偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第三章

記憶

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 目を瞑ったヨハンナの脳裏にセヴェリの唇が蘇り、同時に差し込まれた舌の感触、肌を這うセヴェリの手の感触を思い出し、体が強張った。

「――やっ……」

 ヨハンナはアランを思い切り突き飛ばした。

 頬に添えられたアランの手まで、セヴェリのそれと重なった。

 がたがた震える自分の身を抱き締めると、呆然とこちらを見ているアランの視線と出会い、ヨハンナは泣きそうになった。

「……ごめんなさい―。私……、あの…」

 アランを傷つけただろうか。
 全然嫌じゃなかったのに、本当はとても嬉しかったのに、突き飛ばしてしまうなんて――。

「ほんとにごめんなさい……」

 謝りながらも体の震えは止まらない。
 心はアランに寄り添いたいと思っているのに、セヴェリにされたことを記憶している体が言うことを聞かない。
 どうしようどうしようと言い訳を考えて焦れば焦るほど言葉は何も出てこない。

 アランに嫌われたらどうしよう。
 そう思うと怖くて余計に涙が出てきた。

「悪かった――。大丈夫か?」

 アランは震えるヨハンナをそっと抱き締めてきた。宥めるように背中をさすってくれる。
 その優しい仕草にヨハンナは余計に申し訳なさから涙が溢れた。

「私、嫌じゃない。嫌じゃなかった――」
「――わかってる」

 アランはとんとんとヨハンナの背を優しく叩く。涙に濡れるヨハンナの顔を、自身の胸にうずめ、髪を愛しげに指に絡める。

 そうやって震えが収まるまでアランは辛抱強くヨハンナを宥め続けた。





「なぁセキ、コク」

 いつものソファで夕食を終え、食後のお茶をしている途中でヨハンナがこてんとアランの肩に頭をもたせ掛けてきた。
 ヨハンナがこうしてソファでうたたねをすることなど、ここへ来てから一度もなかった。
 気持ちが昂ぶってよほど疲れていたのだろう。

 アランはヨハンナの足をソファに上げると、寝やすいように体を横たえさせ、頭を自身の膝に載せた。

 体勢を変えられてもヨハンナは目を覚まさない。安心しきったようにあどけない顔で眠っている。

 そのエメラルドの髪を弄びながら、アランは向かいに座る小さな二人に話しかけた。

 庭園の四阿でたっぷり菓子を食べたはずのセキとコクだが、夕食をぺろりと平らげ、更にまた甘い菓子を手にとって口にしている。

 子龍というのは相当な甘党らしい。
 空を駆け巡る龍が普段何を食するのか知らないが、少なくともこの二龍については、その原動力は間違いなく我が家の厨房から生み出される甘い菓子だ。

 アランが話しかけると、セキは口いっぱいに菓子を詰め込んだまま「なに?」と首を傾げ、コクはその黒い瞳を眇めた。

「おまえたちはあの屋敷であったことをどのくらい把握しているんだ?」

「どのくらいも何も、僕たちはあの日、やっとヨハンナの居場所を突き止めたところだったんだ」

 セキは口に詰まった菓子で話せない。コクが答えた。セキは、受け答えはコクに任せたとばかりにまた菓子へと手を伸ばす。

「アランが何を聞きたいかはわかるよ。ヨハンナのことでしょ?」

 洞察力の鋭いコクはそう切り返した。
 アランはああと頷く。

「さっき庭園でヨハンナの様子がおかしかったんだ。以前、テンドウ族の神子は、性的な接待をさせられていたというから、もしかしたらヨハンナもと、心配になった」

 庭園でのヨハンナは明らかにアランを、男を怖がっていた。
 兄のエグバルト皇帝とグラントリーからテンドウ族の神子の話を聞いて、ずっと気になっていた。ヨハンナはそんな目に遭っていないだろうかと。

 最も危惧していたことが、あの屋敷でヨハンナの身に起こっていたのかもしれない。さきほどの様子を見るにそう思わずにはいられなかった。
 セヴェリのことを話せないのも、そのことに関係があるのではないか。

 子供相手に話す内容ではないなと思ったが、そこは子龍ながら長い年月を生きているセキとコクだ。

 アランの言わんとしていることをすぐに察し、相変わらず口をもぐもぐさせているセキの代わりにコクが話した。

「あの日より前のことはわかんないけど、あの日のことなら僕らは知っているよ。セヴェリって奴が、ヨハンナにいたずらしたんだ」

 コクはふんと憤慨したように鼻を鳴らした。

 コクによると、助けに行く少し前、セヴェリがヨハンナに何かしたんだと言う。見たわけではないが、ヨハンナの心が何度も助けてと叫んでいたそうだ。

「龍封じがあっても伝わってきたくらいだからね。おかげでヨハンナの居場所がわかったんだ」

 コクは苦々しげに言った。

「ヨハンナがすごく怖がって泣いていたから、すぐにも助けに行きたかったんだけど、まだヨハンナのところに向かっている途中だったんだ。間に合わなくて、かわいそうなことしちゃったんだ……」

 コクがしょんぼりすれば、セキも菓子に伸ばす手を止め、同じく肩を落とした。

「そうか、それで……」

 何かあると思ってはいた。ヨハンナは、内陸部の屋敷での事を詳しくアランに話したが、セヴェリのこととなると、とたんに青ざめ口をつぐむ。

 十分わかっていたはずなのに、ヨハンナの心が欲しくて性急に求めたことをアランは後悔した。

 もっとゆっくりと時間をかけて、ヨハンナの心をほぐすべきだった――。

 アランは涙の跡の残るヨハンナの頬をそっと拭った。
 
「ところでセキとコク。おまえたちに教えてほしいことがあるんだ」

 アランはずっと考え続けていたことを二人に切り出した。
 
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