メガネから見えるバグった世界 〜いいえ、それは仕様です〜

曖昧風味

文字の大きさ
1 / 24

はじまり

しおりを挟む
「凄いバグ技を見つけてしまった」

 図書室の先生のお勧めの物語を読み終わって本を閉じたタイミングだった。いつの間にか二つ隣の席に座っていた同級生のメガネくんがいきなり独り言を呟いたのは。

 独り言に返事をするのもおかしいだろうし、返事をされた側も恥ずかしいだろうから、僕は何も言わずに立ち上がり、貸出・返却の受付テーブルを見る。先生は今はいないようだ。準備室に行ってるのだろうか。僕は「たぶんここら辺だろう」と当たりをつけた棚に戻しに行った。

 さっき独り言を言っていたのは、同じクラスだけどあまり付き合いのない無口な目兼めがねくんだ。彼が教室で誰かと話す姿を見た記憶がほとんどない。いや、僕も同じようなものなんだけど。

 本を戻し終わり、カバンを取りにさっきまで座っていた席に戻る。メガネくんはまだ同じところに座っていた。本を読んでるわけでも、宿題をやってるわけでもなさそうだけどどうしたんだろう。
 夕暮れ時のこの図書室には、図書室の先生以外には彼と僕しかいないという状況。クラスメートだし流石に無視するわけにもいかない。
「メガネくん、お先に失礼するね」
 自分で口にしてみて、あり得ないくらい他人行儀になってしまったなと思いながら、カバンを持って出口に向かおうとした時だった。

「ちょっといいだろうか」
 彼はこちらに顔を向けて話しかけてきたのだった。そして、先程と同じ内容を繰り返したのだ。
「凄いバグ技を見つけてしまったんだ」

 バグ技、と聞いて僕が即座に思い浮かべたのは、ゲームの仕様外の動作を利用して何かしらを発生させること、だ。
 つまり、ゲームの話なんだろうけど、彼とはあまり話したことがないし、僕は実はゲーム大好き人間だけど、学校の友達とはゲームの話をしたことはない。というか、そもそも仲良く話せる友達がほとんどいない。まあ、それはさておき、なんて答えればいいのか分からなくて一瞬フリーズしてしまう。

「唐突ですまない。ただ、なんとなくだが、ボクが見つけたバグ技を検証してもらうのはキミが適していると思ったのだ。少し、時間を貰えないだろうか」

 メガネくんって話し方が硬いって言うか……厨二なのかな。いや、僕らは二人とも高二だけどね、とか。くだらないことを考えてみたり。そしたらなんか、フリーズが解けて、ゲームのチャットでもしてる気分になってきたんだ。

「うん、いいよ。なんのゲームかしらないけど、なんか興味でてきたから」

「ありがとう。では早速見てほしいのだが……」

 いや、早速って。スマホゲーか携帯ゲーム機なのかな、と言うか学校でゲームはダメだって……「えっ!?」僕は今度こそ本当にフリーズしてしまった。
 彼は自分がかけているメガネ右手で摘み、おでこの辺りまでそれを持ち上げ、寄り目をして僕の後ろの方を見ながら、左手を前に伸ばし何かを掴んだ。

「……というバグ技なのだが、どうだろか」

 そう言った彼の左手には、いつの間にか、さっきまで僕が読んでいた本、「一番難しくて優しい迷宮」が掴まれていたのだ。

「手品……?」

 どうにか口から出せた一言はそれだけだった。
 彼は首を横に振り、さっき僕が本を返しに行った本棚を指差す。

「お手数なのだが、本棚を見てきてもらえないだろうか」

 僕は考える力がなくなってしまったかのように、彼の言葉にこくりと頷いて、ついさっき本を返した棚に移動し、そこに戻したはずの本がないことを確認する。
 先生と彼以外にも誰かがいて、僕が置いた本をすぐにとって彼に渡した……?
 静まり返った図書室。僕は周りを見渡してみたけど誰かが見つかるはずもなく。

遠見とおみくん、今、君の周りには誰もいないね。そして、そこにこの本はない」

「そう……だね」

 僕はもう一度本棚を見てみる。すると見てる目の前で、一冊分空いていたスペースに、「一番難しくて優しい迷宮」が突如現れたのだ。
 ばっと彼を振り返ると、彼は先ほどのようにメガネを持ち上げて、寄り目をしながら左手を前に……そう、持っていた本を本棚の隙間に入れ込むようにしていたのだった。

 メガネくんは席を立ち、僕の方へやってきた。

「これが、僕が見つけてしまった凄いバグ技なのだがどうだろうか」

 彼は目頭を親指と人差し指で押さえながら、そう言ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...