魔の森の奥深く

咲木乃律

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第二章 セストの心を占めるのは

退屈しのぎは仕事で

 三日間の治療に加え、更に三日間家で静養するようにと言われていたが、昨日一日静養したロザリアは、すでにうんざりしていた。

「……暇だわ…」

 傷はまだ治ってはいないが、痛みもなく普通に動かせる。セストの家では寝てばかりだったので、体力もありあまっていた。

 仕事に出かける父と、フランカの旦那様を、母のジュリエッタ、フランカ、アーダと共に見送り、さて何をしようかと思っていると、ジュリエッタ達は出かける準備を始めた。

「どこかお出かけ?」

 ロザリアが聞くと、ジュリエッタは、

「フランカの出産準備をそろそろしないとねと思って。王都へ買い物に行くのよ」

 王都へ買い物……。それはかなり羨ましい。最近行けていなかった本屋に、18禁書籍を見に行きたい…。

「そういうことならわたしも―――」

「―――ロザリアはだめよ」

 ジュリエッタがぴしゃりと言う。

「傷はまだ治っていないんですからね。ちゃんとベッドで大人しくしていなさい」

「そんな……」

 ああ、本屋が遠ざかっていく……。

「……お姉様、例の本ならわたしがまた見繕って買ってきてあげるから」

 どんよりと沈み込んだロザリアの耳元に、アーダがこっそり囁き、ウィンクした。

「ありがとう、アーダ」

 やっぱりあなたは神だ。









 家族がでかけたあとの屋敷は、がらんとしてもの寂しい感じがする。もちろん屋敷の使用人はたくさんいるのだけれど、あまり話しかけて仕事の邪魔をするわけにもいかない。

「……暇だ…」

 退屈でどうにかなりそうだ。
 午前中は例のコレクションを読み返して時間を潰したが、昼食を食べて午後になると退屈さ加減も増してきた。

 ああ、あの書類。そろそろ月末だし溜まっているだろうな……。

 毎月末には報告書をまとめる。魔事室ではその間、整理しなければならない書類がたまりがちになる。

 書類整理くらいなら、重たいものを持つでもなし、できるのではないか。どうせこれ以上眠れない。同じ起きているなら、少しでも仕事を進めるほうがいい。

 ロザリアは執事に言いおいて屋敷を出た。執事には散々止められたが、少しだけだからとロザリアが言うと、仕方ありませんなと王宮まで馬車を手配してくれた。

 セストに言うと話がややこしくなりそうなので、ロザリアは魔事室に直行した。それにあんなことをしていた後に、どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 ロザリアが魔事室に入っていくと、案の定、山と積まれた書類が目に入った。

「これ仕分けしてしまいますね」

 ロザリアはペアーノ室長のデスクから溜まった書類を手に取った。

「ああ、よろしく頼むよ。―――って、ロザリアじゃないか。何してるんだい?」

 ペアーノ室長が書類の山の間から顔を出し、片眼鏡の目を大きく見開いた。

「確か三日間の静養をとる予定じゃなかったかい?」

 アッカルド局長からはそう聞いているんだけどねとペアーノ室長。ロザリアはできるだけ情けなく見える顔を作った。

「退屈で退屈でたまらないんです、室長。わたしに仕事をさせてください。わたしには、やっぱり仕事しかないんです」

「大丈夫なのかい? リベリオやジュリエッタにはちゃんと言ってきたんだろうね」

「……いえ。でもちゃんと言付けはしてきました」

「そんなことだろうと思ったよ。だめだめ。ほら帰った帰った。アッカルド局長からも言われているんだよ。君が仕事をしに来たら追い返せってね」

 むぬぬ。セストめ余計なことを。
 せっかくここまで来たのに、この書類の山を目の前にして退散などできるものか。

「わかりました、室長。これだけ片付けたら帰ります」

「あのね、ロザリア」

「大丈夫です。お気遣いなく」

 ロザリアは書類を持ち、ペアーノ室長がこれ以上何か言う前に急いで整理棚の方へ隠れた。手早く書類をそれぞれの棚へと分類していく。無心になって手を動かした。

 ものの一時間ほどで書類の山は大方片付いた。最後の一枚を棚になおし、「よしっ」とロザリアは満足げに頷いた。

「何がよしっだ。こんなところで何をしている?」

 背後から冷たい声をかけられ、恐る恐る振り向く。そこには腰に手を当て仁王立ちをしたセストがいて、緑眼を細めてロザリアを見下ろしていた。

「え、えーっと。ちょっとした散歩? みたいな?」

「ほう。おまえは散歩で王宮内のこんなところまでやってくるのか」

「どこまで歩くかはその人次第だわ」

「馬車で乗り付けて散歩とはよく言った」

「……参りました」

 知っていたのなら始めからそう言えばいいものを。意地悪なセストだ。

「おまえ、静養という意味が何なのかわかっているのか?」

「わかっています。どうかお気遣いなく。わたしはもう元気ですので」

「そのようだな」

 つと、セストは距離を詰めると、さらりとロザリアの前髪を指先に絡めた。

「あまり心配させるな。傷はちゃんとテオに見せるんだぞ。渡された薬も忘れるな」

「わ、わかった……」

 無駄に色気のあるセストに、ロザリアはこくこくと頷いた。その様子がおかしかったのか。セストはそんなロザリアを見てふっと笑う。

「まぁそれだけ口も回るなら大丈夫そうだな。それなら一つ、これから補佐役の仕事を手伝ってくれるか?」

「もちろんです。喜んで。―――あ、ペアーノ室長に断ってきますね」

 ほとんどの書類は片付け終わった。セストの補佐役の仕事に戻ることをペアーノ室長に告げると、室長はセストを見て「わかりました」と頷いた。

「ただ病み上がりですのでお手柔らかにお願いしますよ」

「わかっているさ。王都に行くので、帰りは屋敷まで送っていこう。カルテローニ男爵にはそう伝えてくれるか?」

「わかりました」

 ペアーノ室長の言葉を聞くと、セストはロザリアの手首をつかみ、ペアーノ室長に片手を上げた。

「ではまた」

 その瞬間、足元に黒い穴が現れ、黒々と渦を巻く穴にセストもろとも吸い込まれた。

「きゃーっ!」











 セストとロザリアがその穴に吸い込まれると、床は元通りになり、ロザリアの悲鳴だけを残して、魔事室はまたいつもの静けさを取り戻した。
 
「室長。この案件ですがね……」

 魔事室の事務員は、何事もなかったかのように、手にした書類について室長に意見を求めた。
 魔法に慣れたこの世界の人々にとっては、少しぐらいの不思議は日常茶飯事で、特に気に留めることでもなかった。











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