【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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29 レスター3 王太子視点

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「くっ、くくっ……あははははっ!」

 訓練場の隅で一人、頭を抱えるレスターの姿を見て、カーライルは腹を抱えて笑っていた。

 面白い……なんて面白いんだ。学園ではたくさんの令嬢達を侍らせているレスターが、たった一人の女如きのことで、あそこまで落ち込むとは──。

 そして、その原因を作ったのは他ならぬ自分なのだ。そう思うと、更に笑いが込み上げてくる。

 自分が王太子でなければ、こうは上手くいかなかっただろう。転生したのが王太子で良かったと、この時ほど思ったことはなかった。

「ははははっ……あーっはっは!」
「……殿下、何やら楽しそうにしておられますが、只今の訓練の中で、そのようにお笑いになるほど面白いことなどあったでしょうか?」

 不意に横から冷静な声がして、カーライルは一旦笑いを収め、声のした方を振り向く。

 そこにいたのは、ブラウンの長い髪を後ろで一つに束ね、水色の瞳を怪訝そうに細めたパルマークだった。

「ああ……パルマークか。いや、これは単なる思い出し笑いだ。気にすることはない」
「そうですか。実は……用件はそのことではなくてですね、レスターの様子がおかしいようなので、それを伝えに来たのですが、あのままにしておいて大丈夫でしょうか?」

 大きな身体と反比例して細かなことによく気の付くパルマークは、レスターの異変をいち早く察知したらしい。気遣わし気に彼の方を見ながら、どうしたら良いかと答えを求めてくる。

 …‥チッ。こいつ、余計なことに気付きやがって……。

 カーライルは内心で毒吐くが、勿論それを表には出さず、適当な言葉で誤魔化した。

「レスターは……今更になって将来に悩み始めたようでな。少し考えたいと言っていたから、今はそっとしておいてやれ」
「……かしこまりました」

 数瞬悩むような素振りを見せたものの、結局は頷いて訓練へと戻って行くパルマークを見送り、カーライルはやれやれとため息を吐く。

 実のところ、今日の訓練を無理やり予定に捩じ込んだのは、サイダース侯爵家とコーラル侯爵家の話し合いが本日行われるとの情報を、サイダース侯爵から知らされたからだった。

 いくら破綻寸前だとはいえ、二人を直接会わせては縒りを戻す危険性がある。それだけは絶対に阻止しなければ──そう思ったから、訓練に不参加であるならば側近候補から外す、とまで銘打ち、候補である全員を招集したのだ。

 そうして参加を渋るレスターを強制的に参加させ、ユリアからの印象が悪くなるよう、内容を口外するな、とも言い添えた。まさかそのせいで、途中退場しようとするとは思わなかったが。

 だがそれも、万が一のために通用口で張っていたのが功を奏し、無事にレスターを足止めすることができた。無論、正門の方にも一応人をやっておいたから、どちらを選ぼうともレスターは帰ることなどできなかったのだが、もしも彼が逃げ出そうとしなければ、カーライルはおそらく通用口で無駄に待たされる羽目になっていただろう。

 どんなにユリアがレスターと縁を切ろうとしても、情に厚いユリアは、縋られれば無碍に扱うことなどできないに違いない。だったら此方からも援護射撃をするまでだ──。

 そんな気持ちでレスターを側近候補から外すと脅し、背を向けた彼を更にどん底へと突き落とすべく呼び止め、本当は昼に帰してやるつもりだったが、罰として帰すのはやめた、と嘘を吐いた。

 これでレスターもユリアを諦めるだろう。あとは週明けに、落ち込んだユリアを自分が慰めれば完璧だと、今後の展開を考え、頬が緩むのをおさえきれなかった。だがまさか、そこでレスターが王太子である自分に掴み掛かってくるなど、予想だにしていなかったことで。

 どんな時でも冷静沈着なレスターが、昼に帰れなくなったというだけで、ここまで怒るのか?

 それとも、自分の顔がニヤついていたのが気に障ったのか?

 分からなかったが、結局レスターはすんでのところで踏みとどまり、空を掻いた両手を投げ出すように下へとおろした。

 しかしその双眸は怒りに染め上げられていて、それに苛立ったカーライルは、まるでレスターを挑発するかのように言葉を重ねたのだ。

 自分の将来がどうなっても良いのなら、手を出せばいい──。

 無論、そう言ったところで彼が手を出さないことは分かりきっていた。

 一度掴み掛かろうとして止めたのだ。いくら煽られたからといって、のせられるはずがない。単に八つ当たりをして溜飲を下げたかっただけだ。

 結局レスターは、悔し気に唇を噛み締めたものの、それ以上はなにも言わなかった。

 ただ、その後一直線に訓練場の隅へと行って頭を抱え込んでしまい、訓練自体に参加しなくなってしまったが。

 別にそれでも問題はない。目的は最初から訓練ではなく、レスターを両家の話し合いに参加させないことなのだから。

「あとはこれで、婚約破棄されて落ち込んだレスターをヒロインが慰めれば……コロっといくはずだ」

 問題は、接点のないヒロインを、どうやって思い通りに動かすか。

 未だ訓練場の隅で頭を抱え続けるレスターを見つめながら、カーライルは顎に手をあて、思考に耽ったのだった──。






 
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