魔の森の奥深く

咲木乃律

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第三章 好きなのかもしれない

仕事に復帰しました

「やぁロザリア。復帰したんだね。おや、今日は補佐役の仕事はしなくていいのかい?」

「おはようございます、ペアーノ室長。長い間お休みをいただきありがとうございました。今日はセストは狩りの護衛訓練をするそうで、わたしは仕事場に戻ってもいいと言われまして」

 ロザリアは同僚達にも挨拶をし、ペアーノ室長から書類の束を受け取ると席についた。
 いつもの魔事室の部屋だ。黒妖犬の怪我から魔力酔いと立て続けに被ったおかげで、結局ロザリアは一週間も仕事を休んだ。
 本当はもっと早くに復帰したかったのだけれど、これ以上、家族に心配をかけることもできない。もともと与えられていた静養三日に加え、更に一日大事を取って休み、今日久しぶりに仕事場に来た。

 まずはセストの執務室に出向き、今日の仕事をもらおうと思ったら、セストは出かける準備をしており、今から王都の郊外まで行き、狩りの際の魔法士たちの配置の確認や、訓練を行うと言う。
 これからしばらくは外での訓練が続くそうで、ひとまずロザリアは魔事室の仕事に戻るようにと言われた。

 ロザリアは席につくと早速書類の整理にとりかかった。久々の魔事室での仕事は充実していた。手元の書類を案件ごとに棚へ仕分けしていく作業は無心になれる。
 昼休憩を挟み、ロザリアは一日仕事に没頭し、ペアーノ室長に「もう終業時刻だよ」と呆れたように言われるまで時間も忘れていた。

「あ、そうだロザリア」

 机上を片付けていると、ペアーノ室長が呼び止めた。

「はい。何でしょう」

「帰りがけに魔法防衛局の方へ、魔石事故の統計を報告に言っといてくれるかな」

 資料はこれね、と室長はロザリアの手に更に資料を載せる。

「わかりました。ご苦労様でした」

「頼むね」

 室長はひらひらと片手を振り、自分のデスクに戻っていった。










 魔法防衛局に魔石事故の報告をあげるということは、つまりそこの局長であるセストに報告書を手渡すということだ。
 訓練からもう戻っているのだろうか。そう思いながら執務室の扉をノックすると、中から「どうぞ」とセストの声が返ってきた。

 ロザリアが「失礼します」と入っていくと、執務机の書類の山の間から、セストが顔を出した。

「お戻りでしたか」

「少し前にな」

「魔石事故の報告書をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。そこら辺に置いといてくれ」

 置いといてくれと言われても、執務机の上は大賑わいだ。応接セットのローテーブルか、もしくはキャビネットの上へ置こうかと、適当な場所を探してきょろきょろ室内を見回していると、セストがひょいっと手を差し出した。

「やっぱりこちらにもらっておこう」

「はい」

 ロザリアが差し出されたセストの手に書類を載せると、セストはもう片方の手でロザリアの手首を掴み、自分の方へぐいっと引っ張った。

「なっ……」

 バランスを崩したロザリアは、執務机の書類の山にぶつかり、山は派手な音を立てて崩壊した。そんなことにはお構いなしに、セストは引き寄せたロザリアの後頭部に手を当てると顔を近づけ、あっと思う間もなく唇が重なった。

 セストは軽く口づけるとすぐにロザリアを解放し、執務机の椅子に落ち着く。と同時に落ちた書類の山が元通り机の上に積み重なっていった。

「いきなりやめてください」

 ロザリアが抗議すると、セストはにやにや笑ってロザリアを見上げた。

「いきなりじゃなかったら、いいってことか?」

「なっ…、別にそういう意味じゃあ…」

「怪我してる時は、俺にキスを求めてかわいかったのにな。薬を飲まなくてもよくなったとたん、距離を置こうとする。寂しいことだよ」

「別にそんなつもりはありません。―――あ、そうだ」

 ロザリアは大事なことを思い出し、鞄から包みを取り出した。

「お借りした服をお返ししないと」

 セストの屋敷からそのまま着て帰ってきた白いワンピースとショールだ。セストは受け取ると、無造作にその辺に置いた。

「返さなくともよかったんだがな」

「そんなわけにはいきません。どなたかの物なんでしょう?」

「どなたかって……。ああ、なるほどね」

 セストはにやにやして腕を組み、チェアの背にもたれてロザリアを見上げた。

「女物が俺の屋敷にあるから、俺の女のものだとでも思ったのか?」

 全くの図星だった。ロザリアは平静を装おうと思ったが、アーダとそのことを話している時、泣いてしまったことを思い出し動揺を隠せなかった。

 するとセストは椅子から立ち上がるとロザリアのもとまで大股で歩いてきてロザリアの腕を引いた。あっと思う間もなくセストの腕に囲われた。

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ、ロザリア。あれは俺の妹の物だ。時々泊まりに来るから、用意して置いているだけだよ」

「妹さん? 妹がいるの?」

「ああ。五つ年下の生意気な妹だ。だから心配することはないよ」

「別に心配なんてしていません。興味もないですし」

「話し方が敬語に戻ってるぞ。敬語はいらない。言ったはずだ」

「お仕事中ですから」

「今は違う。そうだろう?」

 セストはロザリアの頬を両手で包み込み、顔を上向かせた。セストの唇が落ちてきて、ロザリアは慌てて顔を背けた。

「えっと、あの、そういえば、火石事故について、あれから何か進展はありましたか?」

 ドキドキしながらセストの腕から抜け出し、ロザリアは思い出した火石事故のことを持ち出した。静養で仕事から離れ失念していたが、そもそも魔力酔いを起こすきっかけとなった火石事故の調査はまだ中途半端なままだ。
 今日の書類でも、火石関連の事故は頻出していた。

「あの件ならもう片が付いた」

「そうなのですか? あの時の話では、行き着く先が問題だっておっしゃってましたよね」

「言ったかな、そんなこと」

「言いましたよ」

「じゃあまぁそのことは忘れてくれ」

 忘れてくれと言われれば、かえって気になるのが人のさがだ。

 ロザリアは翌日、報告書の整理がてら、ここ最近の火石関連の事故を全て洗い出してみようと思った。全て、というと大変なようだが、火石関連の事故はもともとひとつの棚にまとまっている。
 さほど大変な作業ではない。全て一覧にまとめてみた。こういう時、パソコンがないのがつらい。
 ロザリアは事故の起こった日時、場所、どのような事故だったのかを、表にして紙に書き出した。ついでに先日調べた火石の入手先も書き加え、昼食時になる頃には一覧表が出来上がった。

 何か共通性はないものだろうか。

 並んだ日付や時刻、場所を目で追うが、そこに共通したものは見いだせない。火石の入手先は、先日調べた分のみだが、数件調べただけでも入手先はばらばらだったので、そこにも共通したものはないだろう。
 けれど―――。
 入手先もばらばらの場所から、となると火石に暴発を起こさせる人為的な魔力がかけられたのは、魔石を取り扱う店へ卸される前。つまり火石がまず集められ場所、魔石収集室で、ということになる。
 もし魔収室でそのようなことが行われているのだとしたら、これは大変なことだ。国の機関が、国民を危険に晒すようなことを行っているのだから。そんなことをして、一体誰が得をするというのだろう。

 ロザリアは腕を組んで一覧表とにらめっこをした。けれどそんなことで答えがわかるはずもなく、虚しくお腹が空腹を訴えた。

「難しい顔してどうしたんだい」

 お昼休憩行っといで、とペアーノ室長が声をかけてくる。その視界に机上の一覧表が目に入ったようで、「なんだい、これ」と紙を取り上げた。

「火石関連の事故をまとめたのか。よくできているな。アッカルド局長に頼まれた?」

「いえ、その。セストにはもう片が付いたと言われたんですが」

「そう。だったらどうしてだ?」

 ペアーノ室長は、一覧表をロザリアに返しながら、「あまり余計なことに首を突っ込むのは感心しないな」と釘を刺す。

「……すみません」

 しおらしく謝るとペアーノ室長は苦笑した。

「いや、少し強く言い過ぎたかな。局長がもういいと言ったんなら、ロザリアは関わらないほうがいいと思ったまでなんだよ。局長は、君を巻き込みたくないのかもしれないと思ってね」

「そんなに、危険な話なんですか?」

 確かに、火石の暴発に魔収室が関わっているのなら、大事に発展する可能性はある。行き着く先が問題だとも言っていた。巻き込みたくないとセストが配慮してくれたのなら、ロザリアは手を出すべきではない。

「局長はね、ロザリアが思っている以上に君のことを気にかけているんだよ。局長がそう言うなら、ロザリアはこの件は忘れたほうがいい。魔力酔いを起こさせたことにも局長は責任を感じていたしね」

 ところでね、とペアーノ室長は手をぽんと打った。

「一角獣狩りの日取りが正確に決まったよ。神殿の方から、狩りの出発に相応しい吉日があがってきてね。今日各部署に通達があったんだ。局長からも、君に伝えておいてくれって頼まれてね」

 ペアーノ室長は約3ヶ月後の出発日程をロザリアに告げた。

「あの、それってやっぱりわたしも同行することになるんですよね……」

 狩りに向け、セストの補佐役を拝命したのだから、おそらく狩りに同行することになるのだろうとは思っていたが、セストからは何も聞いていない。
 恐る恐る尋ねると、ペアーノ室長は「そうなるね」と頷いた。

「あの、どれくらいの間、魔の森へ行くことになるんでしょう……」

 あまり長く魔事室の仕事を離れたくなかった。あくまでロザリアの本業はこの魔事室での仕事だ。一生働いていきたいと思っている。あまり長く離れると、仕事がなくなるのではと心配になる。

「どのくらいって……。そうだな…」

 ペアーノ室長は考えながら、

「期間は狩りの状況によって変わってくるからね。予定数の角が手に入るまで続けられるから、どうだろう。一月ほどで終わることもあるし、もっと長いこともある。過去には一年ほどかかったこともあるようだよ。今回がどうなるのか、私にはわからないな……」

「――あの、ちょっと待って下さい」

 室長の指がどんどん折られていく。ロザリオはたまらず話を遮った。

「わたし、そんなに長く魔事室を離れることになるかもしれないんですか? 一月でも長いのに、一年って」

「それは極端な話だよ。大抵は一月あまりで片がつくようだよ」

「……だったらいいんですけど」

「こちらの仕事は心配しなくていいから、気にせずセストの補佐役に専念しといで。大丈夫。君の席は一年経とうが二年経とうが必ず残しておくから」

 ロザリアの心配していることは室長にもわかっていたようだ。
 ロザリアが室長の言葉にほっと胸を撫で下ろすと、ペアーノ室長は、「まぁそんな顔しないで」とロザリアを宥め、

「魔の森から戻れば、局長の補佐役もお役御免になるから、それまではよろしく頼むよ」

「かしこまりました。精一杯つとめさせていただきます」

 

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