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第一章 迷惑な求愛
ベネデッタ王女とその取り巻き
セストの攻勢をかわし、慌てて赤レンガの建物に駆け込んだロザリアは、ぬめった床に足を滑らせ見事に尻餅をついた。
持っていた書類が再びぱらぱらと散る。痛むお尻をさすると、明らかに故意だとわかる量のワックスがべっとりと手についた。
「あら、まぁ」
両手をついて起き上がると、柱の陰からベネデッタ王女とその取り巻き、カーラ、エルダ、ジーナの三人がくすくす笑いながら現れた。こうなった時から誰の仕業かは察しがついていた。驚きはない。ベネデッタ王女とその取り巻きは、ロザリアがここを通ることを見越し、こ丁寧にワックスをたっぷり塗って待ち構えていたわけだ。
「派手に転んでらしたわね」
ベネデッタ王女は、現トリエスタ国王、オリンドの娘だ。ロザリアと同じ十八歳のベネデッタは、孔雀の羽で作られた扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑ってご満悦だ。複雑に結い上げた金髪に銀の髪留めをつけ、艶やかなピンクのドレスをまとっている。目が大きく、人の目を引く派手な顔立ちの少女だ。
ベネデッタは、事あるごとにこうしてロザリアに意地悪をしてくる。一介の男爵家の娘に過ぎないロザリアを、王女であるベネデッタが目の敵にしているのには理由があった。
「またセストと話していたでしょう。いい加減になさいな。あの方と関わらないでちょうだいと何度言えばわかってくださるの?」
「……申し訳ございません…」
小さな声でロザリアは謝った。絡まれて迷惑をしているのはロザリアの方なのだが、ベネデッタに言わせればセストを誘惑しているのはロザリアの方であるらしい。
ベネデッタは、セストのことを気に入っている。そのセストが、やたらとロザリアに構うのが気に入らないらしい。暇をみつけては、取り巻きを引き連れ、こまめに嫌がらせにやってくる。
初めの頃は、ロザリアはセストのことは何とも思っていない、王女様の心配なさるようなことは何もないと言ってなんとか嫌がらせをやめさせようとしていたのだが、ベネデッタは、ロザリアがいくらセストとは仕事上のやり取りしかしていないと説明しても、頭からロザリアの話を聞こうとはしなかった。
むしろ説明すればするほど、ベネデッタの逆鱗に触れるようで、ますます嫌がらせがエスカレートする。ベネデッタにしてみれば、ロザリアがいくらセストに興味はないと言っても、実際セストがロザリアを誘っている事実は変わらない。
果てはセストの誘いを断り続ける生意気な女とまで言われる始末。だからといって仮に誘いにのったとすれば、おそらく今度は何とも思っていないなんて、やっぱり嘘だったのだろうと嘘つき呼ばわりされることだろう。
要するに、どちらに転んでも、どうふるまっても、ベネデッタはロザリアのことが気に入らないのだ。
最近では下手に反論しない方が、比較的早く解放されることを学習し、ロザリアは俯いて謝ることにしていた。
嫌がらせはどれも命に関わるようなものではなかったし、こちらは四十二年分の忍耐力を身に着けている。やり過ごすことは難しくない。
この時もベネデッタは散々言いたいことだけを吐き捨てると、取り巻き達と去っていった。
「またなのかい? 仕方のない王女様だ……」
手を洗い、ベタついた服を着替え、床に散らばった大切な書類をかき集めてロザリアが職場に戻ると、服装の変わったことに気がついたペアーノ室長が、苦笑いで出迎えた。ベネデッタの嫌がらせを知っているペアーノ室長には、何があったのかはわかったようで…。
ペアーノ室長は、この魔事室の室長でロザリアの父、リベリオと同じ男爵で父の友人だ。
その伝手でロザリアは、ここで働いている。ペアーノ室長のことは、幼い頃から知っていた。父の友人として何度か屋敷へ遊びに来ていたからだ。ペアーノ室長は、豊かな口ひげを蓄えた紳士で、片眼鏡がトレードマーク。茶目っ気のある人で、ロザリアでも気負いなく話せる数少ない人の一人だ。
「遅れてすみません」
ロザリアが頭を下げると、ペアーノ室長は「いいよいいよ」とひらひらと手をふる。
「それより大丈夫かい? あんまり目に余るようなら、リベリオに相談してみたらどうだい?」
「とんでもないです」
父の名を持ち出され、ぎょっとして慌てて首を振った。
「父の手を煩わせるようなことではありませんから」
「それならアッカルド局長に言ってみるとか? 彼、ロザリアがベネデッタ王女に嫌がらせをされていることは知らないんだよね」
「……知らないと思います」
ベネデッタは、セストが一緒の時は決して牙を向かない。淑女然として、にこやかな微笑みを絶やさない。
別にそれをどうとも、ロザリアは思わない。化けの皮を剥がしてやろうとか、散々ロザリアに嫌がらせをしていることを告げ口しようなどとも思わない。
セストの、ベネデッタに対する印象を悪くしても、ロザリアには何の得もない。
「なんとか自分で対処するので、ご心配なさらずに」
ロザリアがそう言うと、ペアーノ室長は「相変わらず年に似合わず大人だねぇ」と返され、ドキリとした。
「それにしてもさ、相変わらずアッカルド局長はロザリアにご執心だな。ベネデッタ王女が嫉妬するのもわかる気がするよ。この際、一回くらい彼の誘いにのってみたらどうだい?」
「えっ……」
思わずロザリアが絶句すると、ペアーノ室長は「ははは」と笑った。
「冗談だよ。君の選択は間違っていないと思うよ。あんな美男子ともし結婚でもしたら、他の女性に掠め取られやしないかと、気が休まるときがないよ」
「室長。そもそも結婚なんて、とんでもないです。それに何も結婚だけが人生ではありませんもの。わたしはこの魔事室に骨を埋める覚悟で働いているんです」
「まぁそう気負いなさんな。先のことなんて誰にもわからないよ」
「それはそうですが、結婚はありません」
ペアーノ室長は、ロザリアから報告書を受け取り、ぱらぱらと目を通しながら、
「君の気持ちは知ってるよ。ただね、リベリオとジュリエッタにはそのことは言わないほうがいい。親に希望をもたせるのも、娘の大切な仕事の一つだ」
ジュリエッタは母の名だ。
結婚はできそうにないので働きたい。父のリベリオと母のジュリエッタにはそう言ったが、二人とも完全にロザリアの結婚を諦めたわけではないことは知っている。
十五歳と年頃になった妹のアーダの嫁ぎ先を探しつつ、父がロザリアの相手も密かに物色していることも気がついていた。
ロザリアが曖昧に頷くと、報告書に目を通していたペアーノ室長が顔を上げた。
「今年に入ってから、魔石の暴発事故の報告が多いね」
整理を頼んだよと言いつつ、室長は報告書の束をロザリアに返す。魔石のことは、ロザリアも気がついていた。
今年に入ってからすでに百件近くの報告があがっている。
魔石には様々な種類があるが、やはり火石が最も生活の場でよく使われる。そのため事故の報告も火石関連のものが最多だ。
今年に入ってから、火石の暴走でやけどを負った事故の報告が多くなり、直近では家が焼失した事故もあった。
魔石の暴発は、魔の森の状態と深く関わりがあると言うが、その辺りの詳しい事情をロザリアは知らない。恐らく、魔力のあるセストのような魔法使いではない限り、このトリエスタに住む人間の大半が、詳しいことを知らないのではないかと思う。魔の森は、一般人にとっては、厚いベールで覆われた謎の場所だ。
ロザリアが報告書を持って整理棚へ向かおうとすると、「大事なことを言い忘れていた」とペアーノ室長が呼び止めた。
「何でしょう」
「悪いんだけどさ。明日からこっちの仕事は抜けて、別の仕事を手伝ってほしいんだよ」
「別の仕事、ですか」
はて、何だろう。
ロザリアが先を促して小首を傾げると、「実はね」と声を潜めた。
「今年は一角獣狩りが行われる年だってことは、知ってるよね」
「はい。隔年で行われている魔の森での狩りですよね」
この国に住む者で、魔の森で隔年で実施される一角獣狩りのことを知らぬ者はいない。魔の森に棲息する一角獣の角は、王都で使われる水を浄化するためになくてはならないものなのだ。
隔年で行われるこの一角獣狩りは、トリエスタ王国の最重要行事だ。
ロザリアが当然の反応を返すと、ペアーノ室長は右手をこぶしにし、口元に押し当てた。そのしぐさに、ロザリアは嫌な予感を抱いた。ペアーノ室長が口元にこぶしを当てる時は、たいてい言いにくいことを言うときだからだ。
ロザリアが思わず身構えると、ペアーノ室長はバツが悪そうにこぶしを下ろした。
「単刀直入に言うよ。実はね、ロザリアに一角獣狩りのメンバーに加わって欲しいと打診があってね」
「はぁ……」
いまいち話が見えない。狩りのメンバーと言っても、魔力のないロザリアにできることは限られている。
「炊事係とか、そういうことですか?」
狩りのメンバーは、約一月に渡り魔の森の砦に滞在する。魔力のないロザリアに護衛の役割は務まらないので、できることと言えば炊事係くらいなものだ。
ロザリアの問いに、ペアーノ室長は「いや、そういうことではなくてね…」と濁し、実に言いにくそうにぼそっと呟いた。
「補佐役、らしいよ」
「はぁ…。どなたのですか?」
「それはまぁ、あれだよ。この魔事室が魔法防衛局の管轄だということはもちろん知っているよね…」
「それって……」
嫌な予感がしてロザリアがペアーノ室長を見ると、
「君の予想は当たっていると思うよ」と苦笑する。
「アッカルド局長直々のお願いでね。どうしても君を、狩りの間の補佐役として借りたいんだとさ」
「……お断りしていただけたんですよね」
「したよ、もちろん。おそらく君は嫌がらるだろうと思ったからね。でもあの通り、局長の推しは強くてね。私では無理だった」
「……そうですか」
室長にしても、セストは年下とはいえ上司。理由も告げず、強引に話を進めるであろうセストの姿が見えるようだ。室長では太刀打ちできなかったとしても仕方がない。
明日から、三ヶ月後に控えた狩りの準備が順次行われる。こちらの業務は休んで、しばらくはセストの仕事の手伝いを頼むよとペアーノ室長が拝んでくる。
ここでだだをこねて室長を困らせるのは、ロザリアの本意ではない。ぐぐっとこらえて笑顔で頷いた。
「わかりました。役に立つとも思えませんが、お手伝いをしてきます」
「助かるよ。こちらのことは気にしなくていいからね」
室長はロザリアからの色良い返事に、ほっとしたように相好を崩した。
持っていた書類が再びぱらぱらと散る。痛むお尻をさすると、明らかに故意だとわかる量のワックスがべっとりと手についた。
「あら、まぁ」
両手をついて起き上がると、柱の陰からベネデッタ王女とその取り巻き、カーラ、エルダ、ジーナの三人がくすくす笑いながら現れた。こうなった時から誰の仕業かは察しがついていた。驚きはない。ベネデッタ王女とその取り巻きは、ロザリアがここを通ることを見越し、こ丁寧にワックスをたっぷり塗って待ち構えていたわけだ。
「派手に転んでらしたわね」
ベネデッタ王女は、現トリエスタ国王、オリンドの娘だ。ロザリアと同じ十八歳のベネデッタは、孔雀の羽で作られた扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑ってご満悦だ。複雑に結い上げた金髪に銀の髪留めをつけ、艶やかなピンクのドレスをまとっている。目が大きく、人の目を引く派手な顔立ちの少女だ。
ベネデッタは、事あるごとにこうしてロザリアに意地悪をしてくる。一介の男爵家の娘に過ぎないロザリアを、王女であるベネデッタが目の敵にしているのには理由があった。
「またセストと話していたでしょう。いい加減になさいな。あの方と関わらないでちょうだいと何度言えばわかってくださるの?」
「……申し訳ございません…」
小さな声でロザリアは謝った。絡まれて迷惑をしているのはロザリアの方なのだが、ベネデッタに言わせればセストを誘惑しているのはロザリアの方であるらしい。
ベネデッタは、セストのことを気に入っている。そのセストが、やたらとロザリアに構うのが気に入らないらしい。暇をみつけては、取り巻きを引き連れ、こまめに嫌がらせにやってくる。
初めの頃は、ロザリアはセストのことは何とも思っていない、王女様の心配なさるようなことは何もないと言ってなんとか嫌がらせをやめさせようとしていたのだが、ベネデッタは、ロザリアがいくらセストとは仕事上のやり取りしかしていないと説明しても、頭からロザリアの話を聞こうとはしなかった。
むしろ説明すればするほど、ベネデッタの逆鱗に触れるようで、ますます嫌がらせがエスカレートする。ベネデッタにしてみれば、ロザリアがいくらセストに興味はないと言っても、実際セストがロザリアを誘っている事実は変わらない。
果てはセストの誘いを断り続ける生意気な女とまで言われる始末。だからといって仮に誘いにのったとすれば、おそらく今度は何とも思っていないなんて、やっぱり嘘だったのだろうと嘘つき呼ばわりされることだろう。
要するに、どちらに転んでも、どうふるまっても、ベネデッタはロザリアのことが気に入らないのだ。
最近では下手に反論しない方が、比較的早く解放されることを学習し、ロザリアは俯いて謝ることにしていた。
嫌がらせはどれも命に関わるようなものではなかったし、こちらは四十二年分の忍耐力を身に着けている。やり過ごすことは難しくない。
この時もベネデッタは散々言いたいことだけを吐き捨てると、取り巻き達と去っていった。
「またなのかい? 仕方のない王女様だ……」
手を洗い、ベタついた服を着替え、床に散らばった大切な書類をかき集めてロザリアが職場に戻ると、服装の変わったことに気がついたペアーノ室長が、苦笑いで出迎えた。ベネデッタの嫌がらせを知っているペアーノ室長には、何があったのかはわかったようで…。
ペアーノ室長は、この魔事室の室長でロザリアの父、リベリオと同じ男爵で父の友人だ。
その伝手でロザリアは、ここで働いている。ペアーノ室長のことは、幼い頃から知っていた。父の友人として何度か屋敷へ遊びに来ていたからだ。ペアーノ室長は、豊かな口ひげを蓄えた紳士で、片眼鏡がトレードマーク。茶目っ気のある人で、ロザリアでも気負いなく話せる数少ない人の一人だ。
「遅れてすみません」
ロザリアが頭を下げると、ペアーノ室長は「いいよいいよ」とひらひらと手をふる。
「それより大丈夫かい? あんまり目に余るようなら、リベリオに相談してみたらどうだい?」
「とんでもないです」
父の名を持ち出され、ぎょっとして慌てて首を振った。
「父の手を煩わせるようなことではありませんから」
「それならアッカルド局長に言ってみるとか? 彼、ロザリアがベネデッタ王女に嫌がらせをされていることは知らないんだよね」
「……知らないと思います」
ベネデッタは、セストが一緒の時は決して牙を向かない。淑女然として、にこやかな微笑みを絶やさない。
別にそれをどうとも、ロザリアは思わない。化けの皮を剥がしてやろうとか、散々ロザリアに嫌がらせをしていることを告げ口しようなどとも思わない。
セストの、ベネデッタに対する印象を悪くしても、ロザリアには何の得もない。
「なんとか自分で対処するので、ご心配なさらずに」
ロザリアがそう言うと、ペアーノ室長は「相変わらず年に似合わず大人だねぇ」と返され、ドキリとした。
「それにしてもさ、相変わらずアッカルド局長はロザリアにご執心だな。ベネデッタ王女が嫉妬するのもわかる気がするよ。この際、一回くらい彼の誘いにのってみたらどうだい?」
「えっ……」
思わずロザリアが絶句すると、ペアーノ室長は「ははは」と笑った。
「冗談だよ。君の選択は間違っていないと思うよ。あんな美男子ともし結婚でもしたら、他の女性に掠め取られやしないかと、気が休まるときがないよ」
「室長。そもそも結婚なんて、とんでもないです。それに何も結婚だけが人生ではありませんもの。わたしはこの魔事室に骨を埋める覚悟で働いているんです」
「まぁそう気負いなさんな。先のことなんて誰にもわからないよ」
「それはそうですが、結婚はありません」
ペアーノ室長は、ロザリアから報告書を受け取り、ぱらぱらと目を通しながら、
「君の気持ちは知ってるよ。ただね、リベリオとジュリエッタにはそのことは言わないほうがいい。親に希望をもたせるのも、娘の大切な仕事の一つだ」
ジュリエッタは母の名だ。
結婚はできそうにないので働きたい。父のリベリオと母のジュリエッタにはそう言ったが、二人とも完全にロザリアの結婚を諦めたわけではないことは知っている。
十五歳と年頃になった妹のアーダの嫁ぎ先を探しつつ、父がロザリアの相手も密かに物色していることも気がついていた。
ロザリアが曖昧に頷くと、報告書に目を通していたペアーノ室長が顔を上げた。
「今年に入ってから、魔石の暴発事故の報告が多いね」
整理を頼んだよと言いつつ、室長は報告書の束をロザリアに返す。魔石のことは、ロザリアも気がついていた。
今年に入ってからすでに百件近くの報告があがっている。
魔石には様々な種類があるが、やはり火石が最も生活の場でよく使われる。そのため事故の報告も火石関連のものが最多だ。
今年に入ってから、火石の暴走でやけどを負った事故の報告が多くなり、直近では家が焼失した事故もあった。
魔石の暴発は、魔の森の状態と深く関わりがあると言うが、その辺りの詳しい事情をロザリアは知らない。恐らく、魔力のあるセストのような魔法使いではない限り、このトリエスタに住む人間の大半が、詳しいことを知らないのではないかと思う。魔の森は、一般人にとっては、厚いベールで覆われた謎の場所だ。
ロザリアが報告書を持って整理棚へ向かおうとすると、「大事なことを言い忘れていた」とペアーノ室長が呼び止めた。
「何でしょう」
「悪いんだけどさ。明日からこっちの仕事は抜けて、別の仕事を手伝ってほしいんだよ」
「別の仕事、ですか」
はて、何だろう。
ロザリアが先を促して小首を傾げると、「実はね」と声を潜めた。
「今年は一角獣狩りが行われる年だってことは、知ってるよね」
「はい。隔年で行われている魔の森での狩りですよね」
この国に住む者で、魔の森で隔年で実施される一角獣狩りのことを知らぬ者はいない。魔の森に棲息する一角獣の角は、王都で使われる水を浄化するためになくてはならないものなのだ。
隔年で行われるこの一角獣狩りは、トリエスタ王国の最重要行事だ。
ロザリアが当然の反応を返すと、ペアーノ室長は右手をこぶしにし、口元に押し当てた。そのしぐさに、ロザリアは嫌な予感を抱いた。ペアーノ室長が口元にこぶしを当てる時は、たいてい言いにくいことを言うときだからだ。
ロザリアが思わず身構えると、ペアーノ室長はバツが悪そうにこぶしを下ろした。
「単刀直入に言うよ。実はね、ロザリアに一角獣狩りのメンバーに加わって欲しいと打診があってね」
「はぁ……」
いまいち話が見えない。狩りのメンバーと言っても、魔力のないロザリアにできることは限られている。
「炊事係とか、そういうことですか?」
狩りのメンバーは、約一月に渡り魔の森の砦に滞在する。魔力のないロザリアに護衛の役割は務まらないので、できることと言えば炊事係くらいなものだ。
ロザリアの問いに、ペアーノ室長は「いや、そういうことではなくてね…」と濁し、実に言いにくそうにぼそっと呟いた。
「補佐役、らしいよ」
「はぁ…。どなたのですか?」
「それはまぁ、あれだよ。この魔事室が魔法防衛局の管轄だということはもちろん知っているよね…」
「それって……」
嫌な予感がしてロザリアがペアーノ室長を見ると、
「君の予想は当たっていると思うよ」と苦笑する。
「アッカルド局長直々のお願いでね。どうしても君を、狩りの間の補佐役として借りたいんだとさ」
「……お断りしていただけたんですよね」
「したよ、もちろん。おそらく君は嫌がらるだろうと思ったからね。でもあの通り、局長の推しは強くてね。私では無理だった」
「……そうですか」
室長にしても、セストは年下とはいえ上司。理由も告げず、強引に話を進めるであろうセストの姿が見えるようだ。室長では太刀打ちできなかったとしても仕方がない。
明日から、三ヶ月後に控えた狩りの準備が順次行われる。こちらの業務は休んで、しばらくはセストの仕事の手伝いを頼むよとペアーノ室長が拝んでくる。
ここでだだをこねて室長を困らせるのは、ロザリアの本意ではない。ぐぐっとこらえて笑顔で頷いた。
「わかりました。役に立つとも思えませんが、お手伝いをしてきます」
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