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月にて・下
14-2「それは違う!」
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「え? 航空隊隊員の関係?」
声を出したのは、その月の洒落たオープンテラスを持つレストランでクロウとアザレアとテーブルを囲むトニアである。
三人は月の地下都市で軽くウィンドウショッピングを楽しんだ後、このテラス席でランチを取り、食後のティータイムを楽しんでいる最中だった。
話題を出したのはクロウである。クロウは航空隊に所属しながらも、航空隊の隊員の関係性について図りかねていた。彼が航空隊に所属してから日数に直してまだ3日といった所だ。それも仕方のない事であった。
だからクロウはこの席で「航空隊のみんなの関係やみんなの事をなるべく教えてくれないか? 勿論言える範囲で大丈夫だ」とトニアとアザレアへ問いかけたのだ。
「ああ。問題あるだろうか? 僕は確かにみんなの情報を『インストール』されて知っている部分もあるけれど、みんながどんな『人間』で、どんな『人生』を歩んできたのかを知らない。それって『仲間』として、凄く『不誠実』な事だと思うんだ。勿論、一人一人の突っ込んだ事情については、本人に聞くのがいいだろう。でも人となりとか、君たちから見てどういう人であるとかは聞いておきたい」
それを聞いたトニアはクロウの顔をまじまじと眺めた。
「クロウ君は『真面目』よね。優等生って感じ」
「そう言ってくれると嬉しいな。僕は、努めてそうありたいと思って生きている。兄が僕の目標だからね」
クロウはそう言いながら肩をすくませて「凄すぎる人だから、なかなか追いかけるのも大変なんだ」と言っておどけた顔をして見せた。
それを見たトニアとアザレアはアイコンタクトを取ってお互いに頷いた。
「わかったわ。そういう事なら喜んで協力する。航空隊員の私達の知っているお話をしましょう」
「すまない。助かる。勿論陰口や悪口じゃなくていいんだ。別に僕は『仲間』の弱みを握ろうだなんて思わない」
トニアが最初に選んだのは順番的にというか、隊長であるユキの事である。
「クロウ君は、多分『ユキちゃん』の事がまだ苦手だと思うけれど、『彼女』は愛情というものにとても飢えているの。ちょっと違うかな? 『家族』かもしれないわ」
クロウはゆっくりと頷く。ユキの一見突飛にも見える行動は彼女らの死生観の中であっても飛び切りだろう。ユキは当初からクロウに対する『肉体的接触』を積極的に行おうとしていた節がある。その理由の一端が今トニアの口から語られようとしていた。
「私とユキちゃん。それとミーチャは『軍属』になる前からの友人なの。別に隠しているつもりも無いからなんとなく分かるかも知れないけれど」
聞けば彼女たちは同じ町の出身だったのだと言う。
「ユキちゃんはね。孤児だったの。私の地元の町には『孤児院』があってね。彼女はそこの出身。あの子は親も知らなければ本当の名前も分からない。だから孤児院の院長先生の名前に名前を頂いて、彼の養子になったわ」
さらりと語られるユキの過去はクロウが想像していたよりもずっと『重い』事実だった。
「ああ、すまない。そこまで突っ込んだ事情は……」
「いいえ、聞いてクロウ君。ユキちゃんはその事を恥じた事も隠したことも無いわ。だからコレは聞いて大丈夫」
トニアにそう遮られてしまえばクロウは黙って聞くしかない。
「ユキちゃんがどうしてあの孤児院に居たのか、私も噂程度にしか知らないわ。でも、小さな町だったから、彼女の事は『誰でも知って』いた。12年前に大きな『戦争』があったのは知っているでしょう? 彼女はそれよりもずっと前に『独り』だったのよ」
その12年前の戦争とは宇宙歴3490年の『第四次火星戦役』の事である。つまり、その戦争が始まった当時ユキは6歳。トニアは5歳だったのである。
「でもね、あの戦争は多くのものを奪ったけれど、ユキちゃんに『親友』を一人だけ巡り合わせたわ。それが、『第四次火星戦役』で両親を失ったミーチャだった。もっとも、彼女達と私が会ったのはもう少し後の事だけれど」
クロウは想像する、だからこそユキとミーチャは互いに信頼し合っているのだろう。そして、ユキもミーチャもトニアに対して『一目』置いているというのだろうか、そのような空気も感じていた。
「クロウ君の生きた時代からは想像できないかも知れないけれど、私達が暮らすこの『現代』では12歳になると『幼年士官学校』へ入学できるわ。クロウ君で言うところの『中学校』かしら? 勿論普通に中学校もあるわ。でも私達の町には『幼年士官学校』しか無かった。軍事的な訓練がある以外のカリキュラムは中学校と一緒だったから、私達の町ではその『幼年士官学校』に入るのが普通だったわ」
その手の『幼年士官学校』は世界各地にあると言う。クロウはその少ない人生経験から想像する。それがそれだけ世界各地にあるという事は、『軍人』の需要が世界各地にあるという事に他ならない。
恐らく、ではあるが、この世界の秩序体制というものはクロウの時代で言うところの『永世中立国』の考え方に近いのではないだろうか?
その『中立』という言葉にのみ視点を向けるといかにも平和的に見える単語であるが、その『中立』を維持する為に例えばクロウの時代のとある国家は、国民が皆軍事訓練を義務としていた。
事実、クロウのインストールされた知識の中に『義勇軍』という単語もある。これは民間人が自らの意思で自分が暮らす『地域』を守護する『軍隊』である。
「私とユキちゃん、そしてミーチャが会ったのはそこよ。彼女達の第一印象は『典型的な不良』だったわ。当時は相当やんちゃだったの」
それはクロウにも薄々想像できた事実でもあった。だが、当事者から聞かされると事実として彼女らの印象が深まってくる。だが、そうだとすると、いかにも優等生然とするトニアとユキ達の接点は何処にあったのだろうか。
「僕にはトニアも『優等生』に見えるな。そんなやんちゃなユキさん達と何処で接点があったのだろうか? 歳も違うから学年も別だったんだよね?」
「ふふ、そう思うわよね? でもユキちゃん達と会ったのはちょっとした『勘違い』だったの」
そのトニアのやんわりとした説明にアザレアが補足する。
「ユキとミーチャを、トニアがぼこぼこにした。弟のグンナルが絡まれていると勘違いした。実際は違う生徒に虐められていたグンナルを、ユキとミーチャが助けていただけなのに」
「ああああ! アザレア! どうして言っちゃうの! なんとなく誤魔化そうとしていたのに!!」
つまりそういう事があったらしい。実際トニアは強い。クロウは航空隊でVR訓練を行った際に合間に行った徒手格闘訓練を思い出していた。トニアは武術の心得のあるクロウと互角の格闘戦のスキルを持っていた。航空隊の徒手格闘の間違いなくトップである。
「つまり、トニアは昔から武術を嗜んでいたんだね」
言われてトニアは顔を朱に染める。
「もう。実家が『道場』を兼ねていただけよ。グンナルも嗜んでいて腕前は確かなのだけど、あの子は昔から気が小さいのと優しすぎるから絶対に自分からは手を出さないのよね」
言いながら、トニアはクロウから顔を背けた。クロウは一人なるほどとうなずく。トニアはつまり、ミツキと同じような家庭環境で育った少女なのだ。だと言うのにこの違いは何であろうか、クロウは自身の幼馴染をトニアにしなかった神を一瞬呪った。
「ありがとう。これでトニア達の事が少しわかった気がするよ。それで、3人はそのまま『つくば』に乗ったのかい?」
「ええ、ユキちゃんとミーチャが1年先にね。私は『二期生』になるわ」
ここでクロウはまた頷く。つまり、『幼年士官学校』を中学校、『つくば型』を高校と置き換えればクロウにも想像しやすい。彼女達は同じ中学校の卒業生のようなもの。という訳である。
「つまり、弟のグンナル君だっけ? 彼もお姉さんを追いかけて来たんだね。姉弟仲が良くて羨ましいな。僕の兄貴とも仲良くしていたつもだけど、歳が離れていてね。同じ環境で勉強するという経験が無いんだ。素直に羨ましいよ」
この時、トニアは医務室で目撃したタイラーの顔を思い出していた。その素顔はクロウのその顔の造形と『なごり』とでも言うのだろうか、似通っていた。そしてミツキとの前後の会話である。十中八九、クロウの兄はタイラーであろう。だが、トニアはそれをこの場で口に出すほど浅慮ではない。その事実はそっと自身の心に仕舞っておくこととした。
「私とグンナルは同期。同じ『三期生』」
次に口を開いたのはアザレアだった。クロウは頷く。階級的にもそれは納得できる話であった。アザレアは軍曹、グンナルは伍長であったはずである。双方の階級の違いは一つしかない。
「アザレア。君の事を聞いていいだろうか? 今朝、シド先輩から『君のようなフォース・チャイルド』の子が珍しいと言う話を聞いてからずっと引っかかっていたんだ。言いにくいなら言わなくてもいい。僕はその違いでアザレアの印象を変える事なんてしない」
その言葉に、アザレアはこっくりと頷く。
「構わない。クロウには知っていて欲しい。私も他の『フォース・チャイルド』とまったく同じVR情緒経験を受けた。でも、他の『フォース・チャイルド』のような『社交的』な個性が発生しなかった。私は私が『失敗作』なんだとずっと思っていた」
「それは違う!」
その言葉を聞いたクロウは、即座に語気を強めて否定した。
「そうよ、クロウ君。私もアザレアと初めて会った時からそれは『言っていた』わ」
そう、アザレアは自身の性格の他の『兄弟達』との差異に関して強いコンプレックスを抱いていた。それは仲間である航空隊達の言葉も届かない程に。だが、それを偶然に打ち破って見せた存在が現れた。
「クロウのお陰。クロウは『会ったばかり』の私に『アザレアもアザレアだ』と言ってくれた。ずっと、ずっと引っかかっていたモノを、クロウは私の中から取り払ってくれた。私はクロウの信じる私を信じる事が出来た。だから、かは分からない。でも、私はクロウを『欲しい』と思った。他人に対して『このような欲求』を覚えたのは初めてだった」
面と向かって言われてクロウは赤面し、黙るしか無かった。
「私はその感情を知らなかった。クロウに『アザレアもアザレアだ』と言ってもらった夜。必死でその感情を調べた。姉妹の一人が教えてくれた。それが『恋』という感情だと」
アザレアは身振り手振りを含めながら、その時の様子を語る。喋るのは苦手であるのに、この想いをこの場に居るトニアとクロウに伝えきると言う気持ちで。
「私はそれを教えて貰えて、私が『失敗作』じゃないと初めて自覚できた。今ここにいる私は、私という個性なのだと。だから、私はクロウを『守ろう』と思った。なるべく傍に居たいと思った。私が一番なんかじゃなくていい。近くに私が居る事を許して欲しい」
言い終えて、アザレアは顔を下に向けて朱に染めた。
「そうだったのか」
クロウはこの時初めて、アザレアがなぜ急にクロウを好きだと言い出したのか、その理由を知った。
「クロウ君。こんな事を『恋敵』の私が言うのもおかしいかもしれないけれど、アザレアを近くに居させてあげてくれないかしら? それはいつか、貴方自身が自分の伴侶を決める時までで構わない。こんなに『自分』を表現するアザレアを私たちは見たことがないの」
下を向くアザレアの背を摩|《さす》りながら、トニアは言う。
「誓うよ。僕はトニアもアザレアも『絶対に泣かせたり』なんかしない」
自然に、クロウの口からするりと言葉が出た。
「正直、アザレアの想いに比べれば私自身の貴方への『想い』はずっと薄いかもしれない」
それを聞いたトニアの感想である。
「違う。トニアもクロウが好き。私がクロウを好きだと言った日、ケルッコにからかわれてトニアが逃げて行った後、グンナルに相談しに行ったって知ってる」
それを聞いたトニアのアザレアの背中を撫ぜていた手がぴたりと止まる。アザレアが意外な事を言ったからである。
「機関室にだって、私の『兄弟』はいる。あの日、トニアがなかなか帰ってこなかったから私は探しに行った。機関室でグンナルと話すトニアを見た。近くにいた『兄弟』にトニアの様子を聞いた。『兄弟』はトニアがグンナルに『好きな人が出来たかもしれない』と言っていたと言っていた」
アザレアはトニアの自身の背を撫ぜていた手をそっと握る。
「トニアはとてもモテる。いろんな男子から『交際』を提案されていたのを見た。トニアはそれを全部断っていた。だから、私はトニアがクロウを好きなのは本当だと思う。トニアがクロウの隣に『居て』ほしい。私なんかじゃなくて、いい。『つくば』に来てから、私に一番優しくしてくれたのは、トニア。きっと、クロウにも一番優しくしてくれる」
アザレアはその金色の瞳に溢れんばかりに涙を溜めて言う。
「バカ! そんな理由で譲られてもちっとも嬉しくなんかない。『貴女』自身が幸せにならなきゃダメじゃない! 貴女は私のバディでもあるのよ? 貴女が幸せなら私も幸せだわ」
トニアは言いながらアザレアを抱きしめた。彼女自身も涙を流して。
クロウはその二人のやり取りを見て、自分の浅慮を呪った。こうなる可能性など、十分に考え至るだけの事前の情報があったはずだ。結果的にクロウは目の前で二人の少女を泣かせてしまっている。
「すまない。二人とも。僕が不甲斐ないばかりに」
そのクロウの素直な謝罪に涙を見せる二人の少女は声を揃えてクロウに言う。
「「バカクロウ!」」
彼女たちは悲しくて泣いている訳ではない。溢れ出す感情を涙として表現しているだけなのだ。
クロウは二人に何故怒られたのか分からず目を白黒させるしかなかった。
声を出したのは、その月の洒落たオープンテラスを持つレストランでクロウとアザレアとテーブルを囲むトニアである。
三人は月の地下都市で軽くウィンドウショッピングを楽しんだ後、このテラス席でランチを取り、食後のティータイムを楽しんでいる最中だった。
話題を出したのはクロウである。クロウは航空隊に所属しながらも、航空隊の隊員の関係性について図りかねていた。彼が航空隊に所属してから日数に直してまだ3日といった所だ。それも仕方のない事であった。
だからクロウはこの席で「航空隊のみんなの関係やみんなの事をなるべく教えてくれないか? 勿論言える範囲で大丈夫だ」とトニアとアザレアへ問いかけたのだ。
「ああ。問題あるだろうか? 僕は確かにみんなの情報を『インストール』されて知っている部分もあるけれど、みんながどんな『人間』で、どんな『人生』を歩んできたのかを知らない。それって『仲間』として、凄く『不誠実』な事だと思うんだ。勿論、一人一人の突っ込んだ事情については、本人に聞くのがいいだろう。でも人となりとか、君たちから見てどういう人であるとかは聞いておきたい」
それを聞いたトニアはクロウの顔をまじまじと眺めた。
「クロウ君は『真面目』よね。優等生って感じ」
「そう言ってくれると嬉しいな。僕は、努めてそうありたいと思って生きている。兄が僕の目標だからね」
クロウはそう言いながら肩をすくませて「凄すぎる人だから、なかなか追いかけるのも大変なんだ」と言っておどけた顔をして見せた。
それを見たトニアとアザレアはアイコンタクトを取ってお互いに頷いた。
「わかったわ。そういう事なら喜んで協力する。航空隊員の私達の知っているお話をしましょう」
「すまない。助かる。勿論陰口や悪口じゃなくていいんだ。別に僕は『仲間』の弱みを握ろうだなんて思わない」
トニアが最初に選んだのは順番的にというか、隊長であるユキの事である。
「クロウ君は、多分『ユキちゃん』の事がまだ苦手だと思うけれど、『彼女』は愛情というものにとても飢えているの。ちょっと違うかな? 『家族』かもしれないわ」
クロウはゆっくりと頷く。ユキの一見突飛にも見える行動は彼女らの死生観の中であっても飛び切りだろう。ユキは当初からクロウに対する『肉体的接触』を積極的に行おうとしていた節がある。その理由の一端が今トニアの口から語られようとしていた。
「私とユキちゃん。それとミーチャは『軍属』になる前からの友人なの。別に隠しているつもりも無いからなんとなく分かるかも知れないけれど」
聞けば彼女たちは同じ町の出身だったのだと言う。
「ユキちゃんはね。孤児だったの。私の地元の町には『孤児院』があってね。彼女はそこの出身。あの子は親も知らなければ本当の名前も分からない。だから孤児院の院長先生の名前に名前を頂いて、彼の養子になったわ」
さらりと語られるユキの過去はクロウが想像していたよりもずっと『重い』事実だった。
「ああ、すまない。そこまで突っ込んだ事情は……」
「いいえ、聞いてクロウ君。ユキちゃんはその事を恥じた事も隠したことも無いわ。だからコレは聞いて大丈夫」
トニアにそう遮られてしまえばクロウは黙って聞くしかない。
「ユキちゃんがどうしてあの孤児院に居たのか、私も噂程度にしか知らないわ。でも、小さな町だったから、彼女の事は『誰でも知って』いた。12年前に大きな『戦争』があったのは知っているでしょう? 彼女はそれよりもずっと前に『独り』だったのよ」
その12年前の戦争とは宇宙歴3490年の『第四次火星戦役』の事である。つまり、その戦争が始まった当時ユキは6歳。トニアは5歳だったのである。
「でもね、あの戦争は多くのものを奪ったけれど、ユキちゃんに『親友』を一人だけ巡り合わせたわ。それが、『第四次火星戦役』で両親を失ったミーチャだった。もっとも、彼女達と私が会ったのはもう少し後の事だけれど」
クロウは想像する、だからこそユキとミーチャは互いに信頼し合っているのだろう。そして、ユキもミーチャもトニアに対して『一目』置いているというのだろうか、そのような空気も感じていた。
「クロウ君の生きた時代からは想像できないかも知れないけれど、私達が暮らすこの『現代』では12歳になると『幼年士官学校』へ入学できるわ。クロウ君で言うところの『中学校』かしら? 勿論普通に中学校もあるわ。でも私達の町には『幼年士官学校』しか無かった。軍事的な訓練がある以外のカリキュラムは中学校と一緒だったから、私達の町ではその『幼年士官学校』に入るのが普通だったわ」
その手の『幼年士官学校』は世界各地にあると言う。クロウはその少ない人生経験から想像する。それがそれだけ世界各地にあるという事は、『軍人』の需要が世界各地にあるという事に他ならない。
恐らく、ではあるが、この世界の秩序体制というものはクロウの時代で言うところの『永世中立国』の考え方に近いのではないだろうか?
その『中立』という言葉にのみ視点を向けるといかにも平和的に見える単語であるが、その『中立』を維持する為に例えばクロウの時代のとある国家は、国民が皆軍事訓練を義務としていた。
事実、クロウのインストールされた知識の中に『義勇軍』という単語もある。これは民間人が自らの意思で自分が暮らす『地域』を守護する『軍隊』である。
「私とユキちゃん、そしてミーチャが会ったのはそこよ。彼女達の第一印象は『典型的な不良』だったわ。当時は相当やんちゃだったの」
それはクロウにも薄々想像できた事実でもあった。だが、当事者から聞かされると事実として彼女らの印象が深まってくる。だが、そうだとすると、いかにも優等生然とするトニアとユキ達の接点は何処にあったのだろうか。
「僕にはトニアも『優等生』に見えるな。そんなやんちゃなユキさん達と何処で接点があったのだろうか? 歳も違うから学年も別だったんだよね?」
「ふふ、そう思うわよね? でもユキちゃん達と会ったのはちょっとした『勘違い』だったの」
そのトニアのやんわりとした説明にアザレアが補足する。
「ユキとミーチャを、トニアがぼこぼこにした。弟のグンナルが絡まれていると勘違いした。実際は違う生徒に虐められていたグンナルを、ユキとミーチャが助けていただけなのに」
「ああああ! アザレア! どうして言っちゃうの! なんとなく誤魔化そうとしていたのに!!」
つまりそういう事があったらしい。実際トニアは強い。クロウは航空隊でVR訓練を行った際に合間に行った徒手格闘訓練を思い出していた。トニアは武術の心得のあるクロウと互角の格闘戦のスキルを持っていた。航空隊の徒手格闘の間違いなくトップである。
「つまり、トニアは昔から武術を嗜んでいたんだね」
言われてトニアは顔を朱に染める。
「もう。実家が『道場』を兼ねていただけよ。グンナルも嗜んでいて腕前は確かなのだけど、あの子は昔から気が小さいのと優しすぎるから絶対に自分からは手を出さないのよね」
言いながら、トニアはクロウから顔を背けた。クロウは一人なるほどとうなずく。トニアはつまり、ミツキと同じような家庭環境で育った少女なのだ。だと言うのにこの違いは何であろうか、クロウは自身の幼馴染をトニアにしなかった神を一瞬呪った。
「ありがとう。これでトニア達の事が少しわかった気がするよ。それで、3人はそのまま『つくば』に乗ったのかい?」
「ええ、ユキちゃんとミーチャが1年先にね。私は『二期生』になるわ」
ここでクロウはまた頷く。つまり、『幼年士官学校』を中学校、『つくば型』を高校と置き換えればクロウにも想像しやすい。彼女達は同じ中学校の卒業生のようなもの。という訳である。
「つまり、弟のグンナル君だっけ? 彼もお姉さんを追いかけて来たんだね。姉弟仲が良くて羨ましいな。僕の兄貴とも仲良くしていたつもだけど、歳が離れていてね。同じ環境で勉強するという経験が無いんだ。素直に羨ましいよ」
この時、トニアは医務室で目撃したタイラーの顔を思い出していた。その素顔はクロウのその顔の造形と『なごり』とでも言うのだろうか、似通っていた。そしてミツキとの前後の会話である。十中八九、クロウの兄はタイラーであろう。だが、トニアはそれをこの場で口に出すほど浅慮ではない。その事実はそっと自身の心に仕舞っておくこととした。
「私とグンナルは同期。同じ『三期生』」
次に口を開いたのはアザレアだった。クロウは頷く。階級的にもそれは納得できる話であった。アザレアは軍曹、グンナルは伍長であったはずである。双方の階級の違いは一つしかない。
「アザレア。君の事を聞いていいだろうか? 今朝、シド先輩から『君のようなフォース・チャイルド』の子が珍しいと言う話を聞いてからずっと引っかかっていたんだ。言いにくいなら言わなくてもいい。僕はその違いでアザレアの印象を変える事なんてしない」
その言葉に、アザレアはこっくりと頷く。
「構わない。クロウには知っていて欲しい。私も他の『フォース・チャイルド』とまったく同じVR情緒経験を受けた。でも、他の『フォース・チャイルド』のような『社交的』な個性が発生しなかった。私は私が『失敗作』なんだとずっと思っていた」
「それは違う!」
その言葉を聞いたクロウは、即座に語気を強めて否定した。
「そうよ、クロウ君。私もアザレアと初めて会った時からそれは『言っていた』わ」
そう、アザレアは自身の性格の他の『兄弟達』との差異に関して強いコンプレックスを抱いていた。それは仲間である航空隊達の言葉も届かない程に。だが、それを偶然に打ち破って見せた存在が現れた。
「クロウのお陰。クロウは『会ったばかり』の私に『アザレアもアザレアだ』と言ってくれた。ずっと、ずっと引っかかっていたモノを、クロウは私の中から取り払ってくれた。私はクロウの信じる私を信じる事が出来た。だから、かは分からない。でも、私はクロウを『欲しい』と思った。他人に対して『このような欲求』を覚えたのは初めてだった」
面と向かって言われてクロウは赤面し、黙るしか無かった。
「私はその感情を知らなかった。クロウに『アザレアもアザレアだ』と言ってもらった夜。必死でその感情を調べた。姉妹の一人が教えてくれた。それが『恋』という感情だと」
アザレアは身振り手振りを含めながら、その時の様子を語る。喋るのは苦手であるのに、この想いをこの場に居るトニアとクロウに伝えきると言う気持ちで。
「私はそれを教えて貰えて、私が『失敗作』じゃないと初めて自覚できた。今ここにいる私は、私という個性なのだと。だから、私はクロウを『守ろう』と思った。なるべく傍に居たいと思った。私が一番なんかじゃなくていい。近くに私が居る事を許して欲しい」
言い終えて、アザレアは顔を下に向けて朱に染めた。
「そうだったのか」
クロウはこの時初めて、アザレアがなぜ急にクロウを好きだと言い出したのか、その理由を知った。
「クロウ君。こんな事を『恋敵』の私が言うのもおかしいかもしれないけれど、アザレアを近くに居させてあげてくれないかしら? それはいつか、貴方自身が自分の伴侶を決める時までで構わない。こんなに『自分』を表現するアザレアを私たちは見たことがないの」
下を向くアザレアの背を摩|《さす》りながら、トニアは言う。
「誓うよ。僕はトニアもアザレアも『絶対に泣かせたり』なんかしない」
自然に、クロウの口からするりと言葉が出た。
「正直、アザレアの想いに比べれば私自身の貴方への『想い』はずっと薄いかもしれない」
それを聞いたトニアの感想である。
「違う。トニアもクロウが好き。私がクロウを好きだと言った日、ケルッコにからかわれてトニアが逃げて行った後、グンナルに相談しに行ったって知ってる」
それを聞いたトニアのアザレアの背中を撫ぜていた手がぴたりと止まる。アザレアが意外な事を言ったからである。
「機関室にだって、私の『兄弟』はいる。あの日、トニアがなかなか帰ってこなかったから私は探しに行った。機関室でグンナルと話すトニアを見た。近くにいた『兄弟』にトニアの様子を聞いた。『兄弟』はトニアがグンナルに『好きな人が出来たかもしれない』と言っていたと言っていた」
アザレアはトニアの自身の背を撫ぜていた手をそっと握る。
「トニアはとてもモテる。いろんな男子から『交際』を提案されていたのを見た。トニアはそれを全部断っていた。だから、私はトニアがクロウを好きなのは本当だと思う。トニアがクロウの隣に『居て』ほしい。私なんかじゃなくて、いい。『つくば』に来てから、私に一番優しくしてくれたのは、トニア。きっと、クロウにも一番優しくしてくれる」
アザレアはその金色の瞳に溢れんばかりに涙を溜めて言う。
「バカ! そんな理由で譲られてもちっとも嬉しくなんかない。『貴女』自身が幸せにならなきゃダメじゃない! 貴女は私のバディでもあるのよ? 貴女が幸せなら私も幸せだわ」
トニアは言いながらアザレアを抱きしめた。彼女自身も涙を流して。
クロウはその二人のやり取りを見て、自分の浅慮を呪った。こうなる可能性など、十分に考え至るだけの事前の情報があったはずだ。結果的にクロウは目の前で二人の少女を泣かせてしまっている。
「すまない。二人とも。僕が不甲斐ないばかりに」
そのクロウの素直な謝罪に涙を見せる二人の少女は声を揃えてクロウに言う。
「「バカクロウ!」」
彼女たちは悲しくて泣いている訳ではない。溢れ出す感情を涙として表現しているだけなのだ。
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