった。俺が一緒について行ってたらここまで酷い事になって無かった筈だ。俺だってもっと闘えたんだ。好きな奴一人守れねぇで、何て情けない男なんだって…、自分が許せなくて。」

「フィン…。」

 フィンはいつだって真っ直ぐだ。真っ直ぐ想い、真っ直ぐに向き合う。それは自分自身に対してもそうだった。誰かの所為にしてしまえば楽なのに、自分を責めて哀しんでいる。彼は何も悪くないのに…。

「——なぁフィン、俺はこの国に来て良かったと思う事が沢山ある…。そりゃ始めは仕事だって大変で、生きていくのも大変で、孤独だった。でもお前とジェスが居てくれて、俺は今までで一番ちゃんと生きていたと感じる。お前がいなければ俺はいつだって後ろを向いてきっともっと躓いていた。お前と出会えた事、本当に感謝してるんだ。自分を責めないでくれ。」

「だけど…、お前はこんなに傷を負って…。」

 奥歯をぎりっと噛み締めて、拳をグッと握り、怒りの矛先を自分に向けようとしている。いつも前を見ているフィンに悲しい顔をさせている事は俺にとっても辛い事だった。

「お前を骨抜きにして置いて行ったのは他の誰でもない、俺だよ。お前とジェスが無事で居てくれる事が何より嬉しい。元気を出せよ、いつものように笑ってくれ。俺はすぐに後ろ向きに歩いてしまうんだ。お前が笑ってないと俺も元気が出ないよ、ほらっ。」

 俺は手を伸ばして彼の口角を指で広げて無理やり笑顔を作ろうとした。彼の目が刹那に潤む。

「なぁ…お前、やっぱりアイツらと日本へ帰るのか…?」

 石原さんと東さんはもうすぐ帰ると言っていたけど、染谷は傷が完治するまで俺と香港に滞在すると言っていた。俺はどうしたいのか決めていたが、場所の事まで考えてなかった。

「場所なんて本当はどこでもいいんだ。大切な人が傍に居ればそれで…。」

「…その…大切な人って、ヨシオミのこと、…だろう?」

 フィンは俺の目を見る。強い意志を持った正直な目で俺の答えを受け止めようとしてる。こんな素直な青年に誰が嘘をつけるだろう。

「…ああ、そうだよ。彼が ”逢いたいけど逢えなかった人” …だ。」

「そうか…やっぱりアイツか…。」

 ふっと自笑してフィンは空を仰ぐ。

「やっぱりアイツかよ…。あいつじゃ…敵わなねぇなぁ…。」

 空を見ながらフィンは涙を堪えているようだった。心が痛い。彼を傷つけてしまって辛い。でも若く前途ある彼にはちゃんと真っ当な人生を送って欲しい。フィンの事を思うならば尚更…。俺は間違っていない、そう自分に言い聞かせる。

「フィン、お前の事傷つけるつもりじゃなかった。愛しいと思った気持ちに…あの時キスした想いに嘘はない。だけど今の自分の気持ちに嘘もつけない。」

「分かってるよ…何年お前の事見てると思ってるんだ。丸三年だぞ。」

 そう言うとフィンは笑顔を作って、目尻から一筋涙を流した。

「戻るか…。」

「うん…。」

 フィンは手を差し出した。俺はその手を握り、足を庇いながら立ち上がった。片足を庇う姿勢で体制を崩した俺は彼に寄りかかりながら車椅子に戻る。繋いだままの手からフィンの声が流れてきた…。



『…好きだ…

 …お前の事が好きだ

 お前を諦めたくない

 お前の事が何より大事なのに…

 お前を誰にも渡したくない

 好きだ…カイ…、好きだ』


 甘く切ないその響きに心臓が止まりそうになる。

 染谷が現れなければ、俺はフィンと共に過したのだろうか。
 それともフィンの将来を考えれば、やはり諦めたのだろうか。
 彼を愛しいと思う気持ちは、俺の心の一部になっていて、彼を苦しめる事が辛くて堪らなかった。

 フィンは早く大人になりたいと、一言ポツリと呟いて、俺達はそれ以上言葉を交わさずに病室までゆっくり時間を掛けて戻った。
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