魔の森の奥深く

咲木乃律

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第四章 セストの秘密

魔石収集室

 腫れたまぶたを氷嚢で冷やし、お昼過ぎにはロザリアはベッドを抜け出した。

「どう? まだ腫れてるかな…」

 ずっと一緒にいてくれたチーロに聞くと、チーロは「大丈夫。目はまだちょっと赤いけど、泣いてたようには見えないよ」と請け合った。

「わたし、今日の狩りの様子を聞いてくるね。チーロくんはどうする?」

 お昼になると、伝令役が狩り場から砦まで今日の狩りの状況を報告することになっている。そろそろ伝令役の到着する頃だろう。
 狩りは休んだものの、状況は気になる。
 チーロも一緒に来るかと思って聞いたのだけれど、チーロは「僕は帰るよ」とベッドから立ち上がった。

「そういえばチーロくんの家ってどこなの? この近く?」

 セストの亡くなった兄の子供なら、この砦の関係者ということではないだろう。近辺には農業を営む民家が散在している。その辺りに住んでいるのかと思ったが、チーロは「うーん」と首をひねった。

「近くっていえば近いのかもしんないけど。移動は転移ばっかだから、よくわかんないよ」

 じゃね、とチーロは手を振ると、あっさり転移の渦に飛び込んでいった。

 一角獣狩りの作戦室となっている広間へ行くと、ちょうど伝令役が到着したところだった。今日の伝令役は転移でお世話になったコルラードだった。
 今日はいまだ一頭も一角獣が現れていないこと、周辺の警備に問題はないこと、魔獣の襲撃もなく、乙女達は元気であること、などをコルラードは報告し、それを伝え聞いた小姓が、ウバルド殿下の部屋へと走っていった。

 報告を終えたコルラードは、ロザリアの姿に気が付き、「体調はもうよろしいのですか?」と声をかけてきた。

「はい。お陰様で。突然穴を開けてしまって隊の皆さんに謝らないとですね」

「お気になさることはありませんよ。一角獣は現れておりませんが、他は順調ですし、体調を崩すことは誰にでもありますから」

 やはりコルラードは兄のグラートと違い、物言いが穏やかだ。
 グラートは先導役として隊の先頭を行くという責任感からピリピリしていたのかもしれないが、やはり元々の性格からきているものもあるのだろう。

「あの、」

 コルラードが先を逡巡するので「何ですか?」とロザリアが促すと、

「あの、昼食は召し上がられましたか?」と聞く。「まだです」と答えると、「ご一緒してもいいですか?」と言う。別段断る理由もない。

「はい、ぜひ」

「食堂に行こうと思っていたんですが、それでもいいですか?」

「わたしもそうしようと思っていました。王宮から調理人の方がいらっしゃっているので、美味しいですよね」

「ですよね。私もそう思っていました!」

 コルラードは我が意を得たりとばかりに張り切って同調する。その力の入れようがおかしくてつい笑うと、コルラードは照れたように後頭をかいた。

「いや、すみません。嬉しくてつい。まさかカルテローニ家の三姉妹の方とお話できる日が来るとは思ってもいなかったもので」

「でもわたし、真ん中っ子の地味女ですよ?」

 確かに社交界の華と言われた母ジュリエッタの三姉妹、フランカとアーダは美人姉妹として知らない者はいない。けれど話がロザリアのこととなると、ああ、あの、とたいてい否定的な言葉が頭につく。
 その話も、知らない者はいない。コルラードも当然知っているようだったが、「とんでもない!」と声を張り上げた。

「ロザリア殿はとてもおきれいです。華がないとなどと言う者の気が知れません。少なくとも私にとっては、ロザリア殿は可愛らしくて、つい声をかけたくなるような存在です」

「えっと、……あの、ありがとうございます…」

 セストでだいぶ耐性はできていたつもりだった。
 でも他の人に面と向かってそんなことを言われると照れる。かぁと頬の辺りが熱くなり、思わず両手で隠した。するとそれを見ていたコルラードの方も、照れたようにくるりと踵を返し、「い、行きましょう」と先に立って歩き出した。










 昼食時を過ぎた食堂は閑散としていたが、温かい食事が出てきた。それを、コルラードと向かい合いに座って食べた。
 コルラードは、魔法防衛局付きの魔法士で、元は農家の出なのだそうだ。そのまま農家を継ぐつもりだったが、兄のグラートと共に受けた魔力測定会で魔力のあることがわかり、二人共王都へ出てきたという。

「両親共たいそう喜びましてね。残念ながら三番目の弟には魔力はなかったのですが、それなら農家は三男に継がせるから、王都へ出て出世してこいと兄ともども親父に送り出されました」

 コルラードは魔法防衛局に、兄のグラートは魔の森監視局の魔石収集室にそれぞれ配属され今に至るそうだ。

 魔石収集室には興味があった。コルラードの午後の予定を聞くと、午後からは任務が入っていないという。

「あの、魔石収集室って見学させてもらえたりしますか?」

 兄のグラートがいれば、顔がきくかと思って尋ねると、「もちろんですよ」とコルラードは頷いた。

「兄は今日も狩りの方へ行っていますが、魔収室には知り合いもいます。ご案内しますよ」

 食事を終え、魔石収集室へ連れて行ってもらった。
 魔収室の事務所は八畳ほどの広さで、所狭しとデスクが並んでいた。入ってすぐにカウンターがあり、そこでは魔石を持ち込んだ冒険者が、魔収室の者から魔石と交換に、お金を受け取っているところだった。

 持ち込まれた魔石は麻袋に入れられ、大きな籠に放り込まれた。その籠をまた別の者が抱え、奥へと消えていく。

「ちょっと見学させてもらうよ」

 顔見知りと思われる魔収室の一人に、コルラードは声をかけた。

「お好きにどうぞ」

 声をかけられた室員は、コルラードの顔を見、ちらりとロザリアにも視線を寄越して、また作業に戻った。

「魔収室はね、事務所ではなく、この奥が面白いんですよ」

 そう言いながらコルラードは、さきほど籠をもった室員が消えていった奥へと入っていく。

「わっ」

 ロザリアもコルラードに続いて切り取られた扉枠をくぐり、思わず声を上げた。
 入ってすぐに大きな作業台があり、山ができるほど魔石が積み上げられていた。その作業台に向かって、十人ほどの室員が忙しなく手を動かしている。

「持ち込まれた魔石をまずここで仕分け、品質をチェックするんです」

「すごい量ですね……」

「この奥はもっと驚きますよ」

 コルラードは、作業中の室員にも声をかけ、更に奥へとロザリアを導く。作業台の奥は細長い通路になっていて、両脇に棚が並んでいる。その棚に、びっしりと仕分けされた魔石が入れられていた。通路では脚立にのった室員が、それぞれの棚へと魔石を収納しているところだった。
 札には魔石の種類が書かれ、件の火石は最も大きなスペースがとられている。他にも、植物の生育を助ける肥料となる緑石、怪我の治療に使われる治癒石に、夏場に活躍する氷石もある。中には刃物の切れ味をよくするための滑石などもある。ロザリアの知らない魔石もたくさんあった。他にも魔の森でとれる薬草もたくさん収納されていた。

「圧巻ですね…」

 砦の曲線を描きながら、先の見えない奥の方まで通路と棚は続いている。ロザリアがその光景に驚いていると、コルラードは「ちょっとしたものでしょう」と嬉しそうだ。

「実は兄のグラートに、ここの魔収室の次長になる話があるんです」

「すごいですね。ここを管理する二番手になるんですか」

 魔力をもって魔法局に勤めている魔法士達には、貴族も平民もいる。魔力の強さで地位の決まる魔法局だが、やはり上に行くものは貴族出の魔法士が多いのが現状だ。その中にあって農家出のグラートが次長になるのは大出世だ。

「優秀なお兄さんなんですね」

 昨日の狩りでは、先頭の案内役だった。コルラードは、グラートによく似た優しげな目を嬉しそうに細めた。

「身内の私が言うのもあれなんですが、小さい頃から兄は出来がいいんです。私の憧れです」

 全く嫌味を感じない爽やかな兄自慢を聞いていると、脚立の上にいた室員の一人が、にやにやしてコルラードに声をかけてきた。

「おい、コルラード。こんなむさい場所でデートかい? おまけに兄貴の自慢話じゃあ、そちらのお嬢さんも退屈だろうよ」

「い、いや。違うよ。デートじゃないよ。そんなこと言ってはロザリア殿に失礼だよ」

 コルラードは慌てて手を振る。室員は豪快に笑い飛ばした。




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