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67 侯爵家の婿
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「ごめんなさい、レスター。私は貴方の言葉を、素直に信じることはできないわ」
それが、今の私の答えだった。
たとえ最初は、彼が私のためにと始めたことであったとしても。結果として私はそれによって不名誉なあだ名を付けられ、学園で独りぼっちになってしまった。
学園外での私達の接点が、王太子殿下によって阻まれた時のこともそうだ。一日ぐらい、時間を捻出して手紙を書いてくれても良かったのではないか。ほんの一日だけでも休みをもらって、茶会に来ることはできなかったのか──そんなことばかりを考えてしまい、私は以前のように純粋な気持ちでレスターを想えなくなってしまった。
こんな私がレスターの気持ちを受け入れたところで、上手くいくわけがないだろう。
「それに貴方は、これから他国へ怪我の治療に行くのよ? それがどんなものかも分からないのに、そんな無責任なことを言わないでほしいの。治療がとても大変なものだったらどうするの? 手紙なんて書けないぐらい、リハビリに体力を使うのだとしたら? 期待するだけして裏切られるのは、もう嫌なのよ」
「ユリア……」
私の言葉が的を射ていると思ったのか、レスターは言葉を失い、黙り込む。
以前の私は彼から手紙の返事が来るたび、何が書いてあるだろう? と期待に胸を膨らませていた。
学園では冷たくされていても、手紙の内容はいつも通りのレスターのはず。そう思いながら封を開け、その内容に何度肩を落としたことか。
そのうち返信さえも来なくなり、彼は私のことなんて本当にどうでも良くなってしまったんだと、現実を突きつけられたようで辛かった。あんな思いは、もう二度としたくない。
いくらレスターが以前の行いを悔いているといっても、他国へ渡った後のことが何一つ分からない以上、同じことを繰り返さない保証など、どこにもないのだから。
「私達の婚約解消は、お互いが人間的に未熟であったが故に起きたことだと思うの。だから今はお互いに距離をとって、自分を見つめ直すことに専念しましょう?」
悪いのは私も同じ。
王太子殿下の表面上の優しさに騙され、彼の残酷な内面に気付かなかった。それによって、レスターが苦しめられていることにさえ。
もし私が何か気付いてあげられていたら──自分の胸の痛みにばかり目を向けず、レスターの様子をもっと冷静に観察することができていたら、日々疲れた様子の彼に異常を感じて、手助けすることだってできたかもしれないのに。
今更だと言いながら、いつまでも過去に囚われ、あの時こうしていたら──ということばかりを考えてしまう。過去に戻ってやり直すことなんて、どうしたって無理だと分かっているのに考えるのを止められないのだから、たちが悪い。
「レスターは、とにかく今は足の治療だけに専念して。貴方にとっては足を治すことが何よりも大切でしょう?」
それ以外のことは今考えるべきではないと、レスターにそのことを念押しする。
けれど彼は、素直に頷いてはくれなかった。
「僕だってそれは分かってる。だけど、その間にユリアが他の誰かと婚約したりなんかしたら──」
「その時は、その時よ」
考える間もなく、言葉が口を衝いて出た。
自分でも、そんな風に言葉が出てくるとは思わず、若干驚いてしまったぐらい、滑らかに。
サイダース侯爵家の跡取り娘として、私が婿を取ることは決定事項だ。
どうしても無理な場合は養子を迎える手もあるにはあるけれど、両親はできる限り私に継いでほしいと思っているようだから、私もその気持ちに応えたいと思っている。といっても、今は学園内で訳ありとして避けられてしまっているから、すぐに相手を探すことは難しく、時間だってかかるだろう。
それでも焦る必要はない。
どうせもう暫くしたら、継ぐ爵位のない令息達が先を争って、私目指して群がってくるだろうから。
いくら訳ありであるとはいえ、平民落ちするよりは侯爵家の婿として迎え入れられる方が、彼らにとっては何十倍も魅力的であるはずだ。故に私が焦る必要はどこにもないといえる。
ミーティアがいない半年間、学園生活は少しばかりつまらないものになるだろうけれど、その間にお婿さん候補になりそうな令息達を観察しておくのも悪くないかも……。
そう思っていた時だった。
突然レスターが、思いも寄らぬことを口にしたのだ──。
それが、今の私の答えだった。
たとえ最初は、彼が私のためにと始めたことであったとしても。結果として私はそれによって不名誉なあだ名を付けられ、学園で独りぼっちになってしまった。
学園外での私達の接点が、王太子殿下によって阻まれた時のこともそうだ。一日ぐらい、時間を捻出して手紙を書いてくれても良かったのではないか。ほんの一日だけでも休みをもらって、茶会に来ることはできなかったのか──そんなことばかりを考えてしまい、私は以前のように純粋な気持ちでレスターを想えなくなってしまった。
こんな私がレスターの気持ちを受け入れたところで、上手くいくわけがないだろう。
「それに貴方は、これから他国へ怪我の治療に行くのよ? それがどんなものかも分からないのに、そんな無責任なことを言わないでほしいの。治療がとても大変なものだったらどうするの? 手紙なんて書けないぐらい、リハビリに体力を使うのだとしたら? 期待するだけして裏切られるのは、もう嫌なのよ」
「ユリア……」
私の言葉が的を射ていると思ったのか、レスターは言葉を失い、黙り込む。
以前の私は彼から手紙の返事が来るたび、何が書いてあるだろう? と期待に胸を膨らませていた。
学園では冷たくされていても、手紙の内容はいつも通りのレスターのはず。そう思いながら封を開け、その内容に何度肩を落としたことか。
そのうち返信さえも来なくなり、彼は私のことなんて本当にどうでも良くなってしまったんだと、現実を突きつけられたようで辛かった。あんな思いは、もう二度としたくない。
いくらレスターが以前の行いを悔いているといっても、他国へ渡った後のことが何一つ分からない以上、同じことを繰り返さない保証など、どこにもないのだから。
「私達の婚約解消は、お互いが人間的に未熟であったが故に起きたことだと思うの。だから今はお互いに距離をとって、自分を見つめ直すことに専念しましょう?」
悪いのは私も同じ。
王太子殿下の表面上の優しさに騙され、彼の残酷な内面に気付かなかった。それによって、レスターが苦しめられていることにさえ。
もし私が何か気付いてあげられていたら──自分の胸の痛みにばかり目を向けず、レスターの様子をもっと冷静に観察することができていたら、日々疲れた様子の彼に異常を感じて、手助けすることだってできたかもしれないのに。
今更だと言いながら、いつまでも過去に囚われ、あの時こうしていたら──ということばかりを考えてしまう。過去に戻ってやり直すことなんて、どうしたって無理だと分かっているのに考えるのを止められないのだから、たちが悪い。
「レスターは、とにかく今は足の治療だけに専念して。貴方にとっては足を治すことが何よりも大切でしょう?」
それ以外のことは今考えるべきではないと、レスターにそのことを念押しする。
けれど彼は、素直に頷いてはくれなかった。
「僕だってそれは分かってる。だけど、その間にユリアが他の誰かと婚約したりなんかしたら──」
「その時は、その時よ」
考える間もなく、言葉が口を衝いて出た。
自分でも、そんな風に言葉が出てくるとは思わず、若干驚いてしまったぐらい、滑らかに。
サイダース侯爵家の跡取り娘として、私が婿を取ることは決定事項だ。
どうしても無理な場合は養子を迎える手もあるにはあるけれど、両親はできる限り私に継いでほしいと思っているようだから、私もその気持ちに応えたいと思っている。といっても、今は学園内で訳ありとして避けられてしまっているから、すぐに相手を探すことは難しく、時間だってかかるだろう。
それでも焦る必要はない。
どうせもう暫くしたら、継ぐ爵位のない令息達が先を争って、私目指して群がってくるだろうから。
いくら訳ありであるとはいえ、平民落ちするよりは侯爵家の婿として迎え入れられる方が、彼らにとっては何十倍も魅力的であるはずだ。故に私が焦る必要はどこにもないといえる。
ミーティアがいない半年間、学園生活は少しばかりつまらないものになるだろうけれど、その間にお婿さん候補になりそうな令息達を観察しておくのも悪くないかも……。
そう思っていた時だった。
突然レスターが、思いも寄らぬことを口にしたのだ──。
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