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第四章
馬丁ボブの留守番
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ベイエル辺境伯一行が王都へ発って、今日で二十日目になる。
「おう。よしよし。おはようポポ」
ボブが目を覚ました気配に、ゲージの中のシマリス、ポポがキキっと鳴いた。ゲージを開けて手を差し出すと、腕を伝ってボブの肩まで駆け上がる。
「よしよし。いい子だ。ちょっと待ってろよ」
ボブは手早くゲージの中を掃除した。ついでに水も替え、餌も入れ、曲がっていた木の枝の位置を直した。
「ほら。終わったよ」
ポポは了解とばかりに鳴くと、ボブの腕を伝って一目散に餌の入った皿へと突進した。
「おまえは食いしん坊だなぁ」
ボブは笑ってゲージの扉を閉め、厨房に行くと簡単な物を作って朝食にした。留守の間、厨房を使うときは気を遣う。所定の位置に食器や調理道具がないと、コックのアントンが帰ってきたとき怒るからだ。たとえ一ミリでもずれていたらアントンは怒る。昔、父カレルに母リサをとられた腹いせを、全部自分にぶつけているのだ。絶対に。大人気ない。けれどそんなアントンを嫌いになれない自分もどうかしている。一生懸命虚勢を張っている野良猫みたいに思えて仕方ない。誰でもつい動物に例えて考えてしまうのは、ボブの癖だ。
まぁ、そんなふうに見ているとアントンにばれたら、それこそ怖い。ボブは一人肩をすくめた。
使い終わった食器は、寸分違わず元に戻した。
朝食が終われば、次は馬の世話だ。
ユリウスのパスをはじめ、ほとんどの馬は出払っている。残っているのはこの春に生まれた二頭の馬だけだ。
「おはよう。アル。ルファ」
声をかけ、厩から出してやる。アルとルファはのんびり歩いていき、下草を食みだした。それを見届け、ボブは早速掃除にとりかかる。竹の熊手で藁をかきだし、新しいものと入れ替える。作業に没頭していると、後ろから声をかけられた。
「よお! ボブ」
振り返ると、馬上からモント騎士団長のコーバス・フルンが片手をあげていた。コーバスの前には、ふわふわ巻毛の妹エミーを横乗りで乗せている。
「おはようございます、フルン団長。エミー様と朝のお散歩ですか?」
「おうよ。今が一番朝の散歩にはいい季節だからな。もう少ししたら、暑くてかなわなくなる。おまえも、毎年のこととはいえ、一人で大変だな」
「いえいえ。やることは同じですから。屋敷の掃除やなんやかやと、まぁ仕事は増えますが、その分馬はこの通り。たった二頭の世話ですみますからね。まぁそれも明日の昼頃までの話です」
昨日の夕方、ベイエル伯一行が今日にもモント領内に入ると早馬があった。明日の昼頃には一行は到着する予定だ。
「お兄様。わたし出迎えに行ってもいいですか?」
珍しくエミーがしゃべった。ボブはエミーの声をほとんど聞いたことがなかった。いつもお節介な兄が側にいて、その影に隠れているような大人しい少女だ。うわさによると、コーバスは最近、エミーの嫁ぎ先を物色中だとか。
領主一行が王都から戻ったときは、屋敷前に出迎えの騎士団が整列する。一般の領民もまじって出迎え、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。領民達のお目当ては、領主から配られる王都土産だ。毎年モント辺境伯は、菓子など少しの王都土産を出迎えた者達に配る。一生涯王都へ行くことのない者が多いこの辺境では、王都土産は喜ばれる。
コーバスは妹のお伺いを聞いて、迷っている。たくさんの人が集まる場所に、かわいい妹を連れて行きたくないのだろう。衆人の目もあるし、変な奴に目をつけられてはと心配するコーバスの、兄としての気持ちもわからないではない。
「いいんじゃありませんか」
ボブはエミーに助け舟を出すことにした。歳の離れた兄の擁護はありがたいだろうが、時々息が詰まりやしないだろうか。
「ベイエル伯はきっと王都の土産をたくさん用意しているでしょうから。エミー様の分も、きっと用意なさっておいでですよ」
領民達に配る土産とは別に、近しい者たちへは個々に土産を用意しているのが常だ。騎士団長妹の土産もきっと用意されている。ユリウスが忘れても、父のカレルが差配をふるっているのだ。漏らすはずがない。
ボブの言葉を聞いて、コーバスは「そうだな」と頷いた。
「エミーも、ユリウスにはしばらく会っていないからな。いいよ。連れて行ってやる」
「ありがとう。お兄様」
エミーは巻毛をふわりと揺らして微笑んだ。
「じゃあな」と去っていくコーバスの背を見送り、ボブは急ピッチで厩の掃除、アルとルファの世話をし、屋敷に戻った。
カレルとリサからは留守中にしなければならないことを言いつけられている。明日はいよいよ皆が帰ってくるし、今日はいろいろとやることがある。
「よしっ」
ボブは腕まくりをして気合を入れた。
結局その日は一日中動き回り、倒れるようにベッドに入った。翌朝も、早朝から起き出した。屋敷前にはすでに領民達が集まりだし、この道は開けておくようにと誘導したりなんやらで、ほとんど休む間もなく動き回った。そうして昼前になって、ようやくボブは到着したベイエル辺境伯一行を出迎えた。
「おう。よしよし。おはようポポ」
ボブが目を覚ました気配に、ゲージの中のシマリス、ポポがキキっと鳴いた。ゲージを開けて手を差し出すと、腕を伝ってボブの肩まで駆け上がる。
「よしよし。いい子だ。ちょっと待ってろよ」
ボブは手早くゲージの中を掃除した。ついでに水も替え、餌も入れ、曲がっていた木の枝の位置を直した。
「ほら。終わったよ」
ポポは了解とばかりに鳴くと、ボブの腕を伝って一目散に餌の入った皿へと突進した。
「おまえは食いしん坊だなぁ」
ボブは笑ってゲージの扉を閉め、厨房に行くと簡単な物を作って朝食にした。留守の間、厨房を使うときは気を遣う。所定の位置に食器や調理道具がないと、コックのアントンが帰ってきたとき怒るからだ。たとえ一ミリでもずれていたらアントンは怒る。昔、父カレルに母リサをとられた腹いせを、全部自分にぶつけているのだ。絶対に。大人気ない。けれどそんなアントンを嫌いになれない自分もどうかしている。一生懸命虚勢を張っている野良猫みたいに思えて仕方ない。誰でもつい動物に例えて考えてしまうのは、ボブの癖だ。
まぁ、そんなふうに見ているとアントンにばれたら、それこそ怖い。ボブは一人肩をすくめた。
使い終わった食器は、寸分違わず元に戻した。
朝食が終われば、次は馬の世話だ。
ユリウスのパスをはじめ、ほとんどの馬は出払っている。残っているのはこの春に生まれた二頭の馬だけだ。
「おはよう。アル。ルファ」
声をかけ、厩から出してやる。アルとルファはのんびり歩いていき、下草を食みだした。それを見届け、ボブは早速掃除にとりかかる。竹の熊手で藁をかきだし、新しいものと入れ替える。作業に没頭していると、後ろから声をかけられた。
「よお! ボブ」
振り返ると、馬上からモント騎士団長のコーバス・フルンが片手をあげていた。コーバスの前には、ふわふわ巻毛の妹エミーを横乗りで乗せている。
「おはようございます、フルン団長。エミー様と朝のお散歩ですか?」
「おうよ。今が一番朝の散歩にはいい季節だからな。もう少ししたら、暑くてかなわなくなる。おまえも、毎年のこととはいえ、一人で大変だな」
「いえいえ。やることは同じですから。屋敷の掃除やなんやかやと、まぁ仕事は増えますが、その分馬はこの通り。たった二頭の世話ですみますからね。まぁそれも明日の昼頃までの話です」
昨日の夕方、ベイエル伯一行が今日にもモント領内に入ると早馬があった。明日の昼頃には一行は到着する予定だ。
「お兄様。わたし出迎えに行ってもいいですか?」
珍しくエミーがしゃべった。ボブはエミーの声をほとんど聞いたことがなかった。いつもお節介な兄が側にいて、その影に隠れているような大人しい少女だ。うわさによると、コーバスは最近、エミーの嫁ぎ先を物色中だとか。
領主一行が王都から戻ったときは、屋敷前に出迎えの騎士団が整列する。一般の領民もまじって出迎え、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。領民達のお目当ては、領主から配られる王都土産だ。毎年モント辺境伯は、菓子など少しの王都土産を出迎えた者達に配る。一生涯王都へ行くことのない者が多いこの辺境では、王都土産は喜ばれる。
コーバスは妹のお伺いを聞いて、迷っている。たくさんの人が集まる場所に、かわいい妹を連れて行きたくないのだろう。衆人の目もあるし、変な奴に目をつけられてはと心配するコーバスの、兄としての気持ちもわからないではない。
「いいんじゃありませんか」
ボブはエミーに助け舟を出すことにした。歳の離れた兄の擁護はありがたいだろうが、時々息が詰まりやしないだろうか。
「ベイエル伯はきっと王都の土産をたくさん用意しているでしょうから。エミー様の分も、きっと用意なさっておいでですよ」
領民達に配る土産とは別に、近しい者たちへは個々に土産を用意しているのが常だ。騎士団長妹の土産もきっと用意されている。ユリウスが忘れても、父のカレルが差配をふるっているのだ。漏らすはずがない。
ボブの言葉を聞いて、コーバスは「そうだな」と頷いた。
「エミーも、ユリウスにはしばらく会っていないからな。いいよ。連れて行ってやる」
「ありがとう。お兄様」
エミーは巻毛をふわりと揺らして微笑んだ。
「じゃあな」と去っていくコーバスの背を見送り、ボブは急ピッチで厩の掃除、アルとルファの世話をし、屋敷に戻った。
カレルとリサからは留守中にしなければならないことを言いつけられている。明日はいよいよ皆が帰ってくるし、今日はいろいろとやることがある。
「よしっ」
ボブは腕まくりをして気合を入れた。
結局その日は一日中動き回り、倒れるようにベッドに入った。翌朝も、早朝から起き出した。屋敷前にはすでに領民達が集まりだし、この道は開けておくようにと誘導したりなんやらで、ほとんど休む間もなく動き回った。そうして昼前になって、ようやくボブは到着したベイエル辺境伯一行を出迎えた。
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