魔の森の奥深く

咲木乃律

文字の大きさ
21 / 55
第三章 好きなのかもしれない

誤解

 オリンド国王長男負傷の報は、魔事室にも時を同じくしてもたらされた。ペアーノ室長は血相変えて飛び出していき、しばらくして戻ると、王子の傷は深く、失明されたようだとロザリア達に伝えた。

「そんな……」

 ロザリアは言葉を失った。同僚達も仕事の手を止め、言葉もなく立ち尽くした。
 オリンドの第一子である王子は弓の名手で聡明なことでも知られている。次期国王として申し分ないと評され、国民の期待も高い人物だ。
 王位継承権を継ぐ直前での出来事だ。何か仄暗いものを感じたのはロザリアだけではなかっただろう。

「王位継承はどうなるんでしょうか、室長」

 同僚の一人が聞いた。それはロザリアも他の同僚も皆がまっ先に考えたことだった。ペアーノ室長は、わからないけれどねと前置きし、

「過去にそのような方が王位についたことはないからね。憶測だけれど、王位を継ぐのは難しくなるかもしれない」

「そんな……」

 痛ましい現実に、ロザリアは思わず声を上げた。

「そんな、……怪我くらいで、王位継承権を失うなんておかしいです」

「私もそう思うけれどね。今後のことは協議の末に決められるだろう。―――こんな状況だ。仕事の気分ではなくなっただろう。今日はもう終業にしよう」

 ペアーノ室長はそう言うと再び慌ただしく魔事室を出ていった。
 同僚達も仕事が手につかなくなり、三々五々帰途についた。
 ロザリアも、まだ未分類の書類があったが机上を片付けると席を立った。今日はおそらく父のリベリオは対応のため家には帰らないだろう。
 この先この国はどうなるのだろうか。
 一介の男爵家の娘が憂えてもどうにもならないが、不穏な空気が燻っているような気がしてならない。
 黒妖犬の襲撃、魔石の暴発、次は王子の失明……。
 これらの向かう先に、ウバルド王弟殿下がちらつく。
 ロザリアなりに、これまでの出来事で一番得をするのは誰なのだろうと考えた時、朧げながらウバルドの姿が浮かび上がった。
 度重なる魔石の暴発で、王宮の魔石の管理体制に不安を抱く者が出てくること、一角獣狩りの大切な乙女が損なわれるようなことがあればそれを主導するオリンド国王への不満が出てくるだろうこと。
 セストの言った、行き着く先が問題だという話。
 これらを総合してみると、ウバルド王弟の姿が浮かんだ。
 そしてまた王子が狙われた。
 ウバルドの関与は確定的なのではないだろうか。
 ただロザリアがいくら憶測したところでどうすることもできない。
 
 魔事室の建物を出、中庭を横切った。美しく咲き乱れる花々も、今ばかりは悲しい色に見える。
 先を急ぎかけて、ロザリアは足を止めた。ベンチにはベネデッタが腰掛けて、やって来たロザリアを待ち構えていた。目元が赤い。泣いていただろうことは容易に想像がついた。兄の失明に相当なショックを受けたのだろう。

 ロザリアはなんと言葉をかければいいのかわからなかった。深く一礼して通り過ぎようとした。
 が、「待ちなさいよ」と腕をつかまれた。ロザリアは逆らわず足を止めた。するといきなり頬を平手打ちされた。
 突然のことにロザリアが呆然と頬を押さえてベネデッタを見ると、ベネデッタは「あなたの仕業ね」と吐き捨てた。

「え?」

 一体何の話をしているのだろう。訳が分からない。打たれた頬がジンジンと痛む。

「あの、何のことでしょうか……」

「とぼけないで! お兄様のことよ。魔鳥を操って襲わせたでしょう!」

「え?」

 一体全体どうしてそのような話になるのだろう。ロザリアは「違います!」と強く否定した。

「わたしにはそんな力ありません。第一魔力もないのに、魔鳥を操るだなんてできるはずありません」

「嘘おっしゃい! 神殿であなたを見た黒妖犬が大人しくなったのを、わたしこの目で見たのよ。あなたには、魔獣を操る何か特別な力があるのでしょう。とぼけても無駄よ。白状なさい!」

「そんな…、誤解です。わたしにはそんな力はありません」

「だったらどうしてあなたを見た黒妖犬が大人しくなったのよ。まるで、そう。あなたが黒妖犬を従えているように見えたわ。あの神殿の黒妖犬も、あなたが手引したんでしょう」

 ロザリアは大きく頭を振った。

「まさか、違います。本当にわたしには何にも。神殿でのことだって、どうして黒妖犬が大人しくなったのかなんて、わたしにはわかりません」

 ベネデッタのとんでもない誤解を、ロザリアは全力で否定した。王女の憶測一つでロザリアが糾弾されるとは思わないが、妙な勘繰りをされたままでは、そのうち家族にも迷惑が及ぶかもしれない。それは何としても避けたかった。

「信じてください。わたしには魔獣を操るだなんてことはできません。それに何より、王子殿下を傷つけるだなんてそんなこと、するはずがありません。乙女達だって、黒妖犬に襲わせて、わたしに何の得があるっていうんですか」

 ロザリアが必死に言い募ると、ベネデッタは口元に薄ら笑いを浮かべた。

「だったら証明して見せなさいな。王宮に置かれた魔の森監視局の庁舎には、魔の森で捕らえた魔獣が飼われているのは知ってるわよね」

「……はい」

 魔の森監視局の拠点は魔の森にある砦が中心だが、王宮にも出先機関として庁舎が置かれている。そこでは、生態や弱点などを調べるため魔獣が飼われている。ロザリアはもちろん見たことはないが、話では知っていた。
 嫌な予感しかしない。
 ベネデッタは更にロザリアの腕を引いた。

「あなたを魔獣の檻に放り込んでやる。そうすれば、わたしの言っていることが正しいとわかるはずだわ。来なさい!」

 ロザリアは息をのんだ。魔獣を従える力などないことは、ロザリア自身が一番よく知っている。魔獣の檻になど放り込まれたら、生きては帰れない。

「……そんな。お許しください…。わたし、わたしにはそんなことできません…。信じてください…」

「それを身をもって証明すればいいだけのことよ。死にたくなければ魔獣を抑え込んでみせなさい。ああ、でもそうね―――」

 ベネデッタはくるりと振り返り、薄っすらと笑った。

「あなたに魔獣を従える力がなければ、魔獣にやられちゃうわね。大丈夫。そんな顔しなくてもよくてよ。ちゃんと腕の立つ魔法士に見張らせて、致命傷を与えられる前に助けてあげるから。でもちょーっとは体とか顔とか、傷が残るかもね。セストが醜いって思うくらいのね。―――ほらさっさと歩きなさい。王女の命令よ」

「……はい」

 ベネデッタに再び強く腕を引かれ、ロザリアは絶望的な気分で足を踏み出した。王女だからといってとんでもない横暴だが、身分下のロザリアには歯向かう術がない。何かいい策はないかと考えを巡らせようとしたが、黒妖犬のよだれ滴る赤黒い口に鋭い牙を間近で見、腕を裂かれた記憶が蘇り、恐怖が先に立って上手い案は思い浮かばない。

 魔の森監視局の庁舎は、魔事室とは正反対の場所にあり、かなりの距離があったはずだが、なんの解決策も見いだせぬまま、あっという間に着いた。
 話を通していたのか、ベネデッタは魔法士の一人に声をかけ、ロザリアを引っ張ったままさっさと建物の地下へと降りていく。

 階段を降りるに従い、鎖のかちゃかちゃ鳴る音、檻にぶつかる激しい音、ウーっと獣の唸る声が聞こえてくる。先導していた魔法士は、「この檻です」といくつも並んだ檻の一つの前で立ち止まった。そこにいたのは禍々しいほど黒い毛並みをした一頭の黒妖犬だった。
 魔法士は一旦は檻の鍵に手をかけたが、恐る恐る振り返った。

「しかしあの、ベネデッタ王女……。本当になさるおつもりなのですか? こいつは黒妖犬の中でも特に凶暴で、気性の荒い奴なんですが…」

 そしてちらりとロザリアを見下ろす。その顔には、どう見てもロザリアには魔獣を従える能力などなく、噛み裂かれるだけだろうと顔に書いてある。
 哀れなものを見るようにロザリアを見ている。
 実際の黒妖犬を見てベネデッタが考えを変えてくれないか。ロザリアは僅かな期待を抱いたがベネデッタは、

「確かめてみないとわたしの気がすまないの。それにもしかしたら本当に魔獣を抑え込むかもしれないわよ、その子」

「そんなまさか……。こう申しては何ですが、とてもそんな力のある方には見受けられません。魔力も全く感じませんし、何かの間違いなのでは?」

「間違いだったらそれでいいじゃない。それを確かめるのよ」

「ですがそれなら何も檻の中に入らずとも、外から黒妖犬に見せればそれでいいのでは?」

「くどいわ。危機感を感じなければ、力を発揮しないかもしれないじゃない。さっさとなさい」

「……はぁ」

 魔法士は渋々といった感で頷いた。気は進まないが、それ以上は逆らえなかったのだろう。ベネデッタに促されるままに檻の鍵に手をかけた。


あなたにおすすめの小説

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく

星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。 穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。 送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。 守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。 ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。 やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。 ――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる―― (完結済ー本編10話+後日談2話)

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!

星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。 ……のに。 「お腹すいた」 そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。 強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。 手当てすれば「危ない」と囲い込み、 看病すれば抱きしめて離さず、 ついには―― 「君が、俺の帰る場所」 拾ってない。飼ってない。 ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。 無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の 距離感バグ甘々ラブコメ、開幕! ⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎