完璧な悪役になってみせる

ミカン

文字の大きさ
18 / 22

主人公

しおりを挟む


「ただいま……」

一日の授業を終え、心身ともにクタクタになって寮の自室に戻ると、そこには既に部屋を暖めて僕を待っていたハーディルの姿があった。

「ヴァレリウス! お帰りなさい。今日は何をしたんだい?」

「ハーディル……。今日はメハイル先生のところで、基礎魔法の練習をしてきたよ。魔力を外に出すだけで、こんなに疲れるとは思わなかった」

「そうか、お疲れ様。慣れないうちは、体内の魔力バランスが崩れやすいからね。さあ、冷めないうちにご飯を食べなさい」

ハーディルが机に並べてくれたのは、この世界の庶民的な料理らしい。薄焼き卵でライスを包み、赤いソースがかかった……前世で言うところの「オムライス」にそっくりな料理だった。公爵家では常にフルコースのような贅沢な食事だったから、こういう家庭的な温かみのある料理は新鮮で、どこか懐かしい。

「……美味しい! すごいよ、これ。味も完璧だ」

「口に合ったなら良かった。……あ、ヴァレリウス。口の端にソースがついているよ」

「ん?」

ハーディルは自然な動作で指を伸ばし、僕の頬についたソースを拭った。その赤い瞳があまりに優しく僕を射抜くので、僕は少しだけドギマギしてしまう。

「ハーディルは、誰か仲の良い人はできた?」

「……できないよ。私はヴァレリウス以外はいらないからね。他の属性の連中と馴れ合うつもりは、毛頭ない」

「うーん。そっか……」

「ヴァレリウスはどうなんだ? 今日は誰かと話したのかい?」

ハーディルの声が、わずかに低くなる。
僕の脳裏には、さっき逃げ出したアル(アルフレッド様)と、転んでしまったミアの姿が浮かんだ。「仲良くなれた」と言っていいのかは分からないけれど……。

「僕は……少しだけ、知り合いが増えたかもしれないかな?」

「そうか。……でも、ヴァレリウス。忘れないで。私たちは闇属性なんだ。光の中にいる連中が、いつ牙を剥くか分かったものじゃない。そのことだけは、胸に刻んでおいてくれ」

ハーディルの忠告は重い。彼はまだ、他属性に対して強い警戒心を抱いている。数年間の孤独が、彼をここまで頑なにしてしまったのだろうか。一日や二日でその心を変えるのは難しいけれど、僕は少しずつ、彼にも外の世界の良さを知ってほしいと思ってしまった。

---

翌朝。中庭を歩いていると、昨日出会ったばかりのヒロイン、ミアに声をかけられた。

「おはようございます、ヴァレリウス様!」

「おはよう、ミア。……でも、様はやめてよ。楽に話して。学園内では身分に関係なく対等だって、お父様……公爵も言っていたし」

「ふふ、ありがとう! じゃあ、ヴァレリウスくん、って呼んでもいいかしら?」

ミアの笑顔は、朝の太陽よりも眩しい。二人で楽しくお話ししていたのだけれど、ふと視線を感じて横を見ると、そこには僕を親の敵かのように睨みつけている赤髪の男が立っていた。

「……ミア、あの人は知り合い?」

「あぁ、ごめんなさい! リオン、こっちに来て!」

ミアが呼ぶと、それまで険しい顔をしていた赤髪の男――リオンが、まるで主人の元へ駆ける大型犬のように、目を輝かせて走ってきた。

「ミア! どうしたんだ? その闇属性の男に、何か失礼なことをされたのか!?」

「リオン、ヴァレリウスくんを睨まないで! 彼は私の大切なお友達なんだから」

「……あ、あぁ、申し訳ございません、ヴァレリウス様。ミアのこととなると、どうしても周りが見えなくなってしまって」

リオンは騎士科の制服に身を包んだ、ムキムキのガッシリした体格の少年だった。昔、街中で見かけた時の彼はもっと無鉄砲なイメージだったけれど、実際に話してみると驚くほど礼儀正しくて、ミアの尻に敷かれているのが見て取れる。

(リオン……彼もまた、小説の攻略対象の一人だ。ミアの献身的な騎士、っていう設定だったかな)

「……平気だよ。少し驚いただけ。リオンも、様なんてつけずに楽に話して。僕たちは同級生なんだから」

「あぁ。そう言ってもらえると助かるよ。これ以上ミアに怒られたら、立ち直れそうになかったんだ」

二人の掛け合いは、まるで漫才のようで見ていて飽きない。僕は思わず、ふっと顔を綻ばせてしまった。

「――っ! ヴァレリウスくん、今笑った!?」

「え? あ……うん、二人が面白いから」

「……可愛すぎるわ! ダメよ、ヴァレリウスくん、不用意にそんな笑顔を見せちゃ! 周りの男子たちが……いえ、女子たちも黙っていないわ!」

ミアが鼻息荒く興奮している。可愛いのはミアの方なのに、どうして僕がそんな風に言われるんだろう。……まあ、嫌われていないなら悪役としては失敗かもしれないけれど、友達ができるのは、やっぱり嬉しい。

---

ミアたちと別れて一人で廊下を歩いていると、前を歩いていた生徒がバサバサと数冊の本を落とした。

「……あの、落としましたよ」

「え? あぁ、すみません!」

振り返ったのは、緑色の髪と瞳が印象的な、知性溢れる雰囲気の少年だった。僕が拾い上げた本の一冊に、思わず目が止まる。

「……この本。公爵家の図書室で、ずっと探していた魔法原典の続編じゃないか……」

「えっ!? 君、この本の価値が分かるのかい?」

彼は目を丸くして、僕に詰め寄ってきた。

「少しだけ……。魔法の構造学について、すごく詳しく書いてある本ですよね。続きが読みたくて、ずっと探していたんです」

「凄い! 魔法科の一年生で、この難解な術式に興味を持つなんて……もっと詳しく話を聞きたいよ! 僕はルカ!」

「僕は、ヴァレリウスです」

「ヴァレリウス、こっちに来て! そこのベンチで語り合おう!」

ルカ。……彼もまた、小説に出てくる攻略対象の一人、天才魔導師のルカだ。
この学園に来てから、主要キャラクターに遭遇するスピードが速すぎる気がするけれど、彼の本への情熱は本物のようだった。

「……いいんですか? 僕、闇属性ですけど」

「本当だ、黒髪だね! 今気づいたよ。でも、知識に属性なんて関係ないだろ? 術式を愛する者に悪い奴はいないよ」

ルカは屈託のない笑顔で言い切った。土属性の彼は、植物の成長を促すような自然干渉魔法を得意としているけれど、魔導理論については全属性に精通しているらしい。

「この術式の三節目、ここの魔力循環はどう思う?」

「ここは、闇属性の応用で考えるなら、円環状にするよりも直線的に放出した方が、効率がいい気がします」

「なるほど……! その発想はなかった! 闇魔法の視点を取り入れると、こんなに世界が広がるなんて!」

気づけば、ルカとの会話は数時間に及んでいた。
お互いに他属性の理論を学ぶことが楽しくて、時間が経つのも忘れて話し込んでしまった。他属性の魔法は自分では使えないけれど、その仕組みを理解することは、自分の魔力制御にも大きなヒントになる。

「――わあ、いつの間にかこんな時間だ。寮の門限が近いよ」

「本当だ……。話しすぎちゃったね」

「ヴァレリウス。……また明日も、ここで話してくれるかな?」

「あぁ、もちろんだよ。……ルカ」

「……なんだい?」

「……僕たち、友達……になれるかな?」

勇気を出して聞いてみると、ルカは一瞬驚いたように目を見開いた後、満面の笑みで頷いた。

「何を言ってるんだ。僕たちはもう、立派な『魔法オタク』仲間、つまり親友だろ?」

---

寮への帰り道、僕は一人で頬が緩むのを抑えきれなかった。

(悪役から、どんどん離れている気がする……。ハーディルには怒られるかな?)

でも、いいじゃないか。あと五年の命かもしれないんだ。
屋敷に閉じ込められていた頃には想像もできなかった、こんなに彩り豊かな学園生活を満喫しても、神様は許してくれるはずだ。

「……待てよ。アルに、ミアに、リオンに、ルカ……。僕の弟のイル(彼はまだ入学していないけれど)くらいか?」

小説の知識が、登場人物の名前と設定くらいしか残っていないのが悔やまれる。
原作のヴァレリウスがここで何を仕でかしたのかは思い出せないけれど、今の僕は、彼らと友達になれている。
それは、破滅フラグを粉々に砕いているということにならないだろうか?

「ま、いいか! 明日のメハイル先生の授業も頑張ろう」

僕は夜空を見上げ、ルターに今の報告をしながら、足取り軽く自分の部屋へと向かった。
最悪の運命まで、あと五年。
けれど、今日出会った友人たちの笑顔が、その五年を何十年にも変えてくれるような、そんな予感さえしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。 なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。 全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。 果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!? 冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。   ※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。 初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。 また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

暗殺少年執事と最強の乙女ゲームで王室ハーレム

西谷西野
BL
陰に生きる暗殺者一族の悪役令嬢ヒロインの弟に転生したルイス。 暗殺業から逃げるために引きこもって16歳、とある男の護衛を依頼された。 食べるものがなく、生きるか死ぬかの境目で護衛ならと依頼を引き受ける事になった。 それが罠だとも知らずに… 五人の神聖の子である王族の世話をする執事として潜入して、先輩執事達とも仲良くなる。 知らないこの気持ちは、恋…? ゲームにはなかった、もう一つのハッピーエンド。 ずっと幸せが続けばいいなと思っていた。 この世界の厄災の強制力は抗う事が出来ないものだとは知らずに… 王子・騎士・執事×暗殺一族の厄災の子 満月の夜、神聖と厄災はその真の力を顔を出す。

破滅回避のため、悪役ではなく騎士になりました

佐倉海斗
BL
 三年前の卒業式の日を夢に見た。その夢は前世の記憶に関わるものだった。  本来ならば、婚約破棄を言い渡される場面のはずが、三年間の破滅を回避するために紳士的に接していた成果がでたのか、婚約破棄にはならず、卒業式のパートナーとして無事に選ばれ、BLゲームの悪役令息から卒業をしたのだ。 「……なにをしているのですか?」  夜中に目が覚めた。  腕に違和感があったからだ。両腕は紐でベッドの柵に縛られており、自由に動かすことができなくなっている。その上、青年、レイド・アクロイドの上を跨るように座り、レイドの服に手をかけていたのは夫のアレクシス・アクロイドだった。  本日、無事に結婚をしたのだ。結婚式に疲れ眠っていたところを襲われた。  執着攻め×敬語受けです。

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

処理中です...