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第四章 セストの秘密
僕のだぞ
「どうした、浮かない顔だな」
宴席の場がくだけ出し、酒盃片手に席を立つ者が出始めた頃合で、ロザリアは大広間を出た。初日からの狩りの大成功に、杯はまだまだすすみそうだ。
賑やかな大広間から出て廊下を歩いていると、後ろからセストが追いかけてきた。ロザリアの顔を見て、うかがうように放たれた言葉に、ロザリアは首を振った。
「……別に、浮かない顔なんてしてないよ。元々こういう顔」
みんながお祝いムードの中、一人だけ仏頂面でいるわけにもいかない。
「狩りが上手くいってよかったなって、そう思ってるだけ」
「うそつけ。とてもそんな顔には見えないぞ」
セストは大股で近づいてくると、迷いなくロザリアの腕をとる。抗議の声を上げる間もなく広い胸に抱きしめられた。セストはロザリアの憂い事を迷いなく言い当てた。
「心配するな。ああ見えて、奴らは頑丈にできているんだ。角を切られたくらいでは死にはしない。十年も経てば元通りになるさ」
「十年もかかるの?」
ロザリアは思わず顔を上げた。セストは一旦体を離すと腰をかがめ、ロザリアの目をのぞきこんだ。
「そりゃあれだけ立派な角なんだ。それくらいはかかるさ」
「……ほんとに切っても大丈夫? ちゃんと生えてくるところを、セストは見たことがあるの?」
「ああ、もちろんさ。あいつら自分達で争う時も、あの角をぶつけ合って闘うんだ。角が折れた方が負け。しばらくの間は、角のない不格好な姿になるが、元通りになれば何事もなかったかのように闊歩してるぞ」
「そうなんだ……」
一角獣の角が、この国の多くの人々を救う現実があることは知っている。彼らの角がなければ王都は都としての機能を失う。魔の森から流れてくる毒素を含んだ水を利用している王都で、誰一人としてその恩恵を受けていないものはいない。ロザリアだって例外ではない。
家畜を食べているのと同じで、きれいごとだけを言うつもりはない。ただ、目の前で繰り広げられた生々しい狩りに、気持ちがついていかないだけだ。
「わたしって、結構わがままだよね」
角の恩恵に預かっておきながら、不都合なことには目をつむり、狩りは目にしたくないなんて。一角獣の大事な角を奪う行為に、正当性なんてない。自分達の利のために行う行為だ。
ロザリアがそう言うと、セストはロザリアの両頬を両手で包み込んだ。
「そう難しく考えすぎるな。そういう現実があると知った上で、傲慢さを捨て、感謝の気持ちを忘れなければそれでいいんじゃないか?」
「……セストがまともなことを言ってる…」
セストはふっと笑うと、顔を傾け、ロザリアに口付けた。
ロザリアも吸い寄せられるように口を開き、自然とセストを受け入れていた。
誰もいない廊下で、ロザリアはセストと抱き合って何度もキスを交わした。
「なぁ、ロザリア。このままベッドに行かないか? ロザリアを抱きたい」
「あの、えっと…」
ストレートな誘いに、ロザリアは慌ててセストから体を離した。
「明日もほら、早朝から狩りがあるし。その…」
「嫌だとは言わないんだな」
セストは笑いながらロザリアを引き寄せ、胸に抱きしめた。セストの鼓動が聴こえた。
「なぁ、いいだろう? 明日の狩りに響かないよう、ほどほどにしといてやるから。な?」
「だめーっ!」
その時、セストとロザリアの間に割って入った声があった。
廊下の先に昨日のチーロが居た。
チーロは、だっと走ってくるとセストとロザリアの間に体を押し込み、両手を広げて二人を引き離した。
「こいつは僕のだぞ。セストおまえ、離れろ!」
チーロの口からセストの名が飛び出した。ロザリアは驚いてセストを見上げた。
「セストはチーロくんと知り合いなの?」
すると今度はセストが驚いたようにロザリアを見た。
「ロザリアこそ、なんでこいつのことを知っているんだ?」
はたとセストと見つめあうと、チーロはロザリアに抱きついてきた。
「なんだよ、セスト。勝手にロザリアに近づくな。こいつは僕のだからなっ」
「えっと、あの、チーロくん?」
昨日は怒って帰ってしまったのに、今日はまたどうして。ロザリアが物問いたげにチーロを見下ろすと、チーロはバツが悪そうに顔をうつむけた。
「昨日はその、……悪かった。謝ろうと思って。それから転、――っ」
「―――わっー!」
ここで昨日の話をされてはたまらない。ロザリアは慌ててチーロの口をふさぐと、ずるずるとチーロを引きずってセストから離れた。
「あ、あのね。チーロくん。転生の話はその、誰にも言わないでいてくれる?」
こそこそとチーロに耳打ちすると、チーロは「当たり前だ」と言い、
「でもさ、大体のことはセストは知ってるぞ?」と言う。
「え?」
ロザリアは絶句した。
セストがロザリアは転生者だと知っている? そんなまさか。
「だってあいつは、ディーナの恋人だったんだぞ。第一、ロザリアが転生をしたのは、セストがかけた転生魔法のせいなんだからな」
「なに、それ……」
ロザリアの足先、指先から血の気が引いていった。よほど蒼白な顔をしていたのだろう。チーロが心配そうにこちらを見上げる。
「知らなかったのか?」
「……うん、知らなかった…」
「なんだよあいつ。そんなことも話してないのかよ」
チーロはちっと舌打ちし、「おい、セスト」と離れたところに残されていたセストを呼び寄せた。
「なぁ、おまえちゃんとロザリアに説明してないのかよ。それってひどくないか? 黙ってロザリアに近づくなんて、卑怯者のすることだぞ」
チーロの言葉に、大方の状況は察したのだろう。セストは緑眼を冷たく眇めてチーロを見た。
「何を話し、話さないかは俺の自由だ」
そしてちらりとロザリアの様子をうかがってくる。その態度一つで、チーロの語ったことが真実なのだとロザリアは確信した。
チーロは呆れたようにセストを見上げた。
「はっ、なんだよそれ。勝手だな。大体な、ディーナが見つかったんなら、僕に知らせるのが当たり前だろ。一体いつ見つけたんだよ」
「一年ほど前だ」
「ほんとかよ。隠しているなんてずるいぞ」
チーロはひしとロザリアに抱きついた。その肩をロザリアは引き剥がした。チーロが、なに?というように不思議そうな顔をする。
「……全部、」
ロザリアは震えそうになるのを抑えながら、声を絞り出した。
「全部、説明して。セスト。ちゃんと説明して」
「あのな、ロザリア」
セストは言いながらロザリアに手を伸ばしてきた。ロザリアはその手をするりとかわした。信じてみようかと思い始めていた全てが、がらがらと音を立てて崩れていく。
きちんと話を聞くまでは、もう何も受け入れない。
そんな思いがセストにも伝わったのだろう。大きく息を吐き出すと、セストは「場所を移そう」と深緑のローブを翻した。
さっきまでセストと触れていた唇が、急速に熱を失っていく。あんなに近くにあると思っていたセストの全てが、霞のようにおぼろげに感じられた。
宴席の場がくだけ出し、酒盃片手に席を立つ者が出始めた頃合で、ロザリアは大広間を出た。初日からの狩りの大成功に、杯はまだまだすすみそうだ。
賑やかな大広間から出て廊下を歩いていると、後ろからセストが追いかけてきた。ロザリアの顔を見て、うかがうように放たれた言葉に、ロザリアは首を振った。
「……別に、浮かない顔なんてしてないよ。元々こういう顔」
みんながお祝いムードの中、一人だけ仏頂面でいるわけにもいかない。
「狩りが上手くいってよかったなって、そう思ってるだけ」
「うそつけ。とてもそんな顔には見えないぞ」
セストは大股で近づいてくると、迷いなくロザリアの腕をとる。抗議の声を上げる間もなく広い胸に抱きしめられた。セストはロザリアの憂い事を迷いなく言い当てた。
「心配するな。ああ見えて、奴らは頑丈にできているんだ。角を切られたくらいでは死にはしない。十年も経てば元通りになるさ」
「十年もかかるの?」
ロザリアは思わず顔を上げた。セストは一旦体を離すと腰をかがめ、ロザリアの目をのぞきこんだ。
「そりゃあれだけ立派な角なんだ。それくらいはかかるさ」
「……ほんとに切っても大丈夫? ちゃんと生えてくるところを、セストは見たことがあるの?」
「ああ、もちろんさ。あいつら自分達で争う時も、あの角をぶつけ合って闘うんだ。角が折れた方が負け。しばらくの間は、角のない不格好な姿になるが、元通りになれば何事もなかったかのように闊歩してるぞ」
「そうなんだ……」
一角獣の角が、この国の多くの人々を救う現実があることは知っている。彼らの角がなければ王都は都としての機能を失う。魔の森から流れてくる毒素を含んだ水を利用している王都で、誰一人としてその恩恵を受けていないものはいない。ロザリアだって例外ではない。
家畜を食べているのと同じで、きれいごとだけを言うつもりはない。ただ、目の前で繰り広げられた生々しい狩りに、気持ちがついていかないだけだ。
「わたしって、結構わがままだよね」
角の恩恵に預かっておきながら、不都合なことには目をつむり、狩りは目にしたくないなんて。一角獣の大事な角を奪う行為に、正当性なんてない。自分達の利のために行う行為だ。
ロザリアがそう言うと、セストはロザリアの両頬を両手で包み込んだ。
「そう難しく考えすぎるな。そういう現実があると知った上で、傲慢さを捨て、感謝の気持ちを忘れなければそれでいいんじゃないか?」
「……セストがまともなことを言ってる…」
セストはふっと笑うと、顔を傾け、ロザリアに口付けた。
ロザリアも吸い寄せられるように口を開き、自然とセストを受け入れていた。
誰もいない廊下で、ロザリアはセストと抱き合って何度もキスを交わした。
「なぁ、ロザリア。このままベッドに行かないか? ロザリアを抱きたい」
「あの、えっと…」
ストレートな誘いに、ロザリアは慌ててセストから体を離した。
「明日もほら、早朝から狩りがあるし。その…」
「嫌だとは言わないんだな」
セストは笑いながらロザリアを引き寄せ、胸に抱きしめた。セストの鼓動が聴こえた。
「なぁ、いいだろう? 明日の狩りに響かないよう、ほどほどにしといてやるから。な?」
「だめーっ!」
その時、セストとロザリアの間に割って入った声があった。
廊下の先に昨日のチーロが居た。
チーロは、だっと走ってくるとセストとロザリアの間に体を押し込み、両手を広げて二人を引き離した。
「こいつは僕のだぞ。セストおまえ、離れろ!」
チーロの口からセストの名が飛び出した。ロザリアは驚いてセストを見上げた。
「セストはチーロくんと知り合いなの?」
すると今度はセストが驚いたようにロザリアを見た。
「ロザリアこそ、なんでこいつのことを知っているんだ?」
はたとセストと見つめあうと、チーロはロザリアに抱きついてきた。
「なんだよ、セスト。勝手にロザリアに近づくな。こいつは僕のだからなっ」
「えっと、あの、チーロくん?」
昨日は怒って帰ってしまったのに、今日はまたどうして。ロザリアが物問いたげにチーロを見下ろすと、チーロはバツが悪そうに顔をうつむけた。
「昨日はその、……悪かった。謝ろうと思って。それから転、――っ」
「―――わっー!」
ここで昨日の話をされてはたまらない。ロザリアは慌ててチーロの口をふさぐと、ずるずるとチーロを引きずってセストから離れた。
「あ、あのね。チーロくん。転生の話はその、誰にも言わないでいてくれる?」
こそこそとチーロに耳打ちすると、チーロは「当たり前だ」と言い、
「でもさ、大体のことはセストは知ってるぞ?」と言う。
「え?」
ロザリアは絶句した。
セストがロザリアは転生者だと知っている? そんなまさか。
「だってあいつは、ディーナの恋人だったんだぞ。第一、ロザリアが転生をしたのは、セストがかけた転生魔法のせいなんだからな」
「なに、それ……」
ロザリアの足先、指先から血の気が引いていった。よほど蒼白な顔をしていたのだろう。チーロが心配そうにこちらを見上げる。
「知らなかったのか?」
「……うん、知らなかった…」
「なんだよあいつ。そんなことも話してないのかよ」
チーロはちっと舌打ちし、「おい、セスト」と離れたところに残されていたセストを呼び寄せた。
「なぁ、おまえちゃんとロザリアに説明してないのかよ。それってひどくないか? 黙ってロザリアに近づくなんて、卑怯者のすることだぞ」
チーロの言葉に、大方の状況は察したのだろう。セストは緑眼を冷たく眇めてチーロを見た。
「何を話し、話さないかは俺の自由だ」
そしてちらりとロザリアの様子をうかがってくる。その態度一つで、チーロの語ったことが真実なのだとロザリアは確信した。
チーロは呆れたようにセストを見上げた。
「はっ、なんだよそれ。勝手だな。大体な、ディーナが見つかったんなら、僕に知らせるのが当たり前だろ。一体いつ見つけたんだよ」
「一年ほど前だ」
「ほんとかよ。隠しているなんてずるいぞ」
チーロはひしとロザリアに抱きついた。その肩をロザリアは引き剥がした。チーロが、なに?というように不思議そうな顔をする。
「……全部、」
ロザリアは震えそうになるのを抑えながら、声を絞り出した。
「全部、説明して。セスト。ちゃんと説明して」
「あのな、ロザリア」
セストは言いながらロザリアに手を伸ばしてきた。ロザリアはその手をするりとかわした。信じてみようかと思い始めていた全てが、がらがらと音を立てて崩れていく。
きちんと話を聞くまでは、もう何も受け入れない。
そんな思いがセストにも伝わったのだろう。大きく息を吐き出すと、セストは「場所を移そう」と深緑のローブを翻した。
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