魔の森の奥深く

咲木乃律

文字の大きさ
28 / 55
第四章 セストの秘密

地味女が夢をみるとこうなる

 次の日、ロザリアは狩りを休んだ。
 目の周りが腫れ上がり、寝不足でふらふらするし、とても狩りの列について行けるような状態ではなかった。
 地味女でも、せめて仕事は完璧にこなしたい。常々思っていた。華やかな世界では無理なので、他のことで何か一つくらい、胸をはれることがほしい。それがロザリアにとっては仕事だった。それなのに―――。

 昨日あれから、セストの口から語られたことは、ロザリアの想像を遥かに超えていた。
 
 五年前、セストの恋人だったディーナが賊に襲われて亡くなり、その際セストが転生の魔法をかけたこと。そのディーナの魂を、セストは探し続けてきたこと。そして二年前、ディーナの魂を持つロザリアを見つけたこと。

「……だからわたしだったんだね…」

 ロザリアが、転生の魔法までかけて追い求めた恋人の生まれ変わりだったから。だからセストはロザリアのことを……。
 
 ロザリアの言葉を、セストは否定しなかった。

 ただ、セストはロザリアに山本めぐとしての前世があることを知らなかった。昨日チーロから事の次第を聞き、少なからず驚いていたようだった。

 チーロは魔力の強さではセストに劣るが、異界渡りの能力に長けているらしい。
 セストがこの世界でディーナを探していた時期、チーロは異世界にまで足を運びディーナを探していた。
 そして見つけたのがロザリアだった。

 が、チーロが語ったようにこちらの世界に連れてくる段階で山本めぐは亡くなり、ロザリアは再び転生した。
 チーロはまた異世界に渡りディーナを探していたそうだが、先日魔の森近くにロザリアが来たことでその存在を感知したという。

 自分が転生した理由がまさかセストにあったとは思いもしなかった。

 わかっていたつもりだった。
 セストが本気でロザリアの相手をするわけがないと。
こんなイケメンが、地味女に興味を持つはずがないと。他に目的があるのだと、そうわかっていたはずなのに。

 セストの優しさに、笑い顔に、触れる唇の熱さに、酔ってしまった。セストが、自分を見ていないような、そんな違和感を感じながらも、信じる方に舵を切り始めていた。いや、もうたぶん信じていた。なのに。

 セストが欲しかったのはロザリアではなかったのだ。ロザリアには記憶もないディーナという女性の、その身代わり。ロザリアに向けられたと思っていた優しさも、唇も、本当はディーナに向けられたものだったのだ。

 地味女が甘い夢を見ようとするからこうなるんだ。
 最低、とセストに言ってやりたかった。
 わたしはあなたの恋人のディーナじゃない。代わりはできない。ロザリアを通り越して、その向こうにいるはずのディーナを求められても困ると。ひどいとなじりたかった。
 頬の一つもはってやればよかった。
 でもロザリアはどの一つもできなくて―――。
 部屋に戻って一人で泣くことしかできなかった。











「なぁ、元気出せよ、ロザリア」

 仕事をサボり、何も飲まず何も食べず、腫れぼったいまぶたを持て余しながら部屋で一人ぼぅっとしていると、床に転移の黒い渦が現れ、チーロが姿を見せた。赤く腫れ上がったロザリアの目を見て、チーロは持っていたパンと果実水を差し出した。

「これ食べろ。お腹すいただろう?」

「……いらない。何も欲しくない」

「確かにセストは酷いさ。とんでもない奴だ。あんな奴さっさと忘れて、他の奴を探せよ。なんならあと五年もすれば僕だって―――」

「―――それはない。第一チーロくんはわたしの子供なんでしょ?」

「断るの早すぎないか。子供ったって魂だけの問題だし、それにロザリアはディーナだった時のことは覚えてないんだろ?」

「全く」

 前世持ちなんて厄介だと思ってきたのに、更にその前世が絡んでくるとは。

「だいたい、どうしてわたしにはディーナさんの記憶がないの? 山本めぐだった時のことは、全部ちゃんと覚えてるのに」

 もしもロザリアにディーナの記憶があれば、今のように苦しむこともなかったはずだ。セストだって、あの手この手でロザリアを篭絡しようとがんばる必要もなかった。運命の再開を果たして幸せになりましたとさ、で終わったことだろう。

「それな、」

 チーロは頭をがしがし掻いて、反動をつけてロザリアの隣に腰掛けた。

「ディーナの記憶には魔法がかけられていて、ディーナだった記憶を封じ込められているんだよ」

「記憶が? どうして?」

「知らないよ、そんなこと。セストにもわからないみたいだしな。誰のかけた魔法かもわからない」

 そんなことをして誰が得をするのだろう。よくわからない。

「あと、気になってたんだけど……」

 ロザリアはセストによく似たチーロの銀髪を見た。

「チーロくんはセストとディーナさんの子供なの?」

 セストがディーナの恋人だったのなら、必然的にそうなる。それにしては、昨日のセストとチーロのやり取りからは、親子の雰囲気は感じられなかったのだが。
 ロザリアの質問に、チーロはうぇと舌を出した。

「やめてくれよ気持ちの悪いこと言うなよ。こないだも言っただろ? 僕の父はとっくに死んだって」

「あ、そっか」

 そういえばそう言っていた。

「じゃあ、どういうこと?」

「ディーナは元々セストの兄、つまりそれが僕の父なんだけどな、エドモンドって名前なんだけど、エドモンドと結婚してたんだよ。でも父は殺されて、それでその後セストと恋人になったんだ」

「……そうなんだ」

 ではチーロはふた親とも殺されたということか。

「つらかったね、チーロくん」

 この歳で一人取り残されるつらさは計り知れない。思わず銀髪に手を伸ばすと頭を撫でた。
 瞬間、チーロはばっとその手を振り払った。

「やめてくれよ、しんみりされると思い出すから」

「そっか、ごめん…」

「あ、いや、そのごめん。振り払ったりして。あの、これ食べろ」

 チーロは振り払ったロザリアの手を心配そうに見、持っていたパンを再び差し出した。今度はロザリアは素直に受け取った。剥き出しのパンには、チーロの指の形がくっきりとついている。思わずロザリアは笑みをこぼした。
 が、何も言わずに口に運んだ。美味しかった。

「ありがとね、チーロくん。心配して来てくれたんでしょ?」

「お、おう。いいから早く食べろよ。果実水も飲めよ」

 チーロは照れくさそうにそっぽを向き、ずいっと果実水の入った瓶をロザリアに押し付ける。それも受け取った。
 口に含むとチーロの手のぬくもりで生温い。チーロの優しさに、緩んでいた涙腺から涙がこぼれた。

「な、なんだよ。泣くことはないだろ?」

 チーロはロザリアの涙を見ておろおろし、ポケットを探った。が、目当てのものはなかったようで、自身の袖をロザリアの目に押し付けると、それで涙を拭ってくれた。

「……あいつのこと、そんなに好きだったのかよ」

 チーロがぽつりと呟いた。










***










 朝の伝令で今日はロザリアが体調不良で狩りを休むことを聞いたベネデッタは、ふんっとそっぽを向いた。
 他の乙女達は「大丈夫なの?」と伝令役の侍女に聞き返している。
 昨日の狩りの大成功の一翼は、明らかにロザリアが担っていた。一角獣は乙女達に鼻先を寄せていっときは興味を示すものの、最後には吸い寄せられるようにロザリアの元へと集まっていたからだ。
 ベネデッタには結局ただの一頭も寄ってこなかった。忌々しいことこの上ない。

 乙女達はロザリアのことを心配しているが、ベネデッタにしてみれば目障りはいないほうがいい。

 ロザリアのことを聞かれた侍女は、「ただの体調不良だそうです。熱はないそうですが、体がだるいそうで」と返してきた。

 体がだるいのはベネデッタだって同じだ。
 今日は狩りに行こうかどうしようか迷っていたが、ロザリアがいないのなら行ってやってもいい。
 あの黒妖犬の檻の前であったことを忘れたわけではない。
 狩りで魔獣が襲ってきたら、またまっ先にロザリアを魔獣の前に突き飛ばしてやると決めていたが、昨日は残念ながら魔獣は現れなかった。

 いないならいないで、セストにくっついて独り占めしてやるまでだ。

 そう思っていたが、狩りのポイントへと移動する間、しんがりを歩くセストの元には行けず、代わりに昨日とは違う付き添いの侍女がうるさいくらい話しかけてくる。
 気持ちが高揚しているようで、声がいつもよりも三割増しくらい高い。
 はじめは適当に相槌を打っていたが、そのうち面倒になった。

「静かになさいな!」

 そう言ったベネデッタの声のほうが大きく、見かねたのか、昨日と同じく先頭を歩いていた魔石室のグラートが、口の前に人差し指を立てた。

「お静かに。魔獣が寄ってきますよ」

 その言葉に侍女は口をつぐんだ。
 そこからはまたひたすら狩りのポイントへ向けて歩いた。
 セストとは話せないし、日の差す前の薄暗い魔の森は、歩くたびぬかるんだ地面に足を取られそうになる。
 こんなことなら自分も狩りを休めばよかった。
 
 後ろを振り返ると昨日と同じように、最後尾を深緑のローブを着たセストがのんびりとした足取りで歩いている。こちらはちょこまかと足を動かしているのに、ストライドの長い足は楽でいい。

 昨日、行軍の間、ロザリアが何度もセストを振り返って見ていたのをベネデッタは知っている。

 昨日の二人の様子を見る限り、ロザリアも満更ではなさそうだった。何度も振り返ってセストとアイコンタクトを取っていた。

 けれどベネデッタが何度セストと視線を合わせようとしても、なぜか視線が噛み合わない。
 周囲に気を配っているからといえばそう見えないこともないが、ロザリアとはあれだけ目を合わせていたのを知っているだけにまた忌々しい。

 なぜ自分は王女なのにこれほど忌々しい目に遭わされなければならないのか。腹立ちまぎれに下草を蹴れば、びょんっと蛙が飛び出し、ベネデッタは驚いて尻餅をついた。
 そうこうしている間に今日の狩りの地点に到着した。

 が、その日一角獣は一頭も姿を見せなかった。













あなたにおすすめの小説

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく

星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。 穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。 送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。 守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。 ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。 やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。 ――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる―― (完結済ー本編10話+後日談2話)

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!

星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。 ……のに。 「お腹すいた」 そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。 強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。 手当てすれば「危ない」と囲い込み、 看病すれば抱きしめて離さず、 ついには―― 「君が、俺の帰る場所」 拾ってない。飼ってない。 ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。 無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の 距離感バグ甘々ラブコメ、開幕! ⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎