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第一章 旦那様と仲良くなりたい

正しいイチャつき方

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 言った。

 言ってしまった、ポルテに。

 誰にも知られたくなかった私の秘密──と言うほどのものでもない──を。

 そして驚いた。

 私の言った言葉にポルテも驚いたようだったけれど、私自身もポルテの反応に驚いた。まさか、そんなに驚かれるとは。

 私の告白を聞き、思わず、といった風に大声を上げかけたポルテは、咄嗟に自分で自分の口を塞いだ。

 さすが公爵家に雇われただけのことはある。使用人が大声をあげるなんて言語道断だものね。対応が素晴らしいわ。

 そんなことを私がつい冷静に考えてしまうぐらいには、見事な口の塞ぎ方だった。

 それはさておき──。

 まぁ……うん、そうだよね。

 いくら私の顔が可愛くないといっても、この歳になるまで男性とイチャついたことがないなんて普通思わないよね。

 否、貴族女性は結婚するまで男性と触れ合わないこともあるから、イチャついたことがなくても特段珍しくはないと思うんだけど、でもやり方が分からないっていうのは……やっぱりおかしいんだと思う。

 婚約者時代のお姉様とリーゲル様も、学院内でイチャついていたみたいだし?

 そんな話を学院内で耳にして、落ち込んだ覚えがある。

 それはさておき。お姉様はもちろん、他の人達はどうやって異性とのイチャつき方を学んだんだろう?

 それを学べる本があるなら、是非ご教示いただきたいものだけれど。

 学びもせずにどうやってイチャつけばいいというのだろうか。

 そんなことをアレコレ考えていると、私の両手を、そっと包んでくるものがあった。

「奥様、せっかくのチャンスですのに、それはなんとも勿体無いです……」

 ポルテの温かい手。

 少しだけ震えながら、私の両手を優しく包み込んでくれている。

 震えているのはどうしてだろう。

 未だ驚きから完璧に立ち直っていないせいか、私が哀れすぎて悲しんでいるからか。

 敢えて問おうとまでは思わないが、つい先程大声をあげかけたことなどなかったかのようにポルテは瞳を潤ませ、悔し気な顔で唇を噛んでいる。なんてこと。

 公爵家の侍女ともなると、ここまで精神を制御することができるのね。これは私も公爵夫人として見習わないと。って、そうじゃない。今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。

 漸く巡ってきたリーゲル様と堂々とイチャつける、この千載一遇ともいえるチャンスを、どう活かすかを考えないと。

 私はポルテの手をぎゅっと握ると、懇願も露わに眉尻を下げた。

「教えてポルテ。イチャつくって、どうしたらいいものなの? 私は恋愛経験がなく、人付き合いもほぼしないまま勉強だけをして過ごしてきたから、そういった場面を見かけたことすらなくて、本当にどうすればいいのか分からないの。あなたは分かる?」

 状況はあまりに絶望的だ。

 言ってて自分でも絶望しかないと思えてきた。

 こんな状態でリーゲル様とイチャつくなんて、夢のまた夢では?

「でも奥様、他家の方々に仲睦まじい姿をお見せしなければならないんですよね? 公爵夫人のお務めの一つとして……」

 言われたポルテの言葉にハッとする。

 そうだ、何もこれは私の願望だけの問題じゃない。

 婚約者に捨てられたリーゲル様の名誉を取り戻すため、是が非でもやり遂げなくてはならないことでもあるのだ。

 でも、だからといって、どうしたらいい?

 付け焼き刃かもしれないけど、恋愛小説を読みまくる?

 いや、そんなもの買い漁ってると外の人間に知られたら、普段の生活が愛のないものと疑われるかもしれない。却下。

 それなら、デートスポットに出掛けて実際のカップル達の様子を観察する?

 いやいや、それこそ自分は誰と行くのよ? って話だし、物珍し気に観察なんてしてたら、こっちが好奇の目に晒されてしまう危険がある。そんな危険は冒せない。

 じゃあ、どうしたら……。

 なんとはなしに、目の前で難しい顔をしているポルテをじっと見つめる。

 刹那、私は良案を思い付いてポンと手を打った。

「ねえポルテ、あなたって恋人はいるのかしら?」
「え? ええ、一応おりますけど、それがどうかしましたか?」

 その答えを聞いた瞬間、私の瞳がキラリと光る。

「……え? あの、もしかして……」

 どうやら、私が瞳を光らせたことに勘付かれたらしい。

 ポルテはただでさえ大きい瞳を更に大きくした後、慌てたように両手を振った。

「だ、だだだめです。いくら奥様の命令でも、それだけは勘弁してください。そんな、そんな恥ずかしいこと、私にはできません」

 全身を羞恥で真っ赤に染め上げ、ポルテは顔を覆って座り込んでしまう。

 まだ何も言ってないのに、どうして私の言いたいことが分かったんだろう?

 公爵家の侍女、恐るべし。

 だけそ今は、そんなことを言っている場合ではないのだ。

 なんといってもヘマタイト公爵家の尊厳に関わる──というのは表向きで、実は自分が正しくイチャつきたいだけ──問題なのだから。

「……ポルテ、あなたの気持ちはよく分かるわ」 

 そっと彼女の両肩に手を置き、気持ちに寄り添うかのように視線を合わせる。

 そのまま優しく微笑んで見せると、ポルテの瞳の中に期待に満ちた光が見えた。

 でも、ごめんね。私の笑みはそういう意味じゃないの。

 内心で謝罪し、そのままの笑顔でポルテに残酷な命令を下す。

 公爵家に仕える者として、その責務を果たしてちょうだい、と。

 それを聞いた瞬間、驚きすぎて声さえなくしたらしいポルテは、ぱくぱくと何度か口を動かした後、ボンッ! と音がしそうなぐらい急激に顔を赤くし気絶した。

「ポルテ? ちょっとポルテ! しっかりして、ポルテ!」

 呼びかける私に「無理ぃぃぃぃ」と呻き、その後何も言わなくなってしまったポルテを介抱しながら、私は楽しみであった筈の舞踏会が前途多難であることに、頭を抱えずにはいられなかった──。



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