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第1章「あかんのか?平和を夢見ちゃ、あかんのか?」
第7話
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運子が自己紹介を終え、席に着くのと同じくらいのタイミングで、男子生徒が立ち上がった。
勢いがあり、非常に軽快で、いかにも身軽そうである。
髪は短く額が出ている。
毛髪の色素は薄く、ナチュラルに明るい、いわゆる茶髪であった。
表情は柔らかで、誰しもが陽気な人物であるという印象を受けた。
その男子生徒は、歯を見せ、ニヤリと笑った。
「えー、六釣 米助(むつり べいすけ)です」
見た目に違わず、軽い声で、抑揚のある話し方だった。
「俺は女の子が大好きです」
教室内が、これまでにない空気になった。
こいつは何を言い出すのか。
呆れと、得体の知れない存在を目の当たりにした警戒心を帯びた空気である。
ウチの方が女の子を大好きや、と七は思ったが、命に観られてるような気がしたので言葉にするのは我慢した。
教室内の空気を気にすることなく、米助は自己紹介を続ける。
「俺は、夢ってわけじゃないんだけど、たくさんの女の子にモテたいのと、それと、たくさんの女の子を幸せにしたいなーって思ってます」
堂々たる言いっぷりであった。
恥ずかしげもなく言ってみせた。
教室内がざわつく。
その様子を観た2人の男子生徒が、顔を見合わせクスクスと笑った。
1人は小柄な男子。
1人は小太りな男子。
2人の反応に気づいた米助は、照れ臭そうに笑った。
どうやら、米助と笑った生徒の3人は、旧知の間柄らしかった。
少しして、ざわつきが収まりつつあるタイミングを見計らうように米助は話を続けた。
「で、なんか、このクラス、面白くて可愛い女子が多いから、これからの学校生活が楽しみになりました」
そう言うと、ウキウキと肩を揺らしながら、米助は顔をキョロキョロと左右に動かした。
どうやら、教室内にいる女子生徒全員の顔を一人一人観ているらしい。
そんな米助の様子を観た命は、七の男版か、と辟易し、軽くため息を吐いた。
命がため息を吐き終わるかどうか、その刹那。
命はギラつくような視線を感じた。
背中から肩にかけ、体温が一気に下がる。
狩りの獲物に定められたような感覚。
体内が泡立つような悪寒。
鳥肌。
気持ちのいいものではなかった。
命が、ギラつくような視線の先に目をやると、米助が見つめていた。
命と目が合うと、米助は破顔し、笑った。
無邪気な少年のような笑顔だった。
命にとって、自分に向けられたその笑顔は、目を逸らしたくなるような、それでいて、絶対に目を逸らしたくないような、まぶしい、太陽のような笑顔であった。
命は、男子生徒から好意を向けられた経験が皆無に等しかった。
話し掛けられることは少なく、話し掛けても反応は薄いことがほとんどだった。
自分は、目つきが悪く、乱暴な言動が多いと自覚していた。
女の子らしくない。
そう陰で言われていることも気付いていた。
だが、自分に嘘は吐きたくない。
これが自分なんだ。
これが私なんだ。
深いクマがあるうえに、充血してるせいで目つきが悪いと思われるのも仕方がない。
その理由を説明したところで、理解されることはないから、誰かに言う必要も無い。
他人からどう思われようと関係ない。
男子から嫌われてもどうだっていい。
そうやって生き続けてきた少女にとっては、自分の生涯においては縁がないと思いながらも、その実、憧れていた、そんな笑顔だった。
産まれて初めてのことである。
命は、どうしていいのかわからず、下を向いた。
驚きながら、戸惑い、嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
本当に、どうしていいのかわからなかったのだ。
下を向き、気のせいだ、何かの間違いだと心の中で繰り返した。
命の姿を観た米助は、表情に少しの寂しさを含ませたが、また明るい表情で話し始めた。
「もし、世界を平和にすることができれば、世界を平和にした男になったら、めちゃめちゃモテるだろうし、結果的に世界中の女の子が幸せになると思うから、俺も、世界平和が夢っていうことにします」
そう言って、人懐っこい笑顔を浮かべ、席に着いた。
米助の自己紹介が終わると、ほとんどの生徒の時と同様に、まばらな拍手が教室内に響いた。
教室内の生徒全員が参加したような大きな拍手は、鶴や運子の時くらいであった。
まばらな拍手をする者の中には舵浜 命の姿もあった。
手と手を合わせるだけの、音がしない拍手だった。
相変わらず顔を下に向けている。
教室内の拍手が落ち着いた頃、命はようやく顔を上げた。
その表情は、どこか柔らかくなっていた。
顔を正面に向けたまま、目線だけ動かそうと思ったが、やめた。
目を閉じ、軽く首を振り、息を吐いた。
先ほどのため息と違い、呼吸のための息だ。
肺の中のすべてを吐くのかと思うほど、深く息を吐いた。
息を吐き切ると、一気に鼻から空気を吸い込み、目を見開いた。
表情からは先ほどの柔らかさは消え失せ、いつもの目つきの悪さに戻っていた。
ベリーショートの、健康的な体躯をした生徒が、お団子頭の生徒を見つめている。
梅竹 松。
自分は、桃園 誓の保護者のような者であると言った女子生徒だ。
見つめられていたお団子頭の生徒は、桃園 誓である。
誓は、自己紹介の番が回ってきたため起立していた。
背は高くない。
否。
低い。
このクラスでもっとも背が低いのが、誓だった。
だが、それは誓にとってデメリットにはならなかった。
むしろ、背が低いことで、愛らしさを増大させている。
少なくとも、松はそう確信していた。
そして、松は、それが怖かった。
社会には、ろくでもない人間が山ほどいると知っていた。
理由もなく敵意を向けてくる人間がいると理解していた。
理不尽な好意を押し付けてくる人間がいると承知していた。
恐ろしい。
小さくて可愛い誓が、社会に出るのが恐ろしかった。
小さくて可愛い誓が、他人に知られるのが恐ろしかった。
だから、私が守る。
もちろん、守っているだけではダメだ。
それは、ただの過保護だ。
過保護は、何もしないよりもタチが悪い。
過保護は心に甘えを植え付ける。
甘えで人が強くなれるはずがない。
だから、守りながら、鍛える。
社会を、人生を、生き抜けるように、鍛える。
鍛えるというのは、何も腕っぷしだけの話ではない。
知っておくべき知識。
いざという時の判断力や実行力。
危険を回避するための危機察知能力。
常に最悪の事態を想定しておく想像力。
それらを身に着けさせ、鍛える。
そして、誓も、いつまでも子供ではいられない。
いずれ、私ではない、誰かと出会うだろう。
私にはできない役目を果たす相手と、出会うことになるだろう。
それは、それでいい。
そういう幸せを、誓なら手にすることができるはず。
私は、いくら保護者ぶっても、誓にとって、ただの同級生だ。
お互い、いつかは独り立ちしなければならない日が来る。
その日までに、私にできる限り、誓を、守り、鍛え、強くする。
それが、私にとっての、誓の保護者としての、役目なんだ。
松は、変わらず誓のことを見つめていた。
視線に気づいたのか、誓も松を観た。
口元に笑みを浮かべて、軽く頷いてから、誓は自己紹介を始めた。
「さ、さっきは急に変なことしちゃってごめんなさい」
どうやら、七の自己紹介に反応し、立ち上がって拍手をしたことに対しての弁明らしい。
誰も変なことだとか思ってへんよ、そう言わんばかりに、七は目を閉じながら軽く首を振った。
顔は笑っている。
「あ、改めて、桃園 誓です。夢は、世界平和です。う、上手く喋れないことがありますが、気にしないでもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
そう言ってから会釈をすると、そのまま席に座った。
教室内に、本日三度目の大きな拍手が鳴り響いた。
照れているのか、緊張しているのか、誓の顔は真っ赤になっていた。
松の方を観ると、優しい笑顔で拍手をしているのが見えた。
その瞬間、誓は何かを思い出したかのように、ものすごい勢いで起立した。
顔の色は元に戻っている。
「言い忘れてました!」
可愛らしい大きな声だった。
教室内の拍手が止んだ。
「さっき、お松ちゃんが、私の保護者とか言ってましたけど、あれ、違います」
おまつちゃん?
教室内の全員が梅竹 松を観た。
お松ちゃんは、顔を引きつらせ、一時停止ボタンを押されたかのように動けなくなっていた。
誓は、可愛らしくも大きな声で続けた。
「お松ちゃんは、私のお嫁さんになる人です!」
ぱちぱちぱちぱち ぱちぱちぱちぱち
静かになった教室内に、誓の拍手が鳴り響く。
誓は、満足気な笑顔と共に、松のことを見つめていた。
少しの間の後、空気を読んだ生徒たちによる、祝福の拍手が巻き起こった。
「ちが…」
否定しようとした松だったが、三日ぶりの快便後が如くスッキリとした誓の表情を観て、それ以上は何も言えなかった。
誓は、女の子のことを好きな女の子だった。
その後、最後の生徒による自己紹介が終わった。
この学級の担任教師が予定していた時間内である。
「いいね、時間通りだ」
これまで自席で黙って自己紹介を聞いていた担任教師が言った。
そのまま席を立ち、教壇の前に立った。
「じゃあ、少し早いが休憩時間とする。他のクラスはまだ授業中だから、あんまり騒ぐなよ」
教師がそう言うと、教室内は緩やかなムードになった。
背伸びやストレッチをしたり、リラックスした体勢になる者。
席を立ち、顔見知りの友人に近付く者。
近くの生徒と改めて自己紹介をし合う者。
様々である。
松はすぐに誓の席に行き、何を言うか迷っていたが、誓の笑顔を観て、ただ抱きしめたくなっていた。
誓と席が近かった運子は2人に話し掛け、誓から差し出された手を笑顔で優しく握り返していた。
米助は女子生徒に話し掛けるため席を立ったが、目が合ったらしく、友人と思しき小太りの生徒に近付き話し掛けている。
さきほど小太りの生徒と一緒に米助の話を聞いて笑っていた小柄な生徒も一緒だった。
牢は両手を枕にし、机に顔を突っ伏している。
そんな中、自身に注目が集まるよう右手を挙げ、教室全体に聞こえるよう大きな声を発する者がいた。
秋葉 七である。
「あー、ちょっとええかな」
教室内にいた者、全員が七の方を観た。
七は照れ臭そうに話し始めた。
「さっきウチ、夢のことを話したやん?それで、思いがけず反応してくれたり、共感してくれた人がいて、めっちゃ嬉しかった」
誓と運子の目が合う。
2人とも照れ臭そうに笑った。
牢は顔を伏せたままだ。
米助は笑顔で拍手を送っている。
「それと、実は心の中では同じように共感してくれてた人、いてたら、ありがとう。ホンマ嬉しい。心は一緒や」
命は七を睨みつけていた。
否。
睨んでいるわけではない。
そういう目つきなのだ。
鶴は、七が何を言うのかを理解しているかのように、興味を示さず次の授業の準備をしていた。
「で、ひとつ言っておきたいんやけど」
気まずそうな表情をしていた。
申し訳なさそうでもある。
七は、誓と運子を観ながら言った。
「世界平和が夢だと、二度と、絶対に、言わないで欲しい」
真剣な表情だった。
真剣な言い方だった。
嘘や冗談ではないという、凄味、迫力があった。
教室内に緊張が走り、自己紹介の時よりも静かになった。
命は、七の目線の先にいた、誓と運子の方を観た。
誓も運子も、豆鉄砲を食らった鳩の顔のような顔をしていた。
米助は拍手をしていた手を止め、首を傾げている。
顔を伏せていた牢は、肩を揺らし、声に出さないよう笑っていたが、よほど面白かったのか、吹き出すことを堪えきれずにいた。
静まり返った教室内。
僅かに聞こえる牢の笑い声をかき消すように、一時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
第一章・自己紹介編 完
勢いがあり、非常に軽快で、いかにも身軽そうである。
髪は短く額が出ている。
毛髪の色素は薄く、ナチュラルに明るい、いわゆる茶髪であった。
表情は柔らかで、誰しもが陽気な人物であるという印象を受けた。
その男子生徒は、歯を見せ、ニヤリと笑った。
「えー、六釣 米助(むつり べいすけ)です」
見た目に違わず、軽い声で、抑揚のある話し方だった。
「俺は女の子が大好きです」
教室内が、これまでにない空気になった。
こいつは何を言い出すのか。
呆れと、得体の知れない存在を目の当たりにした警戒心を帯びた空気である。
ウチの方が女の子を大好きや、と七は思ったが、命に観られてるような気がしたので言葉にするのは我慢した。
教室内の空気を気にすることなく、米助は自己紹介を続ける。
「俺は、夢ってわけじゃないんだけど、たくさんの女の子にモテたいのと、それと、たくさんの女の子を幸せにしたいなーって思ってます」
堂々たる言いっぷりであった。
恥ずかしげもなく言ってみせた。
教室内がざわつく。
その様子を観た2人の男子生徒が、顔を見合わせクスクスと笑った。
1人は小柄な男子。
1人は小太りな男子。
2人の反応に気づいた米助は、照れ臭そうに笑った。
どうやら、米助と笑った生徒の3人は、旧知の間柄らしかった。
少しして、ざわつきが収まりつつあるタイミングを見計らうように米助は話を続けた。
「で、なんか、このクラス、面白くて可愛い女子が多いから、これからの学校生活が楽しみになりました」
そう言うと、ウキウキと肩を揺らしながら、米助は顔をキョロキョロと左右に動かした。
どうやら、教室内にいる女子生徒全員の顔を一人一人観ているらしい。
そんな米助の様子を観た命は、七の男版か、と辟易し、軽くため息を吐いた。
命がため息を吐き終わるかどうか、その刹那。
命はギラつくような視線を感じた。
背中から肩にかけ、体温が一気に下がる。
狩りの獲物に定められたような感覚。
体内が泡立つような悪寒。
鳥肌。
気持ちのいいものではなかった。
命が、ギラつくような視線の先に目をやると、米助が見つめていた。
命と目が合うと、米助は破顔し、笑った。
無邪気な少年のような笑顔だった。
命にとって、自分に向けられたその笑顔は、目を逸らしたくなるような、それでいて、絶対に目を逸らしたくないような、まぶしい、太陽のような笑顔であった。
命は、男子生徒から好意を向けられた経験が皆無に等しかった。
話し掛けられることは少なく、話し掛けても反応は薄いことがほとんどだった。
自分は、目つきが悪く、乱暴な言動が多いと自覚していた。
女の子らしくない。
そう陰で言われていることも気付いていた。
だが、自分に嘘は吐きたくない。
これが自分なんだ。
これが私なんだ。
深いクマがあるうえに、充血してるせいで目つきが悪いと思われるのも仕方がない。
その理由を説明したところで、理解されることはないから、誰かに言う必要も無い。
他人からどう思われようと関係ない。
男子から嫌われてもどうだっていい。
そうやって生き続けてきた少女にとっては、自分の生涯においては縁がないと思いながらも、その実、憧れていた、そんな笑顔だった。
産まれて初めてのことである。
命は、どうしていいのかわからず、下を向いた。
驚きながら、戸惑い、嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
本当に、どうしていいのかわからなかったのだ。
下を向き、気のせいだ、何かの間違いだと心の中で繰り返した。
命の姿を観た米助は、表情に少しの寂しさを含ませたが、また明るい表情で話し始めた。
「もし、世界を平和にすることができれば、世界を平和にした男になったら、めちゃめちゃモテるだろうし、結果的に世界中の女の子が幸せになると思うから、俺も、世界平和が夢っていうことにします」
そう言って、人懐っこい笑顔を浮かべ、席に着いた。
米助の自己紹介が終わると、ほとんどの生徒の時と同様に、まばらな拍手が教室内に響いた。
教室内の生徒全員が参加したような大きな拍手は、鶴や運子の時くらいであった。
まばらな拍手をする者の中には舵浜 命の姿もあった。
手と手を合わせるだけの、音がしない拍手だった。
相変わらず顔を下に向けている。
教室内の拍手が落ち着いた頃、命はようやく顔を上げた。
その表情は、どこか柔らかくなっていた。
顔を正面に向けたまま、目線だけ動かそうと思ったが、やめた。
目を閉じ、軽く首を振り、息を吐いた。
先ほどのため息と違い、呼吸のための息だ。
肺の中のすべてを吐くのかと思うほど、深く息を吐いた。
息を吐き切ると、一気に鼻から空気を吸い込み、目を見開いた。
表情からは先ほどの柔らかさは消え失せ、いつもの目つきの悪さに戻っていた。
ベリーショートの、健康的な体躯をした生徒が、お団子頭の生徒を見つめている。
梅竹 松。
自分は、桃園 誓の保護者のような者であると言った女子生徒だ。
見つめられていたお団子頭の生徒は、桃園 誓である。
誓は、自己紹介の番が回ってきたため起立していた。
背は高くない。
否。
低い。
このクラスでもっとも背が低いのが、誓だった。
だが、それは誓にとってデメリットにはならなかった。
むしろ、背が低いことで、愛らしさを増大させている。
少なくとも、松はそう確信していた。
そして、松は、それが怖かった。
社会には、ろくでもない人間が山ほどいると知っていた。
理由もなく敵意を向けてくる人間がいると理解していた。
理不尽な好意を押し付けてくる人間がいると承知していた。
恐ろしい。
小さくて可愛い誓が、社会に出るのが恐ろしかった。
小さくて可愛い誓が、他人に知られるのが恐ろしかった。
だから、私が守る。
もちろん、守っているだけではダメだ。
それは、ただの過保護だ。
過保護は、何もしないよりもタチが悪い。
過保護は心に甘えを植え付ける。
甘えで人が強くなれるはずがない。
だから、守りながら、鍛える。
社会を、人生を、生き抜けるように、鍛える。
鍛えるというのは、何も腕っぷしだけの話ではない。
知っておくべき知識。
いざという時の判断力や実行力。
危険を回避するための危機察知能力。
常に最悪の事態を想定しておく想像力。
それらを身に着けさせ、鍛える。
そして、誓も、いつまでも子供ではいられない。
いずれ、私ではない、誰かと出会うだろう。
私にはできない役目を果たす相手と、出会うことになるだろう。
それは、それでいい。
そういう幸せを、誓なら手にすることができるはず。
私は、いくら保護者ぶっても、誓にとって、ただの同級生だ。
お互い、いつかは独り立ちしなければならない日が来る。
その日までに、私にできる限り、誓を、守り、鍛え、強くする。
それが、私にとっての、誓の保護者としての、役目なんだ。
松は、変わらず誓のことを見つめていた。
視線に気づいたのか、誓も松を観た。
口元に笑みを浮かべて、軽く頷いてから、誓は自己紹介を始めた。
「さ、さっきは急に変なことしちゃってごめんなさい」
どうやら、七の自己紹介に反応し、立ち上がって拍手をしたことに対しての弁明らしい。
誰も変なことだとか思ってへんよ、そう言わんばかりに、七は目を閉じながら軽く首を振った。
顔は笑っている。
「あ、改めて、桃園 誓です。夢は、世界平和です。う、上手く喋れないことがありますが、気にしないでもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
そう言ってから会釈をすると、そのまま席に座った。
教室内に、本日三度目の大きな拍手が鳴り響いた。
照れているのか、緊張しているのか、誓の顔は真っ赤になっていた。
松の方を観ると、優しい笑顔で拍手をしているのが見えた。
その瞬間、誓は何かを思い出したかのように、ものすごい勢いで起立した。
顔の色は元に戻っている。
「言い忘れてました!」
可愛らしい大きな声だった。
教室内の拍手が止んだ。
「さっき、お松ちゃんが、私の保護者とか言ってましたけど、あれ、違います」
おまつちゃん?
教室内の全員が梅竹 松を観た。
お松ちゃんは、顔を引きつらせ、一時停止ボタンを押されたかのように動けなくなっていた。
誓は、可愛らしくも大きな声で続けた。
「お松ちゃんは、私のお嫁さんになる人です!」
ぱちぱちぱちぱち ぱちぱちぱちぱち
静かになった教室内に、誓の拍手が鳴り響く。
誓は、満足気な笑顔と共に、松のことを見つめていた。
少しの間の後、空気を読んだ生徒たちによる、祝福の拍手が巻き起こった。
「ちが…」
否定しようとした松だったが、三日ぶりの快便後が如くスッキリとした誓の表情を観て、それ以上は何も言えなかった。
誓は、女の子のことを好きな女の子だった。
その後、最後の生徒による自己紹介が終わった。
この学級の担任教師が予定していた時間内である。
「いいね、時間通りだ」
これまで自席で黙って自己紹介を聞いていた担任教師が言った。
そのまま席を立ち、教壇の前に立った。
「じゃあ、少し早いが休憩時間とする。他のクラスはまだ授業中だから、あんまり騒ぐなよ」
教師がそう言うと、教室内は緩やかなムードになった。
背伸びやストレッチをしたり、リラックスした体勢になる者。
席を立ち、顔見知りの友人に近付く者。
近くの生徒と改めて自己紹介をし合う者。
様々である。
松はすぐに誓の席に行き、何を言うか迷っていたが、誓の笑顔を観て、ただ抱きしめたくなっていた。
誓と席が近かった運子は2人に話し掛け、誓から差し出された手を笑顔で優しく握り返していた。
米助は女子生徒に話し掛けるため席を立ったが、目が合ったらしく、友人と思しき小太りの生徒に近付き話し掛けている。
さきほど小太りの生徒と一緒に米助の話を聞いて笑っていた小柄な生徒も一緒だった。
牢は両手を枕にし、机に顔を突っ伏している。
そんな中、自身に注目が集まるよう右手を挙げ、教室全体に聞こえるよう大きな声を発する者がいた。
秋葉 七である。
「あー、ちょっとええかな」
教室内にいた者、全員が七の方を観た。
七は照れ臭そうに話し始めた。
「さっきウチ、夢のことを話したやん?それで、思いがけず反応してくれたり、共感してくれた人がいて、めっちゃ嬉しかった」
誓と運子の目が合う。
2人とも照れ臭そうに笑った。
牢は顔を伏せたままだ。
米助は笑顔で拍手を送っている。
「それと、実は心の中では同じように共感してくれてた人、いてたら、ありがとう。ホンマ嬉しい。心は一緒や」
命は七を睨みつけていた。
否。
睨んでいるわけではない。
そういう目つきなのだ。
鶴は、七が何を言うのかを理解しているかのように、興味を示さず次の授業の準備をしていた。
「で、ひとつ言っておきたいんやけど」
気まずそうな表情をしていた。
申し訳なさそうでもある。
七は、誓と運子を観ながら言った。
「世界平和が夢だと、二度と、絶対に、言わないで欲しい」
真剣な表情だった。
真剣な言い方だった。
嘘や冗談ではないという、凄味、迫力があった。
教室内に緊張が走り、自己紹介の時よりも静かになった。
命は、七の目線の先にいた、誓と運子の方を観た。
誓も運子も、豆鉄砲を食らった鳩の顔のような顔をしていた。
米助は拍手をしていた手を止め、首を傾げている。
顔を伏せていた牢は、肩を揺らし、声に出さないよう笑っていたが、よほど面白かったのか、吹き出すことを堪えきれずにいた。
静まり返った教室内。
僅かに聞こえる牢の笑い声をかき消すように、一時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
第一章・自己紹介編 完
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