魔の森の奥深く

咲木乃律

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終章

魔法事案資料収集室勤務の王妃

「ペアーノ室長。魔石関連の資料整理終わりました」

 王宮内にある赤レンガの建物の一室にある魔法事案資料収集室、通称魔事室で割り振られた資料を整理し終わったロザリアはペアーノ室長に声をかけた。室長は頷き、片眼鏡の瞳を時計へと向けた。

「もうそろそろ時間だからあがっていいよ」

「はい。お疲れさまでした」

「お疲れさん」

 ロザリアは同僚にも声をかけると魔事室の部屋を出た。太陽は西の稜線へと沈みつつあり、一日の終わりを告げている。ロザリアは足早に中庭を通り過ぎた。

 魔獣は無事、一頭漏らさず魔の森へと返すことができた。
 王宮を出てそのまま休むことなく丸三日。といっても途中、ロザリアはセストに抱かれて馬上で眠っていたけれど、ずっと駆け続け魔の森まで戻った。当然その姿は道々多くの人に目撃されることになった。が、大半は魔獣を恐れて近くまで寄ってくる者はおらず、遠めだが一角獣に乗った男女が魔獣を引き連れていたということ、魔獣の群れは一切人を襲ってこなかったという情報のみが広がり、目撃した多くの人々によって、魔獣大移動はすでに伝説となりつつあった。
 王宮内でもしばらくはこの珍現象の話題で持ちきりで、同時に王弟ウバルドが魔獣の群れの中に消えたこと、またどうやらその魔獣はウバルドが集めていたという多くの証人がおり、ウバルドの罪が白日の下にさらされた。

 そしてロザリアはというと―――。

「あら。ベネデッタ王女様。ごきげんよう」

 中庭を抜けた先にベネデッタ王女が取り巻きの少女たちと集まっていた。ロザリアが声をかけると、ベネデッタは嫌そうに顔をしかめた。

「それって嫌味かしら? ロザリア王妃様」

「―――そのお話は内密でお願いいたします」

 食い気味でベネデッタにお願いすると、ベネデッタはふんっとそっぽを向いた。

「わかってるわよ。そんなこと。お父様に約束させられているんですもの」

「ありがとうございます」

 ロザリアは礼を言い、取り巻き達の間を抜ける。ベネデッタの言ったことの意味を聞こうと、取り巻き達が口々に「今のはどういう意味ですの? 王妃って…」と聞いてくるのへ、ベネデッタは「秘密よ」と人差し指を口にあてる。ベネデッタは艶やかに笑うと、早く行けとばかりに右手でロザリアを追い払った。

 ベネデッタは変わった。もう以前のように意地悪をしてくることはなく、どころか時折友好的でさえある。いろいろ困らされたが、ベネデッタの歯に衣着せぬ物言いは嫌いではない。

 ロザリアが魔の森のラグーザ王国の王妃であることを知る者は国王オリンドはじめ極少数の者のみだ。それにラグーザ王国の存在自体、秘されてきたのでその国の王妃と言っても誰も信じまい。

 魔獣の帰還が終わり、ウバルドの脅威が去り、ロザリアがトリエスタに戻れる状態になった時、セストはオリンドに掛け合ったので、これまで通り魔事室で働けるとロザリアに告げた。ちょっと信じられないようなことだった。

 チーロから魅了の王妃は離宮で過ごす定めだと聞いたと言うと、その離宮ならあの通り破壊しつくされたのを見ただろうと。魔の森にあった魅了の王妃が暮らす離宮がなくなった今、その慣習はなくなったのだと。

「それでも魔事室で働いていたら、王妃の仕事はできないよ?」

「なに、ラグーザの王妃の仕事なんぞ何もない。あの通りあそこはいい意味で閉鎖的な国だからな。外交なんぞ必要ないから接待もない。たまの式典だけちょっと顔を出してくれればいいさ。第一元々魅了の王妃は離宮暮らしでほとんど公務なんてないんだからな」

 口をあんぐりあけたロザリアだった。
 
 魔の森で消えた空白期間、ロザリアはセストに外国で保護されていたということになっている。そのセストはトリエスタを去り、今はラグーザで王としての務めを果たしている。

 ロザリアは迎えに来ていた馬車で両親と姉妹の待つ屋敷へと帰った。

「おかえり、ロザリア」

 母のジュリエッタが出迎え、「今日は? 夕食は食べていけるの?」と聞く。今日はセストは夜遅くなると言っていたから、一緒に食べて帰るねと言うと、ジュリエッタは「ま、うれし」と顔を綻ばせる。

 父のリベリオ、かなりお腹の目立ってきた姉のフランカにその旦那様、妹のアーダを加え食卓を囲んだ。話題はもっぱら生まれてくる子供のことだった。

「絶対男の子だぞ」

 父はなぜかそう言い切るが、母のジュリエッタは「女の子よ」と言う。

「だってお腹の出かたが女の子だもの」

「そうなのか? しかしそんなのわからんだろう」

「あら。それを言うならあなたが男の子だとおっしゃる根拠も何もないのでしょう?」

「……それはそうなんだが…」

「まぁまぁお義父さん、お義母さん。私はどちらでもとても楽しみにしていますよ」

 見かねたフランカの旦那様がそう言うと、父も母も相好を崩した。

「それはそうね。どちらでもかわいいに決まっているわ」

「まぁそうだな。どちらでも構わんのだがね」

 それからは仲良く男の子なら、女の子なら、と二人で想像を語りだす。
 隣を見ると妹のアーダが呆れたようにそんな両親を見ていた。ロザリアの視線に気が付くと、「お姉さま、あとでちょっといい?」とこそっと囁く。

 夕食後、部屋に寄ると、アーダはがさごそと包みから本を取り出しロザリアに渡した。

「年上お兄様の溺愛」
「幼馴染からの執愛」

 背表紙のタイトルを見て、ロザリアが目を輝かせた。

「ありがとう! アーダ!」

「お姉さまってば、セスト様がいるのにまだこんな本が読みたいの?」

「いいの。これはこれ。セストはセスト。わたしにとっては全くの別物なの」

 ロザリアは二冊の本を抱えて意気揚々と自室の部屋の扉を開いた。

 扉の向こうは、しかし屋敷のロザリアの部屋でははい。蔦模様が織り込まれた緋色の絨毯が敷き詰められた、吹き抜けの円形ホールだ。ロザリアの部屋の扉は、魔の森にあるセストの屋敷の扉とつながっているのだ。大きな柱時計が時を刻んでいる。
 
 ロザリアが扉を入ると、すぐにラーラがやって来て出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ。ロザリア様」

「ただいま、ラーラ。セストはまだ?」

「はい。まだお戻りではございません」

「そう」

 ロザリアはスキップしかねない勢いで階段を上ると寝室に閉じこもった。
 セストと暮らすようになってから、セストの手前、あまりこの手の本は読めなくなっていた。でも今日は遅いと言うし……。

 ロザリアはわくわくしながら本を開いた―――。









「楽しそうだな」

「わっ! えっ! きゃーっ!」

 背後から突然声を掛けられ、ロザリアは飛び上がるほど驚き、振り返ってセストの姿を認めると慌てて胸に本を隠した。

「あの、セスト今日は遅いって…」

「ああ。そのつもりだったが愛妻の顔を早く見たくて仕事は早めに切り上げてきた。なんだ? 俺がいてはだめだったのか?」

 セストは胸に抱えた本を難なく取り上げると目を眇めてタイトルを見た。

「ほう。年上お兄様の溺愛、か。どれどれ」

 セストはロザリアを抱き寄せながら魔法で浮かせた本のページをぱらぱらとめくる。そしてにやっと笑ってロザリアをベッドに引き倒した。

「なるほど。こういうのが好みなのか?」

「えっと、別にそういうわけじゃあ……」

 まだ途中までしか読んでいないが、序盤に主人公の女性は年上のお兄様に秘所を舐められる。決してセストにしてほしいと思っているわけではない。ただいけない世界を覗き見たいだけだ。

「だからほんとのほんとに違うから!」

 実際にはそんなところ舐められるなんて恥ずかしすぎて無理だ。そう言ったけれど、セストはするするとロザリアのワンピースを脱がすとショーツも取り去り、足を広げさせた。

「あの、ほんとのほんとにしたいわけじゃないから。むしろ嫌って言うかその……」

「なに、物は試しだ」

「ひゃっ……」

 言うなりセストは顔を近づけると本当に舐めてきた。さぁーっと血の気が引く。だってまだお風呂にも入っていない。

「やだ、セスト。ほんとにしたくないから!」

「けど、気持ちいいだろ?」

「………」

 それは否定できない……。むしろ気持ち良すぎるというか……。
 セストはぴちゃぴちゃと音をさせながら舐め、小さな突起を舌でつつき、蜜口にも舌を挿れてくる。

「んっ……」

 我慢できず声が漏れ、思わずセストの銀髪を掴んだ。セストは舌をいれながら小さな芽を指で弄り、その刺激に堪らずロザリアは達した。

「…もう、だめだって言ったのに」

「俺がいるんだ。一人で楽しむことはあるまい?」

「だからそういうのんじゃないのに……」

「で、次はどうするんだ?」

 セストはロザリアの言を無視して面白そうに更にページを繰る。ロザリアもこの辺りまでしかまだ読んでいない。この先はどんなことをしているのか、全くわからないだけになんだか嫌な予感もする……。

 不安げにセストの顔を見上げると、セストは本に走らせていた目をロザリアに向け、極上の笑みを浮かべた。

「痛そうなのはやめておくか。気持ちいいほうが好きだろう?」

 セストはそう言うとロザリアを優しく抱き寄せた。





 

 
                   終






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