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35 親友
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「え……は……なんだって?」
パルマークに言われた言葉によって頭の中が真っ白になったレスターは、呆然とそう言った。
パルマークがユリアに婚約を申し込む? 一体どうしてそんなことに?
しかも彼女は自分の婚約者だ。たとえ婚約破棄一歩手前であったとしても、今なおそれは変わりのない事実。それなのに──。
「どういう……ことだ?」
頭がうまく働かず、レスターはなんとかそれだけを紡ぐ。
ユリアは今、レスターとの婚約を隠していることで、学園内では『訳あり令嬢』という不名誉なあだ名を付けられ、婚約者を探す令息達に、距離を置かれている状況だ。なのにどうして、パルマークはそんな彼女に、婚約を申し込もうとしているのだろうか。
困惑も露わに、レスターはひたすらパルマークを見つめ続ける。すると彼は、困ったように微笑んだ後、レスターの胸を軽く小突いた。
「お前の気持ちは俺も知ってる。そして恐らく、サイダース侯爵令嬢がお前に好意を持っているのだろうということも。だから最初は諦めようとしていたんだが……なんというか、最近になってお前達二人の間に距離を感じはじめてな。もしかしたら、俺の気持ちが報われることもあるんじゃないかと希望を抱き始めてしまった」
恋に希望を持つことは、悪いことじゃない。そして、パルマークの言うこともまた、間違いとはいえない。
学園入学直後は、レスター自身、折に触れて何度もユリアのことを見つめていたし、彼女もまた、レスターのことを見つめてくれていた。故に何も言わなくともお互い両想いであると感じられ、このまま平穏に学園生活を過ごしていけるものと信じて疑っていなかった。
しかし、そんな関係はたったの一ヶ月ほどで終わりを迎えた。
毎日痛いぐらいに感じていたユリアの視線を感じなくなり、周囲を見回しても、彼女の姿を見つけることができなくなった。それでもレスターは危機感を抱くことなく、学園卒業後はユリアと結婚できることを信じて疑っていなかったわけなのだが。
たとえ言葉を交わさなくとも、目を合わせて微笑み合うことはできなくとも、心はいつでも通じ合っている。だから何も心配することはない。
そんな風に考えていた自分が如何に馬鹿であったのか、おめでたい考えをしていたのかということを、最近の出来事により漸くレスターは自覚することができた。尤も、それを知った時には既に手遅れであったけれども。
「それで……お前は僕にそのことを伝えて、どうしようって言うんだ?」
欲しいのならば、さっさと奪っていけばいい。
そんな自虐的な考えが、レスターの頭の中を支配する。
しかしパルマークは、どこまでも友達思いで、そしてどこまでも正々堂々としていた。
「俺とお前は親友だし、どうせならサイダース侯爵令嬢に選んでもらうのが良いかと思ってな。俺だけが婚約を申し込むのも卑怯になるだろうから、お前も共に婚約を申し込まないか?」
「っは……」
親友からの思いもよらない申し出に、レスターの口からため息とも笑いともつかない声が漏れる。
どうしてこいつは、こうなんだ。ユリアの気持ちがレスターにあると知っているのであれば、同時に婚約を申し込んだところで、自分の方が断られる可能性が高いことなど分かりそうなものなのに。
いや、分かっていて言っているのだ。それによって自分が振られることになろうとも、レスターとの友情だけは残る。パルマークとはそういう男だ。だからこそ自分は、彼とずっと親友で居続けてきた。
「申し出はありがたいが、俺は……」
そのサイダース侯爵令嬢に婚約破棄をされそうなんだと、レスターは口にして良いものなのかを迷う。
これを言ったら、どうして今まで内緒にしていたんだと責められるだろうか。それとも今度こそ、友人として愛想を尽かされるだろうか。
悩むレスターの背中を押したのは、やはりそれもパルマークだった。
「どうした? 俺に言いたいことがあるなら言えば良い。俺達の友情は、そんなに脆いものではないはずだろう?」
「……っ、パルマーク……」
レスターの瞳から、感極まって涙が溢れだす。
思わず泣き崩れそうになったレスターを支えると、パルマークは友の背中を優しく摩った。
「ここ最近、急にお前の様子がおかしくなったと思っていた。同時に、カーライル様がお前を目の敵にしていることも……。なぁ、レスター。俺はお前の友として、そんなにも頼りないか? 悩みを打ち明ける価値もない男か? もし、そうでないなら……俺はお前の助けになりたい。お前の心を、少しでも楽にしてやりたいんだ。だから頼む、レスター。お前の悩みを俺に打ち明けてくれ」
「パル……マーク。すまない……すまな……パルマーク……」
友の言葉によって、ずっと一人で抱え込んでいたことに、レスターは罪悪感を覚えた。
誰もいないと思っていた。ユリアとのことを相談できる人など、自分には誰一人いないのだと。
だが、そうではなかった。自分には、こんなにも自分のことを心配してくれる友がいた。唯一無二ともいえる友が。
「パルマーク……すべて話す。聞いてくれ……僕は、僕は……──」
嗚咽を漏らしながら、レスターはこれまで起きたすべてのことを、包み隠さずパルマークへと伝えていく。
それを静かに聞きながら、パルマークはレスターがすべての事情を話し終えるまで、ずっと彼の背を摩り続けていたのだった──。
パルマークに言われた言葉によって頭の中が真っ白になったレスターは、呆然とそう言った。
パルマークがユリアに婚約を申し込む? 一体どうしてそんなことに?
しかも彼女は自分の婚約者だ。たとえ婚約破棄一歩手前であったとしても、今なおそれは変わりのない事実。それなのに──。
「どういう……ことだ?」
頭がうまく働かず、レスターはなんとかそれだけを紡ぐ。
ユリアは今、レスターとの婚約を隠していることで、学園内では『訳あり令嬢』という不名誉なあだ名を付けられ、婚約者を探す令息達に、距離を置かれている状況だ。なのにどうして、パルマークはそんな彼女に、婚約を申し込もうとしているのだろうか。
困惑も露わに、レスターはひたすらパルマークを見つめ続ける。すると彼は、困ったように微笑んだ後、レスターの胸を軽く小突いた。
「お前の気持ちは俺も知ってる。そして恐らく、サイダース侯爵令嬢がお前に好意を持っているのだろうということも。だから最初は諦めようとしていたんだが……なんというか、最近になってお前達二人の間に距離を感じはじめてな。もしかしたら、俺の気持ちが報われることもあるんじゃないかと希望を抱き始めてしまった」
恋に希望を持つことは、悪いことじゃない。そして、パルマークの言うこともまた、間違いとはいえない。
学園入学直後は、レスター自身、折に触れて何度もユリアのことを見つめていたし、彼女もまた、レスターのことを見つめてくれていた。故に何も言わなくともお互い両想いであると感じられ、このまま平穏に学園生活を過ごしていけるものと信じて疑っていなかった。
しかし、そんな関係はたったの一ヶ月ほどで終わりを迎えた。
毎日痛いぐらいに感じていたユリアの視線を感じなくなり、周囲を見回しても、彼女の姿を見つけることができなくなった。それでもレスターは危機感を抱くことなく、学園卒業後はユリアと結婚できることを信じて疑っていなかったわけなのだが。
たとえ言葉を交わさなくとも、目を合わせて微笑み合うことはできなくとも、心はいつでも通じ合っている。だから何も心配することはない。
そんな風に考えていた自分が如何に馬鹿であったのか、おめでたい考えをしていたのかということを、最近の出来事により漸くレスターは自覚することができた。尤も、それを知った時には既に手遅れであったけれども。
「それで……お前は僕にそのことを伝えて、どうしようって言うんだ?」
欲しいのならば、さっさと奪っていけばいい。
そんな自虐的な考えが、レスターの頭の中を支配する。
しかしパルマークは、どこまでも友達思いで、そしてどこまでも正々堂々としていた。
「俺とお前は親友だし、どうせならサイダース侯爵令嬢に選んでもらうのが良いかと思ってな。俺だけが婚約を申し込むのも卑怯になるだろうから、お前も共に婚約を申し込まないか?」
「っは……」
親友からの思いもよらない申し出に、レスターの口からため息とも笑いともつかない声が漏れる。
どうしてこいつは、こうなんだ。ユリアの気持ちがレスターにあると知っているのであれば、同時に婚約を申し込んだところで、自分の方が断られる可能性が高いことなど分かりそうなものなのに。
いや、分かっていて言っているのだ。それによって自分が振られることになろうとも、レスターとの友情だけは残る。パルマークとはそういう男だ。だからこそ自分は、彼とずっと親友で居続けてきた。
「申し出はありがたいが、俺は……」
そのサイダース侯爵令嬢に婚約破棄をされそうなんだと、レスターは口にして良いものなのかを迷う。
これを言ったら、どうして今まで内緒にしていたんだと責められるだろうか。それとも今度こそ、友人として愛想を尽かされるだろうか。
悩むレスターの背中を押したのは、やはりそれもパルマークだった。
「どうした? 俺に言いたいことがあるなら言えば良い。俺達の友情は、そんなに脆いものではないはずだろう?」
「……っ、パルマーク……」
レスターの瞳から、感極まって涙が溢れだす。
思わず泣き崩れそうになったレスターを支えると、パルマークは友の背中を優しく摩った。
「ここ最近、急にお前の様子がおかしくなったと思っていた。同時に、カーライル様がお前を目の敵にしていることも……。なぁ、レスター。俺はお前の友として、そんなにも頼りないか? 悩みを打ち明ける価値もない男か? もし、そうでないなら……俺はお前の助けになりたい。お前の心を、少しでも楽にしてやりたいんだ。だから頼む、レスター。お前の悩みを俺に打ち明けてくれ」
「パル……マーク。すまない……すまな……パルマーク……」
友の言葉によって、ずっと一人で抱え込んでいたことに、レスターは罪悪感を覚えた。
誰もいないと思っていた。ユリアとのことを相談できる人など、自分には誰一人いないのだと。
だが、そうではなかった。自分には、こんなにも自分のことを心配してくれる友がいた。唯一無二ともいえる友が。
「パルマーク……すべて話す。聞いてくれ……僕は、僕は……──」
嗚咽を漏らしながら、レスターはこれまで起きたすべてのことを、包み隠さずパルマークへと伝えていく。
それを静かに聞きながら、パルマークはレスターがすべての事情を話し終えるまで、ずっと彼の背を摩り続けていたのだった──。
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