普通いじょうな僕ら

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一話

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近未来国家、エルシオン。
誰もが憧れる犯罪も格差も偏見もない未来に生きる国。
その街並みは見上げるほど高いビルばかりで他国では決して見ることは出来ないほど壮観な景色だ。
他国にはない機械技術を持ちながら決して外にはその技術を漏らすことはない。
……そもそもこの国は他国を滅ぼそうとしている。そんな相手に情報なんぞ渡す訳がなかった。
それを知らない他国はこの国と外交しようと躍起になっている。
そもそも文明レベルが違い過ぎて交渉どころではない事を気づくべきである。
どれだけ違うかというと原始人と宇宙人くらい違う。
突然、サイレンが鳴り響く。
この国では国民のあらゆる時間が決められている。
起床時間、出勤時間、始業時間、終業時間、帰宅時間、就寝時間……その時間になると必ずサイレンがなる。
これを無視することは国民として扱われなくなる。
今鳴ったサイレンは帰宅時間を知らせるものだ。
ゾロゾロと職場から国民が出てくる中、一際目立つ姿の国民がいた。大人に混じり小柄な国民の姿がある。これはこの国にとっては異常な光景であった。
小柄な彼の名前はルーデルという。
彼の姿を見かけた国民は皆、恭しく頭を下げていた。
それはまるで神々しい何かに遭遇したかのように深く深く頭を下げていた。彼はその姿が見えていないのか、はたまた慣れているのか足早に此処を去ろうとしているように見えた。
彼は迷う事なく明かりに照らされた道を進む。


「「「あぁ、神様……貴方に忠誠を、繁栄を、栄光を、その為にこの命を捧げます……!故にどうか永遠に我らを導いてください!」」」

「……善処します」


彼は、合唱のように同じ言葉を吐く国民達に表情を変えずにただ一言だけそう言った。
それは死ぬまで永遠に、この国に仕えろという呪いの言葉だと誰も理解はしてはいないのだろう。
毎日毎日、自分勝手な利己的な言葉(どく)を致死量にならないくらい与えられる彼は果たして生きていると言っていいのか。
子供と言われる筈の彼の顔は死人のような顔をしていた。










ルーデルが月を背に自宅に向かっていると、悲鳴が聞こえた。
この国でそんな声は聞いた経験がないルーデルは思わず脚を止め、周りを見渡したがさっきまではいた筈の国民達は見えずもうルーデルしかいなかった。
そうしていると、また悲鳴が聞こえた。
その声は悲鳴なんて可愛らしさ声ではなく、声というより獣の咆哮のようだった。
それは、本来ある筈のいやあって当たり前の好奇心を刺激した。
ルーデルの脚は勝手に一歩また一歩と声がする方に進む。
普段はあまり走らないルーデルはもう息も絶え絶えだが、一刻も早く声の聞こえた場所に行きたいと気づけば走っていた。
走って走って脚が縺れて転びそうになるがそんなことに気を取られる時間も惜しいのか転がるように走る。
止まっては駄目だというように。
きっと苦しくて苦しくて堪らないのに。
それは、ルーデルが経験した事ないものだった。
身体は限界を訴えているのに脳は走れ、止まるなと真逆のシグナルを出していた。
ルーデルは制御の効かない機械になった気分だった。
声が近くから聞こえてくる。
あと少しだと思い角を曲がると、何かがいた。
真っ暗な筈なのにそこには確実に、何かがいる。
最初は鉄の匂いがした。
なんでこんなに鉄の匂いがするのか理解が出来ないが、余りの匂いにルーデルの顔が歪んだ。
その時、空気を読んだかの様に月明かりが差し込み、スポットライトのように路地裏を照らしだした。


「……ッ!?」


路地裏の壁に赤のペンキをぶち撒けたようになっていた。
夥しい量の赤と不規則に飛び散った赤い色は何の変哲のない壁を見事なキャンバスへと様変わりさせていた。
ルーデルは確認の為に壁についている赤に触った。それはぬるりとしていてやはり血だ。匂いの原因はこの赤だった。
一体どうすれはこんなに飛び散るのかとルーデルは思ったが、そこで誰かの悲鳴を聞いて此処に来た事を思い出して状況を確認しようと前を見た。
ルーデルはあまりの光景に一瞬我を忘れた。


「ひィっ……助けッ……!!」

「誰も来る訳ないじゃん!」


ルーデルは耳元で心臓の音だけがやけに五月蝿く聞こえていた。
ドクドクと脈打つ心臓と今尚ジワジワと絶え間なく地面を染める赤。
彼にとっては初めての感覚だった。
ルーデルの頭の片隅では、今日は初めてづくしで今夜はきっと眠れないという場違いな事をこんな時に考えていた。
全身の血が沸騰しているような感覚を、心臓が身体から飛び出しそうなほど脈打つ感覚を彼は今の今まで知らずに生きてきた。
それと同時に、彼はその感情がこの場に相応しくない感情だという事知らなかった。
そう。この感情は、興奮と喜楽。
血塗れのナイフを持つフードを被る男と尻餅をついて腹などから赤を溢し続けている男という目の前の光景にルーデルは頬を染め見入っていた。
今まさに命を刈り取られるこの瞬間に、ルーデルは魅入られてしまった。
それは世間一般では異常と呼ばれるものだが、残念ながらこの場にそれを指摘する人はいなかった。
尻餅を着いた男がそこら辺にあった小石をフードの男に投げつけたが、弱った獲物の抵抗などしれた事で当たる事なく、いや仮に当たったとしても致命傷にはならないだろうが。
ただそれは捕食者を煽る行動(スパイス)に違いなかった。
それを見ているルーデルもその抵抗事、尻餅を着いた男を踏み躙りたくなるくらいに興奮していた。
それを真っ向から見たフードの男は絶対にもっと興奮しているだろう事は顔が見えなくても簡単に察する事が出来る。
ルーデルは確信していた。
フードの男と自分は同じ穴の狢で、今まさに奴の顔は俺の愉悦を含んだ嘲笑(ほほえ)みと大差ない顔だろうと思っていた。
ジリジリと獲物を追い詰めるフードの男は、とことんいい性格をしているらしい。
だがしかし、人間とはこれほど生き汚いものか。
血を流している男は当然逃げようと尻餅をついた体勢から後ろを向いた。
そして、その方向には、運良くルーデルがいた。
その瞬間ルーデルの心臓はこれまで以上に脈打ち始めていた。
ルーデルはカウントのように鳴る心臓に落ち着けというかの様に胸元に手を当てた。


『嗚呼、奴に認知される!』


フードの男がルーデルを見た。
……と同時に這いつくばった男にも気づかれたが、ルーデルの頭の中はフードの男の事でいっぱいいっぱい、というよりそれ以外は眼中に入らなかった。


「!!助けてッ!たのむ!」


あぁ、認知された。


月明かりはあるがフードの男はその明かりを背後に背負っているせいでやはりどんな顔かわからなかったが、ルーデルにはわかった。
わかってしまった。
今、絶対に目があった。
そのことに、ルーデルは笑みが溢れるのを我慢することが出来なかった。
お互いに数秒、月明かりの中で見つめあった。
ルーデルにとってその数秒は永遠に感じるほどであった。
それは生きてきて初めて感じた幸せで、身体を熱くして手放したくないと思えるほどのものだった。
だが、幸せとは一瞬で過ぎ去るもので唐突に現実に戻された。


「かあさん?」

「「……は?」」


どう見ても女と見間違う筈のないルーデルを見てフードの男は『母さん』と呼んだ。
だけども、その後混乱したルーデルと男の声が何故か重なる。
どうやら、ルーデルを『母さん』と呼んだ本人もひどく混乱している様であった。
暫く二人で混乱していると、突然、


「ちょっ……!タンマタンマ!こっち片してから考えるから!」

「え?……あぁ」


フードの男の情けなく上擦った声のおかげでどれだけ混乱しているかわかって、逆にルーデルは少しばかり冷静になれた。
男が指差す方向を見ると、すっかり忘れさられた死にかけの人間がいた。
いまだに、そいつは蟲のように這って男と距離を取ろうとしていたが、残念なことに全く進んでいなかった。
無様にジタバタと蠢いてるだけにしか見えない。
フードの男は静かに近づき、持っていたナイフの一付きで心臓を貫いた。情けのなく惨めな声を上げて絶命した男の姿にルーデルは自身を重ねて熱のこもったため息を吐いた。
ルーデルはずるいと声にならない文句を空気と共に吐き出した。
その表情は妖艶さと感嘆を混ぜたような何とも言えない表情だったが、まだ大人ではない子がしていい表情ではなかった。
ルーデルはフードの男が簡単に殺したのを見て、さっきまでのはやっぱり痛ぶっていたんだと一人納得していた。


「……はい、しゅーりょー。ちぇ、勿体ない。もうちょっと遊べたのに」

「……やっぱりわざと時間を掛けてたんですね。あのまま続けて構わなかったのに。……いつまでも見てられますから」

「いやいや!無理でしょ。あんたいるし。……さて、どーしよ」

「そうですね……どうしますか?」

「……は?あんたわかってんの?この状況?どう考えてもさ、次、あんたの番だよ?」

「??……わかっます。この状況でそれ以外何をするのですか?」

「いや抵抗は?逃げないの?」

「何故?」

「??」

「殺せ、と言っているんです」

「はぁ?」

「……でも、やっぱり嫌、ですね」

「……何?やっぱり、死にたくなくなった?」

「いいえ。……叶うなら四方八方鏡のある部屋で殺されたかったです。ナイフで切り裂かれて飛び散る血に愉快に笑う貴方と肉が切り裂かれた痛みに顔を歪める俺。
それとも、その手で俺の首を締めて殺しますか?すごく苦しむ俺を見れるでしょう。その感触が貴方に永遠に刻まれるならきっと思い残す事はないです。鏡があれば貴方が俺を殺すところも俺が死ぬところも惜しむ事なく見れたのに……すごく残念です……」

「……え、えぇぇぇー……わかった!あんた、ヘンタイだ!」

「はい、どうぞ。貴方の目の前にこんなに無防備に獲物が首を差し出しているんだからする事は一つ、ですよね」

「オレ!そういうシュミじゃないので!」


ルーデルが腕を広げて心臓を曝け出しながら男に近づくも男はどんどん後退し逃げていく。
その行動にルーデルは疑問を抱きながら詰めていく。
これだけお膳立てしたのに殺さない意味がルーデルにはわからなかった。
無防備な殺しやすい獲物に飛びつかないのはなんでなのか。
この状況は俗に言う鴨ネギでものすごくおいしい状況な筈なのに。
ルーデルは知らなかった。
変人とはそこかしこにいるという事を。
いや、この場合は類は友を呼ぶ、という状況になっている事に気づいていなかった。


「……あー!!もー!!やだやだやだ!抵抗しろよ!逃げろよ!怖がれよ!嫌がれよ!もー!やだ!お前殺さない!時間のムダ!オレ行く!」

「何処にですか?」

「こんなクソみたいな国から出てく!オレ自由になんの!命令じゃなく、好きに殺して殺すの!」


男の目的はここでの命令されてする殺人ではなくこの国から出て自由に殺人をする事だった。
ルーデルは男の目的を理解したと同時に様々な疑問が浮かんだ。
この国から一人で脱出するという意味がどれほど無謀なことか知っているからだ。
ルーデルは心の中でこれほど自信満々に言うからにはさぞ凄い作戦があるに違いないと思い男に聞いた。


「どうやってこの国から出て行くのですか?」

「どうやってって……正面突破しかないじゃん」

「……。……しょうめん、とっぱ?ふざけているんですか?」


男は自分よりも歳下な子にそう言われて、少しほんの少し傷付いたが、そう言われるのも当たり前だった。
なんせ、この国は高い壁に囲まれた鉄壁の国だから出ていくのは簡単に出来ない造りになっていた。
出入り口は一つしかなく、技術の無駄遣いというくらい扉も硬く、付近は警備もカメラも数が違かった。
その高い壁は元はと言えば、外からの侵入を防ぐために造られた物だがそれはいつの間にか檻の様な役割になっていた。
この国の技術の塊がこの壁と扉には詰まっていた。
だがしかし、逆に言えばその扉さえどうにかしてしまえばこの国から出ることなど簡単なこととも言えた。


「ふざけてない!……この国から出る奴について行けば……」

「そんな人、いますか?そも、アソコが開く時は限られた時だと貴方も知ってるでしょ?」

「ッ……!」


この国にある唯一の扉は訪問者を招く入り口としての役割で作られた訳ではない。
動かなくなった国民を外で埋葬する為だけに作られただけの扉。
何ヶ月かに一回しか開けられないから扉としての存在意義なんてないようなものだった。
つまり、待っていても開くには開くがかなり先の話。
その間に男はこの敵だらけな国の中で鼠の様にひっそりと生き抜かなければならない。
それはあまりに現実的な話ではない。
街中の膨大な監視カメラをかいぐぐり“王”の眼から逃れ続けるのは絶対に無理な話だからだ。
ただこれは、扉が開くのを待つという選択をした場合の話だ。


「提案が、あります」

「……提案?」

「はい、提案です。……俺にはあの扉を開ける手段を知ってます。勿論、待つなんて手段じゃありません。今すぐに開ける手段です。その変わりに……」

「そのかわり?」

「俺も連れてってください」

「……は?」

「……嫌、ですか?」

「……いや、正直さ。それ、オレにしかメリットなくない?いいの?てかさ、ついてくも、ついてかないもあんたの自由じゃね?」

「……そうですか?じゃ、交渉成立ですね」

「よし!じゃ、早速扉に……」

「待ってください。まずは、俺の家に寄ってください」

「なんで?早くしないとヤバイの、あんたならわかるだろ?アイツにバレる前に逃げなきゃ……」

「……さっきの提案は俺一人では無理なことなんです」

「……うぅん?どういう?」

「協力者に連絡します。俺の家でなければ連絡は無理です」

「なんだと!それ早く言ってよ!行こ!」


月明かりを背に一人で来た路地裏を二人で後にした。
ルーデルは路地裏を出た付近にある街灯上のカメラにむかい手を振る。
これは、協力者との合図だった。


「なあ、なんで今さ、手振ったの?」

「合図です。走ります」




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