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第2章「あかんのや、平和を夢見ちゃ、あかんのや」
第9話
しおりを挟む「なんで殺されなきゃいけないんだよ」
怒気をはらんだ声だ。
声の主は米助だった。
「世界平和を実現しようとすると殺されるとか、意味わかんねーよ」
米助の言葉を聴いた七は、ひとつ鼻息を吐いた。
「ウチも気持ちは同じや、なんでやねん!って話やで、ホンマに」
わずかに開いた目で睨みつけるように米助を観ながら言った。
暗い目だった。
「せやけど事実として、世界平和を願ったり、世界平和に準ずるような活動をした人物が何人も殺されとんねん」
「まぁ、全員ってわけじゃねーよな」
またしても牢にツッコまれた七は舌打ちで返事をした。
「あぁ、そうやな。必ず殺されるってのは言い過ぎや、すまん」
「世界平和を目指すような活動をしていて、ある程度、目立った存在になった後で殺されてしまった人物が何人かいる、っていうのは、たしかに事実かもしれないな」
そう言ったのは億獣だった。
周囲の人間が理解できるように言葉を組みかえ説明しているような口調だった。
隣にいた細身の生徒が「なるほど」という表情でうなずいている。
「たしかに、何人か思いつく。非暴力という思想を掲げた政治指導者、人種差別と闘った牧師、平和運動をしていたミュージシャン、とかな」
「よう知っとるやんけ」
「別に」
七に褒められたのが照れ臭かったのか、牢はしかめっ面で頬杖をついた。
「今、祖谷納屋が言った三人は特に有名やし、そのうちの誰かのことはみんなも知ってると思うねん」
「え、じゃあ、あのミュージシャンって殺されちゃったの?」
誓はそのことを知らなかったらしく、少なくとも名前は聞いたことがあったミュージシャンについて松に訊ねた。
「たしか、ファンに撃たれたんじゃなかったっけ」
松は七を観ながら確認するように言った。
「そうや、三人とも、銃で撃たれた、殺された」
松の目を観て、頷きながら七は答えた。
悲し気な表情になった誓を観て、松は思わず抱きしめたくなったが、周囲の目があるので止めた。
「だから、平和を願う気持ちは素晴らしいことやし、当たり前のことでもあると思ってるんやけど、殺されるリスクがある以上は、おおっぴらに『ウチの夢は世界平和や!』とか、言わん方がええと思っとる」
「お前、自己紹介の初っ端から夢は正解平和だーって言ってたじゃねーか」
すかさず牢がツッコんだ。
顔は笑っている。
「夢が世界平和って言ったそばから殺されたりはせーへんよ、ウチは彼らみたいに有名ちゃうしな」
「まぁ、それもそうだな」
牢はあっさりと引き下がった。
「ただし、平和に通じるような活動をしていた歴史的な有名人が3人も殺されておるのも事実。今は有名じゃないとしても、平和を願う発言をすることは自分の命を危険に晒すリスクが少なからずあると、ウチは思っとる」
「考えすぎじゃねーの?言ってることはわからんでもないが、世界平和を口にしたくらいで殺されるとか、あり得ないだろ」
何一つ心配事や悩みなどないような軽く明るい声で米助が言った。
「あぁ、その通りや。だから、男どもはいくらでも『世界平和が夢』だと言ってええし、そのためにいくらでも死んでくれてええんやで。問題は、女の子たちや」
七はそう言うと、誓と運子、それぞれと目を合わせた。
「世界平和を願うキミたちの心は、清く貴く美しく、この世の中の何よりも大切で掛け替えのないものやから、今はまだ胸の中に秘めておいて欲しいんや」
今度はただ視線を合わせるだけではなく、それぞれの目をじっと見据えた。
「ウチは真剣や。さっき、そこの軽薄そうな男…名前はなんやったっけ?」
「六釣 米助だ、軽薄とか言うなよ」
サラっと酷いことを言われたわりに、まったく気にしていない様子の米助は笑顔で名乗った。
「せやった、六釣な。悪気はないんや、堪忍やで」
「別に。話を続けなよ。俺がどうしたって?」
「そうそう、六釣が言うたように、世界平和が夢だと口にしたことで、必ず殺されるということではない。殺されてしまった彼らは、有名であったことと、社会に与える影響力が大きかったことに命を狙われる理由があったんやと思うねん。そういう意味じゃ、2人とも普通の女の子やから心配には及ばん」
「要は、桃園と道上野に、僅かでもリスクを生み出す可能性を排除しておきたいから、『世界平和が夢』と言わないで欲しい、ってことを言いたいんだよな?秋葉は」
注釈するように、牢は言葉を挟んだ。
それまでぽかんとした表情で七たちの会話を聴いていた誓と運子は、牢の言葉で何となく内容を理解したらしく、いかにも『なるほど』という表情で二度三度頭を上下させた。
その様子を観た七は、舌打ちをするわけではなく「チィッ」と声に出し、不機嫌そうな表情をしたが、罵倒する代わりに礼を省くことで自らの溜飲を下げた。
「まぁ、その通りや。だから、脅すようなことを言って怖がらせてしまったかもしれんけど、ウチは、万が一でも2人にリスクを負って欲しくないねん」
七は改めて誓と運子の目を見つめながら言った。
「で、でもそれだと、七ちゃんも、六釣君も祖谷納屋君も、世界平和を目指し続けたら誰かに殺されちゃうってことだよね…そんなの、やだよ…」
誓は、涙目になりながら、涙声になりながら、振り絞るような声で言った。
その様子を観た七と米助は、思わず顔を見合わせた。
そのまま、にらみ合うような強い視線を互いに向け合い、何かを確認したように同時に頷いた。
どうやら、互いに『女の子好き』であるという共通点を理解し合っており、心の中では同志であると認め合っていたようだ。
「誓ちゃん」
七が誓に声を掛けた。
優しい声だった。
涙を拭いながら誓は顔を上げた。
「大丈夫や、そのために、策を練ってある。安心かつ安全に、世界平和を目指すことができる策や」
「そ、そうなの…?」
「そうや、だから、泣かんといてぇな」
「う、うん、わかったよ」
誓はそう言うと笑顔を見せた。
その表情を観た七も米助も松も笑顔になった。
「とは言え」
真剣な面持ちに切り替え、七は話し始めた。
「有名無名を問わず、影響力の大小を問わず、世界平和を目指すことにリスクが伴うことに変わりはない」
「あのさ」
学校の授業よろしく、律儀に右手を挙手し、牢が話しに割って入った。
「過去に、平和を目指した有名人が殺されたことも、それが理由で世界平和を口にするリスクもわかったけどさ、そもそもの話として、なんで彼らは殺されたんだろうな、そして、誰に彼らは殺されたんだろうな」
「そこやねんな」
七は質問で返した。
「なんでやと思う?誰やと思う?」
「誰なのかとなると、世界平和が実現したら都合が悪くなる連中だろ。で、そいつらからすれば、殺された3人は邪魔な存在だった、ということか」
「うん、ウチもそう思う」
牢に、自分が考えていたことを即座に言い当てられることで、その都度反応するのが面倒になった七は、気にするのをやめたらしい。
それは、米助を『女の子好き』の同志であると判断したように、牢のことも認めることになると理解していたが、それは七が思っていたよりも不快な感覚ではなかった。
対して、また舌打ちでもされると思っていた牢は、七の意外な反応に、一瞬だけ驚き、一瞬で平静を装った。
が、つま先だけが内面を隠せず、二度三度、上下に動いた。
「都合が悪いから殺された、それが答えやと思うねん」
七がそう言うと、10人だけがいる教室内が沈黙に包まれた。
皆、それぞれの脳内で考えを巡らせているようである。
「でも、世界が平和になったら都合が悪くなる人たちって、一体どういう人たちなのかしら…?」
「…なぁ、運子ちゃん。ホンマ、わからんよなぁ」
哀しんでいるようにも笑っているようにも見える顔で、運子の問いに七が返した。
「知識や技術、文化や文明の恩恵を受けとるくせに、自分たちが良ければ他人がどうなろうと関係ないっていうタイプの人間やと思うよ」
七の言葉を聴いた牢が「フッ」と小さく笑った。
「それで言うと、俺も該当しちまうなぁ」
「安心せぇ、ウチもや」
七の返事を聴いた牢は、今度は声に出して笑った。
「ウチは、ウチ自身が、未熟で不真面目で無責任な人間だと自覚しとる」
そういうと七は、頭を右手でぐしゃぐしゃとかきむしった。
「まぁ、それはそれとして、っちゅう話や。今は、具体的に言った方がええんやろうな…。祖谷納屋君、わかりますか?」
わざとらしい口調で問うた。
牢なら直ちに回答するだろう、という、ある意味で信頼に満ちた訊ね方だった。
「世界が平和になると都合が悪い人間な…要は、殺し屋とか、武器商人とか、戦争したがり、人殺したがりっていう人種だろうな」
「まぁ、そんな感じやろうな」
七は強めの鼻息を吐いた。
どうやら、ある程度は納得のいく答えだったらしい。
「そんな感じやとは思うねんけど、ウチは知り合いに殺し屋も武器商人もおらんから、憶測の域は出んけどな」
「ふぅん、つまり、そういう人間たちが世界を平和にさせないようにしてる、っていうことか」
興味深そうに米助が訊ねた。
いつもほど、声の調子は軽くない。
「あくまで憶測や。そういった想定ができなくもない、っちゅう話」
「なるほどね」
「それに、都合が良い悪い関係なく、世界を平和にさせない連中は他にもおるんやけどね」
「へぇ」
「例えば、世界を征服しようとか、支配しようと考えとる奴ら、とかやな」
「マンガやゲームに出てくる魔王か何かみたいだな」
「ある意味、魔王みたいな連中やで」
七と米助の会話を聴きながら、牢は目を閉じて何かを考えていた。
口元だけで笑みを浮かべ、喋り始めた。
「たしかに、いるなぁ。現実世界に、そういう連中」
「例えば?」
七は興味深そうに訊ねた。
「とりあえず、数名、国家主席の顔が思い浮かんだよ」
「なるほどな、他には?」
「逆に、顔が思い浮かばない連中なんだと思う。どこにいるのかもわからない、誰なのかもわからない、俺たちが知らない人間さ」
憎たらしそうな顔で牢を観る七であったが、嬉しそうな顔のようにも見えた。
その七の表情を観た牢は、言い直した。
「どこの誰かもわからない、偉い人たちのことだよ」
「世界を平和にできてない時点で、自分で自分を偉いと思い込んどるだけの、大した人物ではないとウチは思うけどな」
「たしかに。人類の支配者を気取って、ふんぞり返ってる間抜け面が、この世のどこかにいてもおかしくはない」
「不愉快やな」
「な」
意気投合したかのような会話を見せた2人であったが、共に仏頂面だった。
不愉快。
その一言が、彼らの心情のすべて、そういう顔をしていた。
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