亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第9章 呪怨事件編

再びオルディスへ

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オルディス近海に位置する海底。
ここでは、呪いに侵された魔物たちとオルディスの兵士たちとの戦いが繰り広げられていた。

「一番、二番隊はそれぞれ左右から挟撃して魔物を抑え込め! 奴らは理性を失った獣も同然! 恐れることはない!」

蒼い長髪をなびかせた青年の指示のもと、人魚たちは一斉に魔物に襲いかかる。
左右から攻撃を仕掛け、暴れまわっている魔物たちの動きを止めていく。

「リーシア! 今だっ!」

「はい! アウラムお兄さま!」

戦いの最中にいたリーシアは、声を上げて返事をしながら続ける。

「大いなる海に宿りしマナよ。我が声となりて、かの者らに祝福を与え給え。人魚聖歌・第17章『ブレッシング・ブリーズ』」

人魚の魔法を詠唱し、リーシアの歌声が海底に響き渡る。
清廉された声に安らぎを与えるような心地にさせる歌に皆が酔いしれる。それは呪い状態にある魔物たちも例外ではなかった。

リーシアの歌声を聞いた魔物たちは、次第に暴れ回るのをやめ、それと同時に体中からなにやらどす黒いものが外へと放出されていく。

「呪いの浄化が進んでいる! 両部隊、そのまま浄化が終わるまで魔物どもを抑えつけろ!」

「ハイッ!」

アウラムからのさらなる指示を受け、果敢に魔物に挑む人魚たち。

「ガアアアァッ!!」

すると、浄化されつつ魔物たちが再び獣のように暴れ始めた。

「くっ!」

「怯むなっ! これは最後の悪あがきのようなものだ! あと少し時間を稼げば――っ!?」

呪い自体にまるで意思があるかのように最後の力を振り絞って抵抗を見せる。
人魚の兵士たちもそれに対抗するが、すべてを抑えきることなどできず、数体ほど人魚の包囲網から突破されてしまった。

抜け出した魔物は、浄化に集中しているリーシア目掛けて一直線に海中を突き進んでいく。

「ガアアアァッ!」

「ハイハーイ、ゴメンね。それ以上はストップだよ。妹に手を上げるような奴は私の実験体になってもらうわよ」

襲いかかる魔物に対して、リーシアを護るようにセレネが間に入って敵の攻撃を防いだ。

「よくやったセレネ! そのまま逃がすなよ」

指示をしていたアウラムも蒼い長髪を漂わせながら戦闘へと入っていく。

――それから数分後。
呪いの浄化も終わり、あれだけ暴れていた魔物たちもすっかりとおとなしくなり、傷を負いながら自分の住処へと帰っていった。

一仕事終えたリーシアは、大きく息を吐きながらその場で休憩に入る。

「はあー、やっと終わった。これで何十回目よ。さすがに疲れたわ」

紫音たちと離れてからオルディス周辺の海底をあっちこっち回り、呪いに侵された魔物たちがいればその都度、先ほどのように浄化に専念していた。
しかし何分、数が計り知れないため、さすがにリーシアの疲労も限界に達していた。

「あぁー、シオンさまに会いたい。きっといまごろシオンさまも、わたしのことを想っているに違いないわ」

「リーシア、少し休憩を入れたら次のエリアに行くぞ」

「――っ!? もう! アウラムお兄さまったら、せっかく物思いにふけっていたというのにジャマしないでくださいよ!」

いい気分でいたところを邪魔され、リーシアは頬を膨らませながら怒っていた。

いま、リーシアに怒られていたアウラムという青年はリーシアやセレネたちの兄であり、オルディス王家の長男であった。
彼は国王ブルクハルトからの王命により、リーシアとともに呪いに侵された魔物たちの浄化活動にあたっていた。

「なんだ? もう音を上げるのか?」

「音を上げるとか以前の話ですよ! こっちはまともな休憩もとらずにずっと動きっぱなしなんですよ! それにシオンさまもそばにいないし……」

「まったく……」

「アウラム兄さん、そこまでよ」

紫音がいないせいで余計弱音を吐くリーシアのもとにセレネが加勢する。

「セレネ……お前もか?」

「アウラム兄さんも少し疲れているんじゃないの? いつもは理知で合理性なのに、いまはかけらも感じられないわ。 まるで別人になったみたいに……」

「なにを言っているか分からないが、話を逸らそうとしないでくれるか?」

「それだけじゃないですよ。今回同行した結果、呪いに関してのデータも充分に取れました。あとは研究室に持ち帰ってさらなる検証をするだけです。兵士たちも疲弊しているようですし、効率を考えるならばここいらが引きどきではないですか?」

「…………なるほど」

効率を重視した提案をするセレネに対して、アウラムは一言そう言いながら頷く。

「アウラム王子!」

セレネとアウラムが話し込んでいると、一人の人魚の兵士が慌てた様子でアウラムのもとへ駆け寄ってきた。

「何事だ?」

「たったいま、王宮から連絡があり……神殿に向かっていたアルカディアの方たちが帰還したとのことです」

「えっ!? シオンさまが!」

紫音たちの話題が出た途端、先ほどのことなど忘れてリーシアは満面の笑みを浮かべていた。

「……アルカディア? ああ、リーシアを保護した国の名か? ……それで? 報告はそれだけではないのだろ?」

「ハ、ハイ! じ、実は……信じられないことですが、彼らは海龍神様の呪いの浄化に成功し、シオンというものが海龍神様より我らと同じ証を与えられたそうです……」

「なに!? 海龍神……様のだと?」

「へえ、やるわねあの子たち」

「さすがシオンさまです!」

セレネとリーシアがその報告に喜ぶ中、紫音たちのことをよく知らないアウラムだけは驚きの顔を見せていた。

「海龍神様の呪いはあまりにも強力で、だれも手を付けられなかったはずだぞ! 海龍神様が用意した幾多の障害を乗り越えて成し遂げたというのか?」

「いいことではないですか。海龍神様が正気を取り戻したのなら魔物たちも次第に大人しくなるはずです」

「……そんなことより、早く戻りましょう!」

紫音がオルディスに戻っていることを知ったためか、リーシアの体は自然とオルディスの方角をさしていた。

「リーシアがこの調子だと、浄化活動にも支障が出るわよ」

「……いいだろう。俺もちょうどリーシアがご執心のシオンとやらに会ってみたかったところだ。俺たちも帰還しよう」

そうして、アウラムたちは浄化活動を引き上げ、オルディスへと進路を変えた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

リーシアたちが紫音たちの帰還を知る少し前。

紫音たちはエリオットとともに海皇の間で国王たちと謁見をしていた。

「以上が彼らとともにした私の見聞きしてきた出来事のすべてです」

エリオットからの報告を通して、海龍神様の浄化やアトランタの現状を知ることとなった。国王や女王はその事実を受け止めきれないのか、信じられないという顔を紫音たちに見せていた。

「今の話はすべて真ですか?」

「はい、私の名に懸けて嘘偽りなどは決してございません」

「そうか……。ならばアルカディアの諸君、一国の王として君たちにお礼を申し上げたい。我らが守護神たる海龍神様を救っていただき深く感謝する」

ブルクハルトに続いてティリスも紫音たちに頭を下げながらお礼の言葉を述べた。

「恐れながら父上、母上に申し上げたいことがあります」

「……なんだ、エリオット? 申してみよ?」

「来たるアトランタとの戦いにアルカディアの方たちも戦力として投入してはいかがでしょうか!」

「……なに?」

エリオットの進言にブルクハルトは眉をひそめる。

「オルディスの問題に部外者を加えるつもりか?」

「はい、その通りです。シオン殿の仲間により情報によればアトランタは教会と手を組み、戦いを仕掛けてきます。オルディスと矛を交えるとなれば教会も聖杯騎士を派遣するはずです」

「その可能性は大いにあるな。だが、それでなぜ彼らが出てくるのだ?」

「よく知るアトランタならまだしも、私たちは教会について詳細な情報を持ち合わせていません。教会の戦力がどれほどのものか分からない現状、少しでも戦力を増強するためにシオン殿たちの力を借りるべきだと私は思います」

紫音たちと同行し、彼らの実力を目の当たりにしたからこそ、エリオットはこのような提案を持ちかけた。

「実力に関しては私の目からしても申し分ない程の力を有しているうえに、シオン殿は海龍神様に認められた存在です。いかがでしょうか?」

エリオットの熱意の籠った提案に対して、ブルクハルトは考える素振りも見せずに静かに首を横に振った。

「残念ながら、その提案に応えることはできない」

「――っ!?」

「これは国同士の問題だ。向こうが誰と組もうが、私たちがそれに倣う道理はない。早い話が人魚族の問題に他国が介入するなということだ」

「それはつまり……人魚族の名誉のためということでしょうか?」

「その通りだ。人魚族の首都であるオルディスがアルカディアのような小国と手を組んでいたことが周辺諸国に知られてみろ。オルディスという国自体が軽んじられ、長きにわたり築き上げられたその名にも傷がつくというものだ」

「納得いかないような話ですが、国を守るためには仕方のないことなのですよ」

「……承知しました。先ほどの話は忘れてください」

これ以上説得しても無駄だと悟り、エリオットは自ら一度出した提案を却下した。

「……だが、海龍神様を救っていただいたことに関してなんの褒美も与えないというのはこちらの気が済まないというもの。確かお前たちの望みに我が国との交易があったな……」

「は、はい……確かにそうですが……」

「数ヶ月間ほどの試用期間を設けてアルカディアとの交易を行うことを約束しよう。内容次第では期間の延長も認める。これでどうだろうか?」

ブルクハルトから出された提案は、紫音たちがオルディスに来た目的の一つであった。
それがいままさに叶うと知り、フィリアはすぐさま返答する。

「はい! ぜひお願いします」

「詳しい内容については後日書面にて通達する。それまでの間は客人としてオルディスに滞在することも認める。……だが知っての通り、我が国とアトランタとの戦いが近々始まる。アルカディアのみなさんには近日中にオルディスから出国してもらう」

「――っ!? ち、父上!」

「これは決定事項だ。異論は認めぬ。……話はこれで終わりだ」

その言葉を最後に国王たちとの謁見は終了となり、紫音たちも海皇の間から退室することとなった。
結果として望んでいたことが叶えられたのだが、紫音たちはそのことを素直に喜べずにいた。
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