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第五章 魔の森の奥深く
セストにかかれば
目が覚めると、見知らぬ部屋の中だった。
ただ四角く切り取られた小窓と石の冷たい床は、砦の他の部屋と同じだ。おそらく砦のどこかの一室だと思われる。
両手が後ろで拘束されている。ロザリアは痛むお腹をよじりながらなんとか身を起こした。硬い床に直接転がされていたおかげで、体のあちこちが痛い。
「あ、あの……大丈夫?」
声に顔を上げると、扉口で出会った乙女が同じく後ろ手に縛られた状態で床に座っていた。
ぐるりと部屋中を見回す。何もない部屋だった。ロザリアが唯一の扉に目を向けると、乙女は首を振った。
「鍵がかけられています。それに、おそらく隔離の魔法も。声は外には届かないようなので」
外で靴音がするたび乙女は助けを求めて叫んでいたそうだが、外の談笑する声は聞こえるのに、こちらの声は届いていないようだったと言った。
「あの、一体何があったのでしょう。ウバルド殿下と何か?」
乙女は、ロザリアが倒れてすぐにグラートに拘束され、この部屋に放り込まれた。一切の説明はなく、部屋に閉じ込めれて今に至るという。
「……ごめんね、巻き添えにして」
詳細を語ることは控えた。何も知らなければ解放される可能性もある。
ロザリアは立っていって扉に耳を押し当てた。外はしんと静まり返っている。しばらく耳を押し当てていると、誰かが歩いてくる靴音がした。声がだめなら、物理的に発生させた音はどうだろうか。
ロザリアは助走をつけて扉に体当りした。
ドンッと大きな音がなる。すぐにまた耳を扉に押し当てた。これだけ大きな音が扉の内側からすれば、気になって声をかけてきそうなものだ。
けれど、靴音は一度も足を止めることなく遠ざかっていく。
乙女も絶望的な顔でロザリアを見上げた。
「私たち、一体どうなるんでしょう」
「……わからない…」
わからないけれど、いろいろ立ち聞きをしたロザリアは無事ではすまないだろう。なんとかしてウバルドが戻ってくるまでに、この部屋から脱出しなければならない。
ロザリアはもう一つの口である窓へと駆け寄ると、つま先立ちして外を覗いた。窓には鉄の格子がはまっており、頭も入らない。魔の森の木々が眼下にあるので、高さもありそうだ。例え鉄の格子を外せたとしても、ここから外に出ることは難しい。
他に何か方法はないかとロザリアは部屋中を歩き回った。けれど部屋を抜け出せそうな箇所はどこにもない。
ならばせめてとロザリアは再び扉に体当りした。何もせずにただ座って時を待つことはできない。何度も体当たりしていれば蝶番が緩んでくれるかもしれない。
ロザリアの意図を察した乙女も、立ち上がるとタイミングを合わせて扉に体当りした。そうやって何度も続けていると、不意に扉の鍵が外から開けられた。
扉に体をぶつける直前だったロザリアは、はっとして体を止めようとしたが、勢いを止めきれずそのまま扉から入ってきた人物に体当りした。
「威勢のいいことだな」
力一杯の体当たりを難なく受け止めたウバルドは、ロザリアの腕をつかむと床に放り投げた。後ろからは顔を見たことのある魔法士二人とグラートが入ってくる。最後に入ってきたグラートは後ろ手に扉を閉めた。
ウバルドは、王家の徽章のついた軍服姿で、床に転がったロザリアを見下ろした。
間に合わなかったという絶望感が、ロザリアを襲った。もしここで命を落としたら、また転生するのだろうか。でも、そこには父のリベリオも母のジュリエッタも、姉のフランカも妹のアーダもいない。もちろんペアーノ室長も、それにセストも―――。
裏切られて、もう二度と関わるまいと決めたくせに、セストの顔が思い浮かぶ。
ウバルドが腰に佩いていた長剣を鞘から抜いた。ウバルドは、何か口を開きかけたが、それより早くロザリアは言葉を発した。
「あ、あの……」
ウバルドはロザリアに切っ先を向けながら、「なんだ」と聞き返す。問答無用で斬り殺すわけではなく、こちらの話をとりあえず聞いてやろうという姿勢にひとまずほっとした。
「こちらの乙女は、解放していただけませんか?」
巻き添えで捕まっただけで、乙女は何も知らない。せめて乙女だけでも、とロザリアが言い募ると、ウバルドは「ふむ」とあごをつまんだ。
「自分ではなく、他人の命乞いとはな。お前の父のカルテローニ男爵も、真っ直ぐで人の事ばかり気にする男だ。―――おい、おまえ」
「は、はい」
ウバルドに呼びかけられ、乙女は声を裏返しながら返事を返した。
「何も聞いていないというのは、相違ないな」
「は、はい。私は何も…」
「ならばそなたは解放してやってもよい。カルテローニは、魔の森へ入ったと皆の前で証言するんだ」
「ま、魔の森でございますか?」
「そうだ。そなたはカルテローニは魔の森へ入ったとそれだけを言えばよい。余計なことはしゃべるな。よいな」
「は、はい。ですが、その……ロザリアは…」
「いらぬことは聞くでない。そなたも殺されたいのか」
「ひぃ! と、とんでもこざいません。わ、私は何も見ておりませんし、何も聞いてはおりません」
「それでよい」
ウバルドがあごをしゃくると、グラートが乙女の縄を解いた。乙女は何度もロザリアを見て、泣きそうな顔で声をつまらせた。
「ご、こめんなさい……。ロザリア、私、私……」
「わたしなら大丈夫。早く行って」
ロザリアが促すと、乙女は気にしながらも小走りに扉を出て行った。
「さて」
ロザリア一人取り残され、部屋の扉が再び閉じられると、ウバルドは濃紺の髪をかきあげ、ロザリアを睨みつけた。
***
乙女の一人とロザリアの姿が見当たらないと祝勝会の案内をしていた小姓が騒ぎ出したのは、あとはウバルドの着座を待つばかりとなった時だった。
実際には、案内役の小姓はもう少し前からロザリアと乙女の一人が戻ってこないと言っていたようだが、セストが祝勝会の会場となる広間へ来たのはついさきほどのことで、ロザリアがいないことをこの時まで知らなかった。
それまでは砦に割り当てられた自室で狩りの報告書に目を通しながら、ソファで当然のようにお茶を飲んで寛いでいるテオと話していた。
「なぁーんだ。バレたのか。それでここ何日かロザリアが不自然な態度だったのかよ」
「…気づいていたのか?」
「当たり前だ。最近いい感じだったのにな。残念だったな」
残念と言いながら、テオはにやにや笑っている。
「で? なんでバレたんだ?」
「バレたというか、チーロの奴が来てバラされた」
「ぶはっ」
テオは飲んでいたお茶を噴き出し、笑いだした。
「チーロかよ。あいつも母離れできてねぇな。まぁ王宮を抜け出して、こんなところまで出張ってこれるってのは、末恐ろしいがな」
「兄の子なんだ、当然だろう」
「そういうおまえも、そろそろ戻んないとだめだろ? 俺、上から何回もせっつかれてるんだけど」
「俺は知らん」
「けっ」
などと自室でテオとやり合っていた。
祝勝会の刻限が迫り、セストが会場となる大広間へ行くと、そこでは大声でロザリアと乙女の居場所を知らないかと聞いて回る小姓がいた。
セストはその小姓をつかまえ、着座の時間になってもロザリアと乙女の一人がおらず困っているという事の次第を知った。
そこへ、行方不明だった乙女の一人が息を切らしながら走ってきた。
「ああ! おられた! よかったです。間もなくウバルド殿下の御成りとなる時間です。お早く席へおつきください」
案内役の小姓は、乙女を見つけると飛んでいって声をかけた。
「も、申し訳ございません…」
乙女はよほど急いで走ってきたとみえる。顔面が紅潮し、息が荒い。
「それで? カルテローニ殿はご一緒ではなかったのですか?」
小姓が聞くと、乙女は肩をびくりと震わせた。
「あ、あの」
乙女が答えようとしたところへ、ウバルドが現れた。乙女はウバルドを見、明らかに顔を強張らせ、すぐに視線をそらせた。
案内役の小姓は、ウバルドが現れたことで慌ててまだ着席していない者達を席につかせようとしたが、ウバルドはそれを片手で制した。
「よい。なんの騒ぎだ?」
「は、はいっ! 実はカルテローニ殿のお姿がなく、いま乙女の方に事情をお聞きしようとしていたところなのです」
「そうか。―――それで? そなたの話を聞こう」
ウバルドに水を向けられ、乙女は震える声を絞り出した。
「あの、あの、……それが、ロザリアは魔の森へ入っていって」
「魔の森?!」
小姓が大声を上げ、その言葉が聞こえた周りの者達がざわめき出した。
「一人で魔の森に入られたというのですか? まさか」
どうして、と小姓はうろたえてウバルドを見上げた。それはそうだろう。魔獣のはびこる魔の森へ、一人で入っていったなどと正気の沙汰ではない。小姓に困惑しきった顔を向けられ、ウバルドはみなの動揺を沈めるとすぐさま命を出した。
「動ける者は、今すぐ魔の森へ向かってくれ。ロザリア・カルテローニを見つけるんだ」
号令一下、その場に集まっていた魔法士達が一斉に広間を飛び出していった。あとには数名の魔法士以外の者達が残り、無謀にも魔の森へ入っていったというロザリアについて、その目的を好き好きに推論している。
「おい、おまえ」
その混乱の中で、セストは報告をもたらした乙女に声をかけた。乙女はぼぅっとした様子で突っ立っていたが、こちらが驚くほど過剰にセストの声に反応した。
「ひぃ。……あ、申し訳ございません。セスト様でしたか」
「ロザリアは、なぜ魔の森へ入ったのだ?」
「ぞ、存じ上げません。わたしは魔の森へ入っていくロザリアの後ろ姿を見ただけですので」
「なぜ止めなかった」
「それは、その……」
乙女はもじもじと下を向き、盛んに自分の手首をさすった。ちらりと見ると、手首に赤い紐状の痕がある。明らかに紐で両手を拘束されていた痕だ。
セストは鋭く乙女と、乙女が真っ先に様子をうかがったウバルドとを見た。ウバルドは、素知らぬ顔で上座に座り、宴の場からロザリア救出本部と化した広間を睥睨している。
乙女の様子といい、ウバルドの態度といい、ロザリアの身に何かあったのは間違いない。
セストはそう推論し、急いでその場を離れると意識を砦中に張り巡らせた。
ロザリアは自分の意志で、魔の森へ入ったわけではないはずだ。それに、ウバルドの態度からも、ロザリアのいる場所が、魔の森ではないような気がした。
ロザリアの居場所はすぐにわかった。
やはり魔の森ではなく砦の一画だ。
同時にロザリアのいる場所に、隔離の魔法が施されていることも感知した。砦の南の端だ。上手いとは言い難い隔離の魔法がかけられている。並の魔法士ならば、もう少しまともなものをかけるだろう。隔離の魔法など、一度もかけたことのない者が、本片手に施したような拙さがある。それでも魔力のない者にとってはそれなりの拘束力は発揮する。
監獄の類のないこの砦に、隔離の魔法は不釣り合いだ。ロザリアはそこに閉じ込められている状態だとみていいだろう。
ロザリアはウバルドにとって都合の悪い何かを見たか聞いたかしたのかもしれない。叩けばいくらでも埃の出てくる男だ。狩り初日で十分な量の角が集まったのにも関わらず、狩りの続行を強く推したというし、他国で売りさばいて政変を起こすための資金とでもするつもりだったのだろう。火石の件といい、王太子失明の件といい、盗み聞きされては困ることはいくらでもあるはずだ。そうでなければウバルドとて男爵家の娘を監禁するなどという危険はおかさない。
乙女は巻き添えを食ったが、何も見てはいなかったため、嘘の証言をすることを条件に解放されたといったところか。
単身魔力のない者が魔の森へ入ったと聞けば、誰もが助からないと考える。ロザリアの口を封じ、魔の森へ捨て置けば、魔獣に食い殺されたと思われる。
ロザリアがウバルドに捕まってから、どれほどの時が過ぎたのだろう。
逸る気持ちを抑え、セストは転移の渦を作ると隔離の魔法が施されている部屋へと飛んだ。セストにしてみれば、いくら隔離の魔法が施されていようと、侵入は容易いことだった。
ただ四角く切り取られた小窓と石の冷たい床は、砦の他の部屋と同じだ。おそらく砦のどこかの一室だと思われる。
両手が後ろで拘束されている。ロザリアは痛むお腹をよじりながらなんとか身を起こした。硬い床に直接転がされていたおかげで、体のあちこちが痛い。
「あ、あの……大丈夫?」
声に顔を上げると、扉口で出会った乙女が同じく後ろ手に縛られた状態で床に座っていた。
ぐるりと部屋中を見回す。何もない部屋だった。ロザリアが唯一の扉に目を向けると、乙女は首を振った。
「鍵がかけられています。それに、おそらく隔離の魔法も。声は外には届かないようなので」
外で靴音がするたび乙女は助けを求めて叫んでいたそうだが、外の談笑する声は聞こえるのに、こちらの声は届いていないようだったと言った。
「あの、一体何があったのでしょう。ウバルド殿下と何か?」
乙女は、ロザリアが倒れてすぐにグラートに拘束され、この部屋に放り込まれた。一切の説明はなく、部屋に閉じ込めれて今に至るという。
「……ごめんね、巻き添えにして」
詳細を語ることは控えた。何も知らなければ解放される可能性もある。
ロザリアは立っていって扉に耳を押し当てた。外はしんと静まり返っている。しばらく耳を押し当てていると、誰かが歩いてくる靴音がした。声がだめなら、物理的に発生させた音はどうだろうか。
ロザリアは助走をつけて扉に体当りした。
ドンッと大きな音がなる。すぐにまた耳を扉に押し当てた。これだけ大きな音が扉の内側からすれば、気になって声をかけてきそうなものだ。
けれど、靴音は一度も足を止めることなく遠ざかっていく。
乙女も絶望的な顔でロザリアを見上げた。
「私たち、一体どうなるんでしょう」
「……わからない…」
わからないけれど、いろいろ立ち聞きをしたロザリアは無事ではすまないだろう。なんとかしてウバルドが戻ってくるまでに、この部屋から脱出しなければならない。
ロザリアはもう一つの口である窓へと駆け寄ると、つま先立ちして外を覗いた。窓には鉄の格子がはまっており、頭も入らない。魔の森の木々が眼下にあるので、高さもありそうだ。例え鉄の格子を外せたとしても、ここから外に出ることは難しい。
他に何か方法はないかとロザリアは部屋中を歩き回った。けれど部屋を抜け出せそうな箇所はどこにもない。
ならばせめてとロザリアは再び扉に体当りした。何もせずにただ座って時を待つことはできない。何度も体当たりしていれば蝶番が緩んでくれるかもしれない。
ロザリアの意図を察した乙女も、立ち上がるとタイミングを合わせて扉に体当りした。そうやって何度も続けていると、不意に扉の鍵が外から開けられた。
扉に体をぶつける直前だったロザリアは、はっとして体を止めようとしたが、勢いを止めきれずそのまま扉から入ってきた人物に体当りした。
「威勢のいいことだな」
力一杯の体当たりを難なく受け止めたウバルドは、ロザリアの腕をつかむと床に放り投げた。後ろからは顔を見たことのある魔法士二人とグラートが入ってくる。最後に入ってきたグラートは後ろ手に扉を閉めた。
ウバルドは、王家の徽章のついた軍服姿で、床に転がったロザリアを見下ろした。
間に合わなかったという絶望感が、ロザリアを襲った。もしここで命を落としたら、また転生するのだろうか。でも、そこには父のリベリオも母のジュリエッタも、姉のフランカも妹のアーダもいない。もちろんペアーノ室長も、それにセストも―――。
裏切られて、もう二度と関わるまいと決めたくせに、セストの顔が思い浮かぶ。
ウバルドが腰に佩いていた長剣を鞘から抜いた。ウバルドは、何か口を開きかけたが、それより早くロザリアは言葉を発した。
「あ、あの……」
ウバルドはロザリアに切っ先を向けながら、「なんだ」と聞き返す。問答無用で斬り殺すわけではなく、こちらの話をとりあえず聞いてやろうという姿勢にひとまずほっとした。
「こちらの乙女は、解放していただけませんか?」
巻き添えで捕まっただけで、乙女は何も知らない。せめて乙女だけでも、とロザリアが言い募ると、ウバルドは「ふむ」とあごをつまんだ。
「自分ではなく、他人の命乞いとはな。お前の父のカルテローニ男爵も、真っ直ぐで人の事ばかり気にする男だ。―――おい、おまえ」
「は、はい」
ウバルドに呼びかけられ、乙女は声を裏返しながら返事を返した。
「何も聞いていないというのは、相違ないな」
「は、はい。私は何も…」
「ならばそなたは解放してやってもよい。カルテローニは、魔の森へ入ったと皆の前で証言するんだ」
「ま、魔の森でございますか?」
「そうだ。そなたはカルテローニは魔の森へ入ったとそれだけを言えばよい。余計なことはしゃべるな。よいな」
「は、はい。ですが、その……ロザリアは…」
「いらぬことは聞くでない。そなたも殺されたいのか」
「ひぃ! と、とんでもこざいません。わ、私は何も見ておりませんし、何も聞いてはおりません」
「それでよい」
ウバルドがあごをしゃくると、グラートが乙女の縄を解いた。乙女は何度もロザリアを見て、泣きそうな顔で声をつまらせた。
「ご、こめんなさい……。ロザリア、私、私……」
「わたしなら大丈夫。早く行って」
ロザリアが促すと、乙女は気にしながらも小走りに扉を出て行った。
「さて」
ロザリア一人取り残され、部屋の扉が再び閉じられると、ウバルドは濃紺の髪をかきあげ、ロザリアを睨みつけた。
***
乙女の一人とロザリアの姿が見当たらないと祝勝会の案内をしていた小姓が騒ぎ出したのは、あとはウバルドの着座を待つばかりとなった時だった。
実際には、案内役の小姓はもう少し前からロザリアと乙女の一人が戻ってこないと言っていたようだが、セストが祝勝会の会場となる広間へ来たのはついさきほどのことで、ロザリアがいないことをこの時まで知らなかった。
それまでは砦に割り当てられた自室で狩りの報告書に目を通しながら、ソファで当然のようにお茶を飲んで寛いでいるテオと話していた。
「なぁーんだ。バレたのか。それでここ何日かロザリアが不自然な態度だったのかよ」
「…気づいていたのか?」
「当たり前だ。最近いい感じだったのにな。残念だったな」
残念と言いながら、テオはにやにや笑っている。
「で? なんでバレたんだ?」
「バレたというか、チーロの奴が来てバラされた」
「ぶはっ」
テオは飲んでいたお茶を噴き出し、笑いだした。
「チーロかよ。あいつも母離れできてねぇな。まぁ王宮を抜け出して、こんなところまで出張ってこれるってのは、末恐ろしいがな」
「兄の子なんだ、当然だろう」
「そういうおまえも、そろそろ戻んないとだめだろ? 俺、上から何回もせっつかれてるんだけど」
「俺は知らん」
「けっ」
などと自室でテオとやり合っていた。
祝勝会の刻限が迫り、セストが会場となる大広間へ行くと、そこでは大声でロザリアと乙女の居場所を知らないかと聞いて回る小姓がいた。
セストはその小姓をつかまえ、着座の時間になってもロザリアと乙女の一人がおらず困っているという事の次第を知った。
そこへ、行方不明だった乙女の一人が息を切らしながら走ってきた。
「ああ! おられた! よかったです。間もなくウバルド殿下の御成りとなる時間です。お早く席へおつきください」
案内役の小姓は、乙女を見つけると飛んでいって声をかけた。
「も、申し訳ございません…」
乙女はよほど急いで走ってきたとみえる。顔面が紅潮し、息が荒い。
「それで? カルテローニ殿はご一緒ではなかったのですか?」
小姓が聞くと、乙女は肩をびくりと震わせた。
「あ、あの」
乙女が答えようとしたところへ、ウバルドが現れた。乙女はウバルドを見、明らかに顔を強張らせ、すぐに視線をそらせた。
案内役の小姓は、ウバルドが現れたことで慌ててまだ着席していない者達を席につかせようとしたが、ウバルドはそれを片手で制した。
「よい。なんの騒ぎだ?」
「は、はいっ! 実はカルテローニ殿のお姿がなく、いま乙女の方に事情をお聞きしようとしていたところなのです」
「そうか。―――それで? そなたの話を聞こう」
ウバルドに水を向けられ、乙女は震える声を絞り出した。
「あの、あの、……それが、ロザリアは魔の森へ入っていって」
「魔の森?!」
小姓が大声を上げ、その言葉が聞こえた周りの者達がざわめき出した。
「一人で魔の森に入られたというのですか? まさか」
どうして、と小姓はうろたえてウバルドを見上げた。それはそうだろう。魔獣のはびこる魔の森へ、一人で入っていったなどと正気の沙汰ではない。小姓に困惑しきった顔を向けられ、ウバルドはみなの動揺を沈めるとすぐさま命を出した。
「動ける者は、今すぐ魔の森へ向かってくれ。ロザリア・カルテローニを見つけるんだ」
号令一下、その場に集まっていた魔法士達が一斉に広間を飛び出していった。あとには数名の魔法士以外の者達が残り、無謀にも魔の森へ入っていったというロザリアについて、その目的を好き好きに推論している。
「おい、おまえ」
その混乱の中で、セストは報告をもたらした乙女に声をかけた。乙女はぼぅっとした様子で突っ立っていたが、こちらが驚くほど過剰にセストの声に反応した。
「ひぃ。……あ、申し訳ございません。セスト様でしたか」
「ロザリアは、なぜ魔の森へ入ったのだ?」
「ぞ、存じ上げません。わたしは魔の森へ入っていくロザリアの後ろ姿を見ただけですので」
「なぜ止めなかった」
「それは、その……」
乙女はもじもじと下を向き、盛んに自分の手首をさすった。ちらりと見ると、手首に赤い紐状の痕がある。明らかに紐で両手を拘束されていた痕だ。
セストは鋭く乙女と、乙女が真っ先に様子をうかがったウバルドとを見た。ウバルドは、素知らぬ顔で上座に座り、宴の場からロザリア救出本部と化した広間を睥睨している。
乙女の様子といい、ウバルドの態度といい、ロザリアの身に何かあったのは間違いない。
セストはそう推論し、急いでその場を離れると意識を砦中に張り巡らせた。
ロザリアは自分の意志で、魔の森へ入ったわけではないはずだ。それに、ウバルドの態度からも、ロザリアのいる場所が、魔の森ではないような気がした。
ロザリアの居場所はすぐにわかった。
やはり魔の森ではなく砦の一画だ。
同時にロザリアのいる場所に、隔離の魔法が施されていることも感知した。砦の南の端だ。上手いとは言い難い隔離の魔法がかけられている。並の魔法士ならば、もう少しまともなものをかけるだろう。隔離の魔法など、一度もかけたことのない者が、本片手に施したような拙さがある。それでも魔力のない者にとってはそれなりの拘束力は発揮する。
監獄の類のないこの砦に、隔離の魔法は不釣り合いだ。ロザリアはそこに閉じ込められている状態だとみていいだろう。
ロザリアはウバルドにとって都合の悪い何かを見たか聞いたかしたのかもしれない。叩けばいくらでも埃の出てくる男だ。狩り初日で十分な量の角が集まったのにも関わらず、狩りの続行を強く推したというし、他国で売りさばいて政変を起こすための資金とでもするつもりだったのだろう。火石の件といい、王太子失明の件といい、盗み聞きされては困ることはいくらでもあるはずだ。そうでなければウバルドとて男爵家の娘を監禁するなどという危険はおかさない。
乙女は巻き添えを食ったが、何も見てはいなかったため、嘘の証言をすることを条件に解放されたといったところか。
単身魔力のない者が魔の森へ入ったと聞けば、誰もが助からないと考える。ロザリアの口を封じ、魔の森へ捨て置けば、魔獣に食い殺されたと思われる。
ロザリアがウバルドに捕まってから、どれほどの時が過ぎたのだろう。
逸る気持ちを抑え、セストは転移の渦を作ると隔離の魔法が施されている部屋へと飛んだ。セストにしてみれば、いくら隔離の魔法が施されていようと、侵入は容易いことだった。
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