亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第5章 エルヴバルム編

交渉

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「おぉ、愛しいティナよ。ひどい目に遭わされていなかったか? ひもじい思いをしなかったか? 毎晩お父様のことを考えて寂しい思いをしなかったか?」

「お、おお父様、私はこの通り大丈夫ですから……その……少し離れてください。みなさんが見ていますよ」

「そんな寂しいこと言うな! 数ヶ月ぶりに会えたのだ。もう少し親子の絆を深めようではないか」

「あ、あうぅ……」

メルティナを抱きしめながらその顔に自らの顔を擦り合わせ、久しぶりに会えた娘の感触を味わっている国王の姿があった。

紫音たちは突然の出来事に脳の処理が追い付かずお互いの顔を見ていた。
それはエルヴバルム側も同じだったようで女王陛下は、頭に手を当てながらため息をつき、傍に控えていた二人も呆れたような表情を浮かべている。

「あなた、それぐらいにしなさい。恩人の前ですよ」

女王陛下のその一言に国王陛下は紫音たちをキッと人睨みした後、女王陛下にも睨み付けるような視線を向けた。

「なにが恩人だ! こんな奴らとっとと褒美を与えて帰らせればよかったんだ。お前がこいつらを城に招くなどと言わなければ私が直々に向かい、ティナの身柄を受け取るはずだったのに……」

「ですから、そういうわけにもいきません。恩人を無下に扱うなど我らの誇りが許しません。……それに、これまで連れ去られた者たちが誰一人として戻ってくることはありませんでしたが、今日あなたたちがメルティナを送り届けてくれたことで私たちに希望が湧いてきました。そのお礼をしなくてはなりません」

そう言いながら女王陛下は、紫音たちにやさしげな笑みを向けてきた。

(まだ……一人も戻ってきていないのか……)

紫音は女王陛下が口にした言葉を聞きながら少し考え込んでいた。

あの事件から数ヶ月ほど。その間にアイザックたち遠征部隊が新たに設立され、連れ去られたエルフ族の捜索を続けていたというのにまだその成果は出ていないということになる

その瞬間、紫音はハッと目を見開く。
紫音ならその問題を解決できる手立てがある。元々、その件に関してはまったくのノーマークだったが、問題になっている以上、新たな交渉材料になる。思わぬところで交渉材料を増やすことが可能となり、胸中で笑みを浮かべた。

紫音がそんな算段をしている中、女王陛下は一つ咳払いをしてから話を続ける。

「メルティナを送り届けてくれた皆さんにはもう一度感謝いたします。そして皆さんには私たちから褒美を与えようと考えているのですがなにがよいですかな? 私たちにできることならなんでも言ってください」

それは、紫音たちが待ち望んでいた交渉の場に引き込むには絶好の問いかけだった。
紫音は隣にいるフィリアに目配せしながら合図を送る。フィリアも紫音の視線に気づいたのか、小さく首を縦に振り、女王陛下に向けて言った。

「恐れながら申し上げます。私たちは一国家アルカディアとしてあなたたちエルヴバルムと交渉したいことがあります。その席をぜひ設けさせてください」

その言葉を言い終えると、フィリアたちは一同に頭を下げる。
フィリアが放った言葉をきっかけに王宮の間がざわめき始める。それもそのはず、エルヴバルムのような歴史も国力もある国とは違い、アルカディアはまだ建国して数年の新参者。
ざわめくのも無理はない。

しかし、女王陛下は一瞬目を見開き、驚く顔を見せるがすぐに冷静さを取り戻しながらフィリアの問いかけに答える。

「いいでしょう……。あなたたちの望み通り交渉の場を与えましょう。……すぐにこの方たちを貴賓室にご案内しなさい」


まさか女王陛下がその望みを受けるとは思わなかったのだろう。
兵士や大臣、その場にいたものは女王陛下の言葉に驚きを隠せずにいた。

「待て! なぜこのような者たちとそのようなことをしなくてはならない! さっさと断ればいいものを……」

「彼女たちは金銀財宝や領地など様々なものを得られる機会を投げ捨てて私たちと交渉がしたいと望んでいるのですよ。それくらい叶えてもいいではないですか」

「し、しかしだな……」

「お父様……」

メルティナは父親の服をくいっと引っ張り、上目遣いをしながら言った。

「一生のお願いです。彼らの話を聞いてくれませんか?」

「よし、分かった!」

国王陛下は親指を立てながらあっさりと了承する言葉を口にした。

「ねえ、紫音。……本当にこんな人が治めている国と交渉するつもり? やる気なくしちゃうんだけど……」

「やるに決まっているだろ。国王はともかく女王のほうは乗り気みたいだし、ここまできて引き下がるわけにはいかないだろ」

「それもそうね……」

なにはともあれ念願の交渉の場に国王たちを立たせることができた。
これで第一関門はクリア。

この後の交渉の場でなんとしてでも両国との友好を結ばなくてはならない。
紫音は、交渉に備えてもう一度気合を入れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


王宮の間を後にし、貴賓室へと案内された紫音たち。

中へ入ると、煌びやかな内装に豪華なインテリアの数々。部屋の中央にはソファーが二つ向かい合うように並べられており、その間にはテーブルが置かれている。

ソファーは三人ほどしか座れない大きさのため紫音とフィリア、そしてディアナがソファーに座り、リースとレインは三人の後ろに控えるように立つ。
エルヴバルム側は、国王陛下と女王陛下が座り、メルティナと王宮の間にいた二人も交渉の場に立ち会うことになり、リースとレインと同じように国王たちの後ろに立っていた。

それぞれが席に座った後、女王陛下の一言により国王たちの紹介から始まる。

エルヴバルム国王の名前はソルドレッド、女王の名前はクローディアという。
そして、メルティナとともにいる二人は紫音の予想通りメルティナの兄と姉であった。

兄の方の名はフリードリヒ。赤みがかった栗色の髪に精悍な体つき。それでいて女性が放っておかないほどの美形の持ち主でもある。
一方、姉の方の名はクリスティーナ。女王と同じく金髪碧眼の持ち主であるが、妹のメルティナとは違い、凛々しい印象の女性。
つり目がちな目に引き締まった体。女王の血を受け継いだかのような美しい顔立ちをしていた。

メルティナの家族の紹介を終えた女王は、フィリアたちの方へ顔を向けながら促すように言った。

「交渉の前の紹介はここまでにしていよいよ本題に移りましょうか。交渉と言っていましたが具体的にはどのようなことを望んでいるのでしょうか? そしてあなたたちは私たちになにをしてくれるのでしょうか? 我々になんの得もないようでしたら遠慮なく断らせていただきますからね」

先ほどまでの温厚な雰囲気から一変、冷淡な視線をフィリアたちに向けている。
その視線に紫音は一瞬怯みかけるが、隣にいるフィリアが平然としているのを見てすぐに落ち着きを取り戻す。

「ええ、いいですよ。……ですが、交渉の前に一つあなたたちにお伝えしたいことがあります」

「……? なんでしょうか?」

フィリアが放った意味深な発言にクローディアはフィリアの次の言葉を待っていた。

一呼吸してからフィリアは話すべきことをソルドレッド王たちに伝え始める。
内容は、アイザックたちに話したことと同じような内容だった。

前回の襲撃の犯人が隣国のエーデルバルムが引き起こしたことやエルヴバルムが再び狙われていることなど。
紫音たちが得ている情報をソルドレッドたちに開示する。

フィリアの話にソルドレッドらは頭を悩ませていた。
かつての友好国が、あの忌々しい事件の主犯だったことに衝撃を受けていた。

「まさか、あの者たちがしていたとは……」

「……もう我慢ならん! こうなれば戦争だ! 奴らめ……我々を敵に回したことを後悔させてやる」

ソルドレッドは、怒りのあまり冷静さを欠いているのか、物騒な言葉を口にしている。

「落ち着きなさい。今すぐ行動しなくても時期に彼らのほうから来るならここは向かい打つべきです」

「……確かに、一理あるな。向こうからノコノコ来るなら返り討ちにしてやるのもいいな。フリード、クリス今から迎撃の準備には間に合いそうか?」

ソルドレッドの言葉にフリードリヒとクリスティーナは答える。

「この者たちの言うようにあと三日というなら充分に間に合います。あれから騎士団も再編成していつでも戦闘に臨める態勢です」

「今回、事前に来ることが分かっているなら問題ありません。装備を整え完全武装の上、敵を蹴散らしてやります」

フリードリヒとクリスティーナの自信満々な返答にソルドレッドは満足げな顔をしていた。

「ふむ、どうやら問題はなさそうだな」

「そうですね。情報を提供してくれたあなたたちには感謝いたします。……ですが、このような貴重な情報なら交渉の一つにしてもよかったのにいいのですか?」

クローディアの当然の疑問にフィリアは落ち着いた口調で答える。

「ええ、もちろんです。この情報はあなた方の国の危機に繋がる重要な情報です。これから交渉を行う国が危険にさらされることは私たちにとって本望ではありません。ですから私たちはこの情報に対してあなたたちになんの対価も要求いたしません」

フィリアの答えにクローディアは感嘆の声を上げる。
ソルドレッドたちは、この無償の施しに疑うもののそれに対して追求することはなかった。

その後、フィリアは咳払いを一つしてから交渉の件に話を移す。

「先ほど申しました交渉の件ですが……私たちアルカディアはエルヴバルムとの友好を結ぶためあなた方との交渉をお願いします」

「……交渉……ですか?」

「内容は、食料品や日用品などの商品の輸出入を目的とした両国との貿易ならびに魔法や技術の共有。将来的には我がアルカディアへエルフ族が移住することも視野に入れてほしいと考えています」

交渉の内容にエルヴバルムの面々は言葉を失っていた。
いや、これはどちらかというと呆れているといった表現が正しいだろう。その証拠にソルドレッドは大きなため息を吐きながらフィリアたちに向けて言い放つ。

「はっきり言おう。私たちはそのような条件を呑むつもりも友好を結ぶつもりもない。ティナの恩人だからといって無理を通せると思うなよ。お前らの交渉にこちらは一切聞かんからな」

そう吐き捨てると、鼻を鳴らしながらソファーにもたれかかり、ふんぞり返っている。
聞く耳を持たないと体現していた。

「残念ですが、わたくしも同じ意見です。情報を提供してくれたことには感謝しますが、あなたたちと友好を結ぶ意味が私たちにはありません」

クローディアもソルドレッド王と同じ反応を見せていた。
しかしこれは、紫音たちにとっては予想の範囲内。こうなることはやる前から分かり切っていたこと。

(紫音、行くわよ)

(ああ、フォロー任せろ)

芳しくない雰囲気の中、お互いに短い念話を送りながらフィリアは交渉の続きに入る。

「断るかどうかは私の話を聞いてからにしてください」

そして、ここからフィリアたちの反撃が始まる。
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