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魔性の美
しおりを挟む「やぁ、おはようヴァレリウス。今日も良い天気だね」
「……アルフレッド様。おはようございます」
朝の廊下。眩いばかりのオーラを放つアルフレッド様が、いつものように僕に声をかけてくる。彼は僕が幼い頃の「名前を偽っていたこと」を怒っていると勘違いしているのか、挽回しようと必死なのだ。
けれど、僕にとって彼は正義の味方であり、近づけば近づくほど僕の悪役フラグと寿命が削れるような気がして、つい冷淡な態度をとってしまう。
「貴様! アルフレッド様が直々にお声がけしてくださっているのだぞ。公爵家の出来損ないの分際で、その態度はなんだ!」
アルフレッド様の背後から、取り巻きの男子生徒が声を荒らげた。名前も知らないけれど、最近よく彼に付き従っている高慢な生徒だ。
周囲の生徒たちの視線が痛い。最近の学園の噂は、もっぱら「完璧な第二王子に無礼を働く闇属性のヴァレリウス」という悪役そのものの立ち位置だった。
「ごめんなさい。これからメハイル先生の授業があるので、失礼します」
「……そうか。また後で、ゆっくり話せると嬉しいのだけれど」
アルフレッド様が捨てられた子犬のような顔をする。……正直、罪悪感がすごい。でも、王子の側にいれば目立つし、何より僕の黒髪を蔑む視線に耐えられない。
「ふん、逃げるのか。あぁ、お前は呪われた闇属性だもんな。その忌々しい黒髪も、恐ろしいほどの美しさも、人を惑わす悪魔の類だろう」
「…………ッ!」
悪魔。
その単語が、僕の脳内で爆弾のように弾けた。
一瞬にして、あの冷たい洞窟、ドロドロとした汚濁した魔力、そして「生贄」だと嗤ったラクヴェレの男たちの声が蘇る。
「おい、言葉が過ぎるぞ! 取り消せ!」
アルフレッド様の叱責も、僕の耳には届かなかった。
---
「はぁ、はぁ……っ、く……っ」
心臓が早鐘を打ち、体内の他人の魔力が、僕の情緒の乱れに呼応して暴れ始めた。
激痛。そして、熱い。
血管が内側から焼き切れるような感覚に、僕は視界が白く染まる。
「きゃあ! 何、これ!?」
周囲から悲鳴が上がる。僕の足元から、底の見えない沼のような、禍々しい黒い霧が溢れ出していた。それは僕の意志とは無関係に、周囲を威圧し、飲み込もうと渦巻いている。
(抑えないと……ダメだ、また、僕が悪魔だって言われちゃう……っ!)
必死に念じても、一度暴走した魔力は簡単には収まらない。恐怖で固まる生徒たち。僕を「化け物」を見る目で見つめる群衆。その中心で、僕は絶望に沈みそうになった。
「――ヴァレリウス、大丈夫。深呼吸して」
その時、冷ややかな、けれど絶対的な安心感を持つ魔力が僕を包み込んだ。
視界を覆う黒い霧を割り、ハーディルが僕の元へ歩み寄ってくる。彼は周囲の恐怖など意に介さず、僕の震える肩を力強く抱き寄せた。
「ハーディル……?」
「だから言ったでしょう。僕しか信じないでって。……こんなに酷い人たちばかりなんだ。君を傷つけるだけの光なんて、必要ないよ」
ハーディルは僕の背中を優しくさすりながら、周囲を射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。闇属性の彼にとって、僕の暴走する魔力は恐怖の対象ではないらしい。
ハーディルの体温を感じて、ようやく黒い霧が霧散していく。
けれど、周りの生徒たちの視線は、既に「怪物を見るもの」へと変わっていた。
「……ごめんなさい」
僕は、心配そうに僕を呼ぶアルフレッド様の手を振り払い、僕を庇ってくれたハーディルの腕からも逃げるように、その場を走り去った。
---
気づけば、僕は学園の端にある、土属性の学生寮付近まで来ていた。
「あれ? ヴァレリウス? どうしたの、そんなに息を切らして」
「ルカ……」
呼び止めてくれたのは、本を抱えたルカだった。
彼は僕の青ざめた顔と、指先が微かに震えているのを見て、瞬時に状況を察したようだった。
「……顔色が悪いよ。とりあえず、僕の部屋に来て」
「でも、僕は……さっき、魔力を暴走させて……」
「そんなこと、今の君の体調より重要なことじゃないよ。ほら、おいで!」
ルカに半ば強引に連れて行かれたのは、彼の個人寮室だった。部屋の中は予想通り本で埋め尽くされていたが、土属性特有の、ハーブや土のような落ち着く香りが漂っていた。
「どうぞ、座って。……で、何があったの?」
温かいお茶を出してくれたルカに、僕はポツリポツリと、先ほどの出来事を話した。
アルフレッド様のこと、取り巻きに「悪魔」と言われたこと、そして魔力が暴走してしまったこと……。
話し終えた後、僕はルカの顔を見ることができなかった。きっと、彼も僕のことを「怖い」と思うはずだ。
「……それ、本当なの?」
ルカの低い声。あぁ、やっぱり嫌われちゃったかな。せっかくできた、気の合う友達だったのに。
「……ごめんね。怖かったよね。僕、闇属性だし、不安定だから」
「違うよ! ヴァレリウス!」
ルカがテーブルを叩いて立ち上がった。その目は、恐怖ではなく、激しい「怒り」に燃えていた。
「悪魔だなんて……酷すぎるよ! 誰だい、そんな失礼なことを言った奴は! ヴァレリウスの何を知ってそんなことを……っ、僕が一発殴ってやる!」
「えっ……? そこ?」
「そこ以外に何があるんだい!? 君がどれだけ魔法を愛して、真面目に努力しているか僕は知っている。そんな君を『悪魔』なんて呼ぶ奴は、術式の三節分を暗唱できないくらいの馬鹿に決まってる!」
ルカは見た目の知性的な雰囲気とは裏腹に、友達を侮辱されたことに対して、本気で憤慨してくれていた。
「……怖くないの? 僕の魔力」
「当たり前じゃないか! 僕たちは友達なんだから。……実はね、僕も魔法が好きすぎて『変わり者』って言われて、今まで友達がいなかったんだ。ヴァレリウスは、僕にとって初めての、対等に魔法を語れる友達なんだよ」
ルカの真っ直ぐな言葉が、冷え切っていた僕の心をじわりと温めていく。
ハーディルの重い独占欲も、アルフレッド様の眩しい好意も、僕には少し重荷だったのかもしれない。けれど、ルカのこの「当たり前」の友情が、今の僕には何よりも救いだった。
「ルカ……ありがとう」
「お礼なんていいよ。さあ、元気が出たなら、この術式の続きについて議論しよう! 落ち込んでいる時間はもったいないよ」
僕はルカの強引なペースに巻き込まれながら、ようやく小さく笑うことができた。
たとえ寿命が短くても、世界中から「悪役」だと言われても。
僕を信じて怒ってくれる人がいる限り、僕はまだ、前を向いてを戦える気がした。
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