魔の森の奥深く

咲木乃律

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第七章 心を残さないで

大役

 無事コルトに送り届けてもらい、屋敷に入ったロザリアは、セストの帰ってくる時間までコルトの言った言葉の意味を考え続けていた。好きにしていいとは、文字通りあの角をあの場所から持ち出しても、どのように役立てようと構わないということだ。水の浄化に一角獣の角が欠かせないトリエスタにとって、これ以上のことはない。あれだけの角を自由にできるのなら、隔年で行われる狩りは今後必要ないし、一角獣達だって角を切られることもなくなる。コルトは全てを見越してあの場所にロザリアを案内したのだ。

 ディーナの肖像画が置かれた一室だった。自分と同じ灰白色の瞳がじっとこちらを見返している。
 初めて執務室の扉からセストの屋敷に迷い込んだ時、セストはディーナの肖像画からロザリアを引き離したが、今ではこの部屋でディーナと向き合っていても、セストは何も言わなくなった。
 肖像画のディーナは、思慮深く聡明そうな瞳をしている。チーロの話からもセストの様子からも、この絵の通りの女性だったのだと思わせる。真ん中っこの地味女と言われ、後ろ指をさされたことなどない、真っすぐで自信に溢れた瞳だ。これがかつての自分だったとはどうしても思えない。ディーナならロザリアのようにうじうじ悩んだりしないのだろう。

「はぁ……。どうしよ……」

 コルトの誘いに一も二もなく乗ればいいのはわかっている。でも実際には今のロザリアはトリエステに帰ることもできない身だ。
 それに、檻に集められているという魔獣。森で聞いた話では魔獣の餌を絶ち暴走を起こさせると言っていた。いつどこで。何もわからないが、飢えた魔獣がもし暴走を起こしたのなら、どれだけの犠牲が出るかわからない。セストは何も教えてくれないし、看過できない話を聞いて、頭はパンクしそうだった。

「ロザリア様。そろそろセスト様がお戻りになられます」

 いつの間にか側にはラーラがいて、セストの帰宅を告げる。ラーラには何か特殊な魔力があるようで、屋敷の主であるセストが帰宅するときはわかるらしい。ロザリアはいそいそと立ち上がり玄関に向かった。









「おかえりなさい、セスト」

 玄関で出迎えるとセストはロザリアの顔を見てすぐに「どうかしたか?」と心配げに聞いてきた。

「えっと、その……」

 不安と心配がダダ洩れだったようだ。心内の懸念は見透かされ、こちらを心配して覗き込んでくる緑のきれいな瞳に、ロザリアは今日コルトについていって見聞きしたことをセストに話した。途中で場を食堂へと移し、最後までロザリアの話を丁寧に聞き終えたセストは、急に真っすぐにロザリアを見返した。

「ひと月後だ。と言ってももう一月もないがな」

「それは、魔獣暴走が起こるのが、ということ?」

 思いがけずはっきりとした返答が戻ってきて、ロザリアは戸惑ってセストを見た。これまで何度トリエスタのことを聞いても教えてくれなかったのに。急になぜだろうか。

「別にロザリアに教えたくなかったわけではない。ただ俺もまだ調べている最中だったから、下手に教えてロザリアの不安を増やしたくなかっただけだ」

「それなら、そう言ってくれればよかったのに……」

 どうせ教えても何もできないだろうとセストは言っていた。

「セストは言葉足らずで、やっぱりうそつきだ」

 口を尖らせるとセストはロザリアの両頬をむにっとつまんだ。

「でもそう言えば、大丈夫だからと無理に俺から聞き出そうとしていただろう?」

 それはそうかもしれない。痛いところをついてくる。

「それにな、そもそもロザリアに教えないわけにはいかないと思っていたよ。ただはっきりとした情報をつかんでからと思っていただけだ」

「それで? ひと月後って? やっぱりこれはウバルド殿下の企みなの?」

「ああ。ロザリアの見た魔笛の使い手、プラチドはウバルドの血縁者で腹心の部下だよ。最近魔の森でトリエスタの者が魔獣を集めているとラグーザの者たちの目撃情報があったから、集められた魔獣がどこにいるのかと方々を探し回っていた。トリエスタ王都にある魔の森監視局の地下にいたよ。ひと月後、失明した王子に王位継承権が予定通り与えられることに決まり、その式典が開かれる」

「……もしかしてその時に?」

 ロザリアは未だ王位継承権授与の式典を経験したことはないが、父のオリンドから話を聞いたことはある。王城前の広場で大勢の民を集め、貴族も王族も皆が集って盛大に祝うのだという。

「そんなところで魔獣の暴走なんて起こったら……」

 死傷者は計り知れない。
 王位のためにそこまでするのだろうか。どれだけの犠牲を払って手に入れるつもりなのか、ウバルドは。

「絶対に止めなきゃ」

 でもどうすればいいのだろうか? 魔力のないロザリアに一体何ができるというのだろう。

「―――大丈夫だ」

 自然と握りしめていたこぶしをセストは上から包み込んだ。

「必ず止めてみせるさ。魔獣はあいつらの道具じゃない。好き勝手にラグーザ王国に属する魔の森を荒らしたことを後悔させてやる」

 ただな、とセストは続ける。

「今の時点で魔の森監視局の地下には相当数の魔獣がとらえられている。オリンド国王にこのことを告げれば式典は中止されるだろうが、計画がばれたとウバルドが知れば、今すぐにも魔獣を放たないとも限らない。そうなれば王城はおろか、王都に住む人々にも式典で暴走が起こったとき同様の被害が出る」

「それならどうするつもりなの?」

 未然に防ぐことが不可能ならどちらに転んでも被害は避けられない状況だ。

「なに、魔獣の暴走はこちらで止めるさ。それがいつどこで起こるのかがわかっていれば容易いことだ。ただな、その後が問題だ。基本、奴らにとって人は敵だからな。制圧が終われば速やかに魔の森へ返したい。そこでだ―――」

 セストはロザリアの灰白色の瞳を見つめた。

「ロザリアの力が必要になる。暴走が収まったのち、魔獣を誘導して魔の森まで連れ帰ってほしい」

「わたしが?」

「ロザリアにしかできない仕事だ」

 仕事と言われると俄然責任感が湧いてくる。

「でも、わたしにそんなに一度に多くの魔獣を従えることができるの?」

 我を忘れた黒妖犬には一度襲われている。たった一頭でも御しきれなかったのに、暴徒と化した魔獣の群れを操ることなどできるのだろうか。

「ロザリアを襲った黒妖犬は魔笛で操られた状態だったからな。ロザリアのことがわからなかったんだろう。でも式典の時は、魔獣を操ることはしないだろう。数が多すぎる。魔笛で操ることは不可能だ。それに操らずとも飢えた魔獣は人のにおいに敏感だ。檻から放てば何もせずとも人の集まっている広場へと向かう。魔笛で操られていない限り、奴らはいくら飢えていようとロザリアの存在には気がつく」

「この目ってそんなに万能なの?」

 一体何頭の魔獣が集められているのか想像もできないが、そんなにたくさんの魔獣を一度に御しきれるくらいの威力があるというのは驚きだ。ディーナのことを見てきたセストが言うのだから、本当にできるのだろうが、これまでその能力を使う機会もなかったロザリアにはいきなりの大役過ぎる。

「それとな、ロザリア」

 話は変わるが、と前置きし、セストは

―――明日はラグーザの城へ一緒に登城してほしい。

 と言い出した。






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