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ユーストラルク学園
しおりを挟む「――じゃあ、行ってきます」
公爵邸の正門前。馬車に乗り込む直前、僕は振り返って二人を見つめた。
一週間前の熱にうなされていた日々が嘘のように、今の体調は安定している。呪いの余熱は、僕の命を削る時限爆弾そのものだけれど、今はそれさえも僕を奮い立たせる燃料のようだった。
「あぁ。無理はするな。何かあればすぐに使いを出せ。……必要なら、私が直接軍を率いて迎えに行くからな」
「お父様、それは流石にやりすぎです」
涙ぐんでいるお父様の横で、イルが僕の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
「お兄様……。絶対に、また帰ってきてくださいね。僕、お兄様がいない間、めちゃくちゃに強くなって待ってますから」
「うん、約束するよ。イルも、あまり無茶な修行はしちゃダメだよ」
二人に別れを告げ、僕は馬車に乗り込んだ。
今回から通う「ユーストラルク王立魔導学園」は全寮制だ。長期休暇以外は、この温かな家に戻ることはできない。
一人になった馬車の中、僕は窓の外へ大きく手を振った。
(……悪役は孤独なものだって思ってたけど、見送られるのって、案外悪くないな)
ちなみに、相棒のルターは猫を寮に連れ込むのは規則違反だというお父様の懸念により、お留守番……ということになっている。けれど、僕たちの魂は繋がっているし、何よりあいつは最強のドラゴンだ。猫の姿で忍び込むことなんて、彼にとっては朝飯前だろう。
---
辿り着いたユーストラルク学園は、僕の想像を遥かに超える巨大な城塞のようだった。
王族から平民まで、才能ある若者が集う学びの殿堂。魔法科と騎士科に分かれており、僕は当然、魔法科の生徒として籍を置くことになる。
「ここが、ユーストラルク学園か……」
入学式は明日。今日はまず寮に入り、同室者に挨拶をしなければならない。
この学園の寮は、魔力の共鳴を防ぐために同じ属性の者が同室になる決まりだ。
闇属性の僕。…同室になるのは、きっと僕と同じように影を背負った、暗い雰囲気の人なんだろうな。
「……失礼します」
意を決してノックをし、部屋の扉を開ける。
そこには、既に荷解きを終えた先客がいた。
「――君が同室者だね? ヴァレリウス」
振り返ったその少年を見て、僕は思わず息を呑んだ。
僕と同じ艶やかな黒髪を首のあたりできれいに切り揃え、少し吊り上がった目には、燃えるような赤い瞳が宿っている。
何より、その立ち振る舞い。クールで、どこか人を寄せ付けない圧倒的な「強者」のオーラ。
(……かっこいい。完璧だ。これこそが、僕が目指すべき『理想の悪役』じゃないか!!)
「あ……は、はい。ヴァレリウス・ドナンです」
緊張で声が裏返ってしまった。
少年の唇が、わずかに弧を描く。
「私はハーディルだ。……二人きりの闇属性同士、仲良くしよう。この学園で、我々の味方は我々だけだからな」
ハーディル。
その名前さえも悪役らしくて痺れる。彼と並ぶと、僕の自称・悪役なんて、ただの背伸びした子供に見えてしまう気がして、少しだけ危機感を覚えた。
---
翌朝。
「……ヴァレリウス、起きて。もう時間だ」
「ん……んん……あと五分……」
「ククッ、寝起きの悪さが目立つぞ。ほら、顔を洗って目を覚ましな」
僕は屋敷にいた頃の癖で、なかなかベッドから出られなかった。
すると、ハーディルが呆れ顔をしながらも、僕の着替えを甲斐甲斐しく手伝ってくれたのだ。
「……寝起きも、案外可愛いもんだな」
「……可愛くないよ。僕は、かっこよくなるんだから」
「はいはい。ネクタイが曲がっているぞ」
ハーディルはクールな見た目に反して、驚くほど面倒見が良かった。
けれど、鏡に向かう僕の肩を掴む彼の指先は、不意に力を帯びた。
「ヴァレリウス。いいかい、学園では私のことしか信じてはダメだ。他属性の連中が、我々闇属性をどう見ているか……お前はまだ知らないだろうが、彼らの瞳には常に蔑みと恐怖が混じっている」
「……そうなの?」
「あぁ。……私が、お前を守ってやる。だから、余計な奴らと関わろうとするな」
彼の言葉には、実体験に基づいた深い拒絶が滲んでいた。
僕は、ラクヴェレの連中にされたことを思い出す。確かに、どの属性にも悪い人はいるけれど、闇属性が向けられる偏見は、僕が想像するよりもずっと根深いのかもしれない。
「ニャー」
不意に、窓際から聞き慣れた鳴き声がした。
「ルター!?」
「黒猫かい? 君の飼い猫かな、ヴァレリウス」
【ふん、学園とやらの様子を見に来てみれば……随分と過保護な者に好かれたものだな、ヴェル】
ルターが窓からひらりと飛び降り、ハーディルを品定めするように見つめた。
意識の中で、彼が毒づく。
【おい、こいつは誰だ? 妙に魂が尖っているようだが】
【同室のハーディルだよ! ルター、急に来るからびっくりしたじゃないか】
「……この猫、妙に落ち着きすぎているね。ただの猫じゃないだろう?」
ハーディルが赤い瞳を細め、ルターを注視する。ルターもまた、毛を逆立てることはないが、ドラゴンの威厳を隠したまま、じっとハーディルを見返した。
初対面のルームメイトと、最強の相棒。
二人の間に流れる妙な緊張感に、僕は板挟みになりながら苦笑いするしかなかった。
---
入学式の会場である大講堂へ向かう途中、廊下は異様な空気に包まれていた。
[……なぁ、見ろよ。あいつら……]
[あぁ。黒髪が二人も……。不吉だな……]
[でも、見て。背の低い方、凄く綺麗じゃない? まるで花みたい……]
周囲のヒソヒソ声が耳に届く。
僕はそれを「やっぱり嫌われているんだ!」と前向きに解釈したけれど、ハーディルは不機嫌そうに僕の肩を抱き寄せ、周囲を威圧するように睨みつけた。
(……よし、注目は浴びている。悪役としての第一歩は成功だ!)
大講堂の最前列付近、魔法科の席に座る。
やがて、式の山場である「生徒代表挨拶」の時間がやってきた。
「……生徒代表、第二王子アルフレッド・フォン・リンツ。前へ」
壇上に一人の少年が上がった。
その瞬間、会場中から溜息のような感嘆が漏れた。
眩いばかりの金髪、空をそのまま映したような碧眼。歩く姿さえもが芸術品のように優雅で、正義と光を体現したかのような存在。
(……第二王子? アルフレッド……?)
聞き覚えのある名前に、僕は顔を上げた。
壇上の彼と、目が合う。
数年前、森の中で出会い、僕に「また会おう」と言ったあの少年――アル。
彼こそが、この国の第二王子であり、この物語の中心に立つヒーローだったのだ。
「…………っ!」
心臓が、早鐘を打つ。
あの日、約束を破って逃げ出した後ろめたさと、彼が僕とは正反対の主役であるという現実。
アルの碧い瞳が、僕の姿を捉えた瞬間、わずかに細められた気がした。
僕は咄嗟に視線を逸らし、ハーディルの陰に身を隠した。
「……ヴァレリウス? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。……」
僕はバクバクと暴れる心臓を抑え、自分に言い聞かせた。
彼は王子。僕は、五年後に死ぬ運命の、闇属性の悪役令息。
住む世界が違うんだ。彼は僕のことなんて覚えているはずがないし、覚えていてほしくもない。
けれど、壇上から響く彼の凛とした声は、僕の鼓膜をいつまでも揺らし続けていた。
それは、平穏とは程遠い、嵐のような学園生活の始まりを告げる合図だった。
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