魔の森の奥深く

咲木乃律

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第七章 心を残さないで

くだらない慣習

 ロザリアを迎えるにあたって今後のことをラグーザ城の広間で長老たちと話し合った後、控えの間で持ち込まれた書類に目を通していると、妹のチェチーリアが転移の渦と共に現れ、見ていた書類を取り上げられた。

「なんだ、いきなり」

「ちょっと話があるの」

「ちょうどよかった、俺もだ」

 チェチーリアは奪った書類を執務机の上に飛ばすと、セストに向き合う形でソファに腰を下ろす。

「どうした。えらく乱暴だな」

「お兄様、ロザリアのことどうするおつもりなの?」

 声に剣がこもっている。何が気に障るのか大体の察しはつく。

「どう、とは?」

 わかっていて水を向けると、チェチーリアは目を細めてこちらを睨んだ。

「ロザリアに何も説明していないみたいじゃない。この国のこと、この国で魅了の者でなおかつ王妃になるということがどういうことなのか」

 やはり話はそのことか。セストは深くソファに落ち着き、長い息を吐きだした。向かい合うチェチーリアは鼻息も荒く、こちらの答えを聞くまでは断固として動かない構えだ。

「そのうち説明しようと思っていた」

「そのうちではだめよ。それではロザリアがかわいそう。ロザリアはできればトリエスタで仕事を続けたいと言っていたわ。そんな子をつかまえて一体どうするおつもりなの? 魅了の王妃は、魔の森にある離宮にいて魔獣を統べなければならないと決められているのよ。お兄様もわかっておいでよね。式典や行事以外では離宮から出ることはできず、一生をそこで過ごすことが決まりだわ。しかもロザリアのご両親はトリエスタの者。簡単には離宮には近づけない。肉親と引き離し、仕事も取り上げ、それにその離宮は―――」

「―――ディーナが殺された場所だな」

「わかっておいでならどうして! それなら何も結婚しなくてもよかったのではなくて? それともお兄様はあの離宮にロザリアを閉じ込めておきたいの?」

「いや、そういうわけではない」

 だが、チェチーリアの言う通り、代々魅了の王妃は魔の森奥深くにある離宮で、一生を過ごすことが決められている。魔獣たちを側近くで統率するためと言われているが、歴代の王妃全てが魅了の者であったことはなく、離宮に主のいない空白期間もある。

「できれば俺はその『決まり』を変えたいと思っているんだ」

 慣習として行われてきたことだが、実際には離宮に魅了の者がおらずとも魔獣は暴走するわけでもない。過去、魅了の王妃のいない空白期間でもそのような事実はない。現に今現在セストの王妃の座は空位で離宮には誰も住んでいない。さしてそれでどうと言う声もあがってこない。それに魔力の高いラグーザの民にとっては魔獣など恐れるに足りない。ただ形式的な慣習であり、実際には何の意味もないものなのだ。

 チェチーリアは「まぁ」と驚いて、

「それはもちろんそうできれば一番だけれど、でもあの頭の固い長老たちがそれを許すとは思えないわ」

 痛いところを突く。さきほども長老たちとその話で堂々巡りの話し合いをしてきたところだ。長老たちの主張は一貫している。魅了の者が離宮にあってこそこの国は安泰なのであって、そうでなければわざわざラグーザ以外の国から王妃を迎えるようなことはしないと。あえてラグーザ王国の存在を他国の者に知られる危険を冒してまでもロザリアを受け入れたのは、ひとえにあの者が魅了であったからだと。
 ラグーザの閉鎖性は今に始まったことではない。
 魔力の高いラグーザの民は、魔の森の奥深くでひっそりと暮らし、どこの国からも干渉を受けずこれまで存在してきた。幸いというべきか、魔の森は魔獣の巣窟だ。天然の要塞ともいうべき森に囲まれたラグーザは、常人では到達できない域にある。魔の森には魔石や薬草が豊富で多くの冒険家や採集家が入り込むが、彼らの行きつける範囲は限られている。とてものことラグーザ王国のある奥にまで到達できない。
 それでもごく稀にラグーザの民と他国の者とが森で鉢合わせ、その存在はうっすらと認識されてきた。高い魔力ゆえに魔族と恐れられ、人ではないかのように囁かれる。

 ロアリアに近づくため、初めてトリエスタのオリンド国王のもとを秘密裏に訪れた際、オリンド国王はセストが魔の森のラグーザの者だと名乗るとさすがに驚いていた。が、今回オリンドの元を訪れたのは国のことは一切関係なく、ただ亡くなったある者の魂がロザリアの中にあるのでその者をラグーザに連れ帰りたいと話し、ロザリアに近づくために力を貸してほしいと頼んだ。
 オリンドは承諾し、ある程度の地位にある方が動きやすいだろうとセストに魔法防衛局のポストを用意し、ラグーザのことは秘することを約してくれた。
 その代わり、王弟ウバルドの動きを探ってほしいというのがオリンドの提示した交換条件だった。

「それでな、チェチーリア」

 王妃を離宮に留めおく慣習に何の意味もないとセストは長老たちに何度も説いたのだが、頭の固い連中は首を縦に振らなかった。

「これ以上話し合っても何の意味もない。実力行使しようと思ってな。おまえ、破壊は得意分野だったろう?」

「まぁ、お兄様……」

 チェチーリアはセストと同じ緑の瞳を眇めた。

「もちろんよ」

 くだらない慣習ならぶっ壊せばいい―――。

「でもいいの? あそこにはディーナとの思い出がたくさん残っているのでしょう?」

 それはもちろんその通りだ。今もディーナの暮らしていた当時のまま離宮の調度類は残している。でも―――。

「……いいんだ。今後ロザリアがディーナであった記憶を思い出すことはもうない。それならばロザリアのためにできることをしたいんだ」

「お兄様ったら、よほどロザリアのこと愛してらっしゃるのね」

 チェチーリアはなかば呆れたように呟いた。

「まぁわからなくはないけれど。ロザリアったらほんとに一途でかわいいものね」

「まぁな」

「いやだ、お兄様ののろけなんて聞きたくないわ」

「お前が言い出したんだろう。……だがな、チーロには残酷なことになるかもしれない」

「心配ないわ。お兄様の口からちゃんと説明すれば、チーロはわかってくれるわよ。あの子だって、きっと今のロザリアを大切に思っているはずよ」

 



 

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