亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第3章 招かざる侵入者編

冒険者は咆哮を上げ獣となる

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ジンガは地面に突き刺した剣を手に取り、引き抜く。

この剣はヴォルグにトドメを刺すために抜いたものであり、その剣を振るいながら一歩一歩ヴォルグの方へと歩みを進めていた。

「ぐ……うぅ……」

「……ん?」

その途中、ヴォルグの意識が吹き返した。
しかし予想外のダメージを負ってしまったためか、立つことはまだできないようだ。その代わりにキッとジンガのことを恨めしそうに睨め付けている。

「ふん。もう立つ力もねえくせにそろそろ大人しくしろよな。早くしねえと他の奴らに負けちまうじゃねえか」

「……? どういう……意味だ?」

まるで理解できないジンガの発言に疑問に思ったヴォルグは、たまらず問いかけてみる。

「さっきの爆発音、聞いただろ? あれはおそらくオマエの仲間たちとオレの仲間たちとの戦いで起きたものだろう。……だとしたらそろそろ決着がつく頃だろうな」 

「そうだな。もちろん俺たちの勝ち……だがな。俺たちは全員Aランクの冒険者だ。お前らみたいな亜人種に負けるものか。誰か一人でもここから逃げ出せればお前たちはもう終わりだ」

ヴォルグはたとえ自分が負けたとしてもそれでいいと思っている。この森の危険性をヴォルグ以外の誰か一人でも知らせることができたなら国を挙げて排除するだろう。

しかしそんな脅しを言われているのに当の本人は、興味のないような顔をしていた。

「Aランクの冒険者……ねえ。そんなの所詮、人間どもが勝手に作った物差しで決められたものだろ。オレたちはたとえAランクだろうがSランクだろうが負けるつもりはねえよ」

自信満々に笑い飛ばしながらそのようなことを言ってのけていた。この自信に満ちた言葉にヴォルグはすこしたじろいでしまう。

「さて、もういいだろう。早く終わらせねえと他のヤツらが先に侵入者を倒しちまってオレが一番になれねえからな。一番にお嬢に褒めてもらうのはこのオレだ」

ジンガがここまで一番先に侵入者を撃退しようとしていたのはこんな思惑があったからだった。
撃退した順位など本来どうでもいいのだが、ジンガにとっては一番に仕事を終わらせた奴だけがフィリアに褒めてもらえると思っているらしい。

ジンガが再び歩く中、ヴォルグは自分の戦斧を杖代わりとしてふらつきながらもどうにかして立ち上がることができた。

「ま、まだ終わってねえぞ……」

「そんな体でか? 悪いが弱い者いじめは趣味じゃねえんだ。一撃で仕留めてやるから大人しくしてな」

「師匠。そのセリフ、なんだか悪者みたいですよ」

「うるせえな! オマエは黙って師匠の戦いを見ていろ!」

「はーい」

レインの余計な横やりのせいで少しやる気が削がれてしまったが、気を取り直してヴォルグの方へと視線を移す。

「はあ……はあ……このまま終わるわけにはいかねえ。せめて貴様に一矢報いてやる!」

ジンガは直感でなにかしてくると踏んでいた。ジンガの経験上、追い詰められた奴ほどなにをしてくるのか分からないものだという。
下手に前へ出るのは愚策と思ったジンガは剣を構えながら次の相手の出方を窺っていた。

(もう、あれをやるしかない)

胸中でそう覚悟を決めたヴォルグはジンガに一矢報いるため行動に出た。

「《バーサーク・ブースト》!」

詠唱後、ヴォルグの体に大きな変化が起き始めた。
体中の筋肉が膨張し、赤くなっていた。それだけでなく体から蒸気を発しており、目が血走り、まるで獣のような形相へと変貌を遂げていた。

バーサーク・ブーストとは、自身を狂戦士化する強化魔法の一種である。しばらくの間、痛みを感じることもなく、パワーやスピードが前よりも何十倍にも膨れ上がる。その代償としてまるで獣のように本能のまま戦うため下手をすれば敵味方の区別なく襲うこともある。

そのためヴォルグもこの強化魔法はめったに使うことはなかったが、今は違う。近くに味方はおらず、敵ばかりのこの状況でなら躊躇うことはなかった。

「ウオオオオオオオオォォォッ!!!」

「……くっ!」

強化したおかげで獣人族のジンガと同じ脚力を手に入れたヴォルグは、一気に二人との距離を詰め目にも止まらない速さで斧を打ち込んだ。
その攻撃に即座に反応したジンガは当たる直前のところで剣を盾にして防ぐ。

「うぅ……ぐあっ!」

競り合いの結果、ヴォルグの腕力に負けたジンガは剣ごと後方へと弾き飛ばされた。

「グオオオオオオオオォ!」

攻撃の手を緩めることのないヴォルグは、雄叫びを上げながら砂利の中を駆け走る。
ジンガはすぐさま態勢を整え、次の攻撃に備えて剣を構える。

「フン! フン! フン!」

幾度とないヴォルグの猛攻が続いた。何度も斧を力の限り振り下ろし、ジンガの体を一刀両断しようとしていた。

しかしそうはさせないと、ジンガも必死に対処していた。純粋な力比べではこちらの分が悪いと判断したジンガは、真正面から立ち向かうのではなく、攻撃を受け流すようにしていた。

向かってくる斧の切っ先に対して剣の刃先が直撃すると同時に腕を横へと移動させ、攻撃の流れを自分から地面の方へと流すようにしている。

「ウアアアアアアアアアァァッ!」

自分の攻撃が全く当たらず苛立ちを見せているヴォルグ。今度は川辺まで走り、中に入る。そして斧を川の中に沈め、勢いよく川の水をジンガに向かってすくい上げる。

「はあ!? なにしてんだあの野郎?」

突然の奇行にジンガは戸惑いを見せていた。そうしている間に大量の水がジンガの元へ降り注ぎ、思わず腕を顔に出し、水がかかるのを防いでいた。

「……っ!?」

その刹那、後ろから殺気を感じた。降り注いだ水に意識を取られている内にジンガの間合いに入ったヴォルグは斧を横に持ち、薙ぎ払う。

「……ガハッ!?」

咄嗟に後ろに飛んで躱したおかげ真っ二つにはならずに済んだ。しかしそれでも脇腹を切られてしまい、そこから血が流れていた。

「少し油断しちまったな……。理性をなくしたと思ったらなかなかやるじゃねえか。これ以上、テメエの好き勝手にさせちまったらさすがのオレでも手に負えなくなる。……次で決めてやる」

剣の切っ先をヴォルグに向けながらそう宣言した。狂いながらもその挑発のような言葉を理解したのか、ヴォルグは怒り狂いながら咆哮を上げていた。

殺意がさらに増したヴォルグは、斧を地面に何度も何度も打ち付け、ジンガを威嚇していた。
そして、獲物を狙うかのような鋭い目つきでジンガにがんを飛ばしたヴォルグは、身を低くさせ、駆け始めた。

斧をぶんぶんと振り回しながら走っているが、ジンガはそれに怯むことなかった。
持っていた剣を片手で持ち上げながらヴォルグに向かって投げつけた。

「……ッ!?」

その攻撃は予想していなかったため一瞬怯みはしたが、避けられないわけではなかった。
一直線で飛んでくる剣を横に体をずらすことで躱したヴォルグは、速度を緩めることなく走り続けた。

「……グアァッ!?」

飛んできた剣に意識を奪われ、ジンガから目を離したほんの少しの間にジンガはヴォルグのすぐ目の前にいた。

そのままヴォルグを通り過ぎたジンガは、なんと自分が投げた剣を手に取ったのだ。
驚くことにジンガは、自分が剣を投げた瞬間、自分自身も走り始めただけでなく、その剣に追いついてしまった。
その光景を見たヴォルグはさすがに驚きを隠せなかった。

ジンガはその驚いた顔を見れたことに喜びを感じたのか、二ッと笑って見せた。そして剣の柄を握りしめ、剣を振るった。

ザンッ。

(…………っ!? な、なぜ俺の体がそこにある?)

狂戦士化が解けたヴォルグが最初に見た光景は自分の体だった。少し離れたところに膝をついている体。
自分はここにいるというのになぜだ、そのような疑問を感じたがその答えはすぐに出た。

(……ああ、そうか。俺は首を切り落とされたのだな……)

その体には首がなく、そこからは血が噴き出していた。次第に薄れてゆく意識の中、ヴォルグは無念を抱いていた。

(とうとう奴に、一矢報いることはできなかったようだな。心残りはあるが先に逝くぞクライド。……せめてお前だけでも生き残って……くれ……よ……な……)

クライドにすべてを託しながらヴォルグは魔境の森で死んでいった。その顔からは苦しみはなく安堵したかのように笑みを浮かべていた。

「……やっと終わりましたね、師匠」

戦闘が終わり、ヴォルグの亡骸を横目で見ながらレインはジンガのところまで歩いていた。

「まあまあの相手だったな」

「というより師匠さすがですね。まさか投げた剣に追いつくなんて」

「オマエも獣人族ならあれくらいできるようになれよな」

あまりにも無茶な注文を受け、レインはあからさまに嫌そうな顔をする。

「うへえ、ムリですよあんなの」

「オマエな……せめて王狼流武術くらいは使いこなせるようにしろよな。あれは獣人族の流派の中でも使い手が最も多い武術だ。獣人族で戦士を目指すなら最低限会得しろ」

獣人族には数々の武術がある。それは獣人族の中でもその種類によって扱う流派は異なる。例えば、ジンガやレインのようなイヌ科獣人の場合には王狼流武術。それ以外にも種類ごとに様々な流派が存在する。

「それで、この人はどうします?」

レインは地面にある亡骸を見ながらジンガに尋ねる。ジンガはちらりとヴォルグを見ながら答える。

「そんなもの放っておけ。オレにはまず、しなくてはならないことがあるからな」

そう吐き捨てながらレインを置いて森の方へと進める。

「それってなんですか、師匠?」

ジンガの後を追うようについてくるレインは再び質問をした。

「決まっているだろうが。お嬢に報告するんだよ。きっとオレが一番乗りだろうな」

鼻を鳴らしながら意気揚々に腕を振るジンガ。毎度のことながらこういうときの師匠を残念に思いながらレインはそっとため息をついていた。

歩きながらジンガは、後ろに目をやりながら、

「……獣になる前のオマエとの戦いが一番楽しかったぜ」

その言葉に対する返事が返って来ないと知りながらもジンガはぼそりとそう呟いた。
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