41 / 91
第四章
堅物辺境伯がまさかの
しおりを挟む
毎年のことながら、屋敷前には大勢の領民が集っていた。出迎えたボブが扉を開き、ユリウスがまず馬車を降りる。領民の間から「お帰りなさいませ」と口々に声をかけられた。それらに応えつつ、ユリウスは振り返って馬車に手を差し出した。その手を取ってルカが降り立つと、辺りはしんと静まり返った。
次いでざわざわとした小声がさざ波のように広がっていく。予想していた反応ではある。
ルカが不安そうにこちらを見上げる。
「大丈夫だ」
ユリウスはルカの手を取ると、領民たちの間にできた道を堂々と歩いた。
「希少種だぞ」
「あの堅物ベイエル伯が奴隷を? うそだろ?」
「ほんとに真っ黒な髪と瞳だな」
領民の間から驚きの声が上がり、物珍しげにルカに視線が注がれる。こんな辺境の地で希少種を見ることはまずない。ユリウスが王都から奴隷を連れ帰ったという驚きの声と珍しい希少種に対する好奇の目が一気にユリウスとルカに向かった。
「ねぇ、ユリウス。ほんとに大丈夫?」
ルカがこそっと呟く。ユリウスは「大丈夫だ」と力強く頷き、ルカの手を力強く握った。
「フルン騎士団長とエミー様がいらっしゃっているので、応接間にお通ししています、辺境伯」
ボブが耳打ちする。ユリウスは頷き、ルカを連れて約三週間ぶりの屋敷に入った。集まった領民に土産を配るカレルとリサ、ボブは外に残る。
早速応接間に行くと、ソファから腰を上げ、コーバスが出迎えた。
「お帰りなさいませ、ベイエル伯。えっと……。こちらはれ……」
例の希少種かと言いかけてやめたのだろう。妹のエミーの前だ。ユリウスの拾い物のことは誰にも言うなと言っていた。
コーバスは遠慮のない視線をルカに送り、じろじろと見た。逆にここまで堂々と観察されると、気にならなくなるらしい。ルカは気にした様子もなく、ぺこりと頭を下げた。
妹のエミーの方は、おどおどしてちらちらとルカを見ている。そちらにもルカは頭を下げ、ユリウスがソファに座ったのを機にコーバス、エミー、最後にルカが腰を下ろした。すぐにアントンが温かい紅茶を運んでくる。
「いや、驚いた。俺は希少種を見るのは初めてだ。俺はモント騎士団の団長、コーバス・フルンだ。で、こっちが妹のエミーだ」
ルカはうかがうようにユリウスを見た ユリウスが頷くとルカは立ち上がり、ワンピースをつまんでお辞儀した。リサが帰り道で教えた自己紹介の仕方だ。
「ルカです。よろしくお願いいたします」
「俺が王都で買った希少種だ。以後見知り置いていてくれ」
ユリウスが補足で加える。ルカは隣に腰を下ろすと、ユリウスの袖を引いてきた。
「どうした?」
ルカは腰を浮かし、ユリウスの耳元で囁いた。
「もう、行ってもいい? ポポに会いたい」
それを聞いて、ユリウスはルカの背を押した。
「もういいよ、ルカ」
ユリウスの許可を得ると、ルカは立ち上がり、コーバスとエミーにお辞儀をして退室していった。ルカが出ていくと、コーバスは「しかし驚いたぞ」と声を上げた。
「なかなかちゃんとしていて、かわいいじゃないか。俺はもっと奴隷と言うと粗野な感じを想像していた。全く違うんで驚いた」
「リサがいろいろと教えているからな」
「あの……」
エミーがおずおずと割って入った。エミーの声を聞いたのは久しぶりだ。時折コーバスの屋敷で顔を合わせることはあるが、エミーはいつもにっこりしているだけで、ほとんど話さない。
「わたし、ちょっと席を外してもいいですか?」
よく見ると少し顔色が悪い。
「どうした? 大丈夫か?」
すぐさまコーバスも気がつき、エミーの背を支えたが、エミーは、「大丈夫です」と立ち上がると部屋を出ていった。コーバスは後を追いかけようと立ち上がる。それをユリウスは止めた。コーバスの手を拒絶するようにエミーは避けていた。一人になりたいのかもしれないと思った。
「あまり構いすぎるのもよくないぞ。好きにさせてやれよ」
ユリウスがそう言うと、コーバスは渋々ながら腰を下ろした。
「しかしうまくやったんだな。ルカのこと。一体どんな手を使った?」
コーバスは声を潜めた。
「こんなに堂々と帰ってくるとは思わなかったぞ。王宮騎士団は大丈夫なのか?」
「心配ない。友人に頼んで仕入れ証明書を手に入れた。奴隷登録をしたんだ。俺のものだと証明できれば、王宮騎士団の追及をかわせる」
「なるほどなぁ。考えたな。しかしユリウス」
コーバスはにやにやとした笑いを浮かべ、
「さっきも言ったが、あんなにかわいいとは思わなかったぞ。希少種というのはみなあんなふうに色白なのか?」
「希少種といってもいろいろいるからな」
「いや、しかし手足や腰も細くて、なかなかいいじゃないか。加えて庇護欲をそそられるあの感じ。堅物のおまえでも、手に入れたいと思うのも頷けるぞ」
「堅物は余計だ……」
「希少種なんかやめておけと前に言ったが、あれは撤回だ。晴れておまえのものになったんだ。堂々とやっちまえばいいのさ」
「コーバス、おまえまで……」
だから本人の意思を無視して勝手には致しかねる。エメレンスといい、コーバスといい、外野は勝手なことを言う。
「ああ、そうだ。それとなルーキングがまた動き出したぞ」
ついでのように言うが、それこそ見逃せない大事なことだ。隣国ルーキングに、今年の春は動きがなかったが、やはり来たか。
「警備の巡回を増やして警戒にあたっているが、今のところ川を渡ってくる気配はない。今年はなぜか川の水量が多いからな。奴ら今年は川越えできないだろう」
森を抜けた先にある国境線ともなっている川が、例年になく水量が多いとコーバスは言う。川は、領内の北東にある山脈、ハーグ山脈が水源だ。河川工事が行われたアルメレ川も同じ水源だ。だいたい、バッケル王国内を流れる川のほとんどは、ハーグ山脈から流れ出ている。王都での深刻な水不足を思えば、同じ山脈からの川でこうも水量が違うのかと不思議だ。
約三週間ぶりの領内だ。偵察がてら、あとで林へ散策に出かけようとユリウスは決めた。
次いでざわざわとした小声がさざ波のように広がっていく。予想していた反応ではある。
ルカが不安そうにこちらを見上げる。
「大丈夫だ」
ユリウスはルカの手を取ると、領民たちの間にできた道を堂々と歩いた。
「希少種だぞ」
「あの堅物ベイエル伯が奴隷を? うそだろ?」
「ほんとに真っ黒な髪と瞳だな」
領民の間から驚きの声が上がり、物珍しげにルカに視線が注がれる。こんな辺境の地で希少種を見ることはまずない。ユリウスが王都から奴隷を連れ帰ったという驚きの声と珍しい希少種に対する好奇の目が一気にユリウスとルカに向かった。
「ねぇ、ユリウス。ほんとに大丈夫?」
ルカがこそっと呟く。ユリウスは「大丈夫だ」と力強く頷き、ルカの手を力強く握った。
「フルン騎士団長とエミー様がいらっしゃっているので、応接間にお通ししています、辺境伯」
ボブが耳打ちする。ユリウスは頷き、ルカを連れて約三週間ぶりの屋敷に入った。集まった領民に土産を配るカレルとリサ、ボブは外に残る。
早速応接間に行くと、ソファから腰を上げ、コーバスが出迎えた。
「お帰りなさいませ、ベイエル伯。えっと……。こちらはれ……」
例の希少種かと言いかけてやめたのだろう。妹のエミーの前だ。ユリウスの拾い物のことは誰にも言うなと言っていた。
コーバスは遠慮のない視線をルカに送り、じろじろと見た。逆にここまで堂々と観察されると、気にならなくなるらしい。ルカは気にした様子もなく、ぺこりと頭を下げた。
妹のエミーの方は、おどおどしてちらちらとルカを見ている。そちらにもルカは頭を下げ、ユリウスがソファに座ったのを機にコーバス、エミー、最後にルカが腰を下ろした。すぐにアントンが温かい紅茶を運んでくる。
「いや、驚いた。俺は希少種を見るのは初めてだ。俺はモント騎士団の団長、コーバス・フルンだ。で、こっちが妹のエミーだ」
ルカはうかがうようにユリウスを見た ユリウスが頷くとルカは立ち上がり、ワンピースをつまんでお辞儀した。リサが帰り道で教えた自己紹介の仕方だ。
「ルカです。よろしくお願いいたします」
「俺が王都で買った希少種だ。以後見知り置いていてくれ」
ユリウスが補足で加える。ルカは隣に腰を下ろすと、ユリウスの袖を引いてきた。
「どうした?」
ルカは腰を浮かし、ユリウスの耳元で囁いた。
「もう、行ってもいい? ポポに会いたい」
それを聞いて、ユリウスはルカの背を押した。
「もういいよ、ルカ」
ユリウスの許可を得ると、ルカは立ち上がり、コーバスとエミーにお辞儀をして退室していった。ルカが出ていくと、コーバスは「しかし驚いたぞ」と声を上げた。
「なかなかちゃんとしていて、かわいいじゃないか。俺はもっと奴隷と言うと粗野な感じを想像していた。全く違うんで驚いた」
「リサがいろいろと教えているからな」
「あの……」
エミーがおずおずと割って入った。エミーの声を聞いたのは久しぶりだ。時折コーバスの屋敷で顔を合わせることはあるが、エミーはいつもにっこりしているだけで、ほとんど話さない。
「わたし、ちょっと席を外してもいいですか?」
よく見ると少し顔色が悪い。
「どうした? 大丈夫か?」
すぐさまコーバスも気がつき、エミーの背を支えたが、エミーは、「大丈夫です」と立ち上がると部屋を出ていった。コーバスは後を追いかけようと立ち上がる。それをユリウスは止めた。コーバスの手を拒絶するようにエミーは避けていた。一人になりたいのかもしれないと思った。
「あまり構いすぎるのもよくないぞ。好きにさせてやれよ」
ユリウスがそう言うと、コーバスは渋々ながら腰を下ろした。
「しかしうまくやったんだな。ルカのこと。一体どんな手を使った?」
コーバスは声を潜めた。
「こんなに堂々と帰ってくるとは思わなかったぞ。王宮騎士団は大丈夫なのか?」
「心配ない。友人に頼んで仕入れ証明書を手に入れた。奴隷登録をしたんだ。俺のものだと証明できれば、王宮騎士団の追及をかわせる」
「なるほどなぁ。考えたな。しかしユリウス」
コーバスはにやにやとした笑いを浮かべ、
「さっきも言ったが、あんなにかわいいとは思わなかったぞ。希少種というのはみなあんなふうに色白なのか?」
「希少種といってもいろいろいるからな」
「いや、しかし手足や腰も細くて、なかなかいいじゃないか。加えて庇護欲をそそられるあの感じ。堅物のおまえでも、手に入れたいと思うのも頷けるぞ」
「堅物は余計だ……」
「希少種なんかやめておけと前に言ったが、あれは撤回だ。晴れておまえのものになったんだ。堂々とやっちまえばいいのさ」
「コーバス、おまえまで……」
だから本人の意思を無視して勝手には致しかねる。エメレンスといい、コーバスといい、外野は勝手なことを言う。
「ああ、そうだ。それとなルーキングがまた動き出したぞ」
ついでのように言うが、それこそ見逃せない大事なことだ。隣国ルーキングに、今年の春は動きがなかったが、やはり来たか。
「警備の巡回を増やして警戒にあたっているが、今のところ川を渡ってくる気配はない。今年はなぜか川の水量が多いからな。奴ら今年は川越えできないだろう」
森を抜けた先にある国境線ともなっている川が、例年になく水量が多いとコーバスは言う。川は、領内の北東にある山脈、ハーグ山脈が水源だ。河川工事が行われたアルメレ川も同じ水源だ。だいたい、バッケル王国内を流れる川のほとんどは、ハーグ山脈から流れ出ている。王都での深刻な水不足を思えば、同じ山脈からの川でこうも水量が違うのかと不思議だ。
約三週間ぶりの領内だ。偵察がてら、あとで林へ散策に出かけようとユリウスは決めた。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる