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賽の目は十二分
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「神はサイコロを振らない」という言葉があるけど、それなら僕は前世でどんな善い行いをしたんだろう? あまりにも幸せで、幸せすぎてどうしたらいいのか分からなくなる。
それは、たとえばこんな時──。
「あぁっ……!!」
自分の声で目を覚ました。心臓がどくどく暴れて息が荒い。ついさっきまでアーティに気持ち良くさせられていたのだけど、僕は彼女との巣でひとり落ち込んでいたはずなのにと軽い混乱に襲われる。
「ひゃあんっ!?」
だけど状況を確認する余裕はなかった。すかさずオスの飾りを吸われて狼人の小さな耳を伏せてしまう。丸くなりたいけどできなかった。白い足は小麦色のしなやかな腕に抱え込まれ、小振りなしっぽも大きなしっぽに絡め取られている。
未成熟な裸体を晒してびくびく震えているしかなかった。尿道から何かが飛び出ていくたんびにこく、こくんと音が響き、夜の闇の中で僕はきゅんきゅん鼻を鳴らしてしまう。
これは夢? それとも初めから夢じゃなかった? 興奮の中繰り広げていた彼女との会話が頭の中で甦る。
「もうっ、もうっ……!」
「でちゃう? はじめて、ごっくんしてい?」
「うん、もらって。はじめて、もらって……!」
かあっと顔が赤くなった。なんて恥ずかしいことを!
僕のツガイは僕がまだ目にもしたことのないものを、嬉しそうに飲み下している。そちらを向くと猫のような瞳が細められた。色鮮やかな赤土色が輝いて、今朝は喧嘩してしまったけど今は笑いかけてくれる。
猫のようなと表現したけどアーティも狼人だ。現族長に勝るとも劣らない立派な耳をピンと立て、舌で残滓を搾り取りながら僕の飾りを解放する。
「あぅっ……!」
衝撃に僕は鳴いた。一糸纏わぬ少女の肢体が伸び上がってきて、ふくらみかけの小さな乳房が顔に覆い被さってくる。
「おめでと、イヴ、精通できたね!」
「へ……?」
せい、つう。
ぽかんとした。
そうか、僕精通したんだ。アーティにキスをされて身体中を撫で回されて、夢の中でひとつ大人になったんだ。
あれ? じゃあ今までのは?
イライラしていた。馬鹿みたいに寂しかった。アーティのオメガになんてなれないかもしれないなんて思い詰めてしまってた。全部これのせいだった?
僕はオメガで彼女は僕のアルファなのだ。アルファ、オメガというのはオス、メスという分類の次に成り立つ第二性と呼ばれるもので、もうひとつ、ベータという性もある。僕達の集落ではこちらの方が重要視される。アルファ、オメガが父母となって家族を増やし、ベータ達がそれを支えるシステムが構築されているからだ。
一代にひとりずつしか生まれないアルファ、オメガはツガうことで優秀な子供をたくさん作ることができる。アルファは誰よりも優れた能力とカリスマ性を誇り、オメガは誰よりも生殖能力に優れ母性的だ。愛され育ったベータ達はふたりを心より愛し、時には命がけで守る戦士となる。
次代の父母として育った僕とアーティは、愛し合うべく定められた≪運命のツガイ≫だ。父母の屋敷にふたりだけの区画を与えられ、それぞれ専門の教育を受けつつ生活を共にしている。常にセットで数えられ、生まれた時から寄り添いあって生きてきた。
夜は抱き合って眠る。それが当たり前だった。
崩れてきたのはここ数年のこと。アーティに施される教育が厳しさを増し、夜になっても帰ってこない日が増えてきた。帰ってきてもすぐに眠ってしまったり。僕は取り残されたような気になってしまう。
だけどそんなことで僕達の絆が脅かされることはないはずだった。彼女はひとりで寝てしまうこともあるけど、僕をちゃんと気にかけてくれている。時間を見つけて会いに来ては「充電させて」と抱きついてきたり。僕も笑って励ましてきた。彼女が頑張っているのは僕との未来のためなんだから、当然だよね。
だけどここ数ヶ月くらいで僕は変になってしまった。なんだか気持ちが落ち着かなくなり、情緒不安定になった。ちょっと思い通りにいかないことがあると八つ当たりしてしまったり、無性に寂しくなって泣き出したり。アーティの顔が見れずに終わってしまった日の夜は、彼女にもう愛されていないような気分になって落ち込んだり。
眠れなくなり、卑屈になった。口を開けば嫌味ばかりが口をつく。今朝も狩りに出かける彼女を見送るだけのつもりだったのに、顔を見るとたまらなくなくなり無理に引き止めてしまって。
「イヴ……またなの?」
溜息混じりに言われて腹が立ったのだ。
「アーティは狩りが好きだね」
唇の端を引き上げ、当てつけがましく言ってしまった。
「そんなに狩りが楽しいんだったら、ベータの戦士に生まれた方が幸せだったね。僕みたいなお荷物に邪魔ばかりされて、本当にお気の毒様!」
こんなことを言ってもアーティは宥めてくれると思ったのだ。だから彼女が怒鳴りつけてきた時には何が起きたのか分からなかった。
「いい加減にして! 誰のために頑張ってると思ってるの!? 少しは協力してくれてもいいでしょう!?」
僕は呆然とした。裏切られたような気がして、心にもないことを言ってしまう。
「そんなこと頼んでない! 恩着せがましいこと言わないでよ!!」
それからはもう何がなんだか分からなかった。言い合いになり思いつく限りの汚い言葉を連発した。アーティは最初こそ僕を諭そうとしていたけど、やがて諦めそっぽを向いた。
「もういいよ。何を言っても無駄ね……」
僕は立ち尽くすしかなかった。狩りの指導をしているヨークや、アーティと同年代の見習い狩人達は執り成そうとしてくれたけど、耳も貸さずにひとりで走っていってしまった。
見捨てられた──そうとしか思えなかった。
足元ががらがらと崩れていったような気がして、どうやって部屋に戻ったのかも覚えていない。気づくと目の前には幼い頃から彼女と共にしてきた巣があって、隣には誰もいないというのに縋るようにうずくまった。
頭から布団を被って泣いて過ごした。
いつの間に夜になったのだろう?
「帰ってきたの?」
アーティの腕の中でぼんやりしていた僕は、不思議に思って声をかけた。狩りに出掛けた彼女がその日のうちに戻るなんて珍しいことだったのだ。彼女は大物を求め、たびたび遠出を繰り返していて、集落を出ると大抵2・3日は帰ってこない。
「うん。途中で引き返してきた」
アーティは肩まで伸びた褐色の髪を撫でてくれた。視線を上げると間近にある顔は神妙にしていて、かと思えば力強く抱き締めてくる。
彼女の身体としっぽにすっぽり包み込まれ、僕は目を見開いた。もうこんな風にはしてもらえないと思っていたんだ。実際、触れ合うことすら最近はなかった。これが欲しかったのだと思わず涙ぐんでしまう。
「最初から、こうしてあげればよかったね」
耳元で囁かれる声はこれ以上なくやさしかった。僕はこらえることができずに嗚咽を洩らしてしまう。
アーティはその背中をリズムをつけてぽんぽんしてくれた。
「あの後、ヨークが教えてくれたの。イヴはわがままになっちゃったわけじゃなくて、大人になろうとしてるだけなんだって。オスなら誰にでも攻撃的になる時期があって、それは身体の変化に心が引っ張られちゃうからで、自然なことなんだって。
ちゃんと習ったはずなのに、いざとなると分からなかった。気づいてあげられなくてごめん。イヴを守るのは私の役目なのにね」
僕は懸命にかぶりを振った。
「アーティが、分かるはずない! 僕も、自分のことなのに、分からなかったんだから。なのに帰ってきてくれて……ありがとう」
「イヴ……!」
更に強く抱き締められた。彼女の肌が僕の肌に密着し、僕は下腹部に熱を覚えて慌てて彼女を押し返す。
「アーティ……!」
真っ赤になって訴えると分かってくれたみたいだった。ウルフカットに縁取られた彼女の顔がいたずらっぽく笑みを湛える。
「先に大人になっちゃったのね。イヴの大事な節目の時に間に合ってよかったわ」
「そ、そんなの、よかったのに」
「どうして?」
だってなんだか照れるんだもん。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいくらいなのに、裸で抱き合ってるなんていたたまれない。これが普通のはずなのに今は──なんて言うのも恥ずかしいよ。
「精通なんて、意味ないよ。子供が産めるようになるわけじゃないし」
「そんなことあるわけないでしょ!?」
突然の大声に僕はびくっと震えていた。アーティは慌てて身を引く。
「ご、ごめん。でも意味ないなんてあるわけないから」
肩を掴まれ正面から見据えられた。彼女は必死の面持ちで僕に訴えかけてくる。
「発情期はもちろんメインイベントよ? だけど私にとってはイヴの全部が特別なの。イヴの一生に一度しかない“はじめて”を見逃したりしたら、なんのために頑張ってるのか分からなくなっちゃう! ま、まぁ……あなたがどうしても嫌だって言うなら……ううん……考えなくも、ないんだけど……」
「アーティ……」
彼女の言葉は尻すぼみに消えていく。僕は込み上げてくるものを感じて無性に彼女が欲しくなった。
彼女の頬に頬を擦り寄せ、甘えたな声を上げる。
「嫌じゃない……うれしいよ」
「ほんとに……? 無理してない?」
「うん! すごくうれしい!」
力いっぱい頷くと、彼女はぱっと笑顔になった。
「よかった! もう、びっくりさせて!」
「へへっ」
ほっぺにちゅっとキスをされて僕も彼女にお返しする。やわらかな頬を舐めると上目遣いに彼女を見た。
「発情期を迎えるときは、ちゃんといてね?」
「もちろん! 次はヘマしないわ!」
「アーティが大人になるときも、ちゃんと僕に教えてほしいな。もちろん僕も気をつけるけど」
「いいわ。お互いに気をつけていこう」
「うん!」
おでことおでこを合わせていた。鼻先を擦り寄せあって、目元に耳にキスを受ける。
彼女の顔が肩口に埋まる。うなじにまでキスされて、僕は飛び上がってしまう。
だってそこは、僕達が初めての子作りをするときに噛んでもらうところなんだ。正式なツガイとなった証をそうして刻んでもらう──すごく気持ちいいらしい。
考えちゃう。射精するだけであんなに気持ちがよかったのに、噛まれたらどうなるんだろう?
何度もそこにキスをされる。牙で焦らすように撫でられ下腹部に溜まった熱が爆発しそうになってしまった。
飾りがぴょこんと上向いて。
「やっ! だめ、アーティ……!」
「いい子ね、イヴリル」
真名で呼ばれて、どくん、と胸が高鳴った。彼女がゆっくり身を起こすと、長く伸ばされた彼女の襟足がさらさらと肌をくすぐる。
「今度は夢見心地じゃなく……ちゃんと私を感じてみよっか?」
頬に触れられ、僕は目をうるませた。
くれるの?
ちゃんと感じたい。
確かにさっきもたくさんしてもらったけれど、どこからが夢でどこからが現実だったのか、未だによく分からないんだ。
だから、もう一度。
今度はちゃんと、全部欲しい。
心臓がひとつ増えたみたいになった。飾りがどくどく脈打ち初め、僕は彼女に手を伸ばす。
「アーティリア……おねがい、きて……!」
「イヴ、かわいい。私だけの、イヴリル」
「んっ……!」
唇を、たべられた。
するりと舌が入ってくると、反射的に口を開く。
足に足を割られてしまい、暴かれるその瞬間を、僕は心待ちにした。
感謝しないといけないな。
僕はつくづくそう思う。
僕をオメガに、アーティをアルファにしてくれた、僕等の大地母神様に。
僕とアーティをこの世に迎え入れてくれた、とと様とかか様に。
僕達の幸せを一番に考えてくれるベータのみんなに。ここがこんなに平和なことに。集落を抱く森がこんなに豊かなことにも。ぜんぶ、全部、感謝しなきゃ。
そうしていつか、応えたい。
僕を愛してくれる全てを愛してあげたい。
アーティを支え、とと様とかか様を楽にしてあげて。僕達を導いてくれる大人達の期待に応え、同年代の子供達と次の世代を築いていき。たくさんの子供を生んでひとりひとりを愛していきたい。
かか様のような大きな心で、余さず全てを抱擁し、アーティと協力し合って立派に役目を引き継いでいくんだ。
それが僕達の使命だから──。
使命を果たす日が来ることが、今から楽しみでしょうがない。
完
それは、たとえばこんな時──。
「あぁっ……!!」
自分の声で目を覚ました。心臓がどくどく暴れて息が荒い。ついさっきまでアーティに気持ち良くさせられていたのだけど、僕は彼女との巣でひとり落ち込んでいたはずなのにと軽い混乱に襲われる。
「ひゃあんっ!?」
だけど状況を確認する余裕はなかった。すかさずオスの飾りを吸われて狼人の小さな耳を伏せてしまう。丸くなりたいけどできなかった。白い足は小麦色のしなやかな腕に抱え込まれ、小振りなしっぽも大きなしっぽに絡め取られている。
未成熟な裸体を晒してびくびく震えているしかなかった。尿道から何かが飛び出ていくたんびにこく、こくんと音が響き、夜の闇の中で僕はきゅんきゅん鼻を鳴らしてしまう。
これは夢? それとも初めから夢じゃなかった? 興奮の中繰り広げていた彼女との会話が頭の中で甦る。
「もうっ、もうっ……!」
「でちゃう? はじめて、ごっくんしてい?」
「うん、もらって。はじめて、もらって……!」
かあっと顔が赤くなった。なんて恥ずかしいことを!
僕のツガイは僕がまだ目にもしたことのないものを、嬉しそうに飲み下している。そちらを向くと猫のような瞳が細められた。色鮮やかな赤土色が輝いて、今朝は喧嘩してしまったけど今は笑いかけてくれる。
猫のようなと表現したけどアーティも狼人だ。現族長に勝るとも劣らない立派な耳をピンと立て、舌で残滓を搾り取りながら僕の飾りを解放する。
「あぅっ……!」
衝撃に僕は鳴いた。一糸纏わぬ少女の肢体が伸び上がってきて、ふくらみかけの小さな乳房が顔に覆い被さってくる。
「おめでと、イヴ、精通できたね!」
「へ……?」
せい、つう。
ぽかんとした。
そうか、僕精通したんだ。アーティにキスをされて身体中を撫で回されて、夢の中でひとつ大人になったんだ。
あれ? じゃあ今までのは?
イライラしていた。馬鹿みたいに寂しかった。アーティのオメガになんてなれないかもしれないなんて思い詰めてしまってた。全部これのせいだった?
僕はオメガで彼女は僕のアルファなのだ。アルファ、オメガというのはオス、メスという分類の次に成り立つ第二性と呼ばれるもので、もうひとつ、ベータという性もある。僕達の集落ではこちらの方が重要視される。アルファ、オメガが父母となって家族を増やし、ベータ達がそれを支えるシステムが構築されているからだ。
一代にひとりずつしか生まれないアルファ、オメガはツガうことで優秀な子供をたくさん作ることができる。アルファは誰よりも優れた能力とカリスマ性を誇り、オメガは誰よりも生殖能力に優れ母性的だ。愛され育ったベータ達はふたりを心より愛し、時には命がけで守る戦士となる。
次代の父母として育った僕とアーティは、愛し合うべく定められた≪運命のツガイ≫だ。父母の屋敷にふたりだけの区画を与えられ、それぞれ専門の教育を受けつつ生活を共にしている。常にセットで数えられ、生まれた時から寄り添いあって生きてきた。
夜は抱き合って眠る。それが当たり前だった。
崩れてきたのはここ数年のこと。アーティに施される教育が厳しさを増し、夜になっても帰ってこない日が増えてきた。帰ってきてもすぐに眠ってしまったり。僕は取り残されたような気になってしまう。
だけどそんなことで僕達の絆が脅かされることはないはずだった。彼女はひとりで寝てしまうこともあるけど、僕をちゃんと気にかけてくれている。時間を見つけて会いに来ては「充電させて」と抱きついてきたり。僕も笑って励ましてきた。彼女が頑張っているのは僕との未来のためなんだから、当然だよね。
だけどここ数ヶ月くらいで僕は変になってしまった。なんだか気持ちが落ち着かなくなり、情緒不安定になった。ちょっと思い通りにいかないことがあると八つ当たりしてしまったり、無性に寂しくなって泣き出したり。アーティの顔が見れずに終わってしまった日の夜は、彼女にもう愛されていないような気分になって落ち込んだり。
眠れなくなり、卑屈になった。口を開けば嫌味ばかりが口をつく。今朝も狩りに出かける彼女を見送るだけのつもりだったのに、顔を見るとたまらなくなくなり無理に引き止めてしまって。
「イヴ……またなの?」
溜息混じりに言われて腹が立ったのだ。
「アーティは狩りが好きだね」
唇の端を引き上げ、当てつけがましく言ってしまった。
「そんなに狩りが楽しいんだったら、ベータの戦士に生まれた方が幸せだったね。僕みたいなお荷物に邪魔ばかりされて、本当にお気の毒様!」
こんなことを言ってもアーティは宥めてくれると思ったのだ。だから彼女が怒鳴りつけてきた時には何が起きたのか分からなかった。
「いい加減にして! 誰のために頑張ってると思ってるの!? 少しは協力してくれてもいいでしょう!?」
僕は呆然とした。裏切られたような気がして、心にもないことを言ってしまう。
「そんなこと頼んでない! 恩着せがましいこと言わないでよ!!」
それからはもう何がなんだか分からなかった。言い合いになり思いつく限りの汚い言葉を連発した。アーティは最初こそ僕を諭そうとしていたけど、やがて諦めそっぽを向いた。
「もういいよ。何を言っても無駄ね……」
僕は立ち尽くすしかなかった。狩りの指導をしているヨークや、アーティと同年代の見習い狩人達は執り成そうとしてくれたけど、耳も貸さずにひとりで走っていってしまった。
見捨てられた──そうとしか思えなかった。
足元ががらがらと崩れていったような気がして、どうやって部屋に戻ったのかも覚えていない。気づくと目の前には幼い頃から彼女と共にしてきた巣があって、隣には誰もいないというのに縋るようにうずくまった。
頭から布団を被って泣いて過ごした。
いつの間に夜になったのだろう?
「帰ってきたの?」
アーティの腕の中でぼんやりしていた僕は、不思議に思って声をかけた。狩りに出掛けた彼女がその日のうちに戻るなんて珍しいことだったのだ。彼女は大物を求め、たびたび遠出を繰り返していて、集落を出ると大抵2・3日は帰ってこない。
「うん。途中で引き返してきた」
アーティは肩まで伸びた褐色の髪を撫でてくれた。視線を上げると間近にある顔は神妙にしていて、かと思えば力強く抱き締めてくる。
彼女の身体としっぽにすっぽり包み込まれ、僕は目を見開いた。もうこんな風にはしてもらえないと思っていたんだ。実際、触れ合うことすら最近はなかった。これが欲しかったのだと思わず涙ぐんでしまう。
「最初から、こうしてあげればよかったね」
耳元で囁かれる声はこれ以上なくやさしかった。僕はこらえることができずに嗚咽を洩らしてしまう。
アーティはその背中をリズムをつけてぽんぽんしてくれた。
「あの後、ヨークが教えてくれたの。イヴはわがままになっちゃったわけじゃなくて、大人になろうとしてるだけなんだって。オスなら誰にでも攻撃的になる時期があって、それは身体の変化に心が引っ張られちゃうからで、自然なことなんだって。
ちゃんと習ったはずなのに、いざとなると分からなかった。気づいてあげられなくてごめん。イヴを守るのは私の役目なのにね」
僕は懸命にかぶりを振った。
「アーティが、分かるはずない! 僕も、自分のことなのに、分からなかったんだから。なのに帰ってきてくれて……ありがとう」
「イヴ……!」
更に強く抱き締められた。彼女の肌が僕の肌に密着し、僕は下腹部に熱を覚えて慌てて彼女を押し返す。
「アーティ……!」
真っ赤になって訴えると分かってくれたみたいだった。ウルフカットに縁取られた彼女の顔がいたずらっぽく笑みを湛える。
「先に大人になっちゃったのね。イヴの大事な節目の時に間に合ってよかったわ」
「そ、そんなの、よかったのに」
「どうして?」
だってなんだか照れるんだもん。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいくらいなのに、裸で抱き合ってるなんていたたまれない。これが普通のはずなのに今は──なんて言うのも恥ずかしいよ。
「精通なんて、意味ないよ。子供が産めるようになるわけじゃないし」
「そんなことあるわけないでしょ!?」
突然の大声に僕はびくっと震えていた。アーティは慌てて身を引く。
「ご、ごめん。でも意味ないなんてあるわけないから」
肩を掴まれ正面から見据えられた。彼女は必死の面持ちで僕に訴えかけてくる。
「発情期はもちろんメインイベントよ? だけど私にとってはイヴの全部が特別なの。イヴの一生に一度しかない“はじめて”を見逃したりしたら、なんのために頑張ってるのか分からなくなっちゃう! ま、まぁ……あなたがどうしても嫌だって言うなら……ううん……考えなくも、ないんだけど……」
「アーティ……」
彼女の言葉は尻すぼみに消えていく。僕は込み上げてくるものを感じて無性に彼女が欲しくなった。
彼女の頬に頬を擦り寄せ、甘えたな声を上げる。
「嫌じゃない……うれしいよ」
「ほんとに……? 無理してない?」
「うん! すごくうれしい!」
力いっぱい頷くと、彼女はぱっと笑顔になった。
「よかった! もう、びっくりさせて!」
「へへっ」
ほっぺにちゅっとキスをされて僕も彼女にお返しする。やわらかな頬を舐めると上目遣いに彼女を見た。
「発情期を迎えるときは、ちゃんといてね?」
「もちろん! 次はヘマしないわ!」
「アーティが大人になるときも、ちゃんと僕に教えてほしいな。もちろん僕も気をつけるけど」
「いいわ。お互いに気をつけていこう」
「うん!」
おでことおでこを合わせていた。鼻先を擦り寄せあって、目元に耳にキスを受ける。
彼女の顔が肩口に埋まる。うなじにまでキスされて、僕は飛び上がってしまう。
だってそこは、僕達が初めての子作りをするときに噛んでもらうところなんだ。正式なツガイとなった証をそうして刻んでもらう──すごく気持ちいいらしい。
考えちゃう。射精するだけであんなに気持ちがよかったのに、噛まれたらどうなるんだろう?
何度もそこにキスをされる。牙で焦らすように撫でられ下腹部に溜まった熱が爆発しそうになってしまった。
飾りがぴょこんと上向いて。
「やっ! だめ、アーティ……!」
「いい子ね、イヴリル」
真名で呼ばれて、どくん、と胸が高鳴った。彼女がゆっくり身を起こすと、長く伸ばされた彼女の襟足がさらさらと肌をくすぐる。
「今度は夢見心地じゃなく……ちゃんと私を感じてみよっか?」
頬に触れられ、僕は目をうるませた。
くれるの?
ちゃんと感じたい。
確かにさっきもたくさんしてもらったけれど、どこからが夢でどこからが現実だったのか、未だによく分からないんだ。
だから、もう一度。
今度はちゃんと、全部欲しい。
心臓がひとつ増えたみたいになった。飾りがどくどく脈打ち初め、僕は彼女に手を伸ばす。
「アーティリア……おねがい、きて……!」
「イヴ、かわいい。私だけの、イヴリル」
「んっ……!」
唇を、たべられた。
するりと舌が入ってくると、反射的に口を開く。
足に足を割られてしまい、暴かれるその瞬間を、僕は心待ちにした。
感謝しないといけないな。
僕はつくづくそう思う。
僕をオメガに、アーティをアルファにしてくれた、僕等の大地母神様に。
僕とアーティをこの世に迎え入れてくれた、とと様とかか様に。
僕達の幸せを一番に考えてくれるベータのみんなに。ここがこんなに平和なことに。集落を抱く森がこんなに豊かなことにも。ぜんぶ、全部、感謝しなきゃ。
そうしていつか、応えたい。
僕を愛してくれる全てを愛してあげたい。
アーティを支え、とと様とかか様を楽にしてあげて。僕達を導いてくれる大人達の期待に応え、同年代の子供達と次の世代を築いていき。たくさんの子供を生んでひとりひとりを愛していきたい。
かか様のような大きな心で、余さず全てを抱擁し、アーティと協力し合って立派に役目を引き継いでいくんだ。
それが僕達の使命だから──。
使命を果たす日が来ることが、今から楽しみでしょうがない。
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