雪の記憶 ー僕を救った妖精ー

小鷹りく

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第二十六話

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 ユキトは悴む両手に息を吐きながら山を登った。後ろから不満の声が漏れる。

「やっぱりこの服じゃ寒いな、失敗した」

「だから言ったじゃないか」

 振り返りながらユキトは声を掛ける。

「だって研究所から戻って来たばっかりなのに、まさか山に登るって言い出すなんて思ってなかったから」

「その格好じゃ街中でも風邪を引くよ。山頂まで歩けば汗が出る程暖まるさ、ほら、マモルは相変わらず世話が焼けるよ」

「どっちがだよ、毎晩成果が出ない出ないって電話で泣き言言うのはお前の方だろ」

 そうだね、とユキトは笑いながら手を差し出して水野の手を引っ張った。

 ユキトは水の循環を研究する機関で研究員として働いている。水不足が急速に進んだ世界でその研究所は大きな役割を担っていた。ユキトは穢れのない美しい雪を降らせる為に昼夜問わずその身を水の研究に捧げ、繰返し実験を行い水に含まれる科学物質を取り除く巨大な濾過装置を開発していた。作った装置の第一号はユキトの地元に設置されている。少しでもこの山に美しい雨を、雪を降らせたい、その一心でユキトはずっと研究を続けていた。


 ———どこかで躓くだろうか、山頂まで登れるだろうか、大人になったユキトは心の隅で登れない事を期待しながら歩いた。大人になった自分が登れないと言う事、それは永雪が居る事を意味する。水質が劇的に向上したという調査結果をやっと手にして戻ってきたユキトは、きっと永雪の体の一部に出来る雪を、雨を、降らせているとそう信じたかった。

 だがその淡い期待も虚しく二人は二度目の登頂を果たした。

 初めて見た時と同じ様に広がる美しい雪野原にあの時よりも少し大きさを増した山桃の樹が堂々と聳えている。

「やっぱり立派だね……」

「そうだな」

 ユキトは泣きそうになる顔を見られないよう繋いでいた手を離し、山桃の幹を両手で抱きしめた。耳を当てると幹の中を走る水音が微かに聞こえる。

 抱きしめながらユキトは永雪の言葉を思い出していた。

『愛の言霊を捧げてくれ』

 ユキトの血が清直の血と言う言葉を聞いた後、自分はきっと清直の子孫だと思ったユキトは母親に尋ねた。実は近くの寺の家系が親戚でその家系図を遡ると清直と言う人物が居た事を突きとめている。永雪は清直の血を引くユキトの血を集め、清直の身体に補完したのだろう。清直を永雪と同じ存在にするにはあと、愛の言霊、が必要だ。


 永雪がして欲しいと言った事はこう言う事で合っているのだろうか、ユキトは自信が無かったが試すしかなかった。結界が無いと言う事はもう永雪は居ないのかも知れない。けれど試さないで居るのは馬鹿げていた。やっと分かった気がしていたから。


 水野の手を引き樹の根に二人で座ると、ユキトは一度深呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 精一杯優しく、自分の心が伝わるように、間違えないように、心を込めて呟いた。

 ユキトの言葉を聞いた水野の目に大きな水溜りが浮かび頬に沢山の涙が流れる。流れた涙が輪郭を伝い土に滲みると、小さな風がそこから生まれた。

 その風に誘われ粉雪が花吹雪の様に舞い、そうして舞った雪が雪野原の真ん中まで流れると、雪が何度も渦を巻き、その渦の中に永雪が姿を現す。

 そしてその渦の中にはもう一人、髪を括った着物姿の人が立っていた。


「永雪さん……!」


 フワリと長い髪を揺らして永雪は隣にいる清直を見つめて愛しそうに微笑んだ。そしてユキトを振り返ると優しい声で呟いた。



『————ありがとう、ユキト』



 永雪の声はユキトの耳にだけ届き、二人は再び粉雪となって空へと舞い上がった。

「あっ……」

 水野が叫ぶ。

「おいっ、見たか!?今の、お前にも見えた?あの人……」

 そう言ってユキトを振り替えると、ユキトは笑いながら泣いていた。子供のようにぼろぼろと、我慢せずに泣いていた。

「……うん、マモル、いっぱい話そう、僕まだ話してない事が沢山あるんだ」


 山桃の樹の下で、二人はいつまでも話していた。


 


 そして今年もユキトとマモルは二人に逢いに山へ登る。




 山桃の花言葉
「ただ一人を愛する」





 Fin  


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