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セリスとグラン

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・グラン
「約800年前だ。」

グランは語り始めた。

・「長くなりそう?」

すかさずカウンターをかました。

・グラン
「え?多分長くなると思うけど。」

・「よし、ちょっと待ってくれ。」

俺はセリスの隣に座る。
セリスはまだ状況を把握しきれていない、こんな状態で話されても頭に入って来ないだろう?隣に座る俺を見る目はとてもじゃないが正常とは言えない。

・セリス
「ライオット、、、私。」

・「色々と急すぎて何も解らない。
今はそんな感じか?」

俺はセリスに問いかける。
俺の質問ですら答えられないでいた。

・「大切な話ってのは理解したが、一番大事な人が混乱中に話すのは辞めようぜ。」

このまま話を聞いても混乱が増すだけ、大事な話ってのは無理にたたみ掛けるもんじゃない。そりゃ話す奴は簡単だろうけど聞き手には心の準備とキャパシティーってもんがある。会社の上司や政治家に言いつけてやりたいもんだ。

・グラン
「そうだね、焦る必要はなかったね。
配慮が足りなかった、すまなかった。」

グランも解ってくれたようだ。

・リーシュ
「セリス。」

リーシュがセリスの手を取る。
マルチもミズキも傍にやって来る。

・セリス
「私は、、、」

セリスは何か話しだそうとした。
とてもしんどそうだな。

・「無理に話す必要もないさ。
落ち着くまで少し時間を取ろう。」

俺は無理やり話の場を終わらせた。
このまま聞いても良かったんだけどね。
辛そうなセリスを見てたらついつい。

その後の食事は静かに行われた。
食事が終わり順番にお風呂に入る。
お風呂の準備は俺の仕事だ。
手慣れた感じでササっとお風呂を作成する。

さて、これからどうしようかな。

・「とりあえず順番にお風呂に入って。」

俺の号令でお風呂に向かう女性軍団。
セリスだけがこの場に残った。
色々考えてるんだろうな。

・グラン
「セリス、すまなかったね。
まだ話す段階じゃなかったか?」

段階とかじゃなくてタイミングだと思うぞ?

・セリス
「、、、」

何も答えないセリス。
少し嫌な空気が流れている。
仕方ないな。

・「グラン、チョット頼めるかな?」

俺はセリスと話がしたかったのでグランにお使いを頼む、内容は『鉄鉱』を取って来て欲しいと言う依頼だ。グランは俺の考えを読み取ったのか快く引き受けてくれた。

セリスと俺の二人きりになる。

・「さて、セリスは何に引っかかってる?」

俺はセリスに問い掛ける。

・セリス
「ライオット、、、魔族は嫌い?」

魔族か、、、魔族ね。

・「種族で好きも嫌いも無いかな?例えばセリスが魔族でも獣人でも嫌いにはなれない、魔族と言う一区切りでどうか?と聞かれても困る。」

はっきり言って種族なんて関係ないかな。
あまり魔族の事とか知らないしね。

・「俺にとって大切なのはその人が『好きか嫌いか』であって種族がどうこうと言う問題ではない。」

セリスは俺の話を聞いていた。
そしてセリスが語り始める。

・セリス
「今まで100年位の周期で記憶が無くなる時があったの、気が付けば数週間ほど経ってた時もあった。姉さんは『魔族特有の病気だ』って教えてくれたけど、今考えればおかしな話よね?」
ほら今度は俺が話を聞く番だ。

・セリス
「この数百年で色々な国に行ったわ。
どの国でも魔族とバレない様に数十年で逃げる様に街を出たけど、一度だけ魔族とバレた時があった。とてもいい関係を築いていたのに多くの刺客を送り込まれたっけ。
全部姉さんと二人で返り討ちにしたけどね。
本当は貴方に魔族だと知られるのが怖かった、貴方が本当の私を知ったらどうなる?
きっと嫌いになる。
ずっと不安だった。」

下を向きながら話すセリス。
言葉に詰まっている様だ。

・「前に言ったの覚えてるかな?ほら、初めて一緒に飯食いに行った時にお淑やかな感じのセリスがいつもと違う自分はどうかって聞いて来ただろ?俺は答えた『セリスはセリスだ』って。
そんなにビクビクしなくても良いよ。
正直、種族なんて気にしていない。
俺はセリスの事が大好きだ。
それに頼りにしてるし。
今さら魔族だと聞いても気にしないよ。」

セリスが俺を見つめてくる。
まるで子供みたいだ。

・セリス
「本当に?」

刺客を送り込まれた過去が辛かったのかな?それとも別の理由でもあるのかな?結構根深い問題の様な気がするが俺にはそんなこと関係ない。

・「考えすぎだよ、魔族とか獣人とか人間とかそんな小さな事で悩むな。
俺はセリスが好きだよ。
それが真実であり答えでもある。
一生懸命にギルドで自分を偽ってるセリスも好きだし、お淑やかなセリスも好きだ。敵を殲滅する頼もしいセリスも好きだし、悩んでいる今でさえ愛しいと感じる。
セリスと言う一人の女性が好きなんだ。
結局それが俺の全てなんだろう。
これ以上の言葉が必要か?」

セリスは暫く黙って考えた。
俺はずっとセリスの傍に座っている。

セリスは俺に抱き着いた。
そして一言だけ、、、

・セリス
「ありがとう。」

少し震えているセリス。
しっかりと受け止めてあげよう。
そして気付いた。
後ろですすり泣くような声に、、、

・「みんないつから聞いてたの?」

お風呂に行ったはずのみんなが居た。
お使いを頼んでおいたグランも居るし。

・「セリス、見てみなよ。こんなにもお前を心配してくれる人が居る。グランもお前の事を心配しているだろ?今までお前の前に出てこなかったのにはきっと理由がある筈だ。何か深い事情があったんだろう。俺が一緒に受け止めるからあいつの事を認めてあげなよ。」

セリスは考える。

・セリス
「正直に言うとよく解らない。ライオットに魔族と知られた事がショックだっただけだから。いきなり父親だって言われても今さら?って感じだし。姉さんが実は母親でしたと言われても妙に納得してる自分が居る。」

そうなの?
父親が魔王だったとか、親しかった姉さんが実は母親だったとかを急に言われたから落ち込んでるんだと思った。

・セリス
「今は何よりライオットに嫌われたくない。
それだけを考えてたから。
グランを認めるとかどうでも良い。
ライオットの気持ちが聞けた。
それだけで十分。」

セリスが俺をしっかり抱きしめる。
少し痛いがここは我慢だ、、、

・セリス
「何だか、、、幸せ。」

そう思ってくれて嬉しいです。
その言葉を聞いてみんなが寄ってくる。
終わりよければ全て良し。
そう言う事にしておきますか。

・「お風呂が冷めない内に入っておいで。」

・セリス
「うん。」

セリスらしくないセリフだな。
セリスはみんなとお風呂に向かった。

・「さて、グランさん。
色々話して貰おうかな?」

・グラン
「すまなかったね。
どうも僕は話の持って行き方が下手らしい。
大切な娘を傷つけてしまう所だった。
魔族と他種族の溝は深いと知っていたのにね。」

グランが落ち込んでいるように見える。

・グラン
「僕だって落ち込むさ。」

サラッと心を読むのを辞めなさい。
今ならわかる、、、

・「あんた、女神さんのこと知ってるだろ?」

・グラン
「まあね、彼女の事はよく知ってる。
なんたってランバートの奥さんだし。」

そうだったの?
予想外の答えが聞けた。

・グラン
「全部話すと怒られそうだから言わないけど、ランバートも複数の奥さんがいたな。」

これまた予想外の話が聞けた。
そうだったんだ、、、

・グラン
「君はランバートによく似ている気がするよ、種族を気にしない所とかやたらとLV上げが好きな所とかね。」

グランが笑いながら話してくる。

・グラン
「彼は魔王の俺になんて言ったと思う?『魔王と言う器に嵌ってどうする?』って言ったんだよ。もっと好きに生きれば良いじゃないかってね。」

懐かしそうに話すグラン。

・グラン
「お前は良い奴だし俺は誰かの言いなりで戦うのは面倒だ、だから仲間になれって言い放ったんだ。本当に可笑しな奴だった。」

悲しそうな顔をするグラン。

・グラン
「知ってるか?初代勇者は人間に騙されて殺されたんだ。詳しく話すと長くなるけど君は長い話が嫌いだろう?」

別に嫌いと言う訳ではないが、、、

・グラン
「俺と敵対していた魔族、そして一部の人間の王族に騙されて殺された。僕は、、、それを止める事が出来なかった。」

珍しく感情が読み取れる。
怒りと悲しみ?
いや無力感かな。

・グラン
「僕とランバートで魔神を封印したのを知ってるかい?後になって分かった事だが、あの魔神を召喚したのは一部の魔族と人間だよ。」

人間も関わってたんだね。
何か想像できるのが悲しい。

・グラン
「どの種族も権力を持った先は同じだね。」

全く持ってその通りですね。

・グラン
「実はその時に生まれたばかりのセリスが攫われたんだ。そして魔神の一部を埋め込まれた。」

あ、、、何となくその先が想像できる。

・グラン
「100年位でセリスの中の魔神を封印していたんだ。彼女に僕の記憶が無いのは副作用の一部だと思う。この魔法を提案したのはランバートなんだけど術式文字の解読が難しくて僕はあまり詳しく知らないんだ。」

術式文字?何だそれ。

・グラン
「僕が心を読む事を前提に話してない?
声に出してもいいんだよ?」

いや、面倒なのでこのままで。
念話は女神さんのお陰で慣れっ子です。

・グラン
「まあいいや、それで同郷の君なら術式文字が解読できるんじゃないかな?って思って託してみようと思ったんだ。セリスも君の事を気に入ってるみたいだし。」

そう言う事だったんだね。

・グラン
「実はもうすぐ魔神の封印が解けてしまう。
もうすぐと言っても数年先だと見てるけど。」

マジで?
魔神が復活するの?

・グラン
「ランバートが居ない今、僕が魔神を止めるしかない。この命に代えても再び封印するつもりだ。だからセリスを誰かに託したかった、そんな時に君が現れたんだ。」

グランは真剣な表情で俺を見る。

・グラン
「頼む、僕の娘を助けて欲しい。」

グランが頭を下げる。

・「セリスは必ず助けますよ、俺の大切な人ですからね。んじゃその術式を見せて貰っても良いですか?」

・グラン
「話のテンポも彼そっくりだな。」

グランは笑いながら術式を展開する。
何だこれ?

・グラン
「どうだい読める?難しいだろ?」

何とまぁ、、、、。
これって封印じゃないよな?
俺はランバートの残した術式を読み上げる。

・「我、ここに魔神を封印せん。魔神とは魔素の集合体であり実体は無い。万物の物が魔神の一部であり、万物の者が魔神の一部である。負の感情から生まれる魔素の集合体を器として操る者が魔神となる。故に封印は出来ても倒す事敵わず。」

・グラン
「君には読めるのかい?
何か封印の術式じゃない気がするけど。」

・「俺もそう思います。
どちらかと言うと伝言?
誰かに伝える為の物の様な気がする。」

どういう事だ?
誰に伝えようとした?
この文字は現代日本語だぞ。

・グラン
「日本語?ランバートが居た国の文字?」

・「これは異世界人に向けた言葉、それも日本人に当てた言葉ですね。彼はいつか俺の様な異世界人が来る事を知っていたのかな?」

俺の言葉でグランが目を見開く。

・グラン
「そうか、、、彼女に託したのか。
なら僕は間違っていなかったんだね。」

ごめん、解るように説明して。

・グラン
「ライオット君、黒龍を思えているかい?」

・「勇者が封印されていた龍ですか?
たしか女神さんを助けようとして戦った龍。
その黒龍に負けたんだったよね。
ん?勇者は騙されて殺されたって言わなかった?」

・グラン
「奴を倒してほしい。」

マジで?
やらなきゃダメ?

・グラン
「僕のやるべき事が解った気がする。
僕はこれからハイランド共和国に向かう。
君はしっかりLVを上げて黒龍を倒してくれ。」

俺の返事も聞かずに去って行くグラン。
消える間際にセリスの事を託された。
まったく困った人です。

黒龍か、あいつ怖いんだよなぁ。
先が思いやられるなぁ。
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