【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第二章 赤い魔性

無能という言葉

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「てめぇ! 邪魔してんじゃねぇよ!」

 自らの狙いを赤い髪の魔性に阻まれ、アランは激昂した。

 あと少しだった。あとほんの僅かで、あの女の腕を掴むことが出来たのに。

 魔性の背後に庇われたラズリを睨み付けながら、アランはギリギリと歯を食いしばる。

 掴んだ──そう思った瞬間、邪魔な魔性がしゃしゃり出て来たせいで、伸ばした腕は虚しく宙を掻いた。

 娘が魔性の側にいる間は手を出せないが、腕を掴んで引き寄せてしまえば、こっちのもの。あとはどうとでもなると思い、娘が自分に近付いたタイミングで、捕まえようとした──が、邪魔された。

 一緒にいる男が魔性でさえなかったら、完全にだし抜けていただろう。しかし実際は、魔性相手に人間の浅知恵など通用しないと、思い知らされただけだった。

「うぜぇ……本当にうぜぇな……」

 ポツリと呟くが、途端に「それはこっちの台詞なんだけどな?」と返される。

「魔性である俺が介入した時点で、人間のお前達に勝ち目なんてない。だったらサッサと諦めて居なくなるのが正解だろうよ」

 わざとらし過ぎるほどの上から──実際に、アランの方が背が低かった──目線で、魔性の男が尊大な態度で言い放つ。

 しかしアランとて、このまま大人しく引き下がるわけにはいかなかった。

 せっかく目当ての娘を見つけ出し、逃げ場をなくすためとはいえ、村に火を放ち、森まで焼いたのだ。手ぶらで帰れば、隊長であるミルドはもちろん、副隊長である自分さえも責を問われかねない。しかも、今回初めて副隊長という大役を任されたのに、ここで失敗しくじれば、漸く手に入れたその地位を、剥奪されることだってあり得るのだ。

 それを回避するためにも、何としてもここで一矢報いねばならなかった。

「勝ち目がないなんて、やってみなけりゃ分からねぇだろ?」

 多少なりとも魔性の男をビビらせようと、アランは全身から殺気を剥き出しにして、剣を構える。そうしながら周囲の気配へ気を配り、自分達の様子に気付いた仲間達が近付いてくるのを待った。

 魔性相手に一人でやり合えると思うほど、アランとて愚かではない。簡単な言葉遊びで時間を稼ぎ、仲間達が合流したら、すぐさま総攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。

 早く来い……。動きの遅い奴らだな。俺様が今、何と対峙しているか分からねぇのか?

 苛々しつつ、仲間達の行動の遅さに、内心で毒を吐く。
 
 しかし、次に魔性の男が発した言葉に神経を逆撫でされ、アランの頭の中は、怒りで真っ白になった。

「殺気なんぞ出したところで、俺には通用しないって分からないのか? 無能は早死にするぞ」

 無能──。

 それは、破落戸時代に何度となく、アランが他者に浴びせかけられた言葉だった。 

 孤児であったばかりに満足な教育を受けられず、結果、頭の悪い方法でしか金や食べ物を手に入れられる事ができない自分に、仲間とも呼べない者達が、浴びせかけてきた言葉。

 無能と言われようがなんだろうが、貧民街の路地裏で息を潜めて暮らす孤児達の中で、一番稼ぎを得ていたのはアランだったから、その言葉には妬みや嫉みが含まれていたのだと、王宮騎士として正当に金銭を得られる様になった今ならそう思えるが、当時はとてもそうは思えなかった。だから、無能と言われる度に言ってきた奴らを叩きのめし、戦利品を奪う事で自分との違いを示し、無能という言葉を撤回させてきた。

 無論、今ではアランを『無能』などと卑下する者はいないし、破落戸であった時は寧ろ逆の意味で使われていたのだと後から知ったが、それでもその一言は、未だアランの胸の奥深くに棘のように突き刺さって抜けないでいる。

 なのに……魔性の男こいつもそれを口にするのか。

 思い出される、破落戸時代の出来事。同時に沸々と、腹の底から怒りが込み上げてくる。

 あまりの怒りに全身が震え出せば、握った剣もそれに呼応する様にカタカタと音を立てた。

「俺様を無能と言うな……」

 落ち着け、落ち着け。相手は魔性だ。策もなく向かって行けば、さっきの二の舞になるのは分かりきっている。

 そう自分に言い聞かせるも、怒りで震える身体を抑えつけるのは容易ではない。

 焦るな、落ち着け。先ずは作戦を考えて、それから──。

 しかし、次の瞬間。魔性の男が放った言葉に、アランの理性は簡単に焼き切れた。

「俺様ねぇ……はっ、無能が偉そうに」

 プツン、と何処かで音が聞こえたような気がした。












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