魔の森の奥深く

咲木乃律

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終章

魔獣大移動

 右背後から振り下ろされた剣の気配に、セストは魔力を放った。瞬間キンッと鋼が弾かれる鋭い音が鳴り響き、同時にセストはその場から跳躍し、後ろへと飛び退った。

「セスト!」

「……ウバルドか…」

 対峙した相手はウバルドだった。その後方にはプラチドもいる。魔獣が一向に広場へ現れないので、不審に思い確かめに来たのだろう。ウバルドは間を置かず剣をふるってきた。それを寸隙でかわし、反対に魔力で剣を吹き飛ばしたが、剣はすぐにウバルドの手へと戻ってくる。プラチドが援護しているのだろう。ウバルドは軽やかな剣捌きで次々に剣を繰り出してくる。

 もはや話し合う余地などないウバルドの矢継ぎ早の攻撃だ。相当焦っているとみえる。この計画にすべてをかけてきたのだろう。失敗すればウバルドの未来はないのだ。

 ウバルドの攻撃の合間にはプラチドが魔力を放ち、セストの動きをけん制してくる。それらをかわしながら、セストは隔離の魔法が施された内部へと意識を向けた。

 中ではコルトに乗ったロザリアの姿を見た魔獣たちが次第に大人しくなってきているところだった。ロザリアの意思が魔獣たちの間に浸透するにつれ、波及するように魔獣たちの間へと広がっていっている。

 あともう少し時間が必要だな……。

 セストはそう踏んで、ウバルドとプラチドの攻撃にもう少しだけ付き合ってやろうと考えたが、その時中からロザリアの声が聞こえた。

「セスト! 魔法を解いて!」

 思ったよりすぐにロザリアから声がかけられた。

「了解!」

 セストは返事を返すと、隔離の魔法を一気に解いた。
 それに驚いたのはプラチドだった。

「ウバルド殿下。隔離の魔法が解かれました……」

「なんだと!」

 ウバルドは期待に満ちた目を魔獣の群れに向けたが、魔獣は広場へ向かおうとしていた方向を翻し、一角獣に乗るロザリアへと視線を向けている。ここへきてようやくウバルドはロザリアの姿に気が付いた。

「ロザリア・カルテローニ……。なんであいつがここに……」

 魔獣の群れの真ん中で一角獣に悠然と跨っている姿はウバルドにとっては異様な光景だったろう。

「ま、さか……。なぜだ、なぜ魔獣はあいつを襲わない……?」

 飢えさせたはずの魔獣がすぐ側にいるロザリアを襲わない。本来ならそんなことはありえない。ウバルドもプラチドも異様な光景に立ち尽くしている。

 しかもロザリアが歩を進めると、魔獣の群れは付き従うように大移動を始めた。ウバルドとプラチドは更に目を見開いた。

 一頭漏らさず魔獣たちはロザリアに付き従っている。セストは手近に待機させていた馬に跨ると、まだ驚き呆然としているウバルドとプラチドを残し、ロザリアの元に馬を寄せた。

「セスト…。うまくいってよかった…」

 魔獣たちが付き従ってくれている様子に、ロザリアは安心したようにセストの姿を認めると笑顔を見せた。太陽光を受けた灰白色のロザリアの瞳がきらきらと光る。いつからだろう。ある時突然ロザリアはディーナのように真っすぐにセストを見るようになった。つい最近のことだ。己に自信があるわけでない。でもすべてを受け入れた穏やかな目だ。

 セストは更に馬を寄せると体を寄せロザリアのおでこにキスをした。ロザリアはえ?というように目を開き、ついで顔を赤くした。

「な、なんで今……?」

 この緊迫した状況でセストがキスをしたことにびっくりしたようだ。もうお互いの体は知り尽くしているはずなのに、おでこへのキスくらいで初な反応を返すところは変わっていない。

「いや、なんとなくな…。かわいいなと思って」

「……! もうっ」

 それこそ不意打ちだったのか、ロザリアは更に顔を赤くした。

「―――少しスピードをあげるわね」

 赤面した顔を隠すように正面を向くとロザリアはコルトに触れ、足を速めるようにと促す。それを受け、コルトは軽やかに走り出した。セストはしんがりにラグーザの者をつかせ、取り残された魔獣がいないか見張るよう指示し、自分は再びロザリアと並走した。

「セストーーーーー! 待てっ!!」

 その時、放心していたウバルドとプラチドが正気を取り戻し、剣を振りかざしながらこちらに突進してきた。プラチドは魔笛を構えている。

「セスト……」

 魔獣の統制を乱されまいかとロザリアが心配げにこちらを見るのへ、セストは「大丈夫だ」と請け合い、魔力を放った。その瞬間、プラチドの手から魔笛が吹き飛び、くるくると円を描きながら魔獣の群れの中へと落ちていく。

「私の笛が……」

 プラチドはその笛を追って魔獣の群れの中へと入ってくる。

「笛は捨て置け。それより奴を倒せ!」

 ウバルドは叫んだが、プラチドは「ですがあの笛はウバルド殿下から賜った大切なもの……」と言いながらどんどん魔獣の群れの奥へと入っていく。

「くそっ……」

 統制のきかなくなったプラチドに唾棄し、ウバルドは単身こちらへ向かってくる。しかし魔獣はさきほどよりも速度を速め、大きな流れとなって移動している。魔獣の中には一角獣よりもはるかに大きな体躯のものもいる。ロザリアは問題ないが、セストは何気なく並走しているわけではない。足元にいる小さな魔獣から大きな魔獣まで、その流れに押しつぶされないよう、自らと、念のためロザリアの周りを魔力で保護している。何の対処もなく魔獣の大きな流れのなかに飛び込むなど、押しつぶしてくれと言っているようなものだ。

「セスト! セスト! セストーーー!」

 ウバルドは剣で魔獣を薙ぎ払い、血走った目でこちらへ向かってくる。剣で少し傷つけられたくらいで魔獣は倒れないが、傷を負い、甲高い鳴き声を上げる仲間に他の魔獣が感化され、低い唸り声が方々からあがる。それでもウバルドを攻撃しないのは、ロザリアの統制が効いているからだ。魔獣たちは淡々とした流れを作り、ひたすらロザリアの向かうほうへと進んでいく。

「待て! 待てー!」

 ウバルドは魔獣をかき分けかき分けこちらへ来ようとするが、次々と押し寄せる魔獣の流れに逆らうことはできす、その距離は一向に縮まることはない。どころか魔獣の群れに押され、右へ左へと流される。

「ーーーうわぁー!」

 群れにもみくちゃにされたウバルドは予想通り転倒し、叫び声をあげる。

「……セスト…」

 断末魔にも聞こえるその叫びにロザリアが不安そうにセストを見上げる。ウバルドの姿は完全に魔獣の群れの中に埋没した。

「……ウバルド殿下は…?」

「さぁな。魔獣どもに押しつぶされたか、あるいは揉まれながらまだ生きているか。どちらにせよこのまま魔の森まで行くしかないからな。生きていたとしても魔の森の奥深くで取り残されることになるだろうな」

 魔力のないウバルドならば魔の森に捨て置かれたなら半日とてもたないだろう。
 けれどそんなことは知ったことではない。そもそもこの魔獣を連れてきたのはウバルドであるし、ロザリアを傷つけたことを思えば、これでも足りないくらいだ。

「あいつは相応の報いを受けただけだ。先を急ごう」

「……うん」

 ロザリアは更にコルトの足を速めた。








***









 一角獣に乗ったロザリアと、馬を並走させたセストの後姿が魔獣の群れと共に遠ざかっていくのを、ベネデッタはじっと見つめていた。
 魔獣はすぐ側にベネデッタがいるのに襲ってくる気配どころか見向きもしない。全く興味がないといった感だ。

 叔父ウバルドとセストとのやり取りも間近で見ていた。セストは魔獣が大勢の人がいる広場へ向かわないよう、隔離の魔法を施していたようだが、叔父はそれを阻止しようとしていた……。

 叔父のことは大好きだった。でも、王宮に集まった大量の魔獣を目にしても叔父は驚きもせず、どころか隔離の魔法を解くよう言っていた。そんなことをしたら、広場に集まった人々は魔獣の餌食だ。それをさせようとしていた叔父の行動が信じられなかった。

 でも―――。

 現実的に考えて、長兄が王位継承権を得れば叔父が王位を継ぐ可能性は下がる。式典の前、はじめから分かっていたことだとポーカーフェイスで答えていたけれど、本心ではなかったのだろう。
 事によると長兄が魔鳥に襲われたのも、叔父の仕業だったのかもしれない。その叔父は魔獣の群れの中に消えた―――。

 おそらく無事ではすまないだろう。

 そんな中、魔獣の群れを引き連れながら悠然と歩を進めるロザリアとセストの姿は、神々しくさえあった。お互い信頼しきった目で見つめあい、笑い合う。

「あの子、あんなにきれいな子だったかしら……?」

 ロザリアは真っ直ぐと前を向き、進んでいった。王宮で意地悪をしていた時は、もっと地味で華がなく、人目を引かないかわいそうな容姿の子だと思っていたのに。だからこそ、美男子のセストがそんな子を構っていることが許せなかったのに……。

「ベネデッタ!」

 魔獣の群れが遠ざかっていくのを見つめていると、父のオリンド国王が駆けて来てベネデッタを抱きしめた。父のこんな焦った姿ははじめてだ。父は「怪我はないか!」とベネデッタの様子を確かめる。

「大丈夫よ、お父様」

 ベネデッタが笑顔を見せると、父はほっとしたように息をつき、ベネデッタを離した。自分のことを心から心配してくれている……。その姿に、ベネデッタはぽつりと漏らした。

「お父様…、この世には自分の思い通りにならないことがたくさんあるのね…」

 父は「全くその通りだ」と苦笑した。

「願っても望んでも手に入らないものはたくさんあるさ」

「国王というお父様の立場でも?」
 
「ああ。もちろんだ。思い通りにいかないことばかりで、時々うんざりするよ」

「ま、お父様」

 その言い方が、どこか少年のようでもあって、ベネデッタは可笑しくてくすくす笑った。父は自分を理解してくれないと思うこともあったけれど、父は間違いなく自分のことを愛してくれている。

 

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