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第一章 迷惑な求愛
変な期待は持たないでください
「明日からしばらくアッカルド局長を手伝うそうだな」
屋敷に帰ると、先に帰宅していた父のリベリオがロザリアを呼び止めた。
父のリベリオは、王宮の議会の一員だ。王宮内の事情にも詳しい。一角獣狩りに伴う人事のことを耳にしていても不思議ではない。ロザリアが手伝いに入る経緯をどのように聞いたのかは気になるところではあるが、それよりも今は不安の方が大きかった。
「魔力もないのにわたし、お役に立てるんでしょうか」
例えこの仕事の依頼が、セストによる強引なものだったとしても、請けるからには仕事はきちんとこなしたい。一角獣狩りには、たくさんの人が関わる。その中で一人、ロザリアが足を引っ張ることはしたくない。
ペアーノ室長から話を聞いた直後は、セストの強引なやり口に腹を立てていたけれど、具体的に明日からのことを考え出すと心配が先にたった。仕事内容もまだわからない。不安を滲ませ、リベリオを見上げると、リベリオは「大丈夫だ」と軽くロザリアの肩をなだめるように叩いた。恰幅いいリベリオが側にいると、包み込んでくれるような安心感を感じた。
「狩りには私も若い頃、立会人として関わったことがあるが、まぁそうだな―――」
リベリオは片目を瞑って笑った。
「魔力のない私達には、できることは何もないよ」
「えっ……」
それではロザリアはただ突っ立っているだけなのか。ちっとも大丈夫ではないではないか。
「お父様。それではわたしはただの役立たずです」
「私もそうだったぞ」
「でもお父様は立会人だったのでしょう? それなら見ているだけでも問題はないですが、わたしの場合は違います。仕事なんです」
「まぁそう堅苦しく考えるな。アッカルド直々のご指名だったそうじゃないか。ロザリアに魔力のないことはわかっているのだし、何か考えがあってのことだろう」
それが一番の問題なのだ。セストの意図がわからないだけに、こちらもどのように振る舞えばいいのか。
それにやはり、ロザリアが狩りの仕事に関わることになった経緯をリベリオは知っていた……。
父と直接セストのことを話したことはないけれど、セストが事あるごとにロザリアに声をかけていることは、父も知っているだろう。
あのジュリエッタの娘なのにどこか地味で、魔力もない。自分が周りにそう陰口を囁かれていることは知っている。そんなロザリアに、国王も一目置いている美男子のセストがご執心。どうしてあんな子に。言われることはいつも同じだ。
その理由はロザリアだって知りたい。
王宮のご婦人方はその手の噂話が大好きだ。当然、リベリオも耳にする機会はあっただろう。これまで直接そのことを父に聞かれたことはなかったけれど、含みをもたせた父の顔を見ていると、父が何に期待しているかも伝わってくる。
これ以上踏み込まれては、逆に話がややこしくなりそうだ。ロザリアが「では」と踵を返そうとすると、廊下の向こうから母のジュリエッタが現れた。
自室に引き取ろうとするロザリアの腕を、ジュリエッタはがしっとつかんだ。
「聞いたわよ。ロザリア。これは大きなチャンスよ」
齢四十五、三人の娘を産んでもなおその美しさは健在だ。大きな榛色の瞳をうるうる潤ませてロザリアを見つめた。
「アッカルド様直々のご依頼だったそうじゃないの。アッカルド様がロザリアにご執心だという噂は、サロンではもちきりよ。いつまでもそっぽを向いてないで、この機会にちゃんとアッカルド様を射止めてしまいなさいな」
「あの、お母様……」
ロザリアは頭の痛くなる思いで、無邪気なジュリエッタにつかまれた腕をそっと抜いた。
「わたし、アッカルド様はちょっと……」
「あら。なぁに? あれだけの美男子なんて、サロンのどこにもいないわよ。彼は平民出で爵位はないけれど、そんなもの、あれだけの名声があれば必要ないわ」
「いやいやジュリエッタ。知らないのかい? 彼は国王陛下直々の爵位のご下賜を断ったんだぞ。なかなか奇特な男だ」
それは知らなかった。爵位は持っているだけで、国から毎年分配金がもらえる。王宮での議会やその他の機関でも働く権利を得られるし、持っていて損はないものだ。
自分は変わり者だという自覚はあるけれど、そんな爵位を断るなんて、セストもちょっとした変わり者なわけだ。
ロザリアが興味をひかれてリベリオの話に耳を傾けていると、リベリオとジュリエッタが顔を見合わせた。しまったと思った時には遅かった。
ジュリエッタは、解かれたロザリアの腕を再びとると、ずるずるとロザリアを応接間の方へと引っ張っていった。
そこから、父と母によるロザリア攻略が始まり、途中から姉のフランカまで加わって、セストをおとすことがロザリアの至上命題であることをこんこんと説いた。
しまいには体を使っての攻略法まで伝授されそうになり、ロザリアは昼間ペアーノ室長に言われたことを忘れ、とうとう立ち上がって叫んでいた。
「わたしは結婚しないって言いました! 変な期待は持たないでください!」
やっと両親と姉のフランカを振り切り自室に戻ると、途中で妹のアーダと顔を合わせた。敏いアーダは、ロザリアの疲れ切った顔を見て、大方何があったのか察したようだ。年に似合わぬ大人びた顔で、ロザリアを労るように見た。
「ロザリアお姉様も苦労するわね。働くのなんてやめて、さっさと結婚しちゃえば楽なのに」
「だからそれは」
「できないんでしょ? お姉さまの言うこともわからないではないけれど、それならそれでたぶん一生お父様、お母様の気は休まらないわよ」
「……それって、親不孝だって思う?」
もしも中身が地味女でなければ、今頃ロザリアは順当に結婚していたことだろう。前世の記憶のせいで、結婚を遠ざけ、父母に心配をかけているのなら、心苦しい。
アーダは三編みにした長い薄茶の髪をいじった。
「無理だって思うのに、無理して結婚する方が親不孝よ。お姉様の思うように生きればいいんじゃなくて?」
十五歳にしてはずいぶん大人びたコメントだ。これではどっちが姉かわからない。
それはロザリアだって結婚には興味はある。前世で貪るように読んだTLの世界。素適な旦那様と夜毎いけないことをして過ごすような生活……。
想像は楽しいけれど、そこに至るためのめくるめく恋なんて全く現実的ではない。それに素適な旦那様と出会うには、まずは社交界に出ていかなければならない。もちろん、前世で言うところのお見合いもあるが、結婚したらしたで、ご婦人方の集まりに参加したり、自らも人を招いてもてなす側にまわらなければならないこともある。
人付き合いの得意ではないロザリアには、どれもハードルの高いものだ。
前世ではできなかった恋を、ロザリアとしての自分では叶えたいという思いはもちろんある。あるのだが実際行動に移すのは怖くもある。所作や振る舞いは、幼い頃から仕込まれたので、ロザリアとしてはそつなくこなせるだろう。でも気の利いた会話となるとまるでだめだ。あまりに綺麗な人を見ると気後れして、まともに会話が続かないこともある。
姉のフランカも、妹のアーダも、そういう時、実に堂々としていて、ジュリエッタの三姉妹としてひと括りにされた時、どうしても真ん中っ子のロザリアは影が薄くなる。
「あ、そうだ」
ちょっと待っててとアーダは何かを思い出したように廊下の向こうへ走っていき、すぐに胸に本を抱えて戻ってきた。
「はいこれ。今日お母様と王都へ買い物に出た時に買ったの。ロザリアお姉様にお土産」
反射的に差し出した腕に、アーダは三冊の本を載せた。
「こういうの、好きでしょ?」
前世の本のようにカラフルな表紙絵はないけれど、金字で書かれた題名で大体の内容はわかる。
ロザリアは、思わずきょろきょろと廊下を見回した。
「大丈夫よ。お父様もお母様もフランカお姉様もまだ応接間よ。こんなの読むんだったら、ホントのエッチができるように、現実に目を向けてみればいいのに」
「……あのね、アーダ」
ロザリアが焦ってあたふたすると、アーダはくすりと笑った。
「冗談よ。他人事として読むから面白いってことあるものね。でもね、お姉様。アッカルド様のこと、本気で考えてみたらどう? せっかく向こうが誘ってくださっているんだから、もったいないじゃない」
「やっぱりアッカルド様のこと、アーダも知ってるんだ」
「もちろんよ。知らない人なんているの?」
「でもね、アッカルド様は何ていうか、わたしには荷が重いって言うか」
もしあんなイケメンが自分の恋人になったら、それこそペアーノ室長の言うように気が休まらない。
それにセストが、本当にロザリアをいいと思ってくれているとは、どうしても思えないのだ。
セストはロザリアに甘い言葉を吐きながらも、時々苛立ちをのぞかせる。よく見ていなければわからないほどふとした一瞬だが、あの一瞬見せる苛立ちこそが、セストの本心なのではないかと思えてならない。
あの苛立ちの正体がわからない限り、セストの誘いに乗ろうとは思えなかった。
ロザリアが押し黙ると、アーダは「お姉様は、自分のお気持ちがまだよくわかってないのね」と言い、
「その本、もう少し大人になったら、わたしにも読ませてね」
ウィンクしてアーダはふわりとしたスカートを翻して廊下の先へと去っていった。
それを見送り、ロザリアは慌てて自室に駆け込み、手渡された本のタイトルを目で追った。
「伯爵令嬢と騎士団長の恋」
「公爵令嬢の不埒なお遊び」
「王弟殿下の純愛物語」
挿絵もない文字だけの本だ。どれもロザリアの好きな作家のものだった。タイトルだけ見ると、公爵令嬢の~の辺りはいかにもなタイトルだが、他の二冊も恋愛物語ではあるが、濃厚なエッチシーンが入った、前世でいうところのTLに近い内容のものだ。
「……アーダ、神」
ロザリアは三冊の本をぎゅっと抱きしめた。
ロザリアが、この手の本が好きなことを知っているのは、アーダだけだ。
スマホのないこの世界。前世のように手軽にTLは読めないと絶望したのは、記憶を思い出した五歳の時だ。けれどその後、王都へ買い物に出た際、古本屋でこの手の本を見つけた時のあの時の高揚感。嬉しさ。今でも忘れない。
さすがにあまりに幼い頃は、そんな本を手に取ることはできなかったけれど、十五を越える頃から手を出し始めた。こちらでは年齢制限というものがないので、店主も普通に売ってくれる。嫁入り前の娘が、夜の営みの指南書として読むことも珍しくないからだ。
最近、仕事ばかりで王都へ出る機会もなかったので、久しぶりの新作だ。
明日への懸念もいっとき忘れ、ロザリアはわくわくしながら本を開いた。
屋敷に帰ると、先に帰宅していた父のリベリオがロザリアを呼び止めた。
父のリベリオは、王宮の議会の一員だ。王宮内の事情にも詳しい。一角獣狩りに伴う人事のことを耳にしていても不思議ではない。ロザリアが手伝いに入る経緯をどのように聞いたのかは気になるところではあるが、それよりも今は不安の方が大きかった。
「魔力もないのにわたし、お役に立てるんでしょうか」
例えこの仕事の依頼が、セストによる強引なものだったとしても、請けるからには仕事はきちんとこなしたい。一角獣狩りには、たくさんの人が関わる。その中で一人、ロザリアが足を引っ張ることはしたくない。
ペアーノ室長から話を聞いた直後は、セストの強引なやり口に腹を立てていたけれど、具体的に明日からのことを考え出すと心配が先にたった。仕事内容もまだわからない。不安を滲ませ、リベリオを見上げると、リベリオは「大丈夫だ」と軽くロザリアの肩をなだめるように叩いた。恰幅いいリベリオが側にいると、包み込んでくれるような安心感を感じた。
「狩りには私も若い頃、立会人として関わったことがあるが、まぁそうだな―――」
リベリオは片目を瞑って笑った。
「魔力のない私達には、できることは何もないよ」
「えっ……」
それではロザリアはただ突っ立っているだけなのか。ちっとも大丈夫ではないではないか。
「お父様。それではわたしはただの役立たずです」
「私もそうだったぞ」
「でもお父様は立会人だったのでしょう? それなら見ているだけでも問題はないですが、わたしの場合は違います。仕事なんです」
「まぁそう堅苦しく考えるな。アッカルド直々のご指名だったそうじゃないか。ロザリアに魔力のないことはわかっているのだし、何か考えがあってのことだろう」
それが一番の問題なのだ。セストの意図がわからないだけに、こちらもどのように振る舞えばいいのか。
それにやはり、ロザリアが狩りの仕事に関わることになった経緯をリベリオは知っていた……。
父と直接セストのことを話したことはないけれど、セストが事あるごとにロザリアに声をかけていることは、父も知っているだろう。
あのジュリエッタの娘なのにどこか地味で、魔力もない。自分が周りにそう陰口を囁かれていることは知っている。そんなロザリアに、国王も一目置いている美男子のセストがご執心。どうしてあんな子に。言われることはいつも同じだ。
その理由はロザリアだって知りたい。
王宮のご婦人方はその手の噂話が大好きだ。当然、リベリオも耳にする機会はあっただろう。これまで直接そのことを父に聞かれたことはなかったけれど、含みをもたせた父の顔を見ていると、父が何に期待しているかも伝わってくる。
これ以上踏み込まれては、逆に話がややこしくなりそうだ。ロザリアが「では」と踵を返そうとすると、廊下の向こうから母のジュリエッタが現れた。
自室に引き取ろうとするロザリアの腕を、ジュリエッタはがしっとつかんだ。
「聞いたわよ。ロザリア。これは大きなチャンスよ」
齢四十五、三人の娘を産んでもなおその美しさは健在だ。大きな榛色の瞳をうるうる潤ませてロザリアを見つめた。
「アッカルド様直々のご依頼だったそうじゃないの。アッカルド様がロザリアにご執心だという噂は、サロンではもちきりよ。いつまでもそっぽを向いてないで、この機会にちゃんとアッカルド様を射止めてしまいなさいな」
「あの、お母様……」
ロザリアは頭の痛くなる思いで、無邪気なジュリエッタにつかまれた腕をそっと抜いた。
「わたし、アッカルド様はちょっと……」
「あら。なぁに? あれだけの美男子なんて、サロンのどこにもいないわよ。彼は平民出で爵位はないけれど、そんなもの、あれだけの名声があれば必要ないわ」
「いやいやジュリエッタ。知らないのかい? 彼は国王陛下直々の爵位のご下賜を断ったんだぞ。なかなか奇特な男だ」
それは知らなかった。爵位は持っているだけで、国から毎年分配金がもらえる。王宮での議会やその他の機関でも働く権利を得られるし、持っていて損はないものだ。
自分は変わり者だという自覚はあるけれど、そんな爵位を断るなんて、セストもちょっとした変わり者なわけだ。
ロザリアが興味をひかれてリベリオの話に耳を傾けていると、リベリオとジュリエッタが顔を見合わせた。しまったと思った時には遅かった。
ジュリエッタは、解かれたロザリアの腕を再びとると、ずるずるとロザリアを応接間の方へと引っ張っていった。
そこから、父と母によるロザリア攻略が始まり、途中から姉のフランカまで加わって、セストをおとすことがロザリアの至上命題であることをこんこんと説いた。
しまいには体を使っての攻略法まで伝授されそうになり、ロザリアは昼間ペアーノ室長に言われたことを忘れ、とうとう立ち上がって叫んでいた。
「わたしは結婚しないって言いました! 変な期待は持たないでください!」
やっと両親と姉のフランカを振り切り自室に戻ると、途中で妹のアーダと顔を合わせた。敏いアーダは、ロザリアの疲れ切った顔を見て、大方何があったのか察したようだ。年に似合わぬ大人びた顔で、ロザリアを労るように見た。
「ロザリアお姉様も苦労するわね。働くのなんてやめて、さっさと結婚しちゃえば楽なのに」
「だからそれは」
「できないんでしょ? お姉さまの言うこともわからないではないけれど、それならそれでたぶん一生お父様、お母様の気は休まらないわよ」
「……それって、親不孝だって思う?」
もしも中身が地味女でなければ、今頃ロザリアは順当に結婚していたことだろう。前世の記憶のせいで、結婚を遠ざけ、父母に心配をかけているのなら、心苦しい。
アーダは三編みにした長い薄茶の髪をいじった。
「無理だって思うのに、無理して結婚する方が親不孝よ。お姉様の思うように生きればいいんじゃなくて?」
十五歳にしてはずいぶん大人びたコメントだ。これではどっちが姉かわからない。
それはロザリアだって結婚には興味はある。前世で貪るように読んだTLの世界。素適な旦那様と夜毎いけないことをして過ごすような生活……。
想像は楽しいけれど、そこに至るためのめくるめく恋なんて全く現実的ではない。それに素適な旦那様と出会うには、まずは社交界に出ていかなければならない。もちろん、前世で言うところのお見合いもあるが、結婚したらしたで、ご婦人方の集まりに参加したり、自らも人を招いてもてなす側にまわらなければならないこともある。
人付き合いの得意ではないロザリアには、どれもハードルの高いものだ。
前世ではできなかった恋を、ロザリアとしての自分では叶えたいという思いはもちろんある。あるのだが実際行動に移すのは怖くもある。所作や振る舞いは、幼い頃から仕込まれたので、ロザリアとしてはそつなくこなせるだろう。でも気の利いた会話となるとまるでだめだ。あまりに綺麗な人を見ると気後れして、まともに会話が続かないこともある。
姉のフランカも、妹のアーダも、そういう時、実に堂々としていて、ジュリエッタの三姉妹としてひと括りにされた時、どうしても真ん中っ子のロザリアは影が薄くなる。
「あ、そうだ」
ちょっと待っててとアーダは何かを思い出したように廊下の向こうへ走っていき、すぐに胸に本を抱えて戻ってきた。
「はいこれ。今日お母様と王都へ買い物に出た時に買ったの。ロザリアお姉様にお土産」
反射的に差し出した腕に、アーダは三冊の本を載せた。
「こういうの、好きでしょ?」
前世の本のようにカラフルな表紙絵はないけれど、金字で書かれた題名で大体の内容はわかる。
ロザリアは、思わずきょろきょろと廊下を見回した。
「大丈夫よ。お父様もお母様もフランカお姉様もまだ応接間よ。こんなの読むんだったら、ホントのエッチができるように、現実に目を向けてみればいいのに」
「……あのね、アーダ」
ロザリアが焦ってあたふたすると、アーダはくすりと笑った。
「冗談よ。他人事として読むから面白いってことあるものね。でもね、お姉様。アッカルド様のこと、本気で考えてみたらどう? せっかく向こうが誘ってくださっているんだから、もったいないじゃない」
「やっぱりアッカルド様のこと、アーダも知ってるんだ」
「もちろんよ。知らない人なんているの?」
「でもね、アッカルド様は何ていうか、わたしには荷が重いって言うか」
もしあんなイケメンが自分の恋人になったら、それこそペアーノ室長の言うように気が休まらない。
それにセストが、本当にロザリアをいいと思ってくれているとは、どうしても思えないのだ。
セストはロザリアに甘い言葉を吐きながらも、時々苛立ちをのぞかせる。よく見ていなければわからないほどふとした一瞬だが、あの一瞬見せる苛立ちこそが、セストの本心なのではないかと思えてならない。
あの苛立ちの正体がわからない限り、セストの誘いに乗ろうとは思えなかった。
ロザリアが押し黙ると、アーダは「お姉様は、自分のお気持ちがまだよくわかってないのね」と言い、
「その本、もう少し大人になったら、わたしにも読ませてね」
ウィンクしてアーダはふわりとしたスカートを翻して廊下の先へと去っていった。
それを見送り、ロザリアは慌てて自室に駆け込み、手渡された本のタイトルを目で追った。
「伯爵令嬢と騎士団長の恋」
「公爵令嬢の不埒なお遊び」
「王弟殿下の純愛物語」
挿絵もない文字だけの本だ。どれもロザリアの好きな作家のものだった。タイトルだけ見ると、公爵令嬢の~の辺りはいかにもなタイトルだが、他の二冊も恋愛物語ではあるが、濃厚なエッチシーンが入った、前世でいうところのTLに近い内容のものだ。
「……アーダ、神」
ロザリアは三冊の本をぎゅっと抱きしめた。
ロザリアが、この手の本が好きなことを知っているのは、アーダだけだ。
スマホのないこの世界。前世のように手軽にTLは読めないと絶望したのは、記憶を思い出した五歳の時だ。けれどその後、王都へ買い物に出た際、古本屋でこの手の本を見つけた時のあの時の高揚感。嬉しさ。今でも忘れない。
さすがにあまりに幼い頃は、そんな本を手に取ることはできなかったけれど、十五を越える頃から手を出し始めた。こちらでは年齢制限というものがないので、店主も普通に売ってくれる。嫁入り前の娘が、夜の営みの指南書として読むことも珍しくないからだ。
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