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第三章 好きなのかもしれない
気がつけば朝
窓から差し込む陽の光に、ロザリアは目を覚ました。天蓋付きのベッドに、レースをあしらったカーテンが揺れている。置かれたテーブルにもソファにも、どこか凝った装飾が施され、可愛らしい雰囲気のものばかりだ。
「えっと……。あれ?」
身を起こし、着ている寝間着まで胸元にレースがあることに気がつき、
「やだ、わたしってば。何このラブリーなの」
基本シンプルな服装ばかりなのに、どうしてこんなフリフリのものを。おかしくてつい笑いが漏れ、ふと触れた、胸元にかかった髪が山吹色でまた驚いた。
そこでロザリアはぱちぱちと目を瞬いた。
母のジュリエッタの趣味で揃えられた調度類が並んだ部屋、レースをあしらった可愛らしい寝間着。
「そっか……」
わたしは今、ロザリア・カルテローニだった。
なぜか記憶が混濁している。
そういえば、昨日はどうやって帰ってきたのだったろうか。昼からセストと王都へ魔石の調査に行った。カフェでサンドイッチを食べ、全焼した家屋で残った火石を調べ、その家屋の持ち主と会った。
セストは火石の入手先を聞き出し、次に火石でやけどを負った人に会いに行き、そこでも火石の入手先を聞いた。
そうやって数件、火石の暴発事故にあった人を訪ねて歩き、入手ルートを辿った。
結論から言うと、入手先はみな見事にバラバラだった。王都には、魔石を扱う店が数十軒ある。ある特定の店から仕入れたものなら、火石に暴発を起こさせるような魔力が施された経緯がわかるかと思ったけれど、そう簡単にはいかなかった。
「ああ、そうだった……。思い出した」
暴発事故にあった人を訪ね歩いている内に、だんだん気持ち悪くなってきたのだった。火事現場で見た、火石の揺らめきのせいだ。あの直後は、魔力酔いなんて自分には関係のない話だと思っていたのに。
それでも仕事中だと思うと気分の悪いことは言い出せず、時間の許す限り事故調査に回った。最後の数件はどんな人に会ったのか、どんな話をしたのか、まるで覚えていない。
「おい、大丈夫か」とセストに聞かれたことはぼんやりと覚えている。それにも答えられないほど気持ち悪くて、乗り物酔いにも似て吐きそうで……。
そういえば吐いたかもしれない。さーっと血の気が引いた。往来のど真ん中で吐くわけにはいかないと、なんとか側溝まで走っていって顔を突っ込んで……。
その時セストはどうしていただろうか。大丈夫かと背中を擦られたような気もする。ということは、吐いたものや、あのもどしたときの、すえた独特な匂いもあったことだろう。
最悪だ。ほんと最悪だ。はぁと大きなため息が漏れた。
自己嫌悪の極致に陥ったロザリアの感傷を吹き飛ばすように、その時部屋の扉が開いて、母のジュリエッタが入ってきた。ベッドの上にちょこんと座るロザリアに、ジュリエッタは「ロザリア~」と駆け寄ってきた。
「大丈夫? もう気持ち悪さはない?」
ジュリエッタは、サイドテーブルに置かれた水差しからコップへと水を注ぐと、ロザリアに差し出してくれる。
ロザリアは「ありがと」と礼を言い、水を飲み干した。胸のむかつきはおさまっている。まだ少し頭は痛いが、我慢できないほどではない。
「まだ少し辛そうね。もう少し横になっていなさいな。今日は当然お仕事はお休みね。大体、昨日だってまだ家で静養しているはずだったのよ。それが家に帰ったら、執事には、ロザリアは仕事に行ったって言われて」
「それは謝ります。でも大丈夫です。もう気持ち悪さはなくなったから」
するとジュリエッタは目を三角にしてロザリアをベッドに押し込めた。
「母を心配させないで。またぶり返すこともあるんだから。今日はベッドで大人しくしていなさい。わかったわね」
「……はい」
胸元まで上掛けをかけられ、埋もれた布団の中からロザリアはジュリエッタを見上げた。
「あの……。昨日わたしって、どうやって帰ってきたの?」
恐る恐る聞くと、ジュリエッタは「まぁ」と今度は目を丸くした。
「覚えてないの?」
「うん。全く」
「……そうなの」
ジュリエッタはあらーというように天を仰ぎ、さらりとロザリアの前髪を梳いた。
「いい、よく聞くのよ。昨日はあなた、セスト様に抱っこされて帰ってきたわよ」
「セストに抱っこ……」
さぁと再びロザリアは血の気が引いた。とにかく気持ち悪くて頭が痛くて、吐いたあとは全く覚えていない。けれど、こうして無事に家のベッドに寝ているのだから、セストが運んでくれたのは間違いないのだろう。
ジュリエッタは、今更青くなっているロザリアに、「しょうがない子ね」と苦笑しながら、
「セストは、お父様と私に丁寧に頭を下げてきたわよ。自分の不注意でお嬢様に魔力酔いを起こさせてしまった。申し訳ございませんってね。ちゃんと王宮の医務室でテオ様に診せてから、家まで送ってきてくださったの。それでこの部屋のベッドまで運んでくださったのよ」
「……セストに迷惑かけたんだね」
意気消沈するロザリアを見下ろし、ジュリエッタは「あのね」と優しく続けた。
「ロザリアにはセストを射止めてしまいなさいなんて言ったけれど、セストというと、女性との浮名が絶えない方だから、正直あなたにはセストは無理かなとも思っていたのよ。けれど、とっても誠実な人じゃないの。噂とは全然違って、私びっくりしちゃったわ」
案外セストは本気であなたのこと好きなのかもしれないわよとジュリエッタはウィンクしてみせた。
「ロザリアお姉様、起きてる?」
軽く朝食を食べ、少し微睡んでいるところへ妹のアーダが部屋に入ってきた。
「うん、起きてるよ」と身を起こすと、「これ食べて」とりんごを差し出された。皮剥きのあとがガタガタで、苦労のあとがうかがえる。使用人には頼まず、アーダ自ら剥いてくれたのだろう。
「剥いてくれたんだね。ありがと」
目端はきくが、不器用なところがあるアーダが一生懸命ロザリアのために慣れないナイフを使ってくれたのだろう。受け取るとアーダは、「お姉様、これ好きでしょ」と言いながら、照れ隠しなのかふいっと横を向く。
「うん、好きだよ」
隠した頬が少し赤い。それでもロザリアがりんごを食べて、「おいしいよ、ありがと」と言うと、嬉しそうな笑顔を向けた。
「ねぇねぇ、ロザリアお姉様。セスト様とくっついちゃえば?」
昨日、セストに姫抱っこされて帰ってきたところを、アーダも目撃したらしい。
「とっても素敵な方じゃない。わたし、セスト様を初めて見たんだけれど、あーんなにかっこいいなら、もう何でもありなんじゃない?」
「何でもありって……」
ロザリアは苦笑した。
「わたしにはセストは無理だよ。あんな美男子、ずっと一緒にいたら身がもたない」
「そんなこと言って。お姉様だって十分美人なんだから、釣り合いは取れてるわよ」
「でもほら、わたしって地味だし。アーダやフランカお姉様みたいには、どうやったって上手くできないから」
「でもお母様に一番似ているのはロザリアお姉様だって知ってた? わたしとフランカお姉様は、目がお父様に似てるのよね。ロザリアお姉様は、瞳の色は誰に似たのか不思議な色だけれど、形やくっきりとした縁取りのある大きな瞳は、お母様にそっくりよ」
だからね、とアーダは続ける。
「三姉妹の中で、実は一番美人なのはロザリアお姉様なんだから。お父様の目は少し垂れ目で、わたし鏡を見るたびお母様に似たかったって思うんだから」
「それだけかわいいのに、何言ってるの」
アーダが鏡とにらめっこしている様子を想像してロザリアは笑った。白い頬をぷくっと膨らませている顔が、頭に浮かぶ。
かわいいなと思って、アーダの頭を撫でると、アーダはえへへと照れくさそうに笑った。
「だからね、お姉様。お姉様はもっと自分に自信を持てばいいのよ。それで、セスト様と、本の中に書いてあるようなこと、たくさんすればいいのよ」
「……ごほっ」
ロザリアは食べていたりんごを喉につまらせ、とんとんと胸を叩いた。アーダは、しょうがないお姉様と言って水を差し出してくれる。
「お姉様ってば、ああいう本は好きなくせに、現実のこととなるとまるでだめね」
さっきまではかわいかったのに、突如十五歳とは思えない顔をして、アーダはやれやれとため息をつく。
「でもほら、お話の中のことと、現実のこととは違うから」
「それはそうよ。現実の方がもっと素敵に決まってるわ」
だってわたし達、今生きてるんだからとアーダは言った。
「えっと……。あれ?」
身を起こし、着ている寝間着まで胸元にレースがあることに気がつき、
「やだ、わたしってば。何このラブリーなの」
基本シンプルな服装ばかりなのに、どうしてこんなフリフリのものを。おかしくてつい笑いが漏れ、ふと触れた、胸元にかかった髪が山吹色でまた驚いた。
そこでロザリアはぱちぱちと目を瞬いた。
母のジュリエッタの趣味で揃えられた調度類が並んだ部屋、レースをあしらった可愛らしい寝間着。
「そっか……」
わたしは今、ロザリア・カルテローニだった。
なぜか記憶が混濁している。
そういえば、昨日はどうやって帰ってきたのだったろうか。昼からセストと王都へ魔石の調査に行った。カフェでサンドイッチを食べ、全焼した家屋で残った火石を調べ、その家屋の持ち主と会った。
セストは火石の入手先を聞き出し、次に火石でやけどを負った人に会いに行き、そこでも火石の入手先を聞いた。
そうやって数件、火石の暴発事故にあった人を訪ねて歩き、入手ルートを辿った。
結論から言うと、入手先はみな見事にバラバラだった。王都には、魔石を扱う店が数十軒ある。ある特定の店から仕入れたものなら、火石に暴発を起こさせるような魔力が施された経緯がわかるかと思ったけれど、そう簡単にはいかなかった。
「ああ、そうだった……。思い出した」
暴発事故にあった人を訪ね歩いている内に、だんだん気持ち悪くなってきたのだった。火事現場で見た、火石の揺らめきのせいだ。あの直後は、魔力酔いなんて自分には関係のない話だと思っていたのに。
それでも仕事中だと思うと気分の悪いことは言い出せず、時間の許す限り事故調査に回った。最後の数件はどんな人に会ったのか、どんな話をしたのか、まるで覚えていない。
「おい、大丈夫か」とセストに聞かれたことはぼんやりと覚えている。それにも答えられないほど気持ち悪くて、乗り物酔いにも似て吐きそうで……。
そういえば吐いたかもしれない。さーっと血の気が引いた。往来のど真ん中で吐くわけにはいかないと、なんとか側溝まで走っていって顔を突っ込んで……。
その時セストはどうしていただろうか。大丈夫かと背中を擦られたような気もする。ということは、吐いたものや、あのもどしたときの、すえた独特な匂いもあったことだろう。
最悪だ。ほんと最悪だ。はぁと大きなため息が漏れた。
自己嫌悪の極致に陥ったロザリアの感傷を吹き飛ばすように、その時部屋の扉が開いて、母のジュリエッタが入ってきた。ベッドの上にちょこんと座るロザリアに、ジュリエッタは「ロザリア~」と駆け寄ってきた。
「大丈夫? もう気持ち悪さはない?」
ジュリエッタは、サイドテーブルに置かれた水差しからコップへと水を注ぐと、ロザリアに差し出してくれる。
ロザリアは「ありがと」と礼を言い、水を飲み干した。胸のむかつきはおさまっている。まだ少し頭は痛いが、我慢できないほどではない。
「まだ少し辛そうね。もう少し横になっていなさいな。今日は当然お仕事はお休みね。大体、昨日だってまだ家で静養しているはずだったのよ。それが家に帰ったら、執事には、ロザリアは仕事に行ったって言われて」
「それは謝ります。でも大丈夫です。もう気持ち悪さはなくなったから」
するとジュリエッタは目を三角にしてロザリアをベッドに押し込めた。
「母を心配させないで。またぶり返すこともあるんだから。今日はベッドで大人しくしていなさい。わかったわね」
「……はい」
胸元まで上掛けをかけられ、埋もれた布団の中からロザリアはジュリエッタを見上げた。
「あの……。昨日わたしって、どうやって帰ってきたの?」
恐る恐る聞くと、ジュリエッタは「まぁ」と今度は目を丸くした。
「覚えてないの?」
「うん。全く」
「……そうなの」
ジュリエッタはあらーというように天を仰ぎ、さらりとロザリアの前髪を梳いた。
「いい、よく聞くのよ。昨日はあなた、セスト様に抱っこされて帰ってきたわよ」
「セストに抱っこ……」
さぁと再びロザリアは血の気が引いた。とにかく気持ち悪くて頭が痛くて、吐いたあとは全く覚えていない。けれど、こうして無事に家のベッドに寝ているのだから、セストが運んでくれたのは間違いないのだろう。
ジュリエッタは、今更青くなっているロザリアに、「しょうがない子ね」と苦笑しながら、
「セストは、お父様と私に丁寧に頭を下げてきたわよ。自分の不注意でお嬢様に魔力酔いを起こさせてしまった。申し訳ございませんってね。ちゃんと王宮の医務室でテオ様に診せてから、家まで送ってきてくださったの。それでこの部屋のベッドまで運んでくださったのよ」
「……セストに迷惑かけたんだね」
意気消沈するロザリアを見下ろし、ジュリエッタは「あのね」と優しく続けた。
「ロザリアにはセストを射止めてしまいなさいなんて言ったけれど、セストというと、女性との浮名が絶えない方だから、正直あなたにはセストは無理かなとも思っていたのよ。けれど、とっても誠実な人じゃないの。噂とは全然違って、私びっくりしちゃったわ」
案外セストは本気であなたのこと好きなのかもしれないわよとジュリエッタはウィンクしてみせた。
「ロザリアお姉様、起きてる?」
軽く朝食を食べ、少し微睡んでいるところへ妹のアーダが部屋に入ってきた。
「うん、起きてるよ」と身を起こすと、「これ食べて」とりんごを差し出された。皮剥きのあとがガタガタで、苦労のあとがうかがえる。使用人には頼まず、アーダ自ら剥いてくれたのだろう。
「剥いてくれたんだね。ありがと」
目端はきくが、不器用なところがあるアーダが一生懸命ロザリアのために慣れないナイフを使ってくれたのだろう。受け取るとアーダは、「お姉様、これ好きでしょ」と言いながら、照れ隠しなのかふいっと横を向く。
「うん、好きだよ」
隠した頬が少し赤い。それでもロザリアがりんごを食べて、「おいしいよ、ありがと」と言うと、嬉しそうな笑顔を向けた。
「ねぇねぇ、ロザリアお姉様。セスト様とくっついちゃえば?」
昨日、セストに姫抱っこされて帰ってきたところを、アーダも目撃したらしい。
「とっても素敵な方じゃない。わたし、セスト様を初めて見たんだけれど、あーんなにかっこいいなら、もう何でもありなんじゃない?」
「何でもありって……」
ロザリアは苦笑した。
「わたしにはセストは無理だよ。あんな美男子、ずっと一緒にいたら身がもたない」
「そんなこと言って。お姉様だって十分美人なんだから、釣り合いは取れてるわよ」
「でもほら、わたしって地味だし。アーダやフランカお姉様みたいには、どうやったって上手くできないから」
「でもお母様に一番似ているのはロザリアお姉様だって知ってた? わたしとフランカお姉様は、目がお父様に似てるのよね。ロザリアお姉様は、瞳の色は誰に似たのか不思議な色だけれど、形やくっきりとした縁取りのある大きな瞳は、お母様にそっくりよ」
だからね、とアーダは続ける。
「三姉妹の中で、実は一番美人なのはロザリアお姉様なんだから。お父様の目は少し垂れ目で、わたし鏡を見るたびお母様に似たかったって思うんだから」
「それだけかわいいのに、何言ってるの」
アーダが鏡とにらめっこしている様子を想像してロザリアは笑った。白い頬をぷくっと膨らませている顔が、頭に浮かぶ。
かわいいなと思って、アーダの頭を撫でると、アーダはえへへと照れくさそうに笑った。
「だからね、お姉様。お姉様はもっと自分に自信を持てばいいのよ。それで、セスト様と、本の中に書いてあるようなこと、たくさんすればいいのよ」
「……ごほっ」
ロザリアは食べていたりんごを喉につまらせ、とんとんと胸を叩いた。アーダは、しょうがないお姉様と言って水を差し出してくれる。
「お姉様ってば、ああいう本は好きなくせに、現実のこととなるとまるでだめね」
さっきまではかわいかったのに、突如十五歳とは思えない顔をして、アーダはやれやれとため息をつく。
「でもほら、お話の中のことと、現実のこととは違うから」
「それはそうよ。現実の方がもっと素敵に決まってるわ」
だってわたし達、今生きてるんだからとアーダは言った。
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