偏執の枷〜わたしの幸せはわたしが決める〜

咲木乃律

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第四章

孤独な緑龍 1

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 目が覚めると、何もかも冷たい石造りの部屋だった。

 寝台こそ重厚なマットの敷かれたふかふかの布団だったが、台座も、テーブルも、椅子も、全て石でできている。
 
 肌寒さに身を震わせて起き上がれば、部屋の片面は開け放たれたままで、その向こうに美しい湖が広がっていた。

 深いエメラルド色の湖だ。

 この建物は湖の湖畔にあるようで、ヨハンナのいるこの部屋は湖に直接つながっていた。少し湖へと張り出しているのだろう。

 湖に面した部屋の一画は階段になっており、その階段はそのまま湖の湖面へとつながっていた。風に運ばれた湖面の水が、ちゃぷちゃぷとその階段にぶつかっては弾けた。

 部屋にはいくつか扉があった。

 しばらくぼうっと美しいエメラルドの湖を眺めたあと、ヨハンナは扉を開けていった。

 バストイレの部屋、ずらりと服や靴などが並んだ衣裳部屋、テーブルの置かれた部屋。食卓らしいテーブルと椅子は木製で、そのぬくもりにヨハンナはほっと息をつく。その部屋には奥にもう一つ扉があった。

 ノブを回してみたが、鍵がかかっているようで外へは出られない。他に出口はないかと部屋を見てまわったが、この閉鎖された空間から外へ出る扉はなかった。

 ならば、と唯一直接外に面しているはじめの石の寝室へと戻り、湖へとつながる階段を下りた。

 が、そこからは見渡す限りが湖で、泳げないヨハンナはとてものこと向こう岸へと行くことはできない。

「……アラン」

 ヨハンナはちゃぷちゃぷと寄せる湖の水を手の平にすくった。色はエメラルドに見えるのに、すくった手の平の水は透明で不思議な気持ちがした。
 
 ここがテンドウの里であることは誰に聞かなくともわかった。この湖は里にあるというカルデラ湖なのだろう。どうやってここまで運ばれたかなど考えずともわかる。

 アランはきっと心配している。

 ついさきほどまであったアランのぬくもりがもう思い出せない。

 自分とずっと一緒にいたいと言ってくれたアランがここにはいない。アランに会いたかった。その手に触れて、唇に触れたい。

『――くぅ……』

 搾り出すような甘える声音にヨハンナは顔を上げた。いつの間にか頬を涙が伝っていた。

 その涙を掬い取るようにエメラルド色の美しい龍が優しい目でヨハンナの頬へ顔を寄せていた。

『緑龍……』

 緑龍は美しい龍だった。湖水に濡れた体は時折金色に光り、セキやコクとは違うしなやかな体つきをしている。

 でも――。

 どこか元気がない。セキとコクのように弾けるような生命力を、この緑龍からは感じない。どこか気だるげで、半分眠っているような……。

『私はヨハンナ。はじめまして緑龍さん』

 ヨハンナが緑龍の頬へと手を伸ばすと、緑龍はその手に擦り寄った。
 うろこはつるつるとして冷たく、今までに感じたことのない触感だ。

『なぜ、泣いていた?』

 緑龍の声はかれていた。搾り出すような声だった。

『なぜ……』

 ヨハンナは少し考えて答えた。

『好きな人が側にいないから、かな』

『ああ』

 緑龍は生気のない瞳をまたたかせた。

『その悲しさを我も知っている』

 そして緑龍は湖から胴体を少し引き上げ、ヨハンナを囲うように側へ来た。

『ヨハンナ。やっと会えた。我はそなたがここへ来るのをずっと待っていた。以前に加護を与えた子が亡くなり、そなたが産まれてくるのをずっとずっと楽しみに待っていた。それなのに、そなたは遠くへ行ってしまった……』

『テンドウの里がクシラ帝国に奪われたから?』

『我は彼らの侵攻を止めることができなかった。我は年を取りすぎた。もう以前のように自由に水と戯れることはできない……。セヴェリに請われ、里への道を塞ぐので、今は精一杯だ』

 緑龍はさらに胴体を湖から引き揚げると、まるで逃さないというようにヨハンナを囲う。

『我の命はもう長くはない。あと百年、生きられるかどうか。こうして話をできる子を、人の子に授ける力ももう残ってはいまい。そなたは、我が加護を与えた最後の人間。そなたは我の特別可愛い子。だからお願い、側にいて、我の命が尽きるまで、我と共にあれ』

 長い時を生きる緑龍にとって百年は短いのだろう。
 けれどあと百年ここにいれば、ヨハンナの命も尽きる。 
 二度とアランに会えない。

『私は……』
 
『『あー! ヨハンナ!』』

 どう答えたらいいのかと戸惑っていたヨハンナの思考を裂き、賑やかな声が湖面から降ってきた。

 双子の赤龍と黒龍が、湖面を滑らかに滑り、こちらに駆けてくる。二体の龍は、湖に面した階段まで来ると見慣れた二人の子供へと姿を変じ、ヨハンナの側に降り立った。

 
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