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カミのメガネ
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金曜日の放課後。僕はひとり「ブランコ」に来ていた。
昨日は学校帰りに家とは逆方向にある駅に久しぶりで行ってみた。駅ビルにある本屋には迷惑な話かもだけど、ちょっと気になってた小説を立ち読みさせてもらったのだった。でも、二十ページほど読んだところで何となく飽きてしまい、巻末のあとがきにさっと目を通して、結局買わなかった。
その後、これもまた久しぶりにモックに入ってみた。懐の寂しい僕は百円のハンバーガーと百円のコーヒーを頼んだ。何組かうちの高校の制服の生徒がいたけど、よく知らない人たちだったのでスルーして空いていたカウンター席に座った。
スマホを開いて「フロンティア」のクランメンバーがやってるブログ記事を読む。でも、その内容が急激に子供じみたものに感じられてしまう。
ボソボソしたハンバーガーと苦味だけのコーヒー。
騒がしい店内、他の誰かの話し声、笑い声。
僕の横に座ってる、雑誌をつまらなさそうに読んでるスーツのお兄さん。
色褪せていく僕の世界。
半分残ってるハンバーガーと、ほとんど飲んでないコーヒーを片付けて、僕は家に帰ったのだ。
そして今。僕はひとり「ブランコ」に来ていた。
店主と予想しているおじいさんが淹れてくれたブレンドコーヒーを飲んでいる。
やっぱり、何かが違う気がする。美味しい。
「ふぅ」と、正にホッと一息ついて、「やっぱり美味しい……」と呟く。
「ありがとうございます」
不意に後ろから声が聞こえてドキリとしてしまう。
「すみません。驚かそうと思ったわけではないのですがね。嬉しい言葉が聞こえて来たものですから」
振り返るとおじいさんがすぐそばでトレーを持って立っていた。別のテーブルの片付けの後だろうか。それよりも、独り言を聞かれた恥ずかしさで顔が赤くなる。
「あ……いえ。こちらこそ、ありがとう、ございます。ここのコーヒー、本当美味しいです。何が、とかは分からないんですけど」
何故か饒舌になった僕の口が止まらない。
「でも、たぶん、今月はもう来れないです。また来月、また、たぶん、来ます」
僕は何を言ってるんだろう。こんなこと、今、このおじいさんに言っても仕方ないのに。ダメだ。僕が口を開くと、また、誰かに迷惑をかけてしまう。
「ありがとうございます。気に入っていただけたようでなによりです。またのご来店を……あっ、もうお帰りになるわけでもないのに失礼しました。コーヒーをお楽しみくださいね」
でも、逡巡もなく優しい言葉をもらいホッとする。キッチンカウンター? の方に戻って行くおじいさんの背中を見ているうちに気持ちも落ち着いてくる。
コーヒーを一口飲み込む。
そうして、更に気持ちが落ち着いてから、改めて現状を考えてみる。
図書室に行けなくなってしまったのはちょっと辛い。でも、今まで優しく接してくれていた先生を悲しませるようなことを言ってしまったんだ。自分が悪いのだから諦める他ない。いや、正直な気持ちを言えば、あれくらいのことで何故に泣かれてしまったのかは謎だ。一回は「はい、いいよ」みたいに返事してくれたっぽかったのに。
もちろん、お願いが通らない場合も想定してたし、その場合は諦めるつもりでもいた。でも、まさか泣かれるなんて……逆に一言「ダメです」とか、許可できないよって軽く怒られるだけだと思ってたからパニくってしまって、つい逃げてしまった……。まあ、「あれくらいのこと」とか、やらかした方である自分が考えている時点で、あの優しい先生とやり取りする資格はないような気がする。
ここまで考えて、また自己嫌悪に陥る。できた人間だとは思ってないが、ここまでダメなヤツだとも思ってなかったんだよね。「はぁ」と溜息が出てしまう。
ダメだ。図書室でのことはいくら考えても悪い内容でループしてしまう。良くないかもだけど、今は頭を切り替えよう。
そう。次はメガネくんのことだ。
メガネくんにはあの後……火曜日に会えなかった後、水曜日に話しかけてみた。次の授業が化学実験室で、みんながバラバラと移動してる休み時間中に。
「昨日は図書室に行けなくてごめん」
そう声をかけるとキョトンとした顔でこちらを見て、「なんのことだろうか」と返されてしまったのだった。
「いや、あれ? あの、バグ技の件でさ」
彼に近づいて小さめの声で話しかけたが、彼は近づかれるのを嫌がって、更に「なんのことだろうか」と繰り返したのだ。
心を折られるとはこのことか、と思えるくらいにショックを受けてしまった。
彼は先週のことをなかったことにしたいのか。それとも馴れ馴れしくしすぎた僕とは距離を取りたくなったのか。
どちらにせよ、またもや僕の人間不信は高まってしまった気がする。簡単に人を信じてはいけない。
と、それ以上は何も言わず離れて行く彼の後ろ姿を見ながら落ち込んだりもしたのだけど。
僕は、今回は簡単には切り捨てないで、もう少し考えてみたいと思っていたのだ。まあ、そう思えるまで二日かかってしまい、ようやっと今日、「ブランコ」に来て、先週から今週のことを改めて思い起こし始めたわけだけど。
なんでいつものように簡単に切り捨てなかったかと言えば、実は僕の中に変な喪失感というか、モヤモヤしたものがあるからだった。何かを忘れてしまっているような、そんな感じ。
メガネくんのあの時の様子を思い返すと、本当に「なんのことを言ってるんだ?」って顔だったような気がするんだよね。つまり、本当に先週のことを全部忘れてしまってるんじゃないか、っていう……
カバンからノートを取り出し、空いたページに先週の不思議体験や検証して分かったことなどを書き出して行く。
「こちらはお客様のものではないですか」
書くこともなくなり、ノートに書いた文字とにらめっこをしていたら、お店のおじいさんが床に落ちていた紙のメガネを拾い上げ、僕のテーブルに置いてくれたのだった。
昨日は学校帰りに家とは逆方向にある駅に久しぶりで行ってみた。駅ビルにある本屋には迷惑な話かもだけど、ちょっと気になってた小説を立ち読みさせてもらったのだった。でも、二十ページほど読んだところで何となく飽きてしまい、巻末のあとがきにさっと目を通して、結局買わなかった。
その後、これもまた久しぶりにモックに入ってみた。懐の寂しい僕は百円のハンバーガーと百円のコーヒーを頼んだ。何組かうちの高校の制服の生徒がいたけど、よく知らない人たちだったのでスルーして空いていたカウンター席に座った。
スマホを開いて「フロンティア」のクランメンバーがやってるブログ記事を読む。でも、その内容が急激に子供じみたものに感じられてしまう。
ボソボソしたハンバーガーと苦味だけのコーヒー。
騒がしい店内、他の誰かの話し声、笑い声。
僕の横に座ってる、雑誌をつまらなさそうに読んでるスーツのお兄さん。
色褪せていく僕の世界。
半分残ってるハンバーガーと、ほとんど飲んでないコーヒーを片付けて、僕は家に帰ったのだ。
そして今。僕はひとり「ブランコ」に来ていた。
店主と予想しているおじいさんが淹れてくれたブレンドコーヒーを飲んでいる。
やっぱり、何かが違う気がする。美味しい。
「ふぅ」と、正にホッと一息ついて、「やっぱり美味しい……」と呟く。
「ありがとうございます」
不意に後ろから声が聞こえてドキリとしてしまう。
「すみません。驚かそうと思ったわけではないのですがね。嬉しい言葉が聞こえて来たものですから」
振り返るとおじいさんがすぐそばでトレーを持って立っていた。別のテーブルの片付けの後だろうか。それよりも、独り言を聞かれた恥ずかしさで顔が赤くなる。
「あ……いえ。こちらこそ、ありがとう、ございます。ここのコーヒー、本当美味しいです。何が、とかは分からないんですけど」
何故か饒舌になった僕の口が止まらない。
「でも、たぶん、今月はもう来れないです。また来月、また、たぶん、来ます」
僕は何を言ってるんだろう。こんなこと、今、このおじいさんに言っても仕方ないのに。ダメだ。僕が口を開くと、また、誰かに迷惑をかけてしまう。
「ありがとうございます。気に入っていただけたようでなによりです。またのご来店を……あっ、もうお帰りになるわけでもないのに失礼しました。コーヒーをお楽しみくださいね」
でも、逡巡もなく優しい言葉をもらいホッとする。キッチンカウンター? の方に戻って行くおじいさんの背中を見ているうちに気持ちも落ち着いてくる。
コーヒーを一口飲み込む。
そうして、更に気持ちが落ち着いてから、改めて現状を考えてみる。
図書室に行けなくなってしまったのはちょっと辛い。でも、今まで優しく接してくれていた先生を悲しませるようなことを言ってしまったんだ。自分が悪いのだから諦める他ない。いや、正直な気持ちを言えば、あれくらいのことで何故に泣かれてしまったのかは謎だ。一回は「はい、いいよ」みたいに返事してくれたっぽかったのに。
もちろん、お願いが通らない場合も想定してたし、その場合は諦めるつもりでもいた。でも、まさか泣かれるなんて……逆に一言「ダメです」とか、許可できないよって軽く怒られるだけだと思ってたからパニくってしまって、つい逃げてしまった……。まあ、「あれくらいのこと」とか、やらかした方である自分が考えている時点で、あの優しい先生とやり取りする資格はないような気がする。
ここまで考えて、また自己嫌悪に陥る。できた人間だとは思ってないが、ここまでダメなヤツだとも思ってなかったんだよね。「はぁ」と溜息が出てしまう。
ダメだ。図書室でのことはいくら考えても悪い内容でループしてしまう。良くないかもだけど、今は頭を切り替えよう。
そう。次はメガネくんのことだ。
メガネくんにはあの後……火曜日に会えなかった後、水曜日に話しかけてみた。次の授業が化学実験室で、みんながバラバラと移動してる休み時間中に。
「昨日は図書室に行けなくてごめん」
そう声をかけるとキョトンとした顔でこちらを見て、「なんのことだろうか」と返されてしまったのだった。
「いや、あれ? あの、バグ技の件でさ」
彼に近づいて小さめの声で話しかけたが、彼は近づかれるのを嫌がって、更に「なんのことだろうか」と繰り返したのだ。
心を折られるとはこのことか、と思えるくらいにショックを受けてしまった。
彼は先週のことをなかったことにしたいのか。それとも馴れ馴れしくしすぎた僕とは距離を取りたくなったのか。
どちらにせよ、またもや僕の人間不信は高まってしまった気がする。簡単に人を信じてはいけない。
と、それ以上は何も言わず離れて行く彼の後ろ姿を見ながら落ち込んだりもしたのだけど。
僕は、今回は簡単には切り捨てないで、もう少し考えてみたいと思っていたのだ。まあ、そう思えるまで二日かかってしまい、ようやっと今日、「ブランコ」に来て、先週から今週のことを改めて思い起こし始めたわけだけど。
なんでいつものように簡単に切り捨てなかったかと言えば、実は僕の中に変な喪失感というか、モヤモヤしたものがあるからだった。何かを忘れてしまっているような、そんな感じ。
メガネくんのあの時の様子を思い返すと、本当に「なんのことを言ってるんだ?」って顔だったような気がするんだよね。つまり、本当に先週のことを全部忘れてしまってるんじゃないか、っていう……
カバンからノートを取り出し、空いたページに先週の不思議体験や検証して分かったことなどを書き出して行く。
「こちらはお客様のものではないですか」
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