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貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。
「……っ、んん!…はぁ…清登くん、まって、ちょっと、速い……っ」
「待たない。浩志、こっち向いて。ちゃんと俺を見て」
湿り気を帯びたシーツが、激しい動きに合わせてくぐもった音を立てる。
都内の一等地にある高級マンションの一室。学生が一人で住むには広すぎるその空間は、今や濃密な蘭の香りに似たアルファのフェロモンで満たされていた。
矢野浩志は、自身の細い指をシーツに食い込ませ、のけ反るようにしてその快楽に耐えていた。自分を組み伏せ、執拗に攻めてくるのは、この国の経済を動かす田宮財閥の御曹司、田宮清登だ。
「あ、はぁっ……清登くん、苦し、……い」
「苦しいくらいがいいんだ。そうすれば、お前は俺のことしか考えられないだろ?」
清登は浩志の細い手首を片手でまとめ上げ、頭上へと固定した。自由を奪われた浩志は、潤んだ瞳で恋人の顔を見つめる。
彫刻のように整った、冷ややかなほどに美しい顔立ち。
大学でも氷の御曹司と囁かれる清登は、誰に対しても等しく無関心で、冷徹なまでの理性を保っている。しかし、こうして二人きりで肌を重ねる時だけは、その奥に潜む狂気的なまでの独占欲が顔を出した。
「浩志、好きだよ。お前の全部、俺が管理してあげたい」
「……また、極端なこと言ってる……」
浩志が困ったように笑うと、清登は独占欲を隠そうともせずにその唇を塞いだ。
浩志は劣性オメガだ。フェロモンも薄く、身体も弱く、そして何より家が酷く貧しい。
大学の奨学金を維持するために必死に勉強し、学食の一番安いメニューで腹を満たすような自分と、生まれながらにしてすべてを手に入れた清登。
交わるはずのない二人の線が重なったのは、一年前の雨の日、図書館の片隅だった。
「ねえ、清登くん……どうして僕なの? 他にもっと、綺麗なオメガなんてたくさんいるのに」
「……またそれか。何度言わせるんだ。俺が好きなのは、世界中で浩志、お前だけだ」
清登の言葉には一切の迷いがない。
浩志がバイトを増やそうとすれば「俺が養うから、そんな必要ない」と本気で不機嫌になり、他のアルファが少しでも浩志に近づけば、翌日にはその学生が浩志の視界から消えている。
それは愛というにはあまりに重く、執着というにはあまりに純粋な、二人だけの箱庭だった。
「……っ! あ、やだ、そこ、……清登くん、あつ、い……」
清登の舌が、オメガにとって最も敏感なうなじの突起をなぞる。
劣性である浩志の身体は、優性アルファである清登の刺激に過剰に反応し、内側からとろけるような熱を帯びていく。
清登は、浩志が自分なしでは息もできないほどに翻弄されるのを、満足げに眺めていた。
「浩志、お前は俺だけを見ていればいい。他の何も考えるな。お前の世界のすべてを俺で埋めてやる。大学卒業したら、番になろう。」
「う、うん…。……うれしいな。」
その冷たい唇が、再び浩志の唇を塞ぐ。
甘い窒息感の中で、浩志は漠然とした不安を感じていた。
あまりに幸せすぎて、あまりに熱すぎて、このまま灰になってしまうのではないか。
自分のような持たざる者が、こんな完璧なアルファの隣にいていいはずがない。
いつか、この夢から醒める時が来る。
その予感は、清登に抱かれれば抱かれるほど、浩志の胸の奥で黒い染みのように広がっていった。
数時間後。行為を終え、清登の腕の中でまどろんでいた浩志は、ふと枕元に置かれた清登の腕時計を見た。自分のアパートの家賃が何年分払えるか分からないほどの、高級な腕時計だ。
「……清登くん、起きてる?」
「ん……起きてるよ。どうした?」
清登は浩志の細い腰をぐいと引き寄せ、背後から鼻先をうなじに押し当てた。その仕草はまるで、自分の獲物に印をつける獣のようだ。
「明日、バイトあるんだ。そろそろ帰らなきゃ」
「休めばいいだろ。浩志、そんなに必死に働いてどうするんだ。必要なものは全部俺が買ってやるって、いつも言ってるじゃないか」
「それはダメだよ。……清登くんに甘えすぎたら、僕、本当になにもできなくなっちゃう」
浩志が苦笑混じりに言うと、清登は少しだけ不機嫌そうに目を細めた。
「それでもいい。俺なしじゃ生きていけない身体にして、一生ここに閉じ込めておきたい」
「……あはは、怖いこと言わないでよ」
浩志は冗談として受け流したが、清登の瞳は全く笑っていなかった。その本気すぎる執着が、時折浩志を怖気づかせる。けれど、それ以上に彼から与えられる体温と愛情が心地よくて、浩志は逃げ出すことなんて考えもしなかった。
————
翌日。大学のキャンパスを歩く二人の姿は、否応なしに注目を集めていた。
長身で端正な顔立ちの清登。
その隣で、どこか自信なさげに歩く小柄な浩志。
「清登、今日の放課後、例のプロジェクトの件で教授が……」
声をかけてきたのは、同じくアルファの家系の令嬢だった。彼女は清登に用事があるふりをして、露骨に浩志を無視し、突き刺すような視線を送る。
浩志は縮こまって、清登から少し距離を置こうとした。しかし、清登はそれを許さない。
「浩志、離れるな」
清登は公衆の面前であることも厭わず、浩志の肩を抱き寄せた。令嬢の顔が屈辱で歪む。
「用件ならメールで送っておけ。今は浩志と昼飯を食いに行くところだ」
取り付く島もない冷淡な拒絶。清登は浩志以外の人間には、驚くほど容赦がない。
学食に向かう道すがら、浩志は小さな声でこぼした。
「清登くん、あんな態度とらなくても……。あの子、すごく怖かったよ」
「お前を傷つける視線を送る奴に、優しくする必要なんてない。浩志、お前は俺の隣にいるんだ。もっと堂々としていろ」
「……うん。でも、やっぱり僕、釣り合わない気がしちゃって」
浩志の胸をかすめたのは、昨日から感じていた不安の影だった。
清登は田宮の一人息子。いずれはこの国を背負って立つ存在だ。対して自分は、実家の家計を支えるために端金のバイトに明け暮れる劣性オメガ。
そんな浩志の不安を察したのか、清登は足を止め、浩志の両頬を大きな手で包み込んだ。
「釣り合うかどうか決めるのは俺だ。いいか、浩志。何があっても、俺が離さない。お前も俺の手を離すな。約束だ」
清登の真剣な眼差しに、浩志は小さく頷くことしかできなかった。
「……うん。約束するよ」
その時、浩志のポケットでスマートフォンが震えた。
清登に隠れるようにして画面を確認すると、そこには見覚えのないアドレスから、短く事務的なメールが届いていた。
『田宮清登様の件で、至急お話したいことがございます。明日、以下の場所へお越しください。——田宮家・秘書室』
浩志の指先が、目に見えて震えた。
ついに、来てしまった。
幸せな箱庭の壁が、音を立てて崩れ始める予感がした。
———————
指定されたのは、大学から少し離れた場所にある、静謐な趣の高級料亭だった。
矢野浩志は、着古したカーディガンを握りしめ、場違いな空間に身を縮めていた。案内された個室に入ると、そこには清登に似た冷徹な美しさを湛えた、中年の女性が座っていた。清登の母、田宮景子だ。
彼女は浩志を一瞥すると、まるで汚れた物を見るかのような冷ややかな笑みを浮かべた。
「あなたが、清登がお付き合いしているという……矢野浩志さんね」
「……はい。はじめまして。あ、あの、今日は……」
「挨拶は結構。時間は貴重なのよ、お互いに」
景子はテーブルの上に、一枚の書類と分厚い封筒を置いた。
「単刀直入に言うわ。清登と別れて。息子は田宮の跡取りとして、相応しい家柄のアルファと婚約することが決まっています。あなたのような劣性オメガが、彼の隣に居続けることは、彼自身の未来を汚すことなの」
浩志の喉が、ヒュッと鳴った。
わかっていた。いつかこうなることは、ずっと前から分かっていたはずだった。けれど、突きつけられた現実は、想像していたよりも何倍も鋭く浩志の心を切り裂いた。
「清登くんは……なんて……」
「彼が納得するはずがないでしょう? だから、あなたが去るのよ。彼に愛想を尽かさせる必要はない。ただ、黙って彼の前から消えなさい。清登を本当に愛しているのなら、彼が歩むべき道を塞がないであげて」
景子の言葉は、刃物のように正確に浩志の弱点を突いた。
自分は清登の足枷だ。清登が自分と一緒にいることで、彼が受けるはずの賞賛や、彼が築くはずの輝かしいキャリアを奪っているのかもしれない。
「これは、あなたの家族への支援と、当面の生活費よ。これを受け取って、二度と清登に近づかないと約束しなさい。……あなたの貧しいご実家、大変なんでしょう? 借金もあると聞いているわ」
浩志は、テーブルに置かれた封筒を見つめた。
そこにあるのは、自分のような人間が一生かかっても稼げないような大金なのだろう。
清登への愛と、家族の生活。そして、何より清登の未来。
浩志の瞳から、一滴の涙がこぼれ、畳に染みを作った。
「……わかり、ました。……別れます」
震える声で答えた浩志に、景子は満足げに頷いた。
「賢い選択ね。一週間以内に、彼の前から姿を消すこと。いいわね?」
料亭を出た後の記憶は、曖昧だった。
気がつくと、浩志は清登のマンションの前に立っていた。
合鍵を使って中に入ると、そこにはいつもの、清登の香りが漂う空間が広がっている。
清登はまだ大学の講義か、あるいは実務の研修で遅くなるだろう。
浩志は、清登に買ってもらった高価な服や時計には一切手を付けず、自分の古びたリュックに、最低限の着替えだけを詰め込んだ。
清登と一緒に選んだマグカップ、清登がお前に似合うと言って笑ったぬいぐるみ。
それらを見るたびに、胸が締め付けられ、呼吸ができなくなる。
(清登くん。……ごめんね。大好きだよ、大好きだけど……)
直接会って言えば、絶対に引き止められてしまう。
あの強い瞳に見つめられたら、自分はまた離さないでと泣きついてしまうだろう。
清登の人生を壊してまで、自分の幸福を優先させることはできなかった。
浩志はデスクに向かい、震える手で便箋を取り出した。
『清登くんへ』
書き出しだけで、視界が涙で滲んだ。
何度も書き直し、何枚も便箋を丸めた。
嫌いになったなんて嘘はつけなかった。けれど、愛しているから離れるなんて言えば、清登は地の果てまで自分を追いかけてくるだろう。
結局、浩志が書いたのは、短く、素っ気ない、けれど嘘のない言葉だけだった。
『清登くん、今まで本当にありがとう。
清登くんと過ごした時間は、僕の人生で一番幸せな夢でした。
でも、やっぱり僕たちは、住む世界が違いすぎました。
清登くんには、もっと似合う人がいる。
僕のこと、もう探さないでください。
さようなら。
幸せになってね。』
浩志はその手紙を、リビングのテーブルの、一番目立つ場所に置いた。
その隣に、清登から預かっていた合鍵を添える。
「……っ、う……ぅああ……」
声が漏れないように口を抑え、浩志は床に崩れ落ちた。
この部屋を出れば、もう二度と清登に触れることはできない。
あの低い声で名前を呼ばれることも、強引に抱き寄せられることも、もう二度と……。
けれど、時間は残酷に過ぎていく。
浩志は重い体を無理やり引きずり、玄関へと向かった。
最後に一度だけ、部屋を振り返る。
二人の記憶が詰まったその空間に別れを告げ、浩志は夜の街へと駆け出した。
数日後。
浩志は、地方の古びたアパートにいた。
実家にも居られず、身寄りのない土地で、格安のボロアパートを借りたのだ。
体調はずっと優れなかった。精神的なショックのせいだと思っていたが、朝、洗面所で激しい吐き気に襲われた時、浩志の脳裏にある可能性が浮かんだ。
(まさか……)
近所の薬局で買ってきた検査薬を、震える手で確認する。
そこには、はっきりと陽性のラインが出ていた。
「……清登くん、の子……」
浩志は、まだ平坦なお腹を両手でさすった。
清登の子供。優性アルファである彼の血を引く子が、劣性オメガである自分の体に宿っている。
本来なら、狂喜乱舞して清登に報告するべきことだろう。
けれど今の自分には、それは許されない。
もし清登に知られれば、彼は間違いなくすべてを捨てて浩志を連れ戻しに来る。
それは、彼を破滅させることと同じだ。
「……僕が、守るから。この子だけは、絶対に……」
浩志は、窓から見える暗い夜空を見つめ、涙を拭った。
清登との約束は、守れなかった。
手を離さないと言ったのに、自分から手を放してしまった。
けれど、このお腹の中にいる命だけは、清登が自分にくれた最後の、そして最大の宝物だ。
浩志は、翌日からさっそく仕事を探し始めた。
貧乏で、頼れる人もいない。
それでも、清登の面影を宿したこの子を育てるためなら、どんな苦労だって耐えられる。
昼は清掃の仕事、夜は深夜の工場での軽作業。
劣性オメガの体には過酷すぎる労働だったが、浩志は必死に働いた。
お腹が大きくなるにつれ、不安は増していったが、それでも浩志の心には、清登を想う時だけ、柔らかな光が灯っていた。
(……いつか、この子が大きくなって、君に似た素敵な大人になったら。
その時は、こっそり遠くから見せてあげたいな)
そんな叶うはずのない願いを抱きながら、浩志は深い眠りにつく。
夢の中では、いつも清登が笑っていた。
浩志と呼ぶ、あの愛おしい声が、耳の奥に残っていた。
しかし、浩志はまだ知らなかった。
自分の前から黙って消えた浩志に対し、清登がどれほどの絶望と、そして狂気的な執着」 を抱いているかを。
彼が、浩志を見つけ出すためなら、世界中を敵に回すことさえ厭わない男であることを。
再会の日は、着実に近づいていた。
——————
慣れない土地の、築四十年を超える木造アパート。壁は薄く、冬になれば隙間風が容赦なく体温を奪っていく。
矢野浩志は、凍える指先をさすりながら、深夜のコンビニエンスストアの裏方で段ボールを解体していた。
「矢野くん、顔色が悪いわよ。少し休んだら?」
「いえ、大丈夫です。……あと少しですから」
パートの女性にそう返したものの、浩志の視界は時折、めまいが襲った。
現在、妊娠七ヶ月。劣性オメガである浩志にとって、優性アルファである清登の子供を宿すことは、想像以上に身体への負担が大きかった。本来なら栄養価の高い食事と十分な休息が必要な時期だ。しかし、身一つで逃げ出してきた浩志には、頼れる実家もなければ、貯金も底をつきかけていた。
(清登くん……。お腹の赤ちゃん、また動いたよ。君に似て、きっと元気な子なんだろうな)
休憩時間、冷え切ったおにぎりを頬張りながら、浩志はそっと膨らんだ腹部に手を触れる。
清登の執着、清登の体温、清登の匂い。
それらを思い出すことは、今の浩志にとって唯一の救いであり、同時に最も残酷な毒でもあった。別れてから数ヶ月が経っても、街中で清登が愛用していた香水の香りがしたり、彼が乗っていたものと同型の黒い高級車を見かけたりするたびに、心臓が握りつぶされるような衝動に駆られる。
会いたい。声が聞きたい。
その胸に飛び込んで、怖かったと泣きじゃくりたい。けれど、そのたびに清登の母・景子の冷徹な言葉がリフレインする。
『彼の未来を汚さないで』
浩志は首を振り、自分を律するように強く唇を噛んだ。
出産は、壮絶だった。
予定日より少し早く、激しい陣痛に襲われた浩志は、一人でタクシーを呼び、公立病院の分娩室へ担ぎ込まれた。
劣性オメガ特有の微弱陣痛と、長引く出血。意識が遠のく中で、浩志はうわ言のように「清登くん」と名前を呼び続けた。
「……っ、きよと、くん……っ、ごめん、なさい……」
何に対しての謝罪なのか、自分でも分からなかった。約束を破って逃げたことか。それとも、彼に似たこの命を、自分一人のエゴでこんな過酷な世界に産み落とそうとしていることか。
数時間に及ぶ苦闘の末、産声が上がった。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」
助産師に抱かれて目の前に連れてこられた赤ん坊を見た瞬間、浩志の目から堰を切ったように涙が溢れ出した。
産まれたばかりの赤ん坊は、驚くほど清登に似ていた。凛とした眉筋、形の良い唇。そして、まだ開かぬその瞳の奥には、紛れもなく清登の血が流れていることを確信させる気高さがあった。
「……『蓮』。こんにちは蓮……」
浩志は子供にその名を授けた。
それからの生活は、まさに「擦り切れる」という言葉が相応しかった。
一歳になった蓮は、アルファの血を引いているせいか、同年代の子よりも体格が良く、知能の発達も早かった。それは喜ばしいことだったが、同時に食費や衣服代が浩志の予想を超えてかさんでいくことを意味していた。
浩志は昼間は清掃員として働き、夜は蓮を無認可の託児所に預けて、深夜の工場で検品作業に明け暮れた。
自分の食事は、賞味期限切れ間近のパンや、もやしを炒めたものばかり。鏡に映る自分の姿は、大学時代よりもさらに痩せこけ、肌は荒れ、かつての面影は薄れていた。
「まま、おてて、いたいいたいの?」
ある夜、仕事帰りに蓮を迎えに行くと、幼い蓮が浩志のひび割れた指先に小さな手を重ねてきた。
蓮の瞳は、清登と同じ、深く鋭い輝きを宿している。その瞳に見つめられるたび、浩志は胸が締め付けられる。
「ううん、大丈夫だよ、蓮。ママは元気だからね」
「れん、おっきくなったら、ままをまもるよ」
すでに三歳になったばかりの子供が放つ、あまりに力強い言葉。
浩志は蓮を抱きしめ、声を殺して泣いた。
自分はなんて不甲斐ないのだろう。清登の息子を、こんな狭いアパートで、ひもじい思いをさせて育てている。
(ごめんね、蓮。僕がママじゃなければ、君は、綺麗な家で、最高の教育を受けて、パパに愛されて育つはずだったのに……)
そんな後悔が波のように押し寄せても、浩志は立ち止まることはできなかった。
ある日の仕事帰り。浩志は立ち寄った駅前の大型ビジョンで、息を呑んだ。
『田宮財閥、次期社長・田宮清登氏。異例の若さでグループ企業を統率』
画面の中には、数年前よりも一層険しく、近寄りがたいほどの威圧感を纏った清登が映し出されていた。
無機質なほどに整った顔。けれど、その瞳に宿る光は以前よりも暗く、何かを激しく憎んでいるようにも見えた。
浩志は吸い寄せられるようにビジョンを見上げ、呆然と立ち尽くした。
(清登くん……。すごい。やっぱり、僕がいないほうが、君は……)
そう自分に言い聞かせようとした時だった。
画面の中の清登が、記者の質問に答えるためにふと視線を上げた。その瞬間、まるで画面越しに目が合ったような錯覚に陥り、浩志は恐怖で後ろにのけ反った。
数年間、一時も休むことなく、獲物を追い求める獣のような冷徹な執念を孕んで。浩志は震える足で、逃げるようにその場を去った。
大丈夫だ、見つかるはずがない。あんな雲の上の人が、こんな場末の町にいる自分を見つけるはずがない。
そう自分に言い聞かせて、古びたアパートの階段を駆け上がる。
しかし、運命の歯車はすでに、浩志の想像を絶する速度で回り始めていた。
その日の夜。
蓮を寝かしつけ、内職の封筒貼りをしていた浩志の耳に、静かな、足音が聞こえてきた。
アパートの錆びた外階段を、一段、また一段と踏みしめる、革靴の音。浩志の心臓が、耳元で鐘をつくように激しく脈打つ。
この音が、誰のものか。
本能が、オメガとしての血が、その正体を理解して絶叫していた。やがて、音は浩志の部屋の前で止まった。
沈黙。
そして、控えめながらも拒絶を許さない、三回のノック。
「……浩志。そこにいるんだろう?」
数年ぶりに聞く、その低く、甘く、そして凍りつくほど怒りに満ちた声。
浩志の手から、糊のついた封筒が力なく床に落ちた。
その声を聞いた瞬間、浩志の全身から血の気が引いた。数年間、一時も忘れたことのない、けれど二度と聞いてはいけないはずだった声。
ドアの向こうに立つ男の存在感が、薄い木製の扉を透過して、暴力的なまでの圧として部屋を支配する。
「……浩志。開けてくれ。それとも、鍵を壊されたいか?」
静かな、あまりに静かな脅迫。
浩志は震える膝を抱え、床にへたり込んだ。逃げ場などない。このボロアパートの窓から飛び降りることなどできないし、奥の部屋では蓮が眠っている。
浩志は幽霊のような足取りで玄関へ向かい、震える指でチェーンを外した。
ゆっくりと開いたドアの先に立っていたのは、深夜の街灯を背に負った、完璧なまでに冷徹な支配者だった。
田宮清登。
仕立てのいいコートに身を包み、鋭い眼光を放つその姿は、かつての大学生の面影を残しながらも、より苛烈で、一切の妥協を許さない男へと変貌していた。
「……やっと見つけた」
清登の第一声は、ため息のようでもあり、獲物を追い詰めた獣の唸りのようでもあった。
彼は強引に室内に踏み込むと、そのまま浩志を壁に押し込んだ。
「ひっ……! きよ、と……くん……」
「よくも逃げてくれたな、浩志。この数年、俺がどんな思いでいたか、想像したことがあるか?」
首筋に押し付けられた清登の手が、熱い。いや、浩志の身体が冷え切っているせいか、それは火傷しそうなほどの熱量に感じられた。清登の瞳には、狂おしいほどの情愛と、それを塗りつぶすような真っ黒な怒りが渦巻いている。
「ごめん、なさい……。でも、僕は……」
「言い訳はいらない。お前を連れ戻しに来た。今すぐにだ」
その時、奥の部屋から「ママ?」という小さな蓮の声が聞こえた。
清登の動きが止まる。その鋭い視線が、浩志の背後にある古びた襖へと向けられた。
「……今のは、誰だ」
「あ……っ、それは、その……」
浩志が遮る間もなく、清登は襖を開け放った。そこには、目をこすりながら起き上がったばかりの、三歳の蓮がいた。
清登と蓮。
二人の視線がぶつかり合う。清登の顔から、一瞬だけすべての表情が消えた。
自分と全く同じ瞳、同じ鼻筋。そして、幼いながらも隠しきれないアルファの気位を纏った子供。
「俺の……子か」
「……っ!」
浩志は崩れ落ちるように蓮を抱き寄せた。
「違う、違います……! この子は、僕一人で……」
「嘘をつくな。俺とお前の子供だ。一目見ればわかる」
清登はゆっくりと膝をつき、蓮の目線に合わせた。蓮は初めて見る「父親」に対し、怯えるどころか、好奇心に満ちた強い視線で見つめ返している。
「蓮、というのか。……いい名前だ」
清登の大きな手が、蓮の頬を優しく撫でる。その手つきは驚くほど慈愛に満ちていたが、次に浩志を見上げた時の瞳には、逃げ道をすべて塞ぐような暗い独占欲が戻っていた。
「浩志。お前は、俺の子供を連れて、こんな掃き溜めのような場所で……俺を一度も頼らずに、一人で耐えていたのか?」
「……清登くんには、未来があるから。僕なんかが、君の邪魔をしちゃいけないって……」
「馬鹿か、お前は」
清登の声が激昂を帯びて震えた。彼は浩志の肩を掴み、強く揺さぶった。
「お前のいない未来に、何の価値がある! お前がいなくなってから、俺の世界は空っぽだった。仕事も、地位も、すべてはお前を効率よく探し出すための道具に過ぎなかったんだぞ」
清登はそのまま、浩志を力いっぱい抱きしめた。
骨がきしむほどの強さ。けれど、そこに込められたのは、数年分の渇望と後悔だった。
「二度と離さない。今度逃げたら、足首に鎖でもつけて一生地下室に閉じ込めてやる。……冗談じゃない。本気だぞ」
「きよと、くん……っ、うあ、ああぁ……っ。ごめんね!…っっ!ごめんなさい。…会いたかった…うぁぁぁぁあん!」
浩志の我慢は、そこで限界を迎えた。
清登の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
独りきりで産んだ夜の寂しさ。昼夜を問わず働いた疲れ。子供を飢えさせてはいけないという恐怖。そのすべてが、清登の体温に触れた瞬間に溶け出していく。
「帰ろう、浩志。俺たちの家に。お前が帰るべき場所は、俺の隣だけだ」
———-
一ヶ月後。
浩志は、清登が新たに用意した広大な邸宅にいた。
かつてのボロアパートとは比較にならない、光に満ちた清潔な空間。蓮には専属の家庭教師がつき、広い庭を元気に走り回っている。
清登の両親――景子たちは、清登が「もし浩志と蓮を受け入れないなら、俺は今すぐ田宮の籍を抜き、すべての資産を破壊して消える」という苛烈な脅しをかけたことで、沈黙せざるを得なかった。
今では蓮のアルファとしての優秀さに、渋々ながらも孫としての愛情を見せ始めている。
だが、浩志にとって最も変わったのは、清登の執着の深さだった。
「……浩志、どこに行くんだ」
「あ、清登くん。おかえりなさい。……ちょっと、キッチンに飲み物を……」
「メイドにやらせればいい。お前はここにいろ」
清登は帰宅するなり、リビングのソファに座る浩志を膝の上に乗せた。三歳になる蓮がいる前でも、彼は一切の躊躇なく浩志を独占しようとする。
「清登くん、蓮が見てるよ……」
「構わない。パパがママをどれだけ愛しているか、教育の一環として見せておかなければならないからな」
清登はそう言って、浩志のうなじに深く顔を埋めた。かつてよりも濃密になった浩志のオメガの香りが、清登を満足させる。
清登の愛は、以前よりも重く、逃げ場のないものになっていた。外出には必ず護衛がつき、浩志のスケジュールは分単位で清登のスマートフォンに共有されている。それは間違いなく
籠の中だった。
けれど、浩志はその籠を、この上なく愛おしいと感じていた。
自分一人のために、世界を敵に回してまで執着してくれる人がいる。
その愛の重さこそが、浩志がかつて失った「居場所」の重さなのだ。
「浩志、愛してる。……もう一度だけ、確認させてくれ。俺の手を離さないと約束しただろう?」
「……うん。もう、絶対に離さないよ。清登くん」
清登の冷たい唇が、熱い熱を帯びて浩志の唇を塞ぐ。
その接吻は、永遠という名の誓い。
貧しかった、不憫だった過去は、清登の圧倒的な執着によって上書きされ、極上の幸福へと変わっていく。
二人の物語は、ここからまた始まっていく。
誰も踏み込むことのできない、甘くて重い、執着の箱庭の中で。
「待たない。浩志、こっち向いて。ちゃんと俺を見て」
湿り気を帯びたシーツが、激しい動きに合わせてくぐもった音を立てる。
都内の一等地にある高級マンションの一室。学生が一人で住むには広すぎるその空間は、今や濃密な蘭の香りに似たアルファのフェロモンで満たされていた。
矢野浩志は、自身の細い指をシーツに食い込ませ、のけ反るようにしてその快楽に耐えていた。自分を組み伏せ、執拗に攻めてくるのは、この国の経済を動かす田宮財閥の御曹司、田宮清登だ。
「あ、はぁっ……清登くん、苦し、……い」
「苦しいくらいがいいんだ。そうすれば、お前は俺のことしか考えられないだろ?」
清登は浩志の細い手首を片手でまとめ上げ、頭上へと固定した。自由を奪われた浩志は、潤んだ瞳で恋人の顔を見つめる。
彫刻のように整った、冷ややかなほどに美しい顔立ち。
大学でも氷の御曹司と囁かれる清登は、誰に対しても等しく無関心で、冷徹なまでの理性を保っている。しかし、こうして二人きりで肌を重ねる時だけは、その奥に潜む狂気的なまでの独占欲が顔を出した。
「浩志、好きだよ。お前の全部、俺が管理してあげたい」
「……また、極端なこと言ってる……」
浩志が困ったように笑うと、清登は独占欲を隠そうともせずにその唇を塞いだ。
浩志は劣性オメガだ。フェロモンも薄く、身体も弱く、そして何より家が酷く貧しい。
大学の奨学金を維持するために必死に勉強し、学食の一番安いメニューで腹を満たすような自分と、生まれながらにしてすべてを手に入れた清登。
交わるはずのない二人の線が重なったのは、一年前の雨の日、図書館の片隅だった。
「ねえ、清登くん……どうして僕なの? 他にもっと、綺麗なオメガなんてたくさんいるのに」
「……またそれか。何度言わせるんだ。俺が好きなのは、世界中で浩志、お前だけだ」
清登の言葉には一切の迷いがない。
浩志がバイトを増やそうとすれば「俺が養うから、そんな必要ない」と本気で不機嫌になり、他のアルファが少しでも浩志に近づけば、翌日にはその学生が浩志の視界から消えている。
それは愛というにはあまりに重く、執着というにはあまりに純粋な、二人だけの箱庭だった。
「……っ! あ、やだ、そこ、……清登くん、あつ、い……」
清登の舌が、オメガにとって最も敏感なうなじの突起をなぞる。
劣性である浩志の身体は、優性アルファである清登の刺激に過剰に反応し、内側からとろけるような熱を帯びていく。
清登は、浩志が自分なしでは息もできないほどに翻弄されるのを、満足げに眺めていた。
「浩志、お前は俺だけを見ていればいい。他の何も考えるな。お前の世界のすべてを俺で埋めてやる。大学卒業したら、番になろう。」
「う、うん…。……うれしいな。」
その冷たい唇が、再び浩志の唇を塞ぐ。
甘い窒息感の中で、浩志は漠然とした不安を感じていた。
あまりに幸せすぎて、あまりに熱すぎて、このまま灰になってしまうのではないか。
自分のような持たざる者が、こんな完璧なアルファの隣にいていいはずがない。
いつか、この夢から醒める時が来る。
その予感は、清登に抱かれれば抱かれるほど、浩志の胸の奥で黒い染みのように広がっていった。
数時間後。行為を終え、清登の腕の中でまどろんでいた浩志は、ふと枕元に置かれた清登の腕時計を見た。自分のアパートの家賃が何年分払えるか分からないほどの、高級な腕時計だ。
「……清登くん、起きてる?」
「ん……起きてるよ。どうした?」
清登は浩志の細い腰をぐいと引き寄せ、背後から鼻先をうなじに押し当てた。その仕草はまるで、自分の獲物に印をつける獣のようだ。
「明日、バイトあるんだ。そろそろ帰らなきゃ」
「休めばいいだろ。浩志、そんなに必死に働いてどうするんだ。必要なものは全部俺が買ってやるって、いつも言ってるじゃないか」
「それはダメだよ。……清登くんに甘えすぎたら、僕、本当になにもできなくなっちゃう」
浩志が苦笑混じりに言うと、清登は少しだけ不機嫌そうに目を細めた。
「それでもいい。俺なしじゃ生きていけない身体にして、一生ここに閉じ込めておきたい」
「……あはは、怖いこと言わないでよ」
浩志は冗談として受け流したが、清登の瞳は全く笑っていなかった。その本気すぎる執着が、時折浩志を怖気づかせる。けれど、それ以上に彼から与えられる体温と愛情が心地よくて、浩志は逃げ出すことなんて考えもしなかった。
————
翌日。大学のキャンパスを歩く二人の姿は、否応なしに注目を集めていた。
長身で端正な顔立ちの清登。
その隣で、どこか自信なさげに歩く小柄な浩志。
「清登、今日の放課後、例のプロジェクトの件で教授が……」
声をかけてきたのは、同じくアルファの家系の令嬢だった。彼女は清登に用事があるふりをして、露骨に浩志を無視し、突き刺すような視線を送る。
浩志は縮こまって、清登から少し距離を置こうとした。しかし、清登はそれを許さない。
「浩志、離れるな」
清登は公衆の面前であることも厭わず、浩志の肩を抱き寄せた。令嬢の顔が屈辱で歪む。
「用件ならメールで送っておけ。今は浩志と昼飯を食いに行くところだ」
取り付く島もない冷淡な拒絶。清登は浩志以外の人間には、驚くほど容赦がない。
学食に向かう道すがら、浩志は小さな声でこぼした。
「清登くん、あんな態度とらなくても……。あの子、すごく怖かったよ」
「お前を傷つける視線を送る奴に、優しくする必要なんてない。浩志、お前は俺の隣にいるんだ。もっと堂々としていろ」
「……うん。でも、やっぱり僕、釣り合わない気がしちゃって」
浩志の胸をかすめたのは、昨日から感じていた不安の影だった。
清登は田宮の一人息子。いずれはこの国を背負って立つ存在だ。対して自分は、実家の家計を支えるために端金のバイトに明け暮れる劣性オメガ。
そんな浩志の不安を察したのか、清登は足を止め、浩志の両頬を大きな手で包み込んだ。
「釣り合うかどうか決めるのは俺だ。いいか、浩志。何があっても、俺が離さない。お前も俺の手を離すな。約束だ」
清登の真剣な眼差しに、浩志は小さく頷くことしかできなかった。
「……うん。約束するよ」
その時、浩志のポケットでスマートフォンが震えた。
清登に隠れるようにして画面を確認すると、そこには見覚えのないアドレスから、短く事務的なメールが届いていた。
『田宮清登様の件で、至急お話したいことがございます。明日、以下の場所へお越しください。——田宮家・秘書室』
浩志の指先が、目に見えて震えた。
ついに、来てしまった。
幸せな箱庭の壁が、音を立てて崩れ始める予感がした。
———————
指定されたのは、大学から少し離れた場所にある、静謐な趣の高級料亭だった。
矢野浩志は、着古したカーディガンを握りしめ、場違いな空間に身を縮めていた。案内された個室に入ると、そこには清登に似た冷徹な美しさを湛えた、中年の女性が座っていた。清登の母、田宮景子だ。
彼女は浩志を一瞥すると、まるで汚れた物を見るかのような冷ややかな笑みを浮かべた。
「あなたが、清登がお付き合いしているという……矢野浩志さんね」
「……はい。はじめまして。あ、あの、今日は……」
「挨拶は結構。時間は貴重なのよ、お互いに」
景子はテーブルの上に、一枚の書類と分厚い封筒を置いた。
「単刀直入に言うわ。清登と別れて。息子は田宮の跡取りとして、相応しい家柄のアルファと婚約することが決まっています。あなたのような劣性オメガが、彼の隣に居続けることは、彼自身の未来を汚すことなの」
浩志の喉が、ヒュッと鳴った。
わかっていた。いつかこうなることは、ずっと前から分かっていたはずだった。けれど、突きつけられた現実は、想像していたよりも何倍も鋭く浩志の心を切り裂いた。
「清登くんは……なんて……」
「彼が納得するはずがないでしょう? だから、あなたが去るのよ。彼に愛想を尽かさせる必要はない。ただ、黙って彼の前から消えなさい。清登を本当に愛しているのなら、彼が歩むべき道を塞がないであげて」
景子の言葉は、刃物のように正確に浩志の弱点を突いた。
自分は清登の足枷だ。清登が自分と一緒にいることで、彼が受けるはずの賞賛や、彼が築くはずの輝かしいキャリアを奪っているのかもしれない。
「これは、あなたの家族への支援と、当面の生活費よ。これを受け取って、二度と清登に近づかないと約束しなさい。……あなたの貧しいご実家、大変なんでしょう? 借金もあると聞いているわ」
浩志は、テーブルに置かれた封筒を見つめた。
そこにあるのは、自分のような人間が一生かかっても稼げないような大金なのだろう。
清登への愛と、家族の生活。そして、何より清登の未来。
浩志の瞳から、一滴の涙がこぼれ、畳に染みを作った。
「……わかり、ました。……別れます」
震える声で答えた浩志に、景子は満足げに頷いた。
「賢い選択ね。一週間以内に、彼の前から姿を消すこと。いいわね?」
料亭を出た後の記憶は、曖昧だった。
気がつくと、浩志は清登のマンションの前に立っていた。
合鍵を使って中に入ると、そこにはいつもの、清登の香りが漂う空間が広がっている。
清登はまだ大学の講義か、あるいは実務の研修で遅くなるだろう。
浩志は、清登に買ってもらった高価な服や時計には一切手を付けず、自分の古びたリュックに、最低限の着替えだけを詰め込んだ。
清登と一緒に選んだマグカップ、清登がお前に似合うと言って笑ったぬいぐるみ。
それらを見るたびに、胸が締め付けられ、呼吸ができなくなる。
(清登くん。……ごめんね。大好きだよ、大好きだけど……)
直接会って言えば、絶対に引き止められてしまう。
あの強い瞳に見つめられたら、自分はまた離さないでと泣きついてしまうだろう。
清登の人生を壊してまで、自分の幸福を優先させることはできなかった。
浩志はデスクに向かい、震える手で便箋を取り出した。
『清登くんへ』
書き出しだけで、視界が涙で滲んだ。
何度も書き直し、何枚も便箋を丸めた。
嫌いになったなんて嘘はつけなかった。けれど、愛しているから離れるなんて言えば、清登は地の果てまで自分を追いかけてくるだろう。
結局、浩志が書いたのは、短く、素っ気ない、けれど嘘のない言葉だけだった。
『清登くん、今まで本当にありがとう。
清登くんと過ごした時間は、僕の人生で一番幸せな夢でした。
でも、やっぱり僕たちは、住む世界が違いすぎました。
清登くんには、もっと似合う人がいる。
僕のこと、もう探さないでください。
さようなら。
幸せになってね。』
浩志はその手紙を、リビングのテーブルの、一番目立つ場所に置いた。
その隣に、清登から預かっていた合鍵を添える。
「……っ、う……ぅああ……」
声が漏れないように口を抑え、浩志は床に崩れ落ちた。
この部屋を出れば、もう二度と清登に触れることはできない。
あの低い声で名前を呼ばれることも、強引に抱き寄せられることも、もう二度と……。
けれど、時間は残酷に過ぎていく。
浩志は重い体を無理やり引きずり、玄関へと向かった。
最後に一度だけ、部屋を振り返る。
二人の記憶が詰まったその空間に別れを告げ、浩志は夜の街へと駆け出した。
数日後。
浩志は、地方の古びたアパートにいた。
実家にも居られず、身寄りのない土地で、格安のボロアパートを借りたのだ。
体調はずっと優れなかった。精神的なショックのせいだと思っていたが、朝、洗面所で激しい吐き気に襲われた時、浩志の脳裏にある可能性が浮かんだ。
(まさか……)
近所の薬局で買ってきた検査薬を、震える手で確認する。
そこには、はっきりと陽性のラインが出ていた。
「……清登くん、の子……」
浩志は、まだ平坦なお腹を両手でさすった。
清登の子供。優性アルファである彼の血を引く子が、劣性オメガである自分の体に宿っている。
本来なら、狂喜乱舞して清登に報告するべきことだろう。
けれど今の自分には、それは許されない。
もし清登に知られれば、彼は間違いなくすべてを捨てて浩志を連れ戻しに来る。
それは、彼を破滅させることと同じだ。
「……僕が、守るから。この子だけは、絶対に……」
浩志は、窓から見える暗い夜空を見つめ、涙を拭った。
清登との約束は、守れなかった。
手を離さないと言ったのに、自分から手を放してしまった。
けれど、このお腹の中にいる命だけは、清登が自分にくれた最後の、そして最大の宝物だ。
浩志は、翌日からさっそく仕事を探し始めた。
貧乏で、頼れる人もいない。
それでも、清登の面影を宿したこの子を育てるためなら、どんな苦労だって耐えられる。
昼は清掃の仕事、夜は深夜の工場での軽作業。
劣性オメガの体には過酷すぎる労働だったが、浩志は必死に働いた。
お腹が大きくなるにつれ、不安は増していったが、それでも浩志の心には、清登を想う時だけ、柔らかな光が灯っていた。
(……いつか、この子が大きくなって、君に似た素敵な大人になったら。
その時は、こっそり遠くから見せてあげたいな)
そんな叶うはずのない願いを抱きながら、浩志は深い眠りにつく。
夢の中では、いつも清登が笑っていた。
浩志と呼ぶ、あの愛おしい声が、耳の奥に残っていた。
しかし、浩志はまだ知らなかった。
自分の前から黙って消えた浩志に対し、清登がどれほどの絶望と、そして狂気的な執着」 を抱いているかを。
彼が、浩志を見つけ出すためなら、世界中を敵に回すことさえ厭わない男であることを。
再会の日は、着実に近づいていた。
——————
慣れない土地の、築四十年を超える木造アパート。壁は薄く、冬になれば隙間風が容赦なく体温を奪っていく。
矢野浩志は、凍える指先をさすりながら、深夜のコンビニエンスストアの裏方で段ボールを解体していた。
「矢野くん、顔色が悪いわよ。少し休んだら?」
「いえ、大丈夫です。……あと少しですから」
パートの女性にそう返したものの、浩志の視界は時折、めまいが襲った。
現在、妊娠七ヶ月。劣性オメガである浩志にとって、優性アルファである清登の子供を宿すことは、想像以上に身体への負担が大きかった。本来なら栄養価の高い食事と十分な休息が必要な時期だ。しかし、身一つで逃げ出してきた浩志には、頼れる実家もなければ、貯金も底をつきかけていた。
(清登くん……。お腹の赤ちゃん、また動いたよ。君に似て、きっと元気な子なんだろうな)
休憩時間、冷え切ったおにぎりを頬張りながら、浩志はそっと膨らんだ腹部に手を触れる。
清登の執着、清登の体温、清登の匂い。
それらを思い出すことは、今の浩志にとって唯一の救いであり、同時に最も残酷な毒でもあった。別れてから数ヶ月が経っても、街中で清登が愛用していた香水の香りがしたり、彼が乗っていたものと同型の黒い高級車を見かけたりするたびに、心臓が握りつぶされるような衝動に駆られる。
会いたい。声が聞きたい。
その胸に飛び込んで、怖かったと泣きじゃくりたい。けれど、そのたびに清登の母・景子の冷徹な言葉がリフレインする。
『彼の未来を汚さないで』
浩志は首を振り、自分を律するように強く唇を噛んだ。
出産は、壮絶だった。
予定日より少し早く、激しい陣痛に襲われた浩志は、一人でタクシーを呼び、公立病院の分娩室へ担ぎ込まれた。
劣性オメガ特有の微弱陣痛と、長引く出血。意識が遠のく中で、浩志はうわ言のように「清登くん」と名前を呼び続けた。
「……っ、きよと、くん……っ、ごめん、なさい……」
何に対しての謝罪なのか、自分でも分からなかった。約束を破って逃げたことか。それとも、彼に似たこの命を、自分一人のエゴでこんな過酷な世界に産み落とそうとしていることか。
数時間に及ぶ苦闘の末、産声が上がった。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」
助産師に抱かれて目の前に連れてこられた赤ん坊を見た瞬間、浩志の目から堰を切ったように涙が溢れ出した。
産まれたばかりの赤ん坊は、驚くほど清登に似ていた。凛とした眉筋、形の良い唇。そして、まだ開かぬその瞳の奥には、紛れもなく清登の血が流れていることを確信させる気高さがあった。
「……『蓮』。こんにちは蓮……」
浩志は子供にその名を授けた。
それからの生活は、まさに「擦り切れる」という言葉が相応しかった。
一歳になった蓮は、アルファの血を引いているせいか、同年代の子よりも体格が良く、知能の発達も早かった。それは喜ばしいことだったが、同時に食費や衣服代が浩志の予想を超えてかさんでいくことを意味していた。
浩志は昼間は清掃員として働き、夜は蓮を無認可の託児所に預けて、深夜の工場で検品作業に明け暮れた。
自分の食事は、賞味期限切れ間近のパンや、もやしを炒めたものばかり。鏡に映る自分の姿は、大学時代よりもさらに痩せこけ、肌は荒れ、かつての面影は薄れていた。
「まま、おてて、いたいいたいの?」
ある夜、仕事帰りに蓮を迎えに行くと、幼い蓮が浩志のひび割れた指先に小さな手を重ねてきた。
蓮の瞳は、清登と同じ、深く鋭い輝きを宿している。その瞳に見つめられるたび、浩志は胸が締め付けられる。
「ううん、大丈夫だよ、蓮。ママは元気だからね」
「れん、おっきくなったら、ままをまもるよ」
すでに三歳になったばかりの子供が放つ、あまりに力強い言葉。
浩志は蓮を抱きしめ、声を殺して泣いた。
自分はなんて不甲斐ないのだろう。清登の息子を、こんな狭いアパートで、ひもじい思いをさせて育てている。
(ごめんね、蓮。僕がママじゃなければ、君は、綺麗な家で、最高の教育を受けて、パパに愛されて育つはずだったのに……)
そんな後悔が波のように押し寄せても、浩志は立ち止まることはできなかった。
ある日の仕事帰り。浩志は立ち寄った駅前の大型ビジョンで、息を呑んだ。
『田宮財閥、次期社長・田宮清登氏。異例の若さでグループ企業を統率』
画面の中には、数年前よりも一層険しく、近寄りがたいほどの威圧感を纏った清登が映し出されていた。
無機質なほどに整った顔。けれど、その瞳に宿る光は以前よりも暗く、何かを激しく憎んでいるようにも見えた。
浩志は吸い寄せられるようにビジョンを見上げ、呆然と立ち尽くした。
(清登くん……。すごい。やっぱり、僕がいないほうが、君は……)
そう自分に言い聞かせようとした時だった。
画面の中の清登が、記者の質問に答えるためにふと視線を上げた。その瞬間、まるで画面越しに目が合ったような錯覚に陥り、浩志は恐怖で後ろにのけ反った。
数年間、一時も休むことなく、獲物を追い求める獣のような冷徹な執念を孕んで。浩志は震える足で、逃げるようにその場を去った。
大丈夫だ、見つかるはずがない。あんな雲の上の人が、こんな場末の町にいる自分を見つけるはずがない。
そう自分に言い聞かせて、古びたアパートの階段を駆け上がる。
しかし、運命の歯車はすでに、浩志の想像を絶する速度で回り始めていた。
その日の夜。
蓮を寝かしつけ、内職の封筒貼りをしていた浩志の耳に、静かな、足音が聞こえてきた。
アパートの錆びた外階段を、一段、また一段と踏みしめる、革靴の音。浩志の心臓が、耳元で鐘をつくように激しく脈打つ。
この音が、誰のものか。
本能が、オメガとしての血が、その正体を理解して絶叫していた。やがて、音は浩志の部屋の前で止まった。
沈黙。
そして、控えめながらも拒絶を許さない、三回のノック。
「……浩志。そこにいるんだろう?」
数年ぶりに聞く、その低く、甘く、そして凍りつくほど怒りに満ちた声。
浩志の手から、糊のついた封筒が力なく床に落ちた。
その声を聞いた瞬間、浩志の全身から血の気が引いた。数年間、一時も忘れたことのない、けれど二度と聞いてはいけないはずだった声。
ドアの向こうに立つ男の存在感が、薄い木製の扉を透過して、暴力的なまでの圧として部屋を支配する。
「……浩志。開けてくれ。それとも、鍵を壊されたいか?」
静かな、あまりに静かな脅迫。
浩志は震える膝を抱え、床にへたり込んだ。逃げ場などない。このボロアパートの窓から飛び降りることなどできないし、奥の部屋では蓮が眠っている。
浩志は幽霊のような足取りで玄関へ向かい、震える指でチェーンを外した。
ゆっくりと開いたドアの先に立っていたのは、深夜の街灯を背に負った、完璧なまでに冷徹な支配者だった。
田宮清登。
仕立てのいいコートに身を包み、鋭い眼光を放つその姿は、かつての大学生の面影を残しながらも、より苛烈で、一切の妥協を許さない男へと変貌していた。
「……やっと見つけた」
清登の第一声は、ため息のようでもあり、獲物を追い詰めた獣の唸りのようでもあった。
彼は強引に室内に踏み込むと、そのまま浩志を壁に押し込んだ。
「ひっ……! きよ、と……くん……」
「よくも逃げてくれたな、浩志。この数年、俺がどんな思いでいたか、想像したことがあるか?」
首筋に押し付けられた清登の手が、熱い。いや、浩志の身体が冷え切っているせいか、それは火傷しそうなほどの熱量に感じられた。清登の瞳には、狂おしいほどの情愛と、それを塗りつぶすような真っ黒な怒りが渦巻いている。
「ごめん、なさい……。でも、僕は……」
「言い訳はいらない。お前を連れ戻しに来た。今すぐにだ」
その時、奥の部屋から「ママ?」という小さな蓮の声が聞こえた。
清登の動きが止まる。その鋭い視線が、浩志の背後にある古びた襖へと向けられた。
「……今のは、誰だ」
「あ……っ、それは、その……」
浩志が遮る間もなく、清登は襖を開け放った。そこには、目をこすりながら起き上がったばかりの、三歳の蓮がいた。
清登と蓮。
二人の視線がぶつかり合う。清登の顔から、一瞬だけすべての表情が消えた。
自分と全く同じ瞳、同じ鼻筋。そして、幼いながらも隠しきれないアルファの気位を纏った子供。
「俺の……子か」
「……っ!」
浩志は崩れ落ちるように蓮を抱き寄せた。
「違う、違います……! この子は、僕一人で……」
「嘘をつくな。俺とお前の子供だ。一目見ればわかる」
清登はゆっくりと膝をつき、蓮の目線に合わせた。蓮は初めて見る「父親」に対し、怯えるどころか、好奇心に満ちた強い視線で見つめ返している。
「蓮、というのか。……いい名前だ」
清登の大きな手が、蓮の頬を優しく撫でる。その手つきは驚くほど慈愛に満ちていたが、次に浩志を見上げた時の瞳には、逃げ道をすべて塞ぐような暗い独占欲が戻っていた。
「浩志。お前は、俺の子供を連れて、こんな掃き溜めのような場所で……俺を一度も頼らずに、一人で耐えていたのか?」
「……清登くんには、未来があるから。僕なんかが、君の邪魔をしちゃいけないって……」
「馬鹿か、お前は」
清登の声が激昂を帯びて震えた。彼は浩志の肩を掴み、強く揺さぶった。
「お前のいない未来に、何の価値がある! お前がいなくなってから、俺の世界は空っぽだった。仕事も、地位も、すべてはお前を効率よく探し出すための道具に過ぎなかったんだぞ」
清登はそのまま、浩志を力いっぱい抱きしめた。
骨がきしむほどの強さ。けれど、そこに込められたのは、数年分の渇望と後悔だった。
「二度と離さない。今度逃げたら、足首に鎖でもつけて一生地下室に閉じ込めてやる。……冗談じゃない。本気だぞ」
「きよと、くん……っ、うあ、ああぁ……っ。ごめんね!…っっ!ごめんなさい。…会いたかった…うぁぁぁぁあん!」
浩志の我慢は、そこで限界を迎えた。
清登の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
独りきりで産んだ夜の寂しさ。昼夜を問わず働いた疲れ。子供を飢えさせてはいけないという恐怖。そのすべてが、清登の体温に触れた瞬間に溶け出していく。
「帰ろう、浩志。俺たちの家に。お前が帰るべき場所は、俺の隣だけだ」
———-
一ヶ月後。
浩志は、清登が新たに用意した広大な邸宅にいた。
かつてのボロアパートとは比較にならない、光に満ちた清潔な空間。蓮には専属の家庭教師がつき、広い庭を元気に走り回っている。
清登の両親――景子たちは、清登が「もし浩志と蓮を受け入れないなら、俺は今すぐ田宮の籍を抜き、すべての資産を破壊して消える」という苛烈な脅しをかけたことで、沈黙せざるを得なかった。
今では蓮のアルファとしての優秀さに、渋々ながらも孫としての愛情を見せ始めている。
だが、浩志にとって最も変わったのは、清登の執着の深さだった。
「……浩志、どこに行くんだ」
「あ、清登くん。おかえりなさい。……ちょっと、キッチンに飲み物を……」
「メイドにやらせればいい。お前はここにいろ」
清登は帰宅するなり、リビングのソファに座る浩志を膝の上に乗せた。三歳になる蓮がいる前でも、彼は一切の躊躇なく浩志を独占しようとする。
「清登くん、蓮が見てるよ……」
「構わない。パパがママをどれだけ愛しているか、教育の一環として見せておかなければならないからな」
清登はそう言って、浩志のうなじに深く顔を埋めた。かつてよりも濃密になった浩志のオメガの香りが、清登を満足させる。
清登の愛は、以前よりも重く、逃げ場のないものになっていた。外出には必ず護衛がつき、浩志のスケジュールは分単位で清登のスマートフォンに共有されている。それは間違いなく
籠の中だった。
けれど、浩志はその籠を、この上なく愛おしいと感じていた。
自分一人のために、世界を敵に回してまで執着してくれる人がいる。
その愛の重さこそが、浩志がかつて失った「居場所」の重さなのだ。
「浩志、愛してる。……もう一度だけ、確認させてくれ。俺の手を離さないと約束しただろう?」
「……うん。もう、絶対に離さないよ。清登くん」
清登の冷たい唇が、熱い熱を帯びて浩志の唇を塞ぐ。
その接吻は、永遠という名の誓い。
貧しかった、不憫だった過去は、清登の圧倒的な執着によって上書きされ、極上の幸福へと変わっていく。
二人の物語は、ここからまた始まっていく。
誰も踏み込むことのできない、甘くて重い、執着の箱庭の中で。
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