現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン

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 8階層の階段室に到着し、野営準備を終えた俺は夕食のキャンプ飯を作った。

 今日のメニューは、デビルスカラップの貝柱の刺身と、デビルスカラップの焼き貝柱の二品だ。

 それだけ?って思われるかもしれないが、例のサイトによると、ダンジョン探索中の探索者の食事は、浅い階層だとおにぎりやパンが殆どで、中には弁当を持って来る探索者もいるらしいが、深い層に潜る探索者は殆どが嵩張らない保存食が主流らしい。

 その保存食の内容は、固く焼締められたビスケットやクラッカーと、ビーフジャーキーやスルメなどの乾き物、そしてドライフルーツなどが多くを締めているそうだ。

 軽くてコンパクトで嵩張らない物ばかりだ。

 そんな探索者の食事事情を考えたら、今夜の俺の食事は豪華を超えるゴージャスなのがおわかりになるだろう。

 そしてその豪華な食事をいよいよ実食する。

 まずは刺身から。

 醤油は直にかけてあるので、殻に乗った一口サイズの刺身を箸で持ち上げ、口に運ぶ。

 口に入れた瞬間から口に広がる甘み、その甘みを引き立てながらも己の主張を忘れない、醤油の塩味。

 貝柱を噛むと、甘くネットリした感触が歯に伝わって来て、そこから更に歯を食い込ませると、繊維は程よい抵抗をしてから、プツッと弾ける様に噛み切れた。

 噛み切れた瞬間、繊維の切断面から溢れる甘味、貝柱の持つ暴力的までの旨味、それを醤油が引き立てて、その味を楽しもうと咀嚼するが、数回噛むと貝柱は消えてしまう。

 あまりの美味さに時間が止まってしまったが、気を取り直して次は米と楽しんでみる事にする。

 刺身をご飯に乗せて、それを一気に口に掻き込む・・・、ダメだ。

 この貝柱の刺身は、米と出逢う為に生まれて来たのだろう・・・。

 ここまで美味い貝柱の刺身を食べた事が無い。

 俺は刺身に箸を伸ばそうとするも思いとどまり、焼き貝柱に向かう事にした。

 火が入り過ぎると固くなりそうなので、コンロからは外してあるが、それでもまだ醤油が焦げる香りと、貝柱が焼ける香りが湯気と共に漂って来る。

 [香りの暴力]、この香りを嗅いで正気を保てる人間が、はたしてどれくらいいるのだろうか?

 少なくとも俺には無理だった。

 程よく火の通った焼き貝柱を箸でつまみ、口に近付ける。

 口に近付けたら[香りの暴力]はより一層強くなり、抗う事は出来ないほどの強さになった。

 貝柱と醤油だけでこれだ。

 これにバターが加わったら、どれほど恐ろしい事になるのだろうか?

 俺は口を開いて焼き貝柱を口に入れた。

 ・・・・・・、美味い・・・。

 それ以上の言葉が見つからない。

 地上で食べる[地球産の焼き帆立]とは比較出来ないほどの、強い旨味がある。

 まず最初に焦がされた醤油の香ばしさが口と鼻を襲って来る、少し遅れて焼けた貝柱の風味が口と鼻を支配する、この時点で完敗だ。

 加熱した事により焼締められた貝柱は、噛むと歯を跳ね返そうと軽い抵抗
をして来るが、強く噛むと『ブツッ』と小気味の良い音と共に、弾ける様に解けていく。

 そして断ち切られた繊維の断面からは、焼いても豊富に残っている貝柱の肉汁と共に旨味が口の中に溢れ出し、その旨味を焦げた醤油の香りと塩味がブーストさせる。

 美味すぎる・・・。

 ダンジョン産食材が、深い層のダンジョン産食材が、超高級品と言われて高額で取引されている事が頷ける。

 こんなものを食べたら、こんな味を知ってしまったら、地上の食材を食べられなくなる・・・。

 この世に生を受けてから20年も経っていないが、これは知ってはならない[禁断の味]だ。

 この味の為に探索者を続けている人がいるのも理解が出来る。

 色々な事を考えるも、箸はとまらない。

 刺身、ご飯、焼き、ご飯、刺身オンザライス、焼きオンザライス、焼き、刺身、と食べ進めていると、ある事に気が付いた。

 それはとても恐ろしい事だった。

 目の前に用意した夕食を、気付かないうちに完食していたのだ。

 食事に夢中になり完食していた事さえ気付かない・・・、いや気付けないほど暴力的な美味さの虜になってしまっていた。

 とてつもなく美味く、とてつもなく恐ろしい食事を終えた俺は、十分満腹になっているが、追加でデビルスカラップを調理しようとさえ思ってしまった。

 だがそこはグッと堪えて、食事の余韻を楽しみながら、就寝の準備をする事にした。

 調理器具を片付け、調理の際に出たゴミや貝殻を袋に入れてから収納する。

 そして歯を磨き、濡れたタオルで体を拭いてから、マットの上に横たわった。

 横たわりながら[魔刃]と[自然治癒]のオーブを握って、[スキル取得]と念じた。
 
 ダンジョン内でスキルを取得するのは無謀だと感じたが、階段室は基本的にモンスターは出て来ない。

 そして昨日の騒動があって、この階層まで潜れる探索者は、まだ地上か良くても中層までしか辿り着けていないだろう。

 だから俺はある程度の危険を承知で、スキルを取得して戦力の底上げを行う事にした。

 スキル取得を念じると、いつも通りの慣れる事は無い激痛が襲って来た。

 ソロで潜るダンジョン内で、無防備になってしまうのは正直不安だが、強さを求める為なら、そんな甘えさえも捨てなければ強くはなれない。

 襲いかかって来る激痛が俺自身の許容範囲を超え、脳が勝手に意識を遮断する。

 そして俺は翌朝まで意識を失ったまま、階段室のマットの上で横になっていた。

ーーーーーーーーーー

 [虫の知らせ]、誰もが一度は聞いた事がある言葉だ。

 不意に悪寒を感じたり、胸騒ぎがしたり、そこには居ない人から呼ばれる声が聞こえたりと、虫の知らせの感じ方は様々だが、魔界にあるファントムナイト族の砦の中にいるカミュは胸騒ぎという形で虫の知らせを受けていた。

 [主様がダンジョン内で危険に晒されている]と・・・。

 胸騒ぎを感じたカミュは、魔力を使って遠く離れた場所を見る事が出来る魔道具、[千里眼の鏡]を使ってシンの居る場所を確認した。

 シンが居たのは比較的安全と言われている攻略済の階段室・・・、だがそこはダンジョン内で、しかも一人で仮眠を取るのではなく、意識を失っている。

「主様が危ない!」

 そう呟いたカミュは、桜ダンジョンの8階層階段室へ移動する為に空間を切り裂いて、切り裂いた空間に入って行った。

 そして桜ダンジョンの8階層階段室の空間を切り裂いて階段室に入ると、意識を失って横たわる自分の主の姿が見えた。

 カミュはシンに近付くと、

「主様も無謀な事を考えられる。しかし私がいる以上、主様を危険には晒さない」

 そう呟いて、翌朝シンが目覚めるまで、シンの護衛をしたのであった。

 
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